幽波紋の奇妙な幻想 《Drifted Destiny》 作:右利き
今回も六部以降のスタンドが登場します。ご注意を。
そして、今までで最も長いので、何かしら誤字などのミスがあるかもしれません。見つけた場合は報告してくださると幸いです。
場所は地底。地霊殿、ではなくそれよりももっと賑やかな場所。地底そのものが
毎日がどんちゃん騒ぎかつ、夏休みのような旧都だが、そこから少し離れてみるとすぐに
「あ、あぁああ〜〜〜〜……!」
「何なんだよあいつは……ぜってぇーただの妖怪じゃあねぇ……! いや、そもそも妖怪なのか!? オレたち鬼を、
鬼2人は暗闇の奥から視線を外せない。外したいとは思っているが、自分たちのパワーに絶対的な自信をもっていたが故、目の前で同胞がいつの間にか血の海に変えられたことにショックを受けずにいられない。
パチャパチャと音を立てて動くそれは、興味深そうにぶち撒けられた血をすくってみたり、舐めてみたりする。影でよく分からないが、動いているそれは間違いなく、緑色をしていた。
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「どうしたどうした。お前たちもう呑めないのかぁ!」
「む、無理ですよ……勇儀さん呑みすぎですって!」
「あ〜〜ん? 今日はぜんぜん酔ってないよ。意識もまだハッキリしてる」
「そうじゃなくて、量が少なくなってんスよぉ! 昨日、今日でどれだけ消費してるんですか!」
「…………残りどれぐらい?」
仄かに明かりが浮かぶ旧都の中で、一際目を引く大きな建物。その前に居座る者たちのほとんどが顔を真っ赤にして酔い潰れている。彼らの真ん中には巨大な盃を手に、自分に酒を控えるよう話す部下たちに耳を貸す女性がいた。
彼女の名前は
「ねェ、ホントに酒作ってんの? いくらなんでも、この前のお酒自粛から足りなくなるの早すぎない?」
「消費量の方がスゴいんですよ!! この調子だとまた自粛ですよ。それにどうしたんです? 最近宴会の頻度がかなり高い気がしますけど」
「………………」
目の前の部下の抱く疑問は最もである。連日、一日中宴会を開いてあらゆる妖怪たちが酒に潰れてきた。最初は楽しむ者がほとんどだったが、今となっては勇儀の底無しのザル具合について行けず、意識が飛んだまま戻って来ない者が山ほどいるのだ。放っていたとしてもどんどん酒や食料は減っていく上、近くに寄れば無理矢理参加させられることだってある。もうここらで終わってほしいと、部下たちは心から思っていた。
「……理由ねぇ。自分でも不思議なんだけど、近々
「いや、別のことで武者震いを止めてくださいよ」
「じゃあ、お前サンドバッグになってみる?」
「まぁ、落ち着いてください。しかし、何かが起こる……ですか。良くないことが起こらないと良いんですがねぇ」
勇儀を説得しに来た鬼は20人近くいた。ゴツい人外の生物がここまでいると恐ろしいものだが、勇儀からすれば全員三下だ。彼らの先頭にいる下顎から牙を出している鬼が勇儀にサンドバッグにされそうなところを、同じく先頭に並び立つメガネを掛けた鬼が宥める。部下といえども、勇儀は会社やギャングの偉い人物のように彼らをまとめているわけではない。このメガネの鬼は頭脳派であり、彼が参謀として鬼たちを導いているのだ。
こんなやり取りをしていると、説得しに来た鬼たちの後ろから、ドタバタと騒がしく2人の鬼が走って来た。息を切らしながら勇儀の前に倒れ込み、口をパクパクさせている。ここは鬼のボス、可愛い部下にはオアシスを与えてやるのだ。
「お疲れのようだね。これ呑む?」
「ハァーーッ……ハァーーッ…………それ、一番強いやつですよね!? 殺す気ですかい!?」
「勇儀さん、聞いてください! ヤ、ヤベェのが!」
「…………ヤベーの?」
「お、俺たちの! 地底に移住して以来、俺たちの前に初めて現れた…………ッ! 鬼の天敵ですよォォッ!!」
「!」
放たれたのはこの中にいる誰も予想していなかった言葉。『天敵』。後ろに
