EVA マヤとシンジの愛の劇場   作:風都水都

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少年の保護者

プラグスーツから元の学生服に着替え終わったシンジは、オペレーターの誘導に従い、医務室に向った。

今後、戦闘を終える度に、必ず検査を受けるようにとの事だった。

さすが、最新の医療機器が集められたネルフだけあって、診察はほとんど時間が掛からなかった。

 

肉眼で外傷の有無をチェックした後は、ほんの数秒全身スキャンを受けるだけだ。

脳波正常、脈拍正常。ただ、ストレスホルモンの分泌がやや過剰。これは戦闘後の一時的な症状だろうとの事だった。

外傷は右手の甲のみ。医療局の人が手当てをしようとしたが、シンジは断った。

これは自分への戒めですから、と説明して。本当の所は、自分でも良く分からなかったけれど。

 

ほんの十数分程度の検査を終えて医務室を出ると、外ではシンジの様子を見に来たマヤが待っていた。

 

「あ、マヤさん」

「シンジ君、大丈夫だった?」

 

いいながら、マヤはシンジの右手に巻かれたままのハンカチーフに気づく。

 

「あ、それ……。まだ付けてくれてたんだ……」

「はい、有難うございました。洗って明日にでも返します……」

シンジはそれだけ言うと、そのままマヤの前を通り過ぎようとした。

 

「え、あの……シンジ君!」

慌てて呼び止めるマヤ。

「シンジ君。ほら、救助した民間人……あれって、シンジ君のお友達……」

 

「友達じゃありません!」

突然、語気を荒くして、シンジはキッパリと否定した。

「……ただの同級生です」

 

「そ、そうなの?簡単な診察しただけで、先に帰らしちゃったけど、じゃあ、待たせなくて良かったわね」

 

シンジの様子がおかしい事に気づいたマヤは、

 

「それとシンジ君……使徒を押し倒した時、ちょっと通信が途絶えちゃったけど、どうしちゃったの?……大丈夫?」

シンジを気遣う言葉も掛けてみたが、

「いえ……ちょっと嫌な事を思い出しただけですから……」

当のシンジはマヤの心配もよそに、素っ気無く応えるだけだった。

 

「あ、そうそう。本来は、この後、作戦局に言って報告とかしなくちゃいけないんだけど……。せ……赤木博士は、今日はもう帰って休んでいいって言ってたわよ。疲れたでしょうから。葛城さんもシンジ君と帰るって」

「そうですか……。じゃあ、ボクはこれで……」

 

マヤはまだ何か言いたげだったが、シンジはそれ以上話を続けようとしなかった。短い別れの言葉と会釈だけを残して、そのまま行ってしまう。

マヤは、何と言えば良いのか分からず、その後ろ姿を見送るしかなかった。自分の手を握り締め、嘆息する。

 

(出撃前は、あんなに元気だったのに……本当に、どうしちゃったのかしら?)

 

 

「新しいの買って返さなくちゃな……」

ネルフの作戦局のロビー。

一緒に帰る為にミサトを待っていたシンジは、ハンカチーフを見詰めながらつぶやいた。

彼の右手を包むハンカチは、エヴァを操縦していた時にハンドルを強く握りすぎた為か、少し破れていた。

 

「……碇シンジ君」

 

自分の名前を呼ばれ、シンジはかぶりを上げた。

「あ、ミサトさん……」

見れば、腰に手を当てた少し威圧的な姿勢で、葛城ミサトが立っていた。

 

「待ってました。帰りましょう」

 

シンジはロビーのソファーから立ち上がったが、ミサトは人差し指を立てて告げた。

「作戦本部の解散時刻まで、あと少し……。今はまだ、作戦本部長・葛城と部下の碇シンジよ」

 

ミサトは、シンジに詰め寄ると、

「ずいぶんと無茶な事をやってくれたものね」

少し責めるような口調で言った。

「整備士の人にも、同じ事を言われました」

シンジは他人事のように応えた。

 

「私は撤退を命じたのよ?聞こえなかったのかしら?」

「聞こえてました」

 

ミサトは溜め息をついた。

 

「じゃあ、なぜ従わなかったのかしら?私は作戦本部長で、アンタは私の命令を聞く義務があるのよ。分かってるわよね?エヴァ初号機パイロット・碇シンジ君?」

「はい」

 

「もし、今後も同じ事を繰り返せば、罰則を与えます」

「はい」

 

「あら、いいの?独房みたいな真っ暗で狭い部屋に閉じ込められるかも知れないのよ?」

「はい」

「はいってアンタ……」

 

ミサトが呆れた様子で腰に手を当てた時、シンジはソッポを向いて吐き捨てるように口走った。

「もう、勝ったんだから……どうだっていいでしょ」

瞬間、ミサトの表情が引きつった。平手を上げ、シンジの頬に放つ。

シンジは固く目を閉じた。だが、いつまで経っても頬に痛みは走らなかった。

 

