ゲルヒンが解体し、特務機関ネルフが発足して一年目の事・・・。
そう、今から四年前のお話。
「ちょっと、ちょっとリツコ!あんた凄いじゃない!」
ネルフ本部司令室。
司令室のフロアは、スタッフの地位に応じて、三段階に分かれた独特の構造をしていた。最上段が司令と副指令のディスク、最下段が上級オペレーターのディスク、そして、その中間が幹部クラスの為のディスクだ。
まだ一年目の初々しいスタッフたちが詰める中、白衣の女性がくつろいでいた。ディスクの位置から察して、幹部クラスらしい。
机の上には、世界的な権威を持つ科学誌・ネイチャーを広げ、その横には、かたわらのコーヒーメーカーから出されたブラックを一つ置いている。
目の前に
「ネイチャーに掲載されるのって、これで何度目よ?あれって、たった一回載っただけでも凄いんでしょ!?」
彼女の言うとおり、机上に広げられたネイチャーの紙面には、この白衣の女性の論文と共に写真が掲載されていた。
「もう“赤木リツコ”ってだけで、世界に通用しちゃうわね」
誉めそやす親友に、白衣の女性・赤木リツコも微笑を浮かべて言葉を返した。
「ミサト、そういうアナタだって。聞いたわよ。この間、そっちの射撃大会で優勝したんでしょ?新記録出したって話じゃない」
「そうそう。お陰で、昇進しちゃったのよね~」
ディスプレイの向こうで身を乗り出したのか、かざされた握り拳と共に、美しい女性の顔が画面一杯に広がった。
「オットコどもに、負けてらんないもの!こっちでどんどん出世して、日本に帰る頃にはリツコに追いついて見せるわよ!見てなさ・・・て、そっちの子は誰?」
親友の問い掛けに、リツコは、いつの間にか椅子を寄せてきていた職員の存在に気付いた。
片手でメガネの端を持ちながら、リツコのディスプレイを横から覗き込んでいる。
「ああ、新人の日向君よ。本部オペレーターをしてくれているの」
「どうも」
日向は、ディスプレイのカメラに向かって会釈を返すと、リツコにささやいた。
「この人・・・博士の友達ですか?」
「葛城ミサトよ。学生時代からの腐れ縁って奴ね。今は、ドイツ支部で勤務してるの。綺麗でしょ」
「はい・・・!」
ミサトの顔を食い入るように見つめながら、日向は感歎したように返事を返した。
「でも、ミサトは、ただの綺麗な
親友の紹介を始めるリツコ。だが、言い終わらない内に、急にディスプレイが暗転した。同時に、スピーカーも沈黙する。
「あら」
リツコは、手元のキーを叩き、マシンの状態を確認した。そして、直ぐに溜め息を吐く。
「まったく・・・また、あの子が来たのね」
「どうしたんですか?」
「PCに不法侵入よ。勝手にミサトとの回線も切られちゃったみたいだわ」
「へえ、不法侵入ですか・・・て、え!?」
1テンポ遅れて、日向の顔が引きつった。
「不法侵入!?うちのセキュリティー突破するなんて有り得ないでしょ!」
「それが有り得るのよ」
驚いた表情を向ける日向に、リツコを肩をすくめてみせる。
「ネルフのセキュリティーに検知も遮断もされず、何度マシン名を替えてもピンポイントで私のPCを割り出して、直接、私にちょっかい出す・・・・そういう事が出来ちゃう子なのよ。しかも簡単に」
「まさか・・・」
「『ブラッディ・エンジェル』・・・・この中二病みたいな名前、アナタだって聞いた事あるでしょ」
『ブラッディ・エンジェル』といわれ、日向は一瞬視線を
「この前、アメリカのペンタゴンに侵入したっていう・・・あのクラッカーですか!?」
「そう。ペンタゴンに4000万ドルの被害損額を与えた凶悪犯よ。そんな子に付け狙われるなんて、私も買いかぶられたものね」
驚愕する部下を尻目に、リツコはキーを打つと、チャットを立ち上げた。
「さあ、堕天使ちゃん。いらっしゃい」
ディスプレイに映し出されたチャットに、侵入者がログインする。ログイン名は、やはりBloody angelだ。
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Bloody angel:よう、赤木博士。久しぶりだな
Ritsuko:昨日も、同じ時間に来なかったかしら?