「お、鬼の天敵だって? 俺たちの天敵って……」
「俺たちより強い妖怪なんかいるかよ……」
「いや、でもあの焦りようは明らかに普通じゃないぜ」
「へぇ……面白いね。どんなやつだい?」
『!!』
鬼たちが口々に思ったことを言う中、満を持したように勇儀が口を開けた。長い髪を耳に掛けて盃に残った酒を呑み干し、口角をニヤリとつり上げる。
彼女が言葉を発した瞬間、鬼たちはほんのズレも起こすことなく同時に黙った。鬼たちの中には畏怖と、彼女への絶対の信頼がある。勇儀が「面白い」と口に出す時は決まって
「い、いやそれが……暗がりでよく見えなくて……でも、あいつは絶対に地底で見たことのないやつでした!」
「あぁ、そう…………私たち鬼の天敵ね。それじゃ、見に行ってやろうじゃないの。お前たち、案内しな」
「えぇ!? み、見に行くんですかい!?」
「怖いんだったら来なくてもいいんだよ。下アゴ。でも、私がどういうやつが嫌いか、知らないわけないだろう?」
「うぅ……!」
下顎から大きな牙をのぞかせる鬼、通称「下アゴ」は縮こまってしまった。
勇儀が嫌いなものは『臆病者』。ヘタレは彼女の気に障る。ましてやそれが同族であれば尚更のことだ。「臆病者はついて来なくてもいい」とその場にいる部下たちに言い放つと、彼女は盃を置いて立ち上がった。
「どこの誰だかは知らないが、私ら鬼にケンカを売ろうというなら買ってやるよ。ちょうど酒自粛が再開したらどうしようかと思って何かにぶつかりたかったところさ。だが、もしそれで相手が大したことのないやつだったら…………ねぇ」
「ヒッ」
「尻尾を巻いて逃げて来たお前たちを殴る」。そう言わんばかりの圧を座り込んでいる2人にかけた。彼らは同時に震え上がり、後ろの他の鬼たちもゴクリと固唾を飲んだ。プライドの無いやつは叩きのめして喝を入れてやる。自分たちの、種族の誇りを汚す者もぶちのめしてやる。これが鬼、星熊勇儀なのだ。酔いなど無い。これは挨拶だ。
勇儀は立ち上がり、控える部下たちを引き連れて件の『天敵』が現れた場所へ向かい始めるのだった。
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旧都から出て行った鬼の数は30を超えている。ぞくぞくと集まり群れになって、勇儀を先頭に逃げて来た鬼に案内させてながら歩き続けた。地底で最も明るく、騒がしい旧都から出れば、後はどこも寂しく暗い同じ空間が続くのだ。
勇儀に続く鬼たちの心の中は、「勇儀さんが負けるわけがない」という言葉で埋め尽くされている。勇儀本人もそう思っているし、自分が相手よりも格上であることを前提に「骨のあるやつなのだろうか」と少しワクワクしている部分もあった。
しかし、彼女のすぐ後ろにいる2名は違う。パワーだけでどうにかなる相手ではない、と確信しているのだから。
しばらく歩き、鬼たちは地底の岩壁近くまで到達する。この辺りは明かりが無く、目を凝らさないとほとんど何も見えない。壁の近くではパチャパチャと液体が動く音が聴こえ、勇儀は足を止めた。団体が停止すると数人の鬼が提灯を灯し、勇儀の近くに来て周りを照らす。真っ赤に染まった地面と、その奥に
「ア、アレです…………」
「……そう言われても、赤ん坊か何かにしか見えないんだけどねぇ……」
「で、でもやつが確かに仲間を殺したんですよぉ! 俺たちが踏んでる血溜まりも、元は鬼たちです。あいつがやったのを俺たちは見たんですよォォ!」
道案内をした鬼はなんとか勇儀に信じてもらおうと必死だ。後ろに続いていた鬼たちは、自分たちが踏んでいる血が仲間のものだと知り、口々に驚きの声や怯えを口にする。「まさかここまでとは」というのが全員の本音だ。勇儀も例外ではない。
そして、血溜まりの奥にいる存在は勇儀が言うように小さい。人間に近い彼ら鬼からしてみれば、赤ん坊サイズである。深緑色の体色をして顔が仮面のように無機質であるため、それが鬼や人ではないことは一目瞭然。では、目の前の存在の正体は何なのか。
「ふゥん。こうして見てみても何の妖怪か分からないな。なぁ、メガネ。あいつの正体、何か予想がつくかい?」
