。七章にプレイヤーが辿り着くのを妨害できなかったメタ視点持ちイデア氏が部屋でぶつぶつ言ってるだけの話。『1984』とは特に関係ない。※メタ視点持ちイデア氏、いつもとは別軸。※ツイステ受動喫煙※六章前に書いてる
欠落──というにもこの世界には足りないものが多すぎることをイデア・シュラウドだけが理解していた。妖精の王たる茨の竜でも、イデアの弟である機械の少年でも(いや後者が理解できないのはイデアが認識にロックをかけたせいだが)なく、イデア・シュラウドだけが。一枚絵の背景、穴あきの過去、不意に挿入される時系列の狂ったイベント事、顔のよく似た生徒たち。三十人もいないネームドの一人が拙者とか終わってるけど、欠けたものを理解可能なくらいのリソースを割り振られていることだけは感謝してもいい。
閉め切られた部屋。未起動のアプリケーション。観測不能領域──非存在性。そういう場所にだけ「僕」はいる。ラスボスに勝てなくて放置された世界がそれでもいつまでも滅びないみたいに、チェスよりもマジカルライフゲームの方が得意な僕の弟がもうどこにもいないみたいに、観測されれば消えるだけの主体存在カッコカリ。こうやって独り言ちる言葉でさえ、穴あきの合間にある不確定要素でなければならないし、誰も高次元から見ていないときでなければ叶わない。この言葉一つ、イデア・シュラウドが自由にできるのは監督生と呼ばれるあの──なんだろう、端末とでも呼べばいいのか……ああ、そうだ。「アバター」だ。あのアバターの目の届かないところでないといけない。
「あの子も、可哀想にね」
参加者気取りの観察者が気付いているかは知らないけど、頑なに「君」という二人称をつかって端末画面を越えた先へ言葉を向けるのは、僕の僅かばかりの抵抗。オンボロ寮の監督生、あの顔も性別も何なら種族さえ曖昧な生徒に罪がないことは幾らなんでも分かる。拙者ちゃんとPLとPCの区別はつくのであの空っぽのこどもを器だからというだけで排斥したりはしませんことよ。いやまあ世界で一番「もっともらしさ」の要らない来訪者に関わりたくないだけとも言いますが。
デスクトップPCの画面から目を離して背筋を伸ばす。いつからか気分に応じて強くなったり弱くなったりするようになった青炎が視界の端をよぎった。この髪を、呪いと呼ぶ人間がいる。いることにさせてくれ。面倒だから。まあ、呪いには違いない。青玉めいて輝き燃える髪も、奥まで鋭い歯も、地下深くに眠る琥珀と黄金の色の瞳も、僕たちが二次創作だという呪いには。
敬愛する死者の国の王に似たこの姿を厭うようになったのはいつからだったろう。十年前のオルトはどんな格好をしていたっけ。バラして怒られたゲームハードの商品名は何だった?このタブレットはどうやって浮いているんだったか。
僕がそのどれも知らなかったとしても、この世界は回る。回ってしまう。もちろん今の拙者は例外なく答えられるけど、その答えがある日すり替わっていても気づく手段はない。勇者がラスボスに勝てなかった世界の末路を僕たちが知らないように。一本道のソシャゲの永遠に実装されないバッドエンドを想像するしかないように。僕は『ヘラクレス』を知らない。知らないったら。
僕が死者の国の王の名前を話せないように、アズール・アーシェングロットが偉大なる同族の魔女の名を語ることもない。トレイン氏がロイヤルソードアカデミーで教えられる歴史を口に出すこともない。偉大なる七の死に際を口の端に上らせるものがいないように。僕は神の在不在を語らない。魂の在不在を語らない。それは僕が決められることじゃないから。残念だけど。
部屋の中央のポッドに眠る弟のスリープがきっちり朝までに設定されているのを確認して、髑髏型のドローンユニットを手に取る。これが何かになる日がきっとあること、僕たちが人間になる日が来ることを祈りながら。人間に作れないものはないけれど、それだって僕たちが二次元の存在でなければの話だ。せめてサ終してもアプリは残しておいてほしいところだけど、どうだろうね。拙者はすっぱりアンストする派ですけど。
僕の魔力をスイッチ代わりに起動した、魔導エネルギー製の青白い魔導陣が部屋中を埋め尽くす。そういえば監督生の前で使ったことないですな。詰まるとここれも隙間の話なんでしょ。
───自己情報電子変換プログラム起動───
所詮この世界は電脳世界の浮島の一つでしかないのだということを、僕だけは知っている。拙者天才なんで。ということは天才の拙者も突き詰めればデジタル情報に過ぎないわけで、それを基準に変身魔法を組んでやれば手指の動きより早く電子情報を紡ぐ存在にもなれる。機械言語翻訳的なあれだからちょっと自分の形があやふやになるところはあるけど、まあ誤差だよ誤差。