Bloody angel:そう、24時間ぶりだ。寂しかったかい、マイハニー?
Ritsuko:今日は何の用かしら?
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二人の会話が、チャット上で交差する。日向は、世界的なクラッカーとのコンタクトが信じられないのか、ただ呆然とやり取りを見守っていた。
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Bloody angel:赤木博士。今日は、大先輩である博士に、ぜひとも聞きたい事があってきたんだ。
Ritsuko:いいわよ。私ごときで良ければ、何でも聞いて。
Bloody angel:今日のパンツの色は何色だい?
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リツコは眉根を寄せた。かたわらの日向に、「いつもこんな調子なのよ」とささやき、肩をすくめて見せる。
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Bloody angel:へへへ、赤木博士。照れてるのかい?
Bloody angel:恥ずかしくて言えないのなら、画像で送ってくれてもいいんだぜ :D
Ritsuko:さて、何色だったかしらね?
Bloody angel:おいおい、マイハニー。恥ずかしがるなよ(>_<)
Ritsuko:アナタ歳いくつ?
Bloody angel:10でちゅ。
Ritsuko:職業は?
Bloody angel:さあて、総理大臣でもしようかね。
Ritsuko:あら、無職の引きこもりさんかしら?
Bloody angel:What?
Ritsuko:可愛そうに。さびしくて、構って欲しくてたまらないのね。
Bloody angel:hahahahaha……面白い冗談だ。
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急に、司令室の職員たちが騒ぎ出した。
「なんだ!?保安部のコンピューターが・・・・」
司令室の下段のディスクから、リツコに報告が上がる。
「赤木博士!ネルフ各部署のシステムが、一斉に攻撃を受けています!」
犯人はいうまでもなかった。
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Bloody angel:構っておくれよ。子猫ちゃん~。あらあら、世界中から怖い怖いゾンビがノックしてるよ~。
Bloody angel:あれ~、勝手に扉が開いちゃたねえ~。
Bloody angel:マイハニー、謝るなら今の内かもよ~?
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リツコは、渋い顔をした。
数万台ものゾンビPCによるDDOS攻撃だ。いつの間にかバックドアも仕組まれていたらしい。
「なめられたものね‥‥」
リツコはつぶやくと、キーを弾き始めた。
「あ、赤木博士!オレにも手伝える事ありますか!?」
世界的なクラッカーとの対決とあって、日向が興奮気味に身を乗り出してきた。
「ええ、ぜひとも日向君の協力が必要だわ」
「了解です!なんても言ってください!」
「じゃあ、コーヒーいれてもらえるかしら?」
・・・・・・数十分後。
「はい、ゲームセットでいいかしら?」
日向が注いだ二杯目のコーヒーを飲み終わった時、リツコの口からゲームの終了が宣言された。
既に、全てのシステムは何事も無かったかのように回復し、仕掛けられたウィルスは全て検出され、DDOS攻撃も完全に遮断されていた。
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Bloody angel:さすが、マイハニー。この程度じゃビクともしないか。
Ritsuko:あなたの発信元も突き止めたわよ。
Bloody angel:Gブロック991の住所なら、残念ながら違うぜ。
Ritsuko:やっぱり偽造なのね。
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リツコはため息をついた。
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Ritsuko:あなたと違って、社会人の私は暇じゃないのよ?一体、何が目的なの?
Bloody angel:オレが
Ritsuko:プレゼント?
Bloody angel:そっちのスーパーコンピューター……マギだっけ?自分の子供と勘違いして、おかしなファイルを取り込んでないかい?
