獅子の騎士が現代日本倫理をインストールしたようです 作:飴玉鉛
※原作未クリアの方は閲覧注意であります!
――度重なる裏切りと挫折は、救世主トネリコが妖精への愛想を尽かせるに足るものだった。
彼女にブリテンは救えない。
救いようのない愚かさが、刹那的な享楽を優先する妖精の本質だ。
人間の如き欲望を獲得していながら社会性に適さず。それでいて人間を模倣して楽しみ、文化と文明の鍍金を浪費する餓鬼であり、力と恐怖でしか統制できないと確信した救世主は狂ってしまう。
斯くして救世主の絶望を以て妖精暦は終わりを告げ――絶対的な力で妖精國を建国して、支配というカタチでブリテンを救わんとしたトネリコの奮闘が始まった。
救世主トネリコ。それは『聖剣作成の使命』を帯びた楽園の妖精であり、トネリコという名は異聞帯オークニー滅亡の折、義母に付けられたもので、本名はモルガンであった。
モルガン――トネリコは遙か未来からレイシフトしてきた汎人類史の英霊、裁定者のサーヴァント・モルガンに自身の末路と汎人類史の情報を渡された。汎人類史のモルガンは、異聞帯を維持する空想樹を養分にレイシフトを行ない過去に跳んだのだ。そうして未来を知ったトネリコは歴史を変えたのである。
モルガンの真名の下、トネリコが真っ先に欲したのは『信頼できる存在』である。幾人かいた仲間は欠け、トネリコにとって頼りとなる味方は余りに少なく、絶対的に信頼できる片腕は不可欠であると考えたのだ。
そこでトネリコが目をつけたのは汎人類史の情報にあった、魔女モルガンの子――『汎人類史に於ける唯一の妖精騎士にして妖精王』――ブリテンを統一せしめ、歴史に不朽の名声を刻んだ王である。
彼の人間性、背景、その悉くを知る魔女モルガンの知識を下に、トネリコは判断した。嘗て賢人グリムを召喚し、彼に魔術を師事したように、今度は騎士王の召喚を試みたのである。きっと彼なら自分に味方してくれると信じて。
果たして騎士王ユーウェインは召喚に応じた。
ただし、その騎士王は
当然だろう。汎人類史のユーウェインは死んでいない。伝説に記された象徴としての英霊は存在するが、オリジナルが死亡していない故に英霊ユーウェインは偽物である。架空の存在であり、英霊であるが故に偽物のユーウェインが汎人類史を裏切ることなど有り得ない。
であればこそ、トネリコの希望に応じたのは
つまりはそういうこと。トネリコ――モルガンの召喚に応じたのは、『人類悪キャスパリーグに致命傷を負わされず、全盛期の肉体を保持したまま突き進み、果てに人理を斬り捨てた』ユーウェインだ。
彼はその分岐を経た存在故に、魔女モルガンとの破局を経ていない。モルガンとは信頼し合う親子のままであり、花の魔女アンブローズは密かに肉体を返還されて復帰している。イフの騎士王は二人の魔女と共に、
『妖精騎士ユーウェイン、召喚に応じ推参。
――ああ、事情は粗方把握している。
召喚されたユーウェインは、誠実だった。彼は召喚者モルガンの問いに答えて、包み隠さず事情を説明し、自らの願いの全てを明かしたのである。その上で彼はモルガンに言った。
『異なる世界のモルガン――貴女に騎士として忠誠を誓おう。貴女の前に立ち塞がる全ての障害を斬り捨て、末に貴女の望みを叶えてみせる。対価としてマスター、貴女には私の願いを叶えてもらいたい』
妖精王ユーウェインの願いとは、自身の國の再生である。
空想樹は切り捨てられた彼の歴史を選ばなかった……故にやり直しは利かない。異聞帯という名の
それこそが、既存の異聞帯に根ざした空想樹の利用だ。
幸いにも妖精國の空想樹は既に枯れ、いずれこの異聞帯は特異点へと変化する。であればこそ用済みとなり野晒しになっているカラの樹を、再利用させてもらっても良いだろう――妖精王の目論見は、枯れた空想樹に
それにはこの異聞帯の王モルガンの力が必要であり、妖精王の願いを聞いたモルガンは頷いた。
袋小路に入り、救えない國を救える路が見えたからだ。妖精眼を持つ
モルガンもまたユーウェインの力を知った――彼の力を借りれるなら、この國に根付く難題も解決可能だと判断したのである。斯くして女王暦を拓いたモルガンは、唯一無二の
『――此処に契約は成った。獣神ケルヌンノスの骸も、厄災の全ても、俺に任せてくれて良い。貴女が望んだなら、邪魔な妖精も次代を発生させないように滅ぼす。貴女の剣として敵を滅ぼし――』
『――
† † † † † † † †
理不尽な終わりだ。不条理な終焉だ。
王は嘆いた。そんな馬鹿な話があって堪るかと。
神秘の世は終わり、時代は物理法則に支配される。
人理は定まり、人は神の身許を巣立つ。
――それはいい。
だが、神代最後の楽園であるからというだけの理由で滅びろと?
