EVA マヤとシンジの愛の劇場   作:風都水都

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保護者失格?

ミサトは、ベットから上半身を起こすと、部屋の時計を振り返った。まだ真夜中である事を確認する。

 

両手が固く掛け布団を握り締め、全身からは汗が(にじ)んでいた。夢から覚めても、使徒の姿が脳裏に浮かぶ度に、五体が痺れ、筋肉が強張った。

 

目を閉じると、時計の針の音がやけに大きく感じられた。深く何度も息を吐き、胸の動悸(どうき)が少しずつ収まるのを待つ。火照(ほて)った身体が徐々(じょじょ)に熱を霧散(むさん)して行くまで。

 

(ダメだわ……)

 

使徒・サキエルを見て以来、こんな夜が増えた。

夢の中で過去の出来事が一度によみがえり、それらが使徒に対する憎悪へと繋がり、湧きあがる怒りが安眠を妨げる。

 

ミサトは額を抑えると、深呼吸の代わりに溜息(ためいき)()いた。気を取り直し、横になろうとする……が

ふと、ミサトは(フスマ)の向こうに気配を感じた。

 

「シンちゃん……夜這(よば)いかしら?」

 

「え……いえ、その……」

 

案の定、(フスマ)の向こうからシンジのうろたえた声が聞こえた。

 

「すいません……トイレに起きたら、ミサトさんが、うなされてたから、ちょっと心配になっちゃって……」

 

ミサトは苦笑いをもらした。

 

「大丈夫よ。ちょっと寝ぼけただけだから」

「そ、そうなんですか……それなら良かった……部屋に戻りますね」

 

(フスマ)の向こうで、シンジが「お休みなさい」と付け足し、自室に戻ろうとした時、

 

「あ、ちょっと待ってシンちゃん」

 

ミサトは、大事な事を思い出して、少年を呼び止めた。

 

「私……シンちゃんに謝っておきたい事があるの……」

 

夜中に女性の寝室に入る事を遠慮し、シンジは閉じた(フスマ)越しに耳を(かたむ)けた。

 

「なんですか?」

「この前、使徒が来襲した時……ほら、迎えの車が事故にあって、シンジ君が車載電話で掛けてきた時……」

 

ミサトはしばしの沈黙を挟んだ。

 

「私、携帯電話を忘れてきたシンジ君にいったわよね?『こういう時の為に、携帯を持たせたんでしょうが』って……」

 

ミサトはかぶりを上げ、

 

「私……」

 

訴えかけるように続ける。

 

「私、あんなこと言っちゃったけど、本当は、そういうつもりで携帯を持たせた訳じゃないの。年頃のシンジ君には、その……お友達と連絡を取り合うのに必要だろうと思って……」

 

ミサトは、大きく溜め息を付き、うつむいた。

 

「興奮してあんなこと言っちゃったけど……仕事の為とか、監視する為とかじゃなくて……。私は、まだこっちの生活に慣れていないシンちゃんが、友達を作るのに必要だろうと思って……」

 

自分は何をいおうとしているのだろうか?

何だか、気持ちが落ち着かず、上手く伝えられなかった。

ただ、自分が放った言葉に対する後悔の念、そして、上司として少年を管理する為ではなく、少年を思いやる保護者として携帯をプレゼントした事を分かって欲しいという気持ちが、彼女の胸中に強くあった。

 

「分かってます、ミサトさん。ボクは、全然気にしてません。っていうか、すっかり忘れてました」

 

上手く言葉を(つむ)げないでいるミサトに、シンジはその心情を察して応えた。

 

「本当に気にしてないし……それよりも、ミサトさんから携帯電話をもらった事に対する喜びの方が……そんな言葉よりもずっと大きいんです」

 

シンジの声音(こわね)に、本当に嬉しそうな色彩が加わる。

 

「ボク、伯父さんのお世話になっている時、教材だとか、習っていた音楽関係の物しかプレゼントしてもらった事がなかったんです。だから、同居を始めた次の日に、ミサトさんがピカピカの携帯電話を手渡してくれた時、すっごく嬉しかったんです」

 

「……」

 

「ミサトさん、本当に有難うございます……」

 

ミサトは微笑(ほほえ)み、目を閉じて(うなづ)いた。

 

シンジがもう一度「お休みなさい」を告げると、ミサトは(フスマ)の向こうから遠ざかって行くシンジの足音を聞きながら布団に潜り込んだ。

少年の感謝の言葉に、わだかまっていた後悔の念が少し(やわ)らいだ。気付けば、夢の中から湧きあがっていた怒りも、どこかに消えていた。

 

(そうよ。私は保護者として……シンちゃんの為を思って)

 

自分と同じく、父親の愛情をろくに知らない少年。

失声症に苦しんだ過去の自分のように、他人とのコミュニケーションを苦手とするシンジの姿を見た時、ミサトはほうっておけないと思った。

 

