不思議な気分だ。
『バーン』の力をこの身に宿したからといって、この傷が癒えるわけではない。
枯渇した魔力が回復するわけではない。
走馬灯が過ぎるほどに瀕死の状態だ。
しかも相手は超凶悪ヴィラン。
正しく絶対絶命。
なのに───この世のどんな存在であろうと今の俺には勝てない。
そんな確信と全能感が溢れて仕方ないのは何故だろう。
身体の感覚が異様に研ぎ澄まされている。
地を這う小さな虫の足音さえ聞こえてくるようだ。
「また姿が変わったね。───やっぱり、いい個性だ」
突然の超加速。
恐ろしい速度でオールフォーワンが迫ってくる。
破壊の権化のような右腕を携えて。
おそらく分かっているんだろう。
俺の力がほとんど残っていないことを。
「……フフ……フハハハハッ!! ───だからどうしたというのかッ!!」
何もない。
今の俺に怖いものなど何もない。
こんな化け物のような奴を目の前にしても、この事実が覆ることはないッ!!
「───天よ叫べ!!!!」
左手は天へ。
「───地よ唸れ!!!!」
右手は地へ。
あぁ、本当に不思議な気分だ。
「今ここに!!! 魔の時代来たる!!!」
何言ってんだか。
でも、俺の嘘偽りない言葉。
「さあッ!!! 刮目せよっ!!!」
───『天地魔闘の構え』
こんな、子供が簡単に真似できそうな単純な構えなのに……なんだろうこの感覚は。
今の俺を倒せる奴いなくね? って真顔で思っちゃってるあたりイタすぎるだろ俺。
ゆっくりと息を吸い、そして吐き出す。
何となく理解できる。
これは不動の構え。
俺から仕掛けることはできない。
でも───それでいい。
どのみちこの場から動けない。
だって俺の後ろには巻き込まれてしまった本当に運が悪い子供がいるんだから。
災難だよなお前も。
ちゃんと逃げなきゃダメでしょうよ。
しょうがないから俺が守ってやるけどさ。
「やはり……いい個性だ!! どうしようもなく欲しいよ!!」
言ってろクソ野郎。
眼前にまで迫った拳。
多分泣いても笑ってもこれで終わり。
死ぬか生きるかの瀬戸際に俺は立っている。
なのに───やっぱり俺の心には波ひとつありはしない。
ただ冷静に、冷酷に、冷徹に。
俺はコイツを迎え撃つ。
「フハハハハッ!!! 魔王とはッ!! その力をもって己が野望を成さんとする者ッ!! 故に我は負けんぞッ!! 我が野望の前に、貴様は邪魔だからなァッ!!」
───『フェニックスウィング』ッ!!!
奴の拳とぶつかった瞬間、大爆発が起きたかのような衝撃。
右手が吹き飛んだと錯覚する。
でもな、ほら。
大丈夫だった。
じゃあ次は俺の番だよな。
だけど……もう力なんてどこにも残っていない。
それでも振り絞る。
力が残っていないならば、今ここで限界を超えればいいッ!!
───『カラミティエンド』ッ!!!
ありったけの力を込めた手刀が、オールフォーワンを斬り裂いた。
「───っ」
ハハッ、ちょっと効いたくらいか?
いやかなり効いてんだろッ!!
でも、まだだ。
まだコイツは倒れない。
はぁほんと冗談キツいわー。
もっと越えろってか? ───上等ッ!!!
次は魔力をかき集める。
ほんとしんどい。
それでもやらなきゃいけねぇよな。
クラスのアイツらと響香のいる未来に、こんなクソ野郎いてたまるかってのッ!!
本当にこれで最後だ。
多分この後俺は倒れる。
正真正銘、最後の攻撃。
だからこそ踏ん張れ。
ここで絶対に甘えんなよ。
俺は───『魔王』
誰だろうと、俺の前に立った奴はぶっ倒すだけだろうがッ!!
そうだろ? 『魔王』ッ!!!!
『───ゆけッ!!』
俺の中にいる八人の魔王全員の声が重なった。
「我の全てを差し出そう。───勝利!! その二文字のためなら……ッ!!」
これで倒れんならお前の勝ちだぜクソ野郎。
だから、俺のありったけをッ!!
───『カイザーフェニックス』ッ!!!
炎を纏いし不死鳥が羽ばたき───爆炎が吹き荒れた。
同時に視界が霞む。
あぁ限界だわ。
でも見せてくれよ。
どうなった?