我々の国に。我々の旅に終止符を打てだと?
戦いに敗れたのなら納得しよう。
命が尽きたのなら後に託そう。
しかし我らの行いではなく、世界の意志で滅びるような事は認めない。
故に、契約を交わそう。我々はブリテン島の意志に賛同する。
聞け、星の種。私は今こそ救世の旗を掲げよう。
人理よ退け。私が通る。
異聞の歴史――西暦500年――造られた楽園の妖精王が人理を斬った。
道理の施行は暗転した。物理法則は反転した――様変わりした世。真エーテルは枯れず、星の裏側から噴火する。神が現れた。獣が。竜が。天使が。悪魔が。怪物が。魔物が。怪異が。死者が起き上がり霊が蔓延り。魔道の者は歓び正道の者は嘆き外道が満ち。
質量は保存されない――法則の破棄。
慣性は通用しない――法則の白紙化。
運動量は適用されない――法則の形骸化。
画用紙にクレヨンで好き勝手。法則の決定権は幻想の手に返還された。
人類の積み重ねた研鑽は。人類の塗り固めた科学は。人類の語り継いだ知識は。
全て無意味となった。全て無駄になった。
中庸を気取る風見鶏。混沌を憎む秩序の紡ぎ手。秩序を嘲る混沌の信徒。
英雄が現れた。王が現れた。賢者が現れた。魔法使いが現れた。
世界の触覚が。抑止力の残骸が。――その全てを、幻想の王は斬り捨てた。
未曾有の混沌に剣を入れ、進軍し、行軍する王は併呑する。
島国の王は、大陸の王となった。
大陸の王は、人の王となった。
人の王は――神秘に纏わる幻想の王へ至った。
世界は袋小路に入ったのだ。
王の名の下に鎖された太平の世。
異星の者よ、汎人類史の勝利者よ。
如何なる理。如何なる道理も赦すまじ。
剪定など認めない。我らの終焉は我らの行いにのみ帰属する。
――故に、
人理焼却を経なくては、人理再編が
異星を謳う貴様に手を貸そう。是が非でも、人理には灼かれて貰う。
星に成り代わらんとする憐憫の獣よ――前座は前座らしく、舞台を整えるのが貴様の役目だ。
† † † † † † † †
「ただいま」
「お帰りなさいませ御主人様。背広をお脱ぎください、手荷物も預かりましょう。風呂、食事の用意は済んでおりますが、どちらからになさいますか?」
ユーウェインの自宅は、ウェールズの片隅にポツンとあった。
神秘の王の物とも思えぬ、ちっぽけな家だ。だがこれでいい。これがいい。豪奢で、絢爛で、広大な邸宅は不要。無駄に広くても維持が手間だし、使い切れない財貨も、いずれは別れることになる使用人も、無駄に凝った調度品も要らない。平凡な別荘があれば充分だ。
実家は
趣味が高じて身の回りの世話を焼いてくるのはオルタ・ペンドラゴン。オートバイにて行われるロードレースの
自宅の扉を開けるなり、手荷物をするりと奪い、さらりと背広を脱がせてきたオルタが言うのに、ユーウェインは白い目を向ける。なんせオルタの纏うメイド服がほとんど水着だったのである。
「おい、なんだその格好は」
またぞろ訳の分からん事を始めたなと、肌色の面積が多い格好を上から下までジロジロと見る。不躾な視線だが邪ではない、オルタは恥ずかしげもなく胸を張った。
「これは現代最先端のトレンド、水着メイド――炊事洗濯その他諸々、汚れも気にせず働ける素晴らしい衣装です。いずれ全てのメイドの制服として水着が採用されるようになるでしょう」
「水着メイドがファッションの最先端だと……? 世も末だな……政府に働きかけて水着メイドを弾圧しなければ……」