この子は、私と同じ……私が守ってあげなくちゃいけない……。

 

そう思えたからこそ、自分が保護者になる事を望んだはずだった。

だが、あのセリフを言ってしまった時、ミサトは、後悔と共に自分の心に一つ疑いを持つようになっていた。

 

(でも、私が本当にシンちゃんの事を思っているのなら……転校祝いに友達を招待するとか、学校に行ってクラスメイトたちに挨拶するとか、それくらい過保護な気持ちがあってもいいはずじゃない……)

 

だが、シンジの為に、そこまではして来なかった。

だからこそ、本当は別の目的があって、シンジを手元においたんじゃないのかと思えてしまう。

何度も胸の底から湧きあがり、その度に否定する感情……。

それは……。

 

────父の仇である使徒を倒す為の唯一の手段、エヴァンゲリオン。……そのパイロットを復讐の道具として育てたくて──

 

ミサトは激しくかぶりを振って否定した。

 

(そんなはずはないわ……そんなはずわ……)

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

休み明けのNERV技術開発部技術局。その幹部職員たちのプライベートオフィスが並ぶフロアの一室。

 

「……よって、○○月○○日を以って、サードチルドレンは葛城ミサトの保護下より解放する。サードチルドレンの新たな住居は、赤木博士の判断の下、ネルフ本部の施設内か、もしくはその周辺に住居を持つ職員の保護下におくものとする」

 

リツコは、一枚の書面を読み終えると、眼鏡を外した。

リツコのオフィス。向かいの席で、ミサトが詰まらなそうに髪をいじっている。

 

「ご了解頂けたかしら?葛城三尉」

 

ミサトをシンジの保護者から解任するという話は、ほんの数時間前、ネルフの会議室で決定した事だった。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

数時間前、ミサト以外のネルフのメンバーが揃った会議の卓上で、一つの問題が提起されていた。

それは『前回の使徒襲撃における、サードチルドレンの出撃の遅れ』に就いてだった。

 

「当初の予定通り、ネルフ本部内に住んでいれば、パイロット・シンジ氏の出撃はもっと速やかに行われ、損害も軽微で済んだと思われます」

 

会議を招集し、司令を初めとする本部職員たちを前に、その問題点を取り上げたのは、赤木リツコだった。

 

モニターになっているテーブルには、前回の戦闘で破壊された第三新東京の航空写真と、詳細な被害額が表示されている。

 

「事実、サードチルドレンとファーストチルドレンが共同作戦に突入するまでの間に生じた損害は、全体の60%近くに及んでいます」

「ちょっと待って下さいよ、赤木博士」

 

横から口を出したのは、青葉だった。

 

「理由は知らないっすけど……シンジ君て、綾波同様、学校に通ってんでしょ?」

肩をすくめて見せる。

「だったらネルフ本部に居住させても、授業中に使徒が来れば一緒じゃないっすか?」

 

青葉の疑問は、もっともな事だった。

シンジは、14歳の中学生としての日常を送る事も許されている。

学校に通っている以上、授業中に使徒が来襲すれば、どこに住もうが同じではないか。

 

青葉の言葉に、リツコはテーブルのタッチパネルに触れ、第三新東京の絵地図を表示させた。

地図が拡大し、学校とミサトのマンションと、ネルフのゲートの位置を示す記号が浮かび上がる。

 

地図上では、学校よりも、明らかにミサトのマンションの方が、ネルフのゲートから遠い位置にあった。

 

「学校から非常用ルートを使えばジオフロントまで十分程度。でも、葛城三尉のマンションに帰ってしまうと、三十分弱は掛かってしまうのよ」

 

青葉は、なるほどと黙って(うなず)いた。

 

「でも、前回は迎えの車が事故にあった訳ですから……学校から送迎しても事故にあってしまえば、同じ結果になるのでは?」

「マヤちゃん、大事なのは効率だよ!」

 

青葉に続いてマヤが疑問を投げ掛けたが、間髪いれず鋭い反論の声を上げたのは日向だった。

 

「事故に合う確率なんて、学校からでもマンションからでも五分五分。大事なのは、少しでも早くジオフロントに駆けつけられる事じゃないか!」

 

例のDVDを見てしまった日向は、とにもかくにも、ミサトとシンジを引き離す事しか頭になかった。

自然と語気が荒れ、思わずマヤをすくませてしまう。マヤは「そ、そうですよね」と小さな声で同意を示した。

 

「そう、効率だよ!効率!」

 

なおも、皆に向って、この問題点を強調する日向の隣から、

「全く以ってその通りだ。それに……」

副司令の冬月も(うなず)きながら顔を出した。

 

