日向と青葉の場合(1)
「明日から、さっそく模擬戦か……」
作戦司令室のデスクで、青葉がモニターを見詰めながら、つぶやいていた。
両手を後頭部に回し、背もたれに体をあずける。
「まあ、使徒がいつ来るか分からないんだから、仕方ないっちゃ仕方ないけどさ」
今日、シンジは初めてエヴァのシンクロテストを受けていた。
シンクロ率80%。
先日、無理やりエヴァに乗せられ、使徒と戦わされたばかりだというのに、搭乗への
(でも、本人が納得してないのに、一方的に訓練を押し付けて行くってのもなあ……)
14歳といえば、自分が独学でギターを始めたばかりの頃だ。
あの頃は、その日その日が楽しくて、自分の将来に対しては
もし、あの頃の自分が、突然、“使徒を倒す”なんて運命を勝手に課されてしまったら?多分、悪友と一緒にギターを担いで、ジョン・レノンの巡礼の旅に出ていた事だろう。
(シンジ君よ、何で君は逃げ出さないのかねえ……?)
「ねえ、青葉さん」
青葉が少年の胸中を察しかねている時、隣から同僚の女の子が声を掛けた。
「なんだいマヤちゃん」
「私って……似てるんでしょうか?」
「はい?」
意味が分からず、眉根を寄せる青葉。
「いえ、シンジ君と私がです。先輩……赤木博士が、私とサードチルドレンが似てるっていうんです」
マヤの言葉に、青葉を少し首をかしげた。
目を閉じ、本部オペレーターになったばかりの頃のマヤの様子を思い出す。
「う~ん……そういえば、マヤちゃんがここに来たばかりの頃は、雰囲気っていうか、なんだか
言いかけて青葉は、急に背もたれに
「そういえばマヤちゃんて、初めは
「え、そうでしたっけ?」
「
肩に手を触れただけで、青葉の手を振り払い、
「いえ、あれは青葉さんが急にセクハラしてきたからでしょ。別に潔癖症って訳じゃ……」
「おいおい、肩に触れただけでセクハラかよ。きついなマヤちゃん」
あの時のマヤの態度は、セクハラに対する拒絶反応などではなかった。何かに
(内心で何かに怯えている……確かに、シンジ君にも、そういう所あるのかもなあ……)
青葉はかぶりを振ると、それ以上マヤに潔癖症の話を振ろうとはしなかった。代わりに話題を変える。
「所でマヤちゃんは、俺たちと違って推薦で入ったんだよな」
「はい」
「それって、やっぱりどっかから引き抜かれた訳?それとも何か実績があったとか?」
青葉の何気ない質問に、マヤの顔色が変わった。
「そ、それはですね……」
「元戦自の制服組とか?」
「いえ、その……原宿を歩いてたらですね……」
「うんうん」
「山賀とかいう変なオジサンに、「彼女、お茶しない」って声を掛けられたんですよ」
マヤの適当な説明が続く。
「それで喫茶店でお話を聞いたら「今度、うちのガイナックスで新作アニメ作るから、良かったら出演してみない」って言われて。それが切っ掛けです」
「マジで!?」
驚く青葉にマヤはうなずいたが、誤解を招きそうだったので慌てて付け足した。
「あ、でも、枕営業とかじゃなくて、ちゃんとオーデションは受けたんですよ。その、候補者が百万人くらいいて……」
少しばかり調子に乗り出す。
「それで最終選考に残ったのが、私と当時は人気女優だった藤原紀香さんだったんです」
「最後の水着審査が自信なくって……ほら、私って可愛いけどプロポーションが普通のモデルなみだから」
「で、もうダメだって時に、庵野秀明監督が「伊吹君、キミは一見スレンダーに見えるけど、脱いだら凄そうだね」って言ってくれて、それが決め手でしたね」
そこまで言って、さすがに無理があったかと思ったが、
「へえ、そりゃ凄いね……」
バカな青葉は信じてくれたらしく、感嘆の声をもらしていた。
「つーか、そんなんで本部オペレーターになれるんだね。知らなかったよ」
「ええ、まあ……ガイナックスは、基本的に女性キャラは美人で可愛ければOKですから」
マヤは、それ以上
「所で、青葉さんは、ネルフの一期生なんですよね」
「そうだよ」
「やっぱり、ネルフの採用試験って厳しかったんじゃないんですか」
「ま、まあね……」
「どんな試験があったんですか?」
「え……そ、それは……」
今度は、青葉の顔色が変わる番だった。
言葉に詰まりながら、青葉は、初めてネルフ本部に足を踏み入れた2010年の出来事を思い返した……。
※ ※ ※ ※ ※ ※
セカンドインパクトによる地軸の歪みさえなければ、白と桃色の花びらで街頭が彩られていたであろう季節。
真新しいネルフ本部施設のゲートを前に、二人の男がたたずんでいた。
長髪の優男とメガネの好青年の
「いくぞ……」
長髪とメガネの男は互いに
震える手で、ゲートのID認証口に差し込む。
ピピという小さな電子音が鳴り、ゲートが左右に開いた。
(よっしゃー!)
