EVA マヤとシンジの愛の劇場   作:風都水都

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番外編  ネルフのヲタクたち
眼鏡と長髪の直談判(1)


上座の司令席だけが、ほのかな灯を残す真夜中の作戦本部室。

既に職員