知ってしまった未来
懐かしいアニメの主題歌が聞こえる。
アニメ・セーラームーンのムーンライトの曲だ。
(葛城さんも、何を着信曲にしてんだか……)
日向は、携帯に耳を当てながら、苦笑した。
セーラームーンの主人公・月野ウサギとエヴァの葛城ミサト……声優が同じだからって、もう少し歳を考えるべきだろう。
曲が終わり、また初めから再生される。これで5ループ目だが、ミサトはまだ出ない。
(やっぱり、まだ寝てんのかねえ……?)
日向は、自室の時計を見やった。時計の針は七時を指していたが、今日は日曜日だ。ズボラなミサトなら、午後まで寝ていてもおかしくはない。
(しゃーない、後で掛けなおすか……)
と、急に曲が途切れた。
『はい、もしもし……』
「あ、葛城さんですか……って違うか?」
『はい……シンジです』
まだ意識がハッキリとしていない、寝起きの声。
「ああ、シンジ君か。日向だけど……ごめん、寝てた?そっちに葛城さんいるかな」
ミサトのことを
(なんで、葛城さんの携帯にシンジ君が出てるんだ?)
『ミサトさん……日向さんとかいう人から電話です……』
(おいおい、シンジ君。まだボクの名前覚えてないのかよ……?)
シンジの呼びかけに、直ぐに「はいよ」とミサトの声が聞こえた。
『は~い……なに、眼鏡君……』
こちらも寝起きの声……って、ええ!?
「って、ちょっと……二人とも寝起きの声って……」
『あによ……眼鏡……』
「いや、まさか……一緒に寝てたんじゃないですよね……?」
驚いた様子の日向の言葉に、受話器の向こうはしばし沈黙した。
『そういえば、シンちゃん……なんで、あたしたち、一緒の布団で寝てんのかしら?』
やはり一緒に寝ていたらしい!
『それは……昨日、酔って帰って来たミサトさんが、部屋を間違えて飛び込んできたんじゃないですか……』
『そうなの?』
『そうですよ。ボクが逃げようとしても、ボクの腕をつかんだまま寝ちゃって……』
再びわずかな沈黙を挟んでから、受話器を少し遠ざけたのか、ミサトの小さな声がポツリと聞こえた。
『シンちゃん、もしかして私たち……やっちゃった?』
『やってません!』
(おいおい……)
『じゃあ、私が泥酔してる内に、エッチなことしちゃった?』
『してません!』
『いや、思春期の男の子なんだからあ……おっぱいくらい触ったんでしょ?』
『さ、触ってません!』
「もしもし、葛城さん~!」
『あ、日向君』
日向の
「葛城さん。なにやってんですか……」
『ごめんなさい。昨日、酔って帰ったら……私が抵抗できないのをいい事に、シンちゃんが「僕を子供だとバカにし過ぎですよ」とかなんとか言って、私を無理やりベットに……』
『ちょっと、なに言ってるんですか!』
『いや、ベットに寝かせてくれたんでしょ~?』
『そ、それはそうですけど……』
日向は溜め息を吐いた。
「いいですね。そっちは朝っぱらから楽しそうで……」
『で、何の用?』
「昨日、うちの近所のブックオフで、葛城さんが欲しがってた例のCD見つけたんですよ。昨日、慌てて電話したんですけど繋がらなくて……良かったら買っておきましょうか?」
『マジで?うん、じゃあお願いするわ……』
「はい、じゃあ、明日職場でお渡ししますね」
日向は携帯を切ると、眉間にシワを寄せて舌打ちした。
CDをネタに、葛城さんとユックリと話したかったのだが……あちらはまだ脳味噌が目覚め切っていないらしい。
それに事情はどうあれ、同じベットに……未成年とはいえ、他の男が隣にいる中で話すのは、余り愉快なものではなかった。
「まあ、あの葛城さんとシンジ君だから、余計な心配はいらないだろうけどさ……」
日向は、もう一度
携帯を放り出し、つぶやく。
「シンジ君……いいなキミは」
※ ※ ※ ※ ※ ※
「いらっしゃいませ~」
昼間近くになってから、日向はブックオフにやってきていた。
(CDは買ったし……あと、ボクも何か面白そうな漫画でも探そうかな……)
日向は店内をうろつくと、中古DVDのコーナーで歩を止めた。
「お、エヴァのDVDは一通りそれってるな……さすが地元」
腰をかがめ、DVDを眺めていた日向の眼鏡のレンズに、ふと、学生服姿のシンジがエヴァに搭乗しているパッケージが映った。
(劇場版「Air / まごころを君に」か……)
日向は、旧劇場版のDVDを手に取ると、マジマジとパッケージを見詰めた。
脳裏に、赤木リツコの言葉がよみがえる。
『日向君、劇場版は見ないほうがいいらしいわよ。かなり
以前、青葉、マヤの三人で新劇場版の話で盛り上がっていた時、途中から口を
『あっちの世界はあっち、こっちの世界はこっちと、ちゃんと割り切れているなら結構だが……見るなら「序」と「破」くらいに留めておいた方が良いかも知れんぞ。旧劇場版のような結末になったら最悪だから……ん、ああ、そうか……キミらの間では旧劇場版の方はタブーだったな。……こっちの世界(SS)の者で、みたのは私とゲンドウくらいか』
(これ……みんな見るのはずっと
眼鏡を掛けなおし、パッケージの解説を読み上げるが、やはり詳しい内容は分からない。
