三十分後、溜め息を付きながら
「どうも、私は歳らしいな……こんな優秀な職員の顔を忘れてしまうとは……いやはや」
通常ならば、三十分以上かかる作業を五分でやってのけた青葉。
ハンドガンで、30メートル先の標的相手に、平均点の80ポイントを大きく上回る140ポイントを出して見せた日向。
驚くべき腕前と才能だった。
「いや、すまんね」
冬月は謝ると、IDカードを返した。
「この開局まもない特務機関の事を知りたくて、マスコミ関係者が潜入取材なんてのをしてくる事が良くあってね……だが、君たちの実力は、ただのマスコミ関係者に出来る代物じゃないな」
「誤解が
安堵した様子で、青葉が改めて姿勢を正し敬礼した。
「あの、副指令……」
「なんだね日向君」
「ボクたち、格納庫に行くようにいわれたんですが、ちょっと迷ってしまいまして。教えて頂ければ有り難いんですが……」
「ふむ、確かに、ここの作りは複雑だからな」
冬月は、射撃訓練場から出ると、通路の一つを指差した。
「そこの第十三通路を行けば、長いオートウォークに出る。それの中央エリア方面の方に乗りたまえ。しばらく行けば、地下に繋がるこれもまた長いエスカレーターに出会うはずだ。そこから一番下まで降りたら、格納庫がある技術局の第一課だ。そこには技術科の職員が幾らでもいるので改めて聞くといい」
「ありがとうございます!」
二人はお礼をいうと、小走りに立ち去った。
「ヤバかったな日向!」
「お前も、あの爺さんが副指令だって、良く気付いたな?」
「名札見りゃ一発だよ。メガネ越しじゃ見えにくいか?」
二人は、ささやき合いながら、地下の格納庫にへと向かったのだった。
※ ※ ※ ※ ※ ※
「見ろよ日向!ネルフのロボだぜ……ええと」
「エヴァンゲリオンだよ。ロボじゃなくて人造人間みたいなもんらしいけど……すげーな!」
エヴァの格納庫にたどり着いた二人は、少し興奮していた。
巨大プールを
「写真撮るぞ」
鞄からデジカメを取り出し、エヴァの撮影を始める青葉。
「これ、全身像見れないかな。何でプールに浸かってんだろ?」
興味深げに身を乗り出す日向。
「写真を撮って、どうするつもりなのかね?」
「そりゃもちろん、せっかくネルフに“潜入”したんだから……」
言いかけて青葉の顔色が変わった。かたわらの日向も気付き、うめく。
「爺さん……じゃなくて副指令!?」
「潜入だと?やはり付けてきて正解だったな。貴様ら、何者だ!?」
二人は慌てて逃げよとしたが、しかし、日向の鞄が冬月に捕まれてしまう。
「ちょ、離して下さい!青葉助けてくれ!」
「爺さん、やめろよ!」
「黙れ!逃がさんぞ!」
もみ合う内に、日向の鞄が床へと転がった。鞄から中の荷物が散乱する。
デジタルカメラに、漫画らしき本。そして、ガイナックス新作アニメ発表と表紙に書かれたアニメージュと、なぜか色紙とマジックペンが。
「なんだ、これは……?」
※ ※ ※ ※ ※ ※
冬月に連行された二人は、ネルフの取調室のソファーに座らされていた。
目の前に怒った様子の冬月が立っている。
「では、お前たちはスパイではなく、庵野秀明監督のファンだというのかね?」
冬月の言葉に、二人はうなずいた。
「はい、『ふしぎの海のナディア』が終わってから4年ぶりの新作だって聞いたものですから、いてもたってもいられなくて友人の青葉と」
「ここにくれば、監督にサインもらえるんじゃないかって思って、この日向と来たんス」
「それだけの理由で、潜入したと言うのか!?」
「もちろん、それだけじゃありません!」
日向は鞄から一冊の漫画を取り出した。冬月ともみ合った時に散乱した漫画だ。
「この漫画は……」
「ボクが描いたナディアの同人誌です。コミケに出す前に、どうしても貞本義行先生に見てもらいたくて」
冬月は、
「では、長髪。君も同人作家か?」
「いえ、オレは」
青葉は、胸ポケットから一本のカセットテープを取り出した。
「これ、オレがギターで作詞作曲した曲ッス。新作アニメのOPかEDで使ってもらえないかと思って」
「いまどき、カセットテープか……」
冬月は、テープを受け取ると溜め息を付いた。
スパイにしては、小細工が効き過ぎている。どうやら、本当に只のファンらしい。
「しかし、IDカードはあれは本物だったぞ。どこで手に入れた?」
二人は顔を見合わせると、声をそろえて答える。
「ガイナックスサイトの通販ページ」
青葉が「一応、特注です」と付け加えた。
「……」
冬月は咳払いをして、さらに詰問を続けた。
「あの射撃の腕前は?」
「ボク、ミリタリーゴッコが好きなものですから。あ、でも、本物を撃ったのは今回が初めてです」
「あのプログラミングの技量は?」
「自分たち、同人サークルで、ソフト製作もやってるもんすから」