舞い上がった土煙がゆっくりと収まっていく。
そして───
───どうやら俺は勝ったらしい。
そこには倒れ伏すオールフォーワンの姿。
あぁ……疲れたわー。
えっと、どうしようかな。
やっぱこういうときは、
「───フハハハハッ!!!!」
笑うべきだよな。
でもさすがにもう限界。
バタリと俺も倒れる。
視界が急激に狭まっていくと同時に、意識が明滅しながら遠のいていく。
死んだかもなぁー。
でも……倒、せて…………よかっ………………。
「……お! 魔央!! 魔央!!」
意識を完全に失うその瞬間。
響香の声が聞こえた気がした。
++++++++++
『うおおおおおおおおおおおッ!!!!!!!』
その日───日本が震えた。
破魔矢魔央とオールフォーワンの戦いを目撃した全ての者が、歓喜の雄叫びを上げた。
『ヴィランは───動かず!! 勝利!! 雄英の『魔王』こと破魔矢魔央くん!! 高らかと笑っておりますッ!!』
マスメディアの力は計り知れない。
ゆえに、こんな私情に塗れたことを言ってはいけないとわかっている。
わかっているがそのレポーターは言わずにはいられなかった。
『破魔矢魔央くんは学生でありヒーローではありません。なので、ヴィランとの戦闘は本来認められていないのです。───ですが!! 一体誰が彼を責めることができるのでしょうか!! もし法律が彼を咎めるのなら!! 私は断固として闘います!! ですが今はただ讃えましょう!! 破魔矢魔央くんの勇姿を!!』
その声を聞き、歓喜の雄叫びはより一層大きなものとなった。
───このオールフォーワンとの戦いこそが、後に世界にその名を轟かすことになるヒーロー『魔王』が学生時代に残した、最初の逸話である。
++++++++++
『そろそろ目覚めたらどうだ?』
……ん?
声が聞こえた。
それがきっかけどうかはわからんけど、意識が一気に覚醒していく。
ゆっくりと目を開けた。
そこにはじいさんがいた。
いや、『大魔王バーン』か。
それだけじゃない。
───『竜王』
───『ゾーマ』
───『デスピサロ』
───『ミルドラース』
───『デスタムーア』
───『オルゴ・デミーラ』
───『マデサゴーラ』
全員がこちらを見ている。
どうやら俺は、より一層豪華絢爛になったこの玉座で頬杖をつきながら寝ていたらしい。
あぁ、体がしんどい。
寝起きは得意じゃないんだよ。
でも……これだけは言わなきゃな。
「みんなありがとう。助かった」
特に何も言ってくることはない。
ただいつものように不敵に笑ってるだけ。
でもそれだけで十分だった。
「フフ……まだまだだな。余の力を使いあの程度とは」
「うるせーよじいさん」
相変わらずの超上から目線。
ただアンタの力のおかげで勝てたのは本当だ。
めちゃくちゃしんどかったけど。
「全てを凍りつかせるわしの力を使えばよかったのだ」
「何言ってるのよもう! マオちゃんに相応しいのはわたしの力よ!」
「ぐはあぁぁぁっ…………!」
「この竜王を侮るなよ?」
「グハハハハハ……! 見たか! これが余のチカラよ!!」
「私が魔界の王たる所以を見せてやろう」
「フォッ フォッ フォッ」
「……ははっ」
こんな心強い奴らがいるんだ。
何が起ころうと大丈夫だろ、きっと。
「マジでありがとな」
意識が引っ張られるような感覚。
多分現実の世界で目覚めるんだ。
だから最後に感謝の言葉をもっかい言っといた。
+++++++++++
目を開ける。
そしてゆっくりと体を起こした。
ここが病院だろうなってことはすぐに分かった。
あと───
「───っ」
響香が無言で抱きついてきた。
「アンタ……ほんとに…………」
「ごめん」
いろんな思いが込み上げてきて、俺も結構強めに抱きしめた。
どれだけそうしていたかわからない。
しばらく抱きしめていた。
ちょっと涙が零れそうになって…………ん?
まって今俺普通にしゃべってね?
よく見たらローブねえわ。
なんか妙に冷静になった。
あ、でも待って。
やばい。
この感覚はやばい。
すぐに『魔王』に戻る感じのやつだこれ!!
俺は思考をフル回転する。
今言っておくべきことはないか!?
次いつ普通に喋れるかわかんないよ!?
何を言うべきなんだよマジで!!
あーもうわからん!!
「マジでずっと昔から好きでしたッ!! これからもよろしくお願いしますッ!!」
「……え」
こんなことしか言えなかったぁぁぁッ!!!
でも一遍の悔いもありません!!!
その瞬間───ブワリと見慣れたローブが現れた。
「別に……うちもだけど」
顔を逸らしながら、響香は小さく呟いた。
「フハハハハッ!! 我の妃に迎えるとしよう!!」
クソッタレぇぇぇッ!!
