幽波紋の奇妙な幻想 《Drifted Destiny》 作:右利き
バサッ
「いらっしゃいませーー!」
貸本屋『鈴奈庵』。その
音を耳にした店番、本居小鈴はレジのカウンターから元気良く挨拶をする。元気なのは彼女の取り柄。そんな彼女は人里でも有数の人気者である。
そのため、人里に住む者の場合、彼女の挨拶に元気良く返すか、あるいは笑顔を向ける。
しかし、この時来店した者はそのどちらもしなかった。というか……
「……あれ? さっきまで店の前にいたと思うのに……姿が見えなかった……」
不思議な出来事が起こっている。小鈴は確かに暖簾の前に立ち、入店しようとする者の影を目撃していた。
ならば、暖簾が揺れるとなるなら、その者が暖簾を手で払い、その身を店の中へと入れる時以外あり得ない。
突然の出来事に、小鈴は徐々に恐怖を覚え始める。
「み、見えないお客さん……!? ま、まさか……幽霊ッ……!? 透明人間!? キャーー!」
小鈴は真面目に怖がっているが、側から見るとそれなりに余裕がありそうに思える。
だが、彼女の目の前で起こった出来事は
パサ パラリ……パラリ トン……
「ひうっ!?」
パラリ……パラリ……
小鈴の耳、鈴奈庵の中で発せられる、本の紙をめくる音。小さい音だが、確実に聴こえる。
小鈴は屋内には一人だけ、と思い込んでいたため、この音が聴こえ始めた時にさらなる恐怖に襲われた。何かで気を紛らわせようとは思うが、意識すればするほど、紙をめくる音は頭の中に響き渡る。
数秒悩むが、小鈴は近くに立て掛けてある箒を手に取ると、例の音が聴こえる本棚へ目を移す。
「………………」
(私は店番だから、あれがもし泥棒だったら鈴奈庵を守らないとッ……! でも、やっぱり怖い! ホントに幽霊だったらどうしよう……?)
箒の柄をギュッと握り締め、静かに、物音を立てぬようにゆっくりと歩く。
相手が幽霊だったら箒で叩けないのではないか、と疑問に思う人は多いだろう。しかし、今の小鈴にそんなことを考える余裕は無かった。とりあえず近くに置いてあった物なら何でもよかったのだ。
ゆっくり、ゆっくり近付いていく。音の主はどうやら、本を手に取ってページをめくり、棚へ戻す。そしてまた手に取って……という動作をくり返しているらしい。
いよいよ位置が縮まってきた。まだ相手の体は見えないが、音の大きさからして、もう3mほどの距離である。
小鈴は箒を叩きやすいように持ち替える。
「…………ゴクリ」
(よ、よーーし……1……2の……3! で覗こう!)
棚に手を掛け、呼吸を整える。
そして意を決して、カウントを始めた。
(1…………2の…………3!)
小鈴は棚の陰から頭を出し、本を漁る者の正体を見た。
この瞬間、小鈴の意識は後頭部の方へ集中し、バランスを崩して後ろへ倒れそうになってしまった。
彼女が見たものとは…………
「ヒッ……バ、バケモノ…………」
『バケモノ』。そう言われると、人から完全にかけ離れた生物を想像しがちである。が、小鈴の目に映っているものは人型であった。逆に言えば、人間との共通点はそこだけなのである。
体全体に十字に交差する模様が走り、体色は赤色。ガッシリしている体型と言われれば納得するし、スリムな体型だと言っても疑問を抱かない、長身でスタイリッシュなボディ。
体色の時点で人間離れしているが、
こんな存在を『バケモノ』と呼ばず、何と呼ぶのか。
「あわ……あわわ……」
「………………」
小鈴は来訪者の風貌に腰を抜かし、思わず箒を手放してしまう。彼女の手から離れた箒はカラン! と音を立てて落ちるが、目の前の存在は意に介さない。
だが、分かっていることが一つだけある。この存在は小鈴に気付いている。ではなぜ、気付いていないフリをするのか。反応するまでもない、
「…………」
「………………」
この姿を見て、一体何秒、何十秒経過したのか。小鈴自身分かるはずもなかった。この紅の者も、本を漁るのに夢中で時間を意識していない。
その場で固まってしまった小鈴は、頭の中を必死に整理しようとしていた。
(な、なんで!? なんでこんなバケモノが
「…………おい」
「!? は、はいぃッ!」
頭で色々考えていると、目の前の『バケモノ』が口を開いた。あまりにも急なことだったので、小鈴の心臓は肋骨を突き破らんとする勢いで飛び跳ねた。
「この貸本屋の店員は客が品探しに手間取っているのを黙って見ているのか?」
「…………え?」
「俺が今何をしているのか、どういう状況なのか、店員であるお前は理解できていないのかと訊いている」
紅の者は手を止めず、視線も移さぬまま小鈴へ言葉を投げる。いきなり喋り出したため、小鈴の方は間抜けな声を
彼が何を言いたいのかというと、遠回しに「私の探し物を手伝え」ということである。小鈴はてっきり、「お前を食ってやろうか?」のような脅しを言われるものかと思っていたが、彼は