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「何ですって!?」
リツコの顔色が変わった。
※ ※ ※ ※ ※ ※
ネルフ本部に、定時を告げる音が鳴り響いていた。
しかし、職員たちは誰一人として帰り支度をしようとはしなかった。
みな、一応に蒼白な顔でPCに向き合っている。
既にクラッカーが立ち去ったディスプレイの前で、リツコは頭を抱えていた。
「なんて、とんでもないものを仕込んでくれてたのよ……」
クラッカーの指摘通り、本当にマギの内部にそれはあった。
クラッカーは、マギを破壊できるウィルスだと告げたが、リツコ、いや、ネルフのエンジニアたちが総力を挙げても、それを取り除くことはできなかった。
バッチファイルに偽装……いや、既にマギのOSの一部と入れ替わっており、下手に取り除けば、関連システムにどんな影響を与えてしまうか分からなかった。
しかも、排除したくとも、マギ自身がそれを拒絶している。
オペレーション室の巨大なモニターには、カウンターが表示されていた。
ウィルスが暴走を始めるまでの時間だ。まだ2時間程度の
「どうします。赤木博士?」
だが、リツコは頭を抱えたまま、返事をしようともしなかった。もう、そんな気力すら残されていないのだ。
日向は、ずれ落ちそうになった眼鏡を掛けなおすと、
「いっそ、外部の……世界的なエンジニアに打診……」
「バカな事いうんじゃないわよ!」
言いかけた所で、リツコの怒声に
「ネルフの機密を外部の人間に見せるなんて……」
「でも、僕たちだけじゃ無理ですよ。外部……せめて、口止めが聞きそうな優秀な知り合いでもいれば……」
「そんな人材が都合よくいる訳……」
そこまで言って、リツコは、突然席を蹴って立ち上がった。
「ど、どうしたんですか……」
日向が見上げると、リツコは何かを思い出したかの様な表情をしていた。焦点が定まらない顔を日向に向ける。
「いたわ……私の後輩に……」
リツコは携帯電話を取り出すと、誰かに掛けだした。
携帯を耳に当てながら、呼び出し音をもどかしそうに聞く。が、呼び鈴が五回も鳴らない内に、携帯を切り、また別人に掛けなおした。よほど焦っているのだろう。
三人目に掛けなおした時、今度は直ぐに応答があった。
「あ、私よ!赤木よ!うちの大学に、すごい子が在籍してるって話があったわよね!?……そう、二年飛び級してる伊吹なんとかいう子よ!今すぐ会いたいの、いつもの喫茶店でいいわ!ノートパソコン持参で……は?先輩命令よ!あんたはいいから、その子だけ呼び出して
リツコは一気にまくしたてると、携帯を切るなり、乱暴にバックにしまった。
そのままバックを肩にかけ、
「後輩に、とんでもないエンジニアがいる事を思い出したわ!まだ学生だけど、役に立つかも知れないわ!」
そして、そのまま司令室から駆け出して行こうとする。
「ちょ、ちょっと待って下さい。赤木博士!」
「何よ、眼鏡!」
「日向です!いくら後輩だからって、面識もない相手に……」
「機密を
無茶苦茶な事をいいながら、リツコは司令室を飛び出して行ったのだった。
※ ※ ※ ※ ※ ※
喫茶店のドアが開閉する度に、備え付けられたお洒落な鈴の音が響く。
「いらっしゃいませ~」
鈴の音が鳴る度に、店員の愛想の良い声が聞こえた。
その声を幾度も聞きながら、リツコは、喫茶店の奥の席で入り口を凝視していた。
来店したのは、仕事帰りとおぼしき中年男性だった。
リツコから溜め息が漏れる。腕時計に視線を落とす。既にタイムリミットは一時間を切っていた。
それなのに、いまだ後輩が現れる様子はなかった。
リツコは、
職場では気にならない騒音が、今は余計にリツコを苛立たせた。
「もう!いつになったら来るのよ、伊吹マヤ!」
リツコは、まだ会えぬ後輩の名前を思わず口に出して叫んだ。
「は、はい!」
なぜか、隣のテーブルの方から返事が返ってきた。
思わず、リツコと隣席の少女の視線が交差した。
「今、私の名前呼びました?」
しばしの沈黙後……
「もしかして、OBの人ですか……?」
「あ、あなた……」
リツコは、一瞬、怒りが沸き上がった。ずっと隣にいたのなら、なぜ、声を掛けなかったのか?
が、よく考えてみれば互いに顔を知らなかったのだ。自分の方にも非があった事を思い返すと、リツコは、余計な怒りを振り払って少女の手を取った。
「あなただったのね!OBの赤木リツコよ!」
リツコの剣幕に気をされながらも、少女は改めて名乗った。
「新東京大学・情報処理科……伊吹マヤです」