「む、圧力……! 公権力の乱用は圧制のもと……! 圧制には断固として抗議させていただこう……!」
「公序良俗に反してるのが分からんのかバカタレ。それと俺の前で圧制とか言うんじゃない。第三次の
ユーウェインは顔を引き攣らせる。――さぁ、圧制者よ。傲慢が潰え、強者の驕りが蹴散らされる刻が来たぞ! とかなんとか。ユーウェインを見るなり襲い掛かってきた大男が、汝を抱擁せん! などと言いながら迫ってくる光景は中々衝撃的なものだった。
反射的に斬ってしまったが、反省はしていない。しかしその時の強烈な印象から、圧制と聞くとあの大男を思い出してしまう為、家では禁句として口にしないように頼んでいたのである。
さておき、まさか本当に水着スタイルがメイドの中で流行るとも思えない。ノリと勢いで喋っているらしいオルタに「風呂に行く」と言って――
「――――!?」
咄嗟だった。あらゆる思考を置き去りに、彼の肉体が反応する。
それは久しく覚えなかった戦慄。命の危機を知覚するのは、星の究極生命を討った時以来であり――その時の戦慄を遥かに超える
ユーウェインの帰宅を見計らっていたように現れた
神業の剣技と芸術的な魔術の複合、いっそ鮮やかなまでの奇襲である。
果たしてそれは、巻き添えを食らい掛けたオルタを突き飛ばしたユーウェインの胴を捉え、そして
「ユーウェイン!」
直前まで戯れていたオルタが全身に甲冑を形成して纏い、漆黒の聖剣を抜刀する。
たたらを踏んで、床に尻餅をついたユーウェインは、呆然と自らの肉体を見下ろした。
主人を助け起こしたオルタが周囲を警戒し、殺気立っているのにも構わず。
「……今のは……俺の太刀筋に、似ていたな……」
「何を言っているのですか!? は、早く手当を……!」
「……いや、いい。この程度で俺は死なん。それに相手もこれで仕留め切れるとは思っていなかったらしいぞ。とにかく
「なんですって……? ……それはッ」
魔術は門外漢のオルタだが、ユーウェインの負った傷には夥しい呪詛が込められていた。
常に脈動する
現代の魔術師では千年かけても解呪は叶うまい。それこそマーリン級の魔術師が付きっきりになって、十年以上も手を尽くしてやっと解呪できるかどうかというもの。――ユーウェインだけではなく、彼の周りにいる魔術師の思考や癖をも知悉しているかのように嫌らしい呪詛だ。
あと一分もあれば、ユーウェインは対処できる。だがその時間がない。してやられた――
「――オルタ。マーリンとガニエダ、リリィを呼べ。恐らく二回目はない、あれほどの転移魔術は何度も使える代物ではあるまい。……俺は、寝る。念の為……俺のことは……アヴァロンに……あそこにいたなら……無いとは思うが、二度目があっても、俺を狙い撃ちは、でき……」
「ユーウェイン!」
オルタの焦った声に、反応が返ることはなかった。魔王は深い眠りに落ちてしまったのだ。
焦燥するオルタだったが、意識を失くしたユーウェインが呼吸をしているのを確かめると、即座に緊急手当を行ない、ユーウェインの残した言葉に従って魔術師達を呼びに向かった。
(私はおろか……ユーウェインにすら直前まで反応させない魔術に、剣技だと……? 如何に奇襲だったとはいえ、それほどの事を一体誰が……)
疑問は尽きない。だが、いずれにしろやる事は変わらない。
怒りに燃えるオルタは、奥歯を噛み締めて報復を誓う。
(――よくもやってくれた。この落とし前は、必ず付けさせてもらうぞ)
リアルで多忙なので更新は滞りまする…。