二人は心の中でガッツポーズを決めた。
辺りを見回してから、何食わぬ顔でゲートを潜り抜ける。
「いよぅ!潜入成功!」
長髪の男が思わず小声で叫んだ。慌てて、隣のメガネが、唇に人差し指を立てて見せる。
「日向。こっからどう進めばいいんだ?」
しばらく進んだ所で、長髪の方がメガネに問いかけた。
「さあなぁ……でも、やっぱり一番えらい人は、一番上の階に居るもんじゃないか?」
「ネルフの例のロボット。あれの写真撮りたいんだけど、それも上かな?」
「いや、そういう物は、格納庫にあるもんだろ」
「格納庫ってどの辺だよ」
「そりゃ、一番下だろ」
二人の会話からして、メガネの方は日向、長髪の方は青葉というらしい。
二人は、物めずらしげに辺りを見渡しながら廊下を進み続けた。
時おり、他の職員とすれ違う度に、不自然なまでに姿勢を正して
「ども!お早うございまッス!」
白髪の職員とすれ違った時も、必要以上に明るい声で
だが、そのまますれ違いかけた所で、二人は呼び止められた。
「ん……君たちは?」
ドキリとする二人。
呼び止めた白髪の職員は、長身に少し痩せ気味の
「見かけん顔だが、どこの所属の子かね?」
背を向けたまま、一瞬、凍りつく二人。青葉が、苦笑いを浮かべながら振り返って答えた。
「情報局第ニ課・一期生・青葉シゲル……であります」
続いて日向も、後頭部に手を当てて振り返り、少し不自然に会釈をする。
「作戦局第一課・一期生・日向マコト……です」
二人が所属を名乗ると、白髪の男は
「一期生?それは妙な話だな。一期生は私が全員面接したが、君らのような子は見かけなかったが?」
再びドキリとする二人。
「ははは、それは人数が多いから、お忘れなんですよ。ほら……」
引きつった笑顔を見せながら、青葉は、白髪の男の名札を覗き込む。
名札には、副指令・冬月コウゾウと記されていた。
(げ、この爺さん、副指令かよ……)
「ほら、その……副指令はお歳ですし……」
「あ、ボクは、面接の時はコンタクトでしたから、別人に見えるんですよ」
隣の日向は、メガネをずらしてチラリと裸眼を見せた。
「いいや、そんなはずはない」
二人の言い訳に、冬月は、腰に手を当てて不信感を
「君たち、IDカードを見せてくれるかね」
冬月は二人からIDカードを受け取ると、近くにあった扉の認証口に差し込んでみた。
電子音が鳴り、問題なく扉は開かれる。
「ね、本物でしょ。青葉のカードも試してみて下さい」
青葉のカードも、同じ結果となる。
「なるほど、確かに本物だな」
だが冬月は、納得しなかった。
「情報局と作戦局といったな。ならば採用試験の時、青葉君はプログラミングで、そちらの……」
「日向です」
「日向君は実技の射撃試験で……二人とも、合格ラインの成績を修めているはずだな」
「もちろんです!」
二人の声が重なった。
「よろしい、では、その腕前を見せてくれたまえ」