「いえ……私も初めて見ました…………我々のような
「ちょこっと様子見といこうか」
勇儀がそう言うと、後ろにいる鬼たちも謎の妖怪を視界に収めようと前に出て来る。彼らと謎の妖怪との距離は20m程。勇儀のような実力者でなくとも、元々強力な種族である鬼ならば一瞬で縮められる距離である。それでも誰も近付かない。勇儀に逆らうのもマズいことであり、不用意に近付いたらどんな攻撃をされるか分からないためだ。
鬼たちが警戒している中、謎の妖怪が何をしているか少しずつ分かりかけてきた。ぶち撒けられた血溜まりは徐々に固まりつつあり、妖怪は指で固まった血液を削っているようなのだ。しかし、その作業に夢中になっているせいで目の前の鬼の存在には気付いていない様子。
様子見を始めてしばらく経った頃、勇儀はいよいよ
「お前ら……私を驚かすために嘘ついてるとか……」
「いやいやいや! そんなわけないじゃないですかッ! 正直あなたの方が怖いんですから!」
「……今の発言は聞き流してあげるよ。もういい。私が行くからね」
「え、近付くんですか!? や、やめた方がいいですよ」
「じゃあ、なんでお前たちは私を呼んだのさ」
あまりにも何も起こらないため、勇儀は自分で妖怪に近付き、接触しようと考えた。しかし、実際に仲間が殺された場面を目撃した鬼たちが、いくら彼女であっても危ないとして制止する。勇儀が行こうとしたら部下が止め、部下が様子見を続行してようとしたら勇儀が強行しようとする。声もだんだん大きくなり、鬼たちは旧都と変わらないぐらい騒がしくなってしまった。勇儀の関係ないところでも押し付け合いが始まったり、帰ろうとする者とそれを止めようとする者も現れ始めてきたのだ。軽く混乱が起こっている。
だがここで、ついに妖怪が動きを見せる。人差し指でピッと小石を弾き、騒ぐ鬼たちへ転がして寄越したのだ。
「ん、おい待て。あいつ、今何か転がしたよ」
『!』
勇儀は転がってきた小石に気付き、周りの鬼を黙らせた。団結力があるのか無いのか分からない連中だが、やはり強いボスの言うことを聞くということより、上下関係は大切にされていることが分かる。
小石はコロコロと蛇行したり、岩肌で跳ねたりしながら勇儀の足元へと転がってくる。
コロコロ コロッ……
『………………』
「ただの……小石のようだね」
「特に妖力だとかは感じられないッスね……」
下アゴの分析に勇儀が頷く。少し楕円形で、指先から第二関節辺りまでと同じような大きさの石だ。鬼たちは黙って小石が転がるのを見つめている。勇儀の足にぶつかるまで、2m。
コロ コロコロ……
ゴロッ ゴロッ ゴロゴロ ゴツッ
『………………ッ!?』
「!! こ、小石が…………?」
『い、岩になったァァーーーーッ!!?』
謎の妖怪が指一本で弾いた小石。それは勇儀の足を目指して転がり続けていた。そして彼女のつま先に当たった、かと思った次の瞬間。小石はサッカーボールと同じような大きさの岩になっていた。『なった』のではなく『なっていた』のだ。
この初めて見る現象に、鬼たちは同様を隠せずにいる。全員小石に注目しており、瞬きをした者もほぼいない。今まで小石だと思っていた物は、実は岩だったなどと誰も納得することができなかった。
「メ、メガネ! お前頭良かっただろ!? これはどういうことなんでぇ!」
「私も分からない……あの妖怪との距離が思ったよりも遠かったとも考えたが、私たちは弧を描くようにして囲み、あの妖怪を監視していた。いろんな方向から見ているのだから、全員が距離を見誤るだなんて考えられない」
「よし。近付いてみようか」
「えぇ! なんでそうなるんですかい!?」
「近付かないと色々分からないだろ!」
勇儀は一歩踏み出し、目の前で未だ固まった血をイジる妖怪へと近付き始めた。下アゴが彼女を止めようとするが、言葉だけで腕を押さえようだとか手を出すことはない。絶対に、間違いなく、100%引きずられていくからだ。