隣の日向が、一枚の名刺を冬月に差し出した。名刺には、『同人サークル ブルー&サン』とサークル名が記され、連絡先とWebアドレスが記載されていた。
「ボクたち、ナディアの同人ソフトも作って売ってるんですよ。ちなみに『ブルー&サン』というのは、青葉の『青』とボクの日向の『日』……」
「バカもんが!」
冬月の激しい一喝が響いた。
「お前たちは、本当に、そんな下らん目的の為に潜入した訳か!?」
冬月は拳を震わせながら、怒りで引きつった激しい形相を二人の前に突き出した。
「下らん目的で潜入する度胸!同人作家とアマチュアギタリストという個性!そして、エアガンと同人ソフトで
ヒっと、思わず二人が首を縮めた時、しかし、冬月は
「全く、大したもんじゃないか!」
急に感心した様な声音で、二人の肩を叩いていた。
「え?」
「いや、実はな。今回の新作アニメ……ちょっとした手違いで、声優が二人余っとたんだよ」
先ほどとは打って変わって、冬月は笑顔を
「そんな時に、君たちのような個性と才能を持った人材が二人登場。まさに
「マジですか!?」
「ああ、君たちのような個性あるキャラは、大歓迎だ!」
驚いた様子で顔を見合わせる二人。憧れの監督の作品に参加できるというのだ。
日向は目を輝かせて、直ぐに承諾した。
「ぜ、ぜひとも出演させて下さい!あ、ちなみにボクの声優は、古谷徹でお願いします!」
「じゃあ、オレは、池田秀一で!」
「そんな高い声優、今のガイナックスが雇えるか!!」
再び冬月の一喝が響いた。
ビクリと首を縮める二人に、冬月は声を
「ガイナックスは、劇場版ナディアで失敗した時の借金が残っとるんだよ。今回も、余り予算が残っとらんのだ。そこの所を理解してくれたまえ」
その言葉に、日向は何度もうなずいた。
「あ、はい……俺もナディアの劇場版はみました。確かに、あれは酷かったですね」
「劇場版だけじゃない。文庫版の方も失敗しとるんだ。小林弘利の『ナディアストーリーズ』は読んだかね?読んでみたまえ、後悔するぞ」
冬月は溜め息を付くと、声を落とした。
「実をいうとね、今回のエヴァが失敗したら、みんなで死のうかって所まで言っとるんだよ」
「そこまで切羽詰ってるんスか?」
「いやまあ……その前に何人かは京アニ辺りに引き抜かれるとは思うが」
「そうだったんですか……我がまま言ってすみません」
「分かってくれればいいんだよ、日向君」
「はい、もう声優は、神谷明で構いません」
「じゃあ、オレは内海賢二で」
「だから今更、声優変更する予算残ってねえつってんだろうが!」
一喝と共に、冬月は二人の
あがく二人に、冬月はニッコリと微笑んだ。
「余っている声優は、スナフキンをやっていた一流声優の子安武人と、覇王大系リューナイトの主役を演じた結城比呂だ」
「そ、それでお願いします……」
襟首をつかまれた状態で、二人はうなずいた。
冬月が満足げに手を離すと、日向が咳き込みながらも
「と、所で……」
と、大切な質問をした。
「ギャラの方は、いかほどもらえるんでしょうか?」
「ふむ、予算がないんで初めは現物支給という事で……四年前のナディアのカレンダーが余っとるから、それでどうだね?」
「帰っていいですか?」
「不法侵入の件で、通報していいですか?」
「う……」
冬月はニコニコ顔で、二人の肩に手を回した。
「君たちの選択肢は、警察にパクられて紙面を飾るか、ノーギャラでエヴァに出演するか、二つに一つなのだよ」
※ ※ ※ ※ ※ ※
「あの……青葉さん、どうしたんですか?」
「え……ああ」
ボンヤリと、ネルフに入る経緯を回顧していた青葉は、マヤの声に我に返った。
「一期生の採用試験って、どんなんだったんですか?」
「その……一次、二次とあってだね……。一次試験の内容は、カ、カラオケだったかな?」
「カラオケですか!?」
目を丸くするマヤ。
「ほら、何しろアニメに出演するからには、OP曲とか歌う機会もある訳だからさ」
「なるほど。それじゃ、二次試験は?」
「……い、一発芸だったかな?ほ、ほら、ネルフは個性を大切にするから。ちなみに、オレの芸は、アニメ三銃士のフランソワの物真似だったね」
「フランソワの物真似がお得意なんですか?」
「いや、得意って訳じゃないけど、声優が同じだからね」
照れたような素振りを見せて、青葉は乾いた笑い声を上げた。
「しかし、マヤちゃんは凄いね。オーディションで藤原紀香に勝つなんて」
「そんな。単に私の水着姿が紀香さんよりも凄かっただけですよ。あはは」
互いに引きつった笑顔を見せ合う青葉とマヤ。
二人は、本能的に余り触れてはならない話題だと感じると、納得した振りをして、二度と、この手の話題を口にすまいと誓ったのだった。
マヤは、自身のディスプレイに向き直ると、そっと冷や汗をぬぐった。
(まあ、どっちにしろ。青葉さんや日向さんは、私よりも、まともなはずよね……)