少々怖気付きながらも、小鈴は彼に声を絞り出す。
「え……えーと……何を……お探しで……?」
「幻想郷に関する本……地理や歴史はどうでもいい。力のある住人のことについて、詳しく書かれたものだ」
「……ど、どうしてそんなものを…………?」
「…………」
「ヒッ! す、すみません!」
小鈴が抱いた素直な質問、どうやら彼にとってはあまり探られたくないらしい。彼女が口にした瞬間、とてつもない目力で彼女を睨みつけてきたからである。恐ろしい者だ。
怒りを察知した彼女は急いで謝ると、店の奥へと逃げるように走って行った。
(な、何なのよ〜〜ッ! あいつ! あんな怖い顔見せなくてもいいじゃん! こんな
小鈴は心の中で文句を垂れながら『幻想郷縁起』を探す。レジの裏にある、在庫品用の小さなスペース。小鈴は『幻想郷縁起』を新しく印刷された本の山の中から引っ張り出そうとしており、いくつも置いてあるダンボール箱をかき分ける。目的の箱にたどり着くと、今関係の無い本は近くに置き、新たな別の山を形成していた。
しばらくそんな状態でいると…………
「おい、見つかったか?」
「ひゃん!?」
「驚いてる暇があるならとっとと探せ」
「…………ッ!」
(だ、誰のせいだと思って〜〜ッ!)
一瞬ビクッと肩が跳ねた小鈴。大量の本を漁る彼女を、紅の彼は背後から圧をかけて急かす。
そこから数秒もかからず、小鈴は本の山から『幻想郷縁起』を発見。引っ張り出すと、後ろで偉そうに
「ど、どうぞ……『幻想郷縁起』です。お客さんが望んでる内容だと思います……」
「………………」
小鈴から『幻想郷縁起』を受け取ると、彼は無言、無表情を貫いたままパラパラとページをめくる。
この『幻想郷縁起』、現在世に出ている中で最も新しいものである。カビの異変が起こった後に書かれたため、『妖怪の山』の新勢力である守矢神社のことについても記されている。
彼は永遠亭の住人が紹介されているページをじっと見つめる。竹林に住む兎、不死身の薬師、それらを束ねる姫…………その詳細を流し読みする彼の口元は、一瞬つり上がったように見えた。
そんな上機嫌そうな彼に、小鈴は震える声で話しかけた。
「あのぉ〜〜…………」
「……何だ」
「その……もし借りられるのなら、お代金……」
「…………いくらだ」
「750円です」
「………………」
値段を聞いた瞬間、彼の顔は固まった。口は微妙な大きさで開かれ、目は小鈴をじっと見ている。
なぜ固まったのか、小鈴には分からなかった。分からないまま、彼女も紅の彼を凝視する。未だ暴れる彼女の心臓に、恐怖と気まずさが同棲し始めるのだった。
だが、ほんの少しすると、小鈴の頭にとある予想、仮説がよぎった。小鈴本人でさえ、月まで吹っ飛びそうな衝撃を受ける予想。どんな予想か?
「……も、もしかしてお客さん……お金……持ってない……んですか……?」
「…………」
「ちょ、ちょっと! 大事なことですよ!? 持ってないんですかッ!?」
「……レジに案内しろ…………」
小鈴は疑念を抱いたまま、彼を連れて在庫を出る。
彼が金を持ち合わせていなかった場合、もちろんのことながら『幻想郷縁起』を貸し出すことはできない。彼女……というより、彼女の家は商いをしているのだ。やはり金を稼ぐことが重要なので、タダで貸し出すということは控えたい。
そんな願望はありはするが、この存在が金を持っているように見えるかと訊かれると、首は横に振らざるを得ない。
小鈴はレジの前に座ると、改めて彼に代金を請求する。
「はい。『幻想郷縁起』、貸し出しなら750円。購入なら1250円です。どちらにしますか?」
「………………」
もう一度訊いてみるが、やはり彼は動かない。
小鈴は心の中で確信していた。彼は一文無しである、と。先程まであった恐怖も、客と店員の立場、そして売買の状況によって吹っ飛んでいた。今は逆に、彼に対して同格の位置に立ったというちょっとした安心感さえある。いや、自分は金を要求していて、彼は金を持っておらず困っている。それならば、
小鈴の顔に徐々に笑みが現れ始めた時、彼は口を開いた。
「……750…………か。確かに渡したぞ」
「……え?」
チャリ チャリーン
「え? えぇ!?」
彼が呟くと、レジ上に数枚の貨幣が音を立てて落ちる。いきなりの出来事に、小鈴は素っ頓狂な声を上げて驚いた。
手品? 魔法? そんなものでは断じてない。小鈴はこの光景を目にした瞬間、何か恐ろしいものを感じていた。それが人間の中に眠る古代の本能なのかは知る由もないが、とてつもなく恐ろしい
「貰っていくぞ」
「え? あ……はぁ…………」
紅の彼は小鈴へ背中を向け、暖簾を払って退店する。
小鈴は事態を呑み込むのに必死で、「またのお越しを〜〜」の文句を言うのを忘れてしまっていた。
目の前で何が起きたのか?