勇儀は下アゴの制止を聞くことはなく、ズンズン歩いていく。メガネは距離について考えていたが、勇儀としては距離は問題ではないと思っていた。相手が妖怪ならば、あの不思議な現象の正体は何かしらの『術』。おそらく、それを使って仲間を殺したのだろう。ならば、自身でその能力の謎を解き、仲間の無念を晴らしてやろうではないか。勇儀の中から戦いへのワクワクは消えつつある。
そして勇儀の足が距離の半分を超えた地点を踏みしめる。謎の妖怪には確かに近付けている。このまま歩いていけば、敵対心を剥き出しにして『術』を使ってくるはずだ。彼女がそう思った時、突如後ろから叫び声が上がり始めた。
「ゆ、勇儀さん!! 急いで戻ってくださいッ!」
「ヤベェッスよ。急いでこっちに!」
「あの妖怪の方じゃなく、こっちへ戻るんですッ!」
「あん? 何なんだ。いきなり! 大きな声で呼ぶんじゃあないよッ! 何かあったの……か…………!?」
不意に大声を出され、ビクッとした勇儀。ほんの少しイライラしながら振り向くとそこには…………
「!? おい、お前たち!? どこへ消えたんだッ!」
自分の後ろには大勢の鬼たちが控えていた。
しかし、声だけは聴こえていた。近くにはいるはずである。勇儀は周りを見渡すが、横にもいない。そんなはずはないが、妖怪と自分の間に回り込んでいるといつこともない。
ふと、上を見上げてみると、そこにはブサイクで巨大な者たちがこっちを見下ろしているのが目に入った!
「あ!? お、お前たち……いつの間に巨大化なんてできるようになったんだ!?」
『ち、違いますよ! あなたが小さくなっているんですよーー! いいからこっちへ戻ってくだせぇ!』
「何がどうなってるんだ……」
『勇儀さん! 私、とある仮説を立てました。とりあえず一度戻ってもらえませんか!』
自分の身長の2倍以上になっているメガネが、勇儀に声を掛ける。下アゴの言うことは聞かないが、聡明な彼の言うことは勇儀も聞く。いつも世話になっている分、その返しとして彼の意見や声を聞き入れているのだ。
勇儀は
「いいですか。まず、さっきの岩について。あれは勇儀さんの元へ転がっていくにつれて大きくなりましたよね?」
「あぁ。それがどうかしたのかい?」
「あの妖怪から離れていくと大きくなった、とも言えますよね? そして、勇儀さんはあの妖怪に近付くにつれて小さくなっていきました。これは距離の問題ではなく、間違いなくあの妖怪の能力です。あの妖怪に近付くと、元のサイズよりも小さくなり、離れると大きくなる」
「……言いたいのはそれだけかい? そんなこと私はもう分かってるよ」
「いいえ……本当の問題はこれからなんです」
「これから?」と首を傾げる勇儀たち。メガネは細く、鋭い石を手に持つと、固まった血溜まりをガリガリと削って何かを描き始めた。彼が書き始めたのは直角三角形。
直角を挟む2辺の内底辺を『地面』、もう一本を『勇儀』と名前を刻むと、メガネは話を再開した。
「先程、勇儀さんはあの妖怪との距離が半分以下になったところで、元の身長の半分以下になっていました。近付くにつれて小さくなるのだったら、おそらく元の半分近付くと、身長も半分に。さらに半分近付くと、身長もさらに半分に。そしてさらに近付くと…………といったようにどんどん小さくなっていくんです」
「だから……それがどうしたのさ。それはさっきも聞いたことだよ!」
「分かりませんか? 身長が元の1/2になるということは、脚の長さも1/2になるということです! つまり、あの妖怪に到達するまでの距離は2倍に感じるということ。脚が縮んだんですから。近付けば近付くほど、身長は縮んで歩く距離はそれに比例して長くなる! このことから、私は……
『………………!!』
誰も予想していなかった事実。この地底には寺子屋といったものは無く、何かを学ぶのなら自力で、というのが主な考え方である。そんな地底の中でもトップクラスに頭が回るメガネが、絶望的な仮説を立てたのだ。誰も彼を疑わないため、彼の抱く絶望はすぐに他の鬼たちへと伝染する。