冬月は、テーブルのタッチパネルを操作し、学校の地下を表示させた。学校の地下施設が立体映像となって浮かび上がり、その地下施設からネルフに向って伸びる一本の線が赤く点滅する。

冬月は、その赤い線を掌で指し示した。

 

「非常用通路だ……実は、学校からジオフロントに直通するルートを密かに作ってあるのだよ。もし、授業中に警報が鳴れば、校長がシンジ君を案内してくれる手はずになっとるんだ」

 

授業中に使徒が襲撃してきても、学校ならば直ぐにジオフロントに駆けつける事ができる。やはり問題なのは、ジオフロントまで三十分弱も掛かってしまうミサトのマンションで、シンジが暮しているという点だろう。

 

リツコは(うなず)くと、改めて言った。

「では、効率を(はか)る為にも、サードチルドレンを葛城三尉の保護下から外し、私の方で改めてサードチルドレンの居住先を検討させて頂きます」

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

という訳で、ミサトの知らない間にシンジの移転が決定し、リツコは、冬月が書面化してくれた指令書を、ミサトの前で読み上げて見せたのだ。

 

「ふ~ん、私の知らない間に、私だけ除け者にして、そういう事を勝手に決めちゃった訳だ~」

 

ミサトは、リツコに視線を向けずに自分の髪をいじりながら、他人事のように言った。

 

「良くいうわね。遅刻してきた癖に」

「あら、『今朝は下らない会議があるから、ミサトは少し遅れてきても構わないわよ』って言ったのは、どこの誰だったかしらねえ?」

「それは……」

 

リツコは少し言葉を濁したが

 

「ま、いいわ……」

 

ミサトは、(もてあそ)んでいた髪を離すと、生真面目な顔になって、席から立ち上がり、

 

「わたくし葛城三尉は、指令に従い、今を以て、碇シンジ君の保護者の任から離れる事を承知いたします」

 

と敬礼までして受諾した。

 

「あら、承諾してくれるの?」

 

ミサトの態度に、リツコは驚いたようだった。

 

「いいも、何も……願ったり叶ったりよ」

 

ミサトは元の不真面目な顔に戻ると、

 

「実はさあ……シンジ君が来て以来、部屋に男連れ込めなくて困ってたのよ。シンジ君がいない間にコッソリって手もあったんだけど、それじゃ保護者として、ちょっち不味いかな~とか思って、色々遠慮してたのよね~」

 

わざと、ふざけた様な態度を取って、リツコの手から指令書を受け取った。

 

「いやあ、リツコのお陰で助かったわ。やっぱり持つべきものは友達よね~」

そして、さっさとリツコのオフィスから出て行こうとした。

 

「え、あの……ミサト?」

 

オフィスの自動ドアが開かれる。

 

「じゃあ、リツコ。確かに指令は受け取ったから。私は仕事に戻るわね」

 

まだ、リツコは何か言おうとしていたが、ミサトは気にせずに出て行ってしまった。

静かに、オフィスの自動ドアが閉じ、リツコだけがポツリと取り残された。

 

「ミサト……」

 

不自然な作り笑顔を見せた親友の態度に、リツコは少し後悔した。

ミサトがシンジの保護者になることを望んだのは、過去の自分とシンジを重ね見たからである事は、リツコも気づいていた。

そのミサトに対して、一方的な保護者からの解任は、少し酷だったかも知れない。

 

(でも……)

 

リツコは、DVDのあのワンシーンを思い出し、かぶりを振った。

 

(ミサト……親友としてアナタを児童福祉法違反で、ブタ箱行きにする訳にはいかないのよ……)

 

背後でドアが閉まる音を聞くと、ミサトは、その場で溜め息を就いた。

胸元の十字のペンダントを取り出し、握り締める。

 

ここしばらくの間、本当にシンジを守りたくて保護者になったのか……それとも復讐の道具を手元に置きたかっただけなのか……自問自答していた。

だが、その答えが分からない内に、自分は解任を命じられたのだ。

 

(この方が良かったのかも知れない……たとえ、私が本当に彼の事を守りたいと思っていたとしても……)

 

使徒を撃退した前回……不貞腐(ふてくさ)れるシンジをどう(あつか)えば良いか分からず、激励のつもりでキスをしてしまった。でも、その後で、やり方が悪かったかも知れないと後悔していた。

保護者になろうと努めても、その保護の仕方も分からずに、扱いかねている自分がいる。

 

(結局、私はあの子の事を傷つけてしまうだけかも知れない……)

 

無理に保護者を気取り、『少年を守ってあげたい』という気持ちと『少年を使って使徒を倒したい』という意思の狭間で葛藤(かっとう)するよりも、初めから上司として割り切って接した方がいい。

それが一番いい……。

ミサトは自分自身に対して(うなず)くと、リツコのオフィスを後にした。

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