おそるおそる(まぶた)を開くと、ミサトは険しい表情のまま、シンジの頬を打つ寸前の所で、ピタリと平手を止めていた。

ロビーのアンティークな時計が、七時を告げる鐘の音を鳴らした。ミサトは表情を(ゆる)めた。

「解散時刻ね……」

 

シンジの肩に、打つはずだった平手を乗せ、笑顔を向ける。

「さあ、帰りましょうか、シンちゃん?」

「は、はい……」

「お腹空いたでしょ。たまには外食して帰りましょうね」

 

ネルフを後にすると、ミサトは、お勧めの店があると言って、郊外に向って車を走らせた。

しばらくの間、二人は何も話さなかった。だが、ミサトが「シンちゃん、学校の方は慣れた?」と会話の切っ掛けを作りかけた時、シンジは言った。

 

「ミサトさん……」

「なあに、シンちゃん?」

「心配しなくたって、ボクはエヴァに乗りますよ」

「……どういう事かしら?」

 

「だって、さっきボクをぶたなかったのは……ボクがエヴァに乗るのが嫌になって逃げ出すかも知れないって、心配したからでしょ?」

「……」

「大丈夫ですよ。綾波を見捨てて、ボク独り逃げたりしませんよ……ボク以外に、乗れる人はいないんですから」

赤信号に引っかかる。ミサトはブレーキを踏んだ。

 

「……そう。そんなふうに思ったんだ?」

「……そうなんでしょ?」

信号が青に変わり、アクセルを踏む。少しずつ加速しながらミサトは言った。

「私は望んでネルフに入ったわ。でも、アナタは望まなかった……全てこちらから強制したものだわ」

 

ギアを二速に入れる。

 

「こっちの都合で強制的にパイロットにして、強制的に命懸けで戦わせてるのに……あそこでブツのは、あんまりだと思えたのよ……」

「そうなんですか……」

 

「ねえ、シンちゃん」

「はい」

「強制している以上、こっちも無理は言いたくないの。でも、アナタも人類の運命を背負っているってるんだから、少しくらい使命感みたいなものを持ってくれてもいいんじゃないかしら?」

 

「そんな、無理ですよ……。ボク、まだ子供だし……」

「レイも同い年よ。でも、あの子は使命感を持ってエヴァに乗ってくれているわ」

「それは……女の子は、男よりも少し大人だから……」

突然、ミサトは急ブレーキを踏んだ。

 

 

シンジは驚くが、ミサトは皮肉を込めた声音で、聞き返してきた。

 

「へえ、そうなんだあ?……女の子の方が少し大人なんだ?」

「いえ、その……女の子の方が男の子よりも成長が早いとかいうでしょ……」

 

「ふ~ん。じゃあ、シンジ君も、大人に近付けば使命感を持ってくれるのかしら?」

 

いいながら、ミサトはシートベルトを外し、シンジに近付いてきた。

 

「え……ミ、ミサトさん?」

 

次の瞬間、シンジは何が起きたのか分からなかった。ミサトの顔が近付いてきたかと思うと、視界がおおわれ、唇に柔らかい感触だけが感じられた。

数秒後、ミサトが離れ、こちらを見詰めながら運転席に座りなおした時、シンジは初めて何が起きたのか理解した。

 

(……キス……された?)

 

呆然とするシンジに、ミサトは告げる。

 

「これで、少なくともレイよりも大人になったはずよね?なんなら今ここで、完全に大人に変えて上げましょうか?」

 

ミサトの手がシンジの頬に伸びる。だが、シンジはミサトを突き放した。

 

「よ、よして下さい!」

 

 

手の甲で、荒々しく唇をぬぐう。その態度に、ミサトは肩をすくめた。

 

「まあ、そうよね?こんなオバさんに、初めての相手になんかなってもらいたくないわよね~」

 

ミサトの表情が険しくなる。

「でも、憶えておきなさい!今度、アンタがそんな甘ったれたこと言ったら、本当に犯すわよ!!」

アクセルを踏み、車を急発進させた。

 

ミサトは胸ポケットからサングラスを取り出すと、掛け、もうシンジの方を振り向こうともしなかった。

シンジも、うつむき、黙っている。

再び、二人の間を沈黙が支配した。

しかし、交差点を一つ、また一つと越え、遠くに目的のレストランの灯が見えた時、ミサトはつぶやいた。

 

「……ごめんなさい」

「……え?」

一瞬聞き取れず、シンジは視線を上げた。

 

「ごめんなさい。さっきのは、ちょっとやり過ぎたわ……リツコに、子供になんか手を出さないって言ったばっかりなのに……」

運転しながら、片手で自分の長い髪をかき分ける。

 

「私は、保護者として失格ね」

「そ、そんな……ボクの方こそ……」

ミサトは微笑んだ。

「でも、シンちゃん。こんな綺麗なお姉さんにキスされたんだから、少しは嬉しそうな顔しなさいよ……それとも、そんなに嫌だった?」

「いえ、その……」

シンジはようやく頬を赤らめた。

 

 

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