目の前のあの妖怪が同胞を殺した方法はそれに違いない。鬼を縮ませて、パワーが落ちたところを狙ったのだ。おそらく、石を投げたりしたのだろう。永遠に到達できないのなら、どうやってあの妖怪をとっちめてやればいいのか。この場にいる鬼たちの半分以上は諦めていた。近付けないのなら、いくら我らが勇儀であっても……と。
しかし、彼女は彼らとは真逆の位置にいる。
「……だが、あの妖怪は岩を縮ませて
「あ、なるほど……」
「ま、待ってください。勇儀さん。まさか……」
勇儀の述べた考えに下アゴが頷いた。縮んだ岩を触っていたのだから、もっと近付けばやつに触れられるだろうという考えだ。
しかし、メガネは首を横に振る。そんな単純な問題だとは思っていないからだ。そして悪い予想も立っていた。勇儀はあの妖怪に近付こうとしている。そして彼女はそこそこ頑固だ。「こうだ」と決めたら中々意見を曲げない。そして自分なりの打開策を見つけてしまった時、彼女は絶対にするだろう。実行を。
「どれだけ小さくなろうが、絶対に終わりがあるはず。大体、この世に『永遠』なんてものは無い! この私の脚力ならッ! やつよりも先にぶん殴れるッ!」
ドガァアン!
「ゆ、勇儀さんッ! 絶対、そんな単純な能力ではないんです! もしもやつが小さくする対象を選べるのだとしたら? 小さくする程度を操れるとしたら? あなたは無限に小さくなって、いずれ『
勇儀は地面が陥没するほどのパワーで岩肌を蹴ると、真っ直ぐ妖怪に向かって飛んで行った。しかし、スピードが乗っている分、距離が縮まるスピードも速いため、彼女の姿はすぐに小さくなって目視することもできないサイズになってしまった。ついに、勇儀はメガネの制止を振り切ったのだ。
(なるほど……たしかにメガネの言う通り、やつに近付くほど体が小さくなっている! やつの姿がどんどん大きくなっているわけだ。そう見えるだけなんだが)
異形の妖怪の姿はさらに大きく見え、赤ん坊サイズだったのが、既に一つの丘のような大きさになっている。大きく、歪な形をしている顔面など、さらに恐怖をかき立てるものだが、勇儀にとってそんなものは関係無い。彼女の中には絶対に辿り着いてやるという強い意思だけが存在している。
そして一度目に近付いた時とは決定的に違うものがある。それは、この妖怪が今初めて、勇儀に顔を向けたということだ。
「こ、こいつ……ついにこっちを見たな! ようやくそのヘンテコな顔の全貌が見えたよ」
仮面に付いている車のヘッドライトのような部分が、勇儀を睨み付けている。この妖怪も、勇儀のことをいよいよ『敵』だと認識したようである。
ここからこの妖怪はどういう反応を取るのか。勇儀は拳を構えつつ、足をさらに速く動かす。彼女の身体能力は地底のみならず、地上の者と比べてもトップクラスに入り込めるもの。ただでさえ強力な鬼たちを屈服させているのだから、当然と言えば当然であるが。
しかし、依然体は縮み続けている。この妖怪がどうするかによって、勇儀が取る行動は180度変わるであろう。そうこうしている内に、ついに山が動いた。
「……!? こ、こいつ! このサイズで…………
本物の山と同じ大きさに見える妖怪は、勇儀から見て非常に巨大な腕を振りかぶった。格闘、暴力に精通する彼女ならすぐ分かった。いや、彼女でなかったとしても、人里で呑気に暮らしいている人間でも分かるだろう。腕を大きく振りかぶるのは、力いっぱいに相手を殴りつけるための動作であると。
「お、おいおいおい……今勇儀さんがどこにいるか分からねぇけどよ〜〜。あの妖怪の構え……もしかして……」
「ウソだよな……あそこに勇儀さんがいて、まさか、それだけの体格差で殴るつもりか!?」
「いくら勇儀さんでも耐え切れるか分かんねぇぞッ! ど、どうする!?」
「どうするも何も……私たちは祈るしか……」
周りにいる鬼たちも妖怪が何をするのか察していた。勇儀はすさまじい怪力の持ち主であり、足を踏みしめるだけで辺りの家々が倒壊する、だとかいう伝説が噂されることもある。しかし、それでも彼女にも限界は存在している。背中に富士山を背負って立てるのか?