彼は
到底理解できないが、代金をしっかり払われたのは事実。小鈴は放られた金を手に収めると、レジと一体化しているドロアを開けようとする。
「……あれ? 鍵が……壊れてる……」
ドロアを施錠する鍵は、まるでねじ切られたようにして破壊されていた。
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「ほう。永遠亭…………『蓬莱人』か……」
その日の夜。人里を離れた紅の者は、竹林にて幻想郷縁起を読みふけっていた。
開いているのは『永遠亭』のページ。紅魔館の住人、妖怪の山の妖怪たちの記事は既に頭の中にある。三角のハイライトが光るその目が映しているのは、永琳と輝夜の記事だ。
「"蓬莱の薬を飲み、不死の肉体を手に入れた"…………なるほど。不老不死…………」
彼は蓬莱人である2人と、蓬莱の薬に興味をもっていた。
不老不死。それは彼にとってはおとぎ話も同然の存在。彼のいた世界には、過去に『石仮面』という物が、文字通り不老不死の吸血鬼を生み出していた歴史があるのだが、彼と彼の本体はそれを知らない。
だが、この世界にも不老不死が存在する。蓬莱の薬を、永遠亭の八意永琳に作らせれば、彼は力を、永遠を手に入れられる。何者も超越できるだろう、圧倒的な力。そして、誰にも侵されることのない絶頂たる地位。
それは、もしかしたら、『呪い』に束縛された主を救うことだってできるかもしれない。
彼のもつ
2人の記事を読み終え、再びページをめくると、彼はもう一人の蓬莱人の記事を目にする。
「……これは…………」
「おいおいおい……
竹林の中で妖怪狩りを行い、たった今帰宅した藤原妹紅。彼女の前に建つ
妹紅はうんざりしたように頭をわしゃわしゃと掻くと、例の日と同じように、右手に炎を灯す。そして、足音を殺してゆっくりと小屋の戸に近付いた。
「………………」
(中の気配は……一人分。というか、あっちも私に
何者かが自分の家でくつろいでいる。以前チャリオッツにしたように、説教が通じる相手であるよう祈るが、今回はどうか。
前と同じように、左手で戸の取っ手を掴む。そして深呼吸を一度。相手が誰であろうと、一撃でダウンさせられるように火力を調整。全神経を集中させる。
準備は整った。
(よしッ…………!)
「私の家に勝手に上がり込むとはッ! いい度胸してるじゃねーか! コラァ!!」
ボォウゥン!
妹紅はサッシから外れそうになるぐらいのスピードで戸を開けると同時に、中にいる何者かへと右手を打ち出した。高熱の炎を纏ったその一撃は、並の妖怪や人間であれば致命傷になるだろう。
そして、確かに当たった。自分の拳は、確かに何者かを捉えている。それでは、侵入者の正体を確かめてやろうではないか。妹紅は右拳の力を弱めることなく、顔を上げる。
目の前にいた侵入者の正体、それは妹紅自身であった。
「……なッ!? な、中にいたのは……わ、私!? 私が……家の中にいた……の!?」
2人の妹紅。しかし、戸を開けたのは確かに妹紅だ。そして、拳を打ち出したのも妹紅だ。
だが、妹紅の視点は
そして、家の外にいた妹紅の像は徐々に薄くなり、やがて消え果てる。と同時に、残った妹紅の影にもう一つの影が重なった。
「お前がたった今目撃し、そして触れたものは……『未来』のお前自身だ。数秒過去のお前が、未来のお前自身を見たのだ。それが我が『能力』」
「うっ!?」
妹紅は理解できなかった。過去の自分と未来の自分が、同じ場所、世界に同時に存在できるはずがない。そう頭で思い切っていたからである。そして、こいつが自分に何かしたのは確かであるが、それに全く気付けなかったことについても、彼女は理解することができなかった。
後ろに立つ影は、ゆっくりと揺めき、細長い何かを上へと掲げる。
「
彼のこと大好きなので、書いている途中ですごいテンションが上がりました。
ひとまず危機が去った人里であるが、迫る影の標的は永遠亭へと切り替えられた。
地底に潜るハイエロファントたちは、その時何をしているのか?
いよいよ始まる東方地霊殿後半戦!
お楽しみに!
to be continued ⇒
あくまで参考までに、ということで。
-
東方をよく知っている
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ジョジョをよく知っている
-
東方もジョジョもよく知っている
-
どちらもよく知らない