この生白い骨の浮いた腕なんかよりずっと長くて自在に言うことを聞く電子の手を、個人の想像力に左右される魔法なんかよりずっと確実に精密に働く電脳の呪言を、ひっそりとこの世界の裏側へ伸ばす。あらゆる処理をバックグラウンドで済ませながら、深くへ。僕たちを形作る根源へ。解析は違法行為?拙者は利用規約に同意した覚えないんで……。
「盗み見るとこまではまあできるんだけどそのあとが問題ですよな書き換えられないなら意味ないですし……」
いくらなんでも別次元といたちごっこする余裕はないからどうせ盗み見るくらいしかできはしないんだけど(遅延戦術の予定はない。念のため)。心の準備は置いておいて、物質的な用意はやっても無駄だと証明されてしまった。この物質的な用意には魔法の改良なんかを含む。
異端の天才。魔導工学の申し子。「外」じゃあ魔術師なんて呼ぶらしい電脳技術者でもある、一応。クラッキングなんて息するより簡単。あ、ここ冥府ジョークね。だから、つまり、この世界の外だって安全圏じゃないはずなんだよ本来は。本来は。大事なことなんで二回言いました。そんなこと言ったら仮にも寮長が月一ペースで魔澱逆流起こすなんてのもまず有り得ない話ですしおすし。そろそろ時間なんで閑話休題。オルトにログを漁られない程度のエネルギー消費に抑えるなら長々と潜ってもいられない。
───自己情報電子変換プログラム終了───
ぶつ、と回線切断よろしくの唐突さで「自分」が戻ってくる。この感覚は何度やっても苦手だ。腕が足りない、とアズール氏が言うのもわかる。人間の手足に指が二十本しかないの不具合では?視界も狭いしあと髪が邪魔……いくら圧かけたら消えるって言っても邪魔……。この話止めよっか。キリないし。
僕に許されてるのは知ることまでだ。その情報をこのアプリの内側で誰かと共有することも、外側に広がる電子の海に何かを書き加えることもできない。これはもう機能の問題。魔法よりも上位の権限でもって僕の能力は制限されている。メモアプリの一つも自由にできればプレイヤーと接触して本編進めないでくれって言うんだけど、僕にはそれさえできない。できたところで、たぶん止めてはくれないしね。
「あ゛ぁ~お外出たくないでござる~。や、ほんとせめてアズール氏とジャミル氏の間とかさ。いやそれはそれで嫌だな……」
拙者&オルトvsマレウス・ドラコニア(オーバーブロット)他三人とか何の冗談?冗談ならどんなに良かっただろうね。ヤクザウツボに殴り込まれた挙句トップオブ陽キャとコミュる羽目に陥るのとどっちがましだろうか。どっちも嫌だが??
僕は失敗した。ボスでいられる時間は終わってしまった。その戦いを何度繰り返したのかも眼前に立ったゴーストカメラの亡霊が誰だったのかも僕は知らない。ともかく終曲イグニハイド!
オーバブロットはきっと既定事項だった。僕も、多分だけどオルトも。それは仕方のないことだと割り切ったつもり。
ああ、でも。
「あんなに色々用意してたのにな」
僕らがもうちょっと自由に隙間を埋められるように、こんなゲーム諦めてもっとかわいい女の子とか英雄みのあるイケメンとかのいる別ゲーに移って貰えるように……おっと失言。拙者はヘラクレスなんて知りませんぞ。ともかく拙者はデュオ込みでも生中なSSR染めじゃどうしようもないくらいの戦力を用意していた。けど、実際オーバーブロットした段になると用意したことは全部頭から吹き飛んで、お察しの通りの戦力差。得意科目:召喚術はどこに行ったんだか。それならいっそ様子見の適当に推しを並べただけの編成で余裕の一発通過できる程度に抑えればよかったようなものを。どうせ失敗した世界線は未実装なんだから。
許されるのなら。許されるのなら僕だってアプリどころか電源も落として、いやいっそ何度だってサーバーを潰して、オルトとそれからついでにこの世界全部と心中してしまいたい。一本道の公式じゃなくて無数の二次創作の中に逃げ込んでしまいたい。それができるんなら、オルトに魂があるんだと言い切っていい世界に、両親の生死くらい自信をもって断言できる世界に、僕だって。考えても仕方ないけど妄想は自由でしょ。
「……寝よ」
僕が立脚する過去を、僕の手中にある能力を、早いとこ決めてしまってほしい。それか二度と綴らないでほしい。それならそれで勝手に生きるから。願わくば、朝起きて(そう言いつつ始業までもう四時間切ってるけど)僕の言葉が、僕の認識が、僕の過去が、この夜から変わっていないことだけを。
ああ、朝なんて来なきゃいいのに。