初っ端から全開だァァァァァ!!
「……まあ、それもそんなに……悪くないかもね」
……え。
マジすか……?
何言ってんの的な感じで流されると思ってた。
不意打ちのボディーブローが思いのほか効いて、何にも言えなくなってしまった。
「アンタがピンチの時は助けられるくらい、ウチも強くなるよ。───もう、見てることしかできないなんて嫌だから」
響香はとっても強い意志のこもった目をしていた。
ほんと……俺にはもったいないくらいの彼女だな。
「フフ……魔王である我を助けるか。大きくでたものだな。───だが、それでこそ我が妃に相応しい!!」
「でしょ?」
悪戯っぽく笑う響香は可愛すぎてまた気を失いそうになった。
「え、まって声聞こえるよ! 破魔矢目覚めたんじゃない!?」
「マジで!?」
なんか凄いでかい声が扉の向こうから聞こえてきた。
ここが病院だということを完全に忘れている声量。
だけどなんだか……胸が温かくなる。
勢いよく開けられる扉。
「うわぁぁぁぁッ!! マジで目覚めてるぞ破魔矢ッ!!」
「ほんまやー!!」
A組のメンバーがぞろぞろと現れた。
みんないるわ。
「ったりめぇだろうが。クソローブが死ぬかよ」
あの爆豪までいる。
もしかして実は良い奴だったりすんのかコイツ?
「うわぁぁぁぁ〜ん!! 良かった、よ゛か゛った゛よ゛ぉ~~!! 破魔矢ぐぅ〜ん!!」
葉隠は俺のことを思って泣いてくれてんのかな。
見えないけど。
「……本当に良かった!!」
緑谷も涙を流してくれてる。
良い奴しかおらんくね?
「破魔矢……すまない。俺が不覚をとったばかりに……」
何言ってんだか常闇。
お前のせいなわけないだろ。
皆が俺に声をかけてくる。
マジで恵まれてんな俺。
「フハハハハッ!! うるさいぞ貴様らッ!! 我が前にひれ伏すがいい!!」
こんなことしか言えないあたり、やっぱ俺だよなぁ。
『破魔矢完全復活だぁぁぁぁ!!』
そしてそんな俺を受け入れてくれるお前らはホント最高。
その後すぐナースが来て、ひとしきり怒られてから俺は医者に診てもらった。
どうやら大丈夫なようだ。
それからもA組のメンバーはしばらく残ってくれた。
すると誰かが連絡したんだろうか。
オールマイトと相澤先生、そしてホークスがやってきた。
ホークスはめちゃくちゃ謝ってきた。
ヒーローを辞めるとか言い出しそうな勢いだったので、俺は言ってやったんだ。
「まだまだだったということであるな。───お互いに」
相澤先生は相変わらず説教。
オールマイトはなんか後で話があるらしい。
なんだろうな?
ま、なんでもいいけど。
いろんな人が俺のことを気にかけてくれている。
本気で向き合ってくれる。
めちゃくちゃ恵まれてるよ、マジで。
やっぱり俺はヒーローになるんだと思う。
『魔王』という名の『ヒーロー』に。
これがもし俺がヒーローになるまでの物語だったとしたならば、『俺のヒーローアカデミア』なんてタイトルはどうだろう?
よくね?
なかなかセンスあるよね。
でも……違うんだよなぁ。
そんなカッコイイ感じじゃないんだよなぁ。
…………。
これは───『魔王』なんて厄介すぎる個性を持った俺が苦悩するだけの『魔王の苦悩アカデミア』なんだよなァッ!!!
言いたい事はまともに言えず!!
やりたいこともやれやしない!!
全てが魔王っぽくなってしまう俺の!!
苦悩アカデミアなんだよなぁァァッ!!
ただまあ……どうやら俺は『苦悩』することがそんなに嫌いじゃないらしい。
きっとこれからも苦悩は尽きない。
だからとことん苦悩を楽しんでやるさ。
その方が魔王っぽいだろ?
お読みいただきありがとうございました。
これにて『魔王の苦悩アカデミア』完結でございます。
読んで下さった読者の皆様に心からの感謝を。
『僕のヒーローアカデミア』という成長の物語で主人公最強物の二次創作を書こうと思った時から、短くまとめると決めておりました。
そのため、正統派な続編を書くつもりはありません。
具体的には林間合宿以降です。
とはいえ続編を全く考えていないわけではありませんので、考えがまとまったら活動報告かTwitterの方で報告しようと思います。
とりあえずこの物語はここで完結です。
ここまで読んでくださった読者の皆様、本当にありがとうございました。