だが、ここまで近付き、能力にハマった以上戻ることはできない。それに、非力を理由に退却するのは彼女の信条に反することだ。意思の堅い彼女は言行齟齬を何より嫌う。
「いいよ……! 来るなら、とことん来い! 相手が山でも、私は退かないからねッ!」
迫るのは山の如き巨大な拳。恐竜を絶滅させたとかいう隕石も、そんなサイズだったのだろうか。勇儀はそんなことを考える。両手をめいいっぱいに広げ、妖怪の拳を受け止める!
ズズゥゥン
「うッ! ぐ……ぎぎぎィ…………ッ!!」
(お、重い! でも、久々に全力が出せそうだ……!)
一体いつぶりになるだろうか。全力など、最後に出したのは数十年前? 数百年前になるだろうか?
少なくとも、この地底で自分に反抗するやつだなんて滅多にいない。他の鬼に文句を言えても、自分にはまず言わない。ホイホイ言うことを聞く。それ故に、戦いの面では一切満足することはなかった。強敵と戦いたいと何度思ったことか。地上に出ようと思っても、地上の賢者と不可侵の約束を結んだからには、それを破るわけにいかず悶々としていた。
戦えてると言いづらいが、今この状況、押されているこの状況は、間違いなく戦いを求めていた勇儀の心を満たしていた。飢えていたために、今回の件が嘘だと分かったら、報告しに来た2人がどうなっていたか分からない。とにかく、勇儀はこの瞬間を全て、体で受け止めて歓喜しているのだ。
「ふッ……ぐゥ……! こ、この体格差……! 予想はついてたけど……強い!! ぜ、全力でも押し返せないか……これが……私の……限界ってやつね……ッ!!」
体中の筋肉が隆起し、血管もボコボコと浮き上がっている。顔も、尖った耳も真っ赤だ。美しい女性から、まさに鬼の名にふさわしい姿になっている。バケモノと呼ばれても誰も否定しないほどの体型に変化しているが、それほどのパワーをもってしてもこの妖怪の拳を止められない。
だが、妖怪の方も余裕であるわけではない。自分の体重を全てかけているのだ。砂粒よりも小さい、目で見るのも難しい鬼を倒すために。自分に敵対するものは全て。
「うっ……ぬゥ……ハァアアアアアーーーーッ!!」
振り下ろされた拳を耐えて40秒。受けている側の勇儀からすれば、それは30分にもなるような感覚だった。
しかし、これにて終了。自身をボロボロにするほどの彼女の健闘は讃えられるべきである。
タン!