(ボクと葛城さん、どうなっちゃうのかな……気になるなあ……)
しばしパッケージを見詰めていた日向は、辺りをキョロキョロとうかがうと、さり気なくDVDを小脇に挟んだ。
そして、決意した様子で、レジに足を向けたのだった。
※ ※ ※ ※ ※
「はあ、疲れた……」
休日だというのに、ネルフの自分のデスクで仕事をこなしていたリツコは、軽く伸びをした。
肩をほぐそうと、首を少し回す。
「あら、誰かいるのかしら?」
首を後ろに回した所で、リツコは誰かが入り口にたたずんでいる事に気づいた。
視線をディスプレイに戻し、時間を確認するが、既に夕刻だ。
「今日、当直だったかしら?」
いぶかしむリツコをよそに、日向は、入り口で突っ立ったまま、沈うつな表情で黙っている。
「どうしたの日向君?ずいぶんと、深刻そうな顔をして……」
リツコの呼びかけに、日向は黙って近付いてきた。そして、一枚のDVDを差し出した。
今朝、ブックオフで購入した旧劇場版・エヴァンゲリオンだ。
リツコは眉根を寄せた。
「あら、見ちゃったの……。
「そうじゃないんです!」
突然、日向は怒鳴った。
「結末が
日向は深々と溜め息をつくと、カブリを振った。
「とにかく見てください!」
DVDを突きつけられたリツコは、しばしためらったが、
「しかたないわね……」
強引に差し出してくる日向の態度に押し負けるようにDVDを受け取った。そして、自身のPCに挿入する。
「初めから見なくてもいいんです……重要なのは」
ディスプレイに動画が表示されると、日向は、身を乗り出してマウスをつかんだ。そして、動画の特定の時間にポインターを合わせクリックする。
『同情はしないわよ。自分が傷つくのがいやだったら何もせず、ここで死になさい!』
画面に、エレベーターのドアにシンジを押し付けて怒鳴るミサトの姿が映し出された。
どういう状況なのかは分からないが、どうやらミサトは負傷しているようだった。気力を失い、涙をこぼすシンジに、ミサトは何事か説教している。
『他人だから何だって言うのよ!アンタここで何もしなかったら、あたし許さないからね!一生許さないからね!』
日向は動画を一時停止させると、しばし
「こっからです……赤木さん、よおく、見ててください……」
と再生ボタンをクリックした。
再び動き出した画面の中で、ミサトが、ペンダントをシンジに手渡した。そして……
「ここです!」
日向が叫んだ。
ひそめていたリツコの細い眉が、大きく見開かれる。
「これって……」
画面に映ったそれは、30近い大人の女が未成年と唇を交わす瞬間だった。
『大人のキスよ。帰ってきたら続きをしましょう』
見間違いではない事は、ミサト自身が画面の向こうから宣告してくれていた。
「ミサト……あなた……」
リツコは思わず絶句した。
「キスだけなら、まだギリセーフかも知れません。でも……」
いいながら、日向はカブリを振った。
「『帰ったら続きをしましょう』ってなんですか?……続きって、あれの事ですよね!?ダメでしょ、未成年相手に!」
「ちょっと、貸しなさい」
リツコは、日向の手からマウスを取り戻すと、巻き戻し、同じ場面を繰り返し再生させた。見間違いの可能性を信じたかったが、何度見ても何度聞いても、児童福祉法違反に触れかねないミサトの言動は変わらなかった。
リツコは、動画を停止させると、
「でも、これはあくまで原作の話であって……」
「こっちの話が、原作通りに進まないという保障はありますか?」
「……進むという保障もないでしょう?」
「もし、このSSの作者がオネショタ好きだったら?」
「……」
日向は真剣な面持ちで、リツコに詰め寄った。
「そもそも、このSSのタイトルだって『マヤとシンジの愛の劇場』だなんて……もろオネショタじゃありませんか!」
「でも、ミサトとの愛の劇場じゃないでしょ」
「作者が書いている内に、路線を踏み外す可能性だってありえます!」
日向の指摘は正しかった。第一章目の最後も、書いている内に、なんでか、あんな内容になってしまったのだから。
「そんな人に、葛城さんと未成年の同居生活を書かせ続けていいんですか!」
「……」
しばしの沈黙後、リツコはPCからDVDを取り出して、日向に返した。
「日向君、これはアナタが責任持って保管しておきなさい。くれぐれも、他の人には見せては……今、見た事を言ってもダメよ」
「どうするつもりなんですか?」
「いいから、今日の所は帰りなさい。私の方で善処するわ」
「はい……お願いします!」
休日出勤してまで事務処理をこなしていたリツコだったが、日向が帰った後、仕事の続きをする気にはなれなかった。
事務処理などよりも、もっと大きな事案が発生してしまったのだ。
リツコは、ディスプレイの前で、キーを打つべき両拳を握りしめたまま、真剣な眼差しで考え込み続けた。
(一章目の結末で、もうシンジ君とミサトがキスしちゃってんのよね……ミサトの冗談かと思ったけど……原作の方もこれじゃあ……)
リツコは意を決したように、口に出してつぶやいた。
「問題が起きる前に……タイトル詐欺と言われる前に……シンジ君とミサトは引き離しておく必要があるわね……」