乾いた音。赤ん坊が地面を殴った、可愛げのある破裂音が寂しく響いた。それを見ていた部下たちは一斉に悟る。我らがボスは敗北したと。
『うわァアアアアアアアーーーーッ!!!』
「ゆ、勇儀さァァーーーーン!!」
「バ、バカな……バケモノめ……!」
「ど、どうすりゃいいんだよぉ……俺たち。これからどうすればいいんだ! あいつなんて倒せるわけがねぇ!!」
鬼たちは慌てふためき、果てには逃げ出す者も現れる。だがそれを咎める者もいない。地底で最も強いと、そう思っていた人が負けたのだ。彼らの絶望は計り知れない。
そして、目の前の妖怪は視線を彼らに移す。「次は、お前たちだ」と言うように。メガネは腰が引けてその場から動けない。報告した2人は失禁済み。下アゴは恐怖に負けて、脚を震わせながら腹から叫んだ。
「ヒィィィ! ゆ、勇儀さん、助けてェェーーッ!」
『うるっっっさいねぇ!! みっともない声上げんじゃあないよォッ!!』
『!!?』
なんと、勇儀の声が応答してきた。その瞬間、鬼たちの中に希望の光が差し込み、皆が必死で勇儀の姿を探す。が、彼女の姿はどこにもない。背後、左右どこにもだ。あの妖怪から何とか離れたのではないのか? 鬼たちはそう思っていた。
そのようにしていると、件の妖怪の背後で、何やら大きな影が動いた。その正体は、全身から汗を噴き出し、びしょ濡れになった勇儀だ。
「アンタら……もう大丈夫だ……と思うよ」
「ゆ、勇儀さん!? どうして元のサイズに!?」
「もう無理! 動けない! 誰かおぶってくれーー」
妖怪の真横で、勇儀は大の字になって倒れ込んでいる。久々に全力を出したおかげで、体の至るところが悲鳴を上げているのだ。指一本も動かせない状態である。
勇儀が元のサイズに戻っているのを見て、鬼たちは怖がりつつも彼女を救助するために妖怪の元へと近付いて行く。目と目が合ったりするが、それ以上は特に無く、サイズが変わるということもない。妖怪は勇儀の長い髪を引っ張ったり、服の裾を噛んだりしている。
「だ、大丈夫ですか? 勇儀さん。一体、どうやって助かったんです?」
「私にも分からないよ。いつの間にか戻ってた。混乱してるのはこっちの方さ」
「アァア……ア……」
「…………おや。この妖怪、勇儀さんに懐いていませんか? まるで本当の赤ちゃんみたいです」
「へ? 私に?」
妖怪は喃語のようなものを口にしながら、勇儀の体にすり寄っている。赤ん坊さながらのパワーで抱きついたり、彼女の体をよじ登ろうとしている。そんな様子を見た下アゴが3人に駆け寄ってくると、勇儀を助け起こして妖怪を彼女の肩辺りに乗っけてやった。
頭は悪いが、何かと察しがつきやすい彼は、妖怪が勇儀のツノに触れようとしているのを分かっていたようだった。顔面の方からよじ登られて不機嫌な勇儀に対し、勇儀に赤ん坊ができたような光景に、部下の鬼たちは癒される。仮にも仲間の仇であるのにだ。
「お、勇儀さん。その妖怪、あんたのツノの付け根にある、『星』が気になっているようですよ」
「そんなん知るか! 私はもう動けないから、こいつの処分だとか何とかはお前たちに任せたよ」
「え、えぇ! 懐かれた勇儀さんがどうにかしてくださいよぉ〜〜!」
仲間の仇であるにも関わらず、彼らの手は止まったまま。殺意を見せれば報復に遭うであろうと恐怖していた。
だとしても、感情のままに手を下す者がいたっていい。しかしいない。鬼たちに何かしらのパワーがはたらいているのだとしたら? その者を取り巻く何かが、鬼たちを鎮めているのだとしたら? 彼は……本当に妖怪なのか?
その者は勇儀の『星』を指差して凝視し続ける。
彼女の『星』に、彼は一体何を思い出していたのか。
赤ん坊から目を離し、辺りの調査をしていたメガネはあるものを見つけた。彼自身が理解することはないが、それは英語で書かれた何かの単語。固まった血液を削って、彼はこれを地面に書いていたのだ。
『14の言葉』を。
さらなる異変が幕を開ける……
to be continued⇒
追記
大幅修正を加えました。
あくまで参考までに、ということで。
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東方をよく知っている
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ジョジョをよく知っている
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東方もジョジョもよく知っている
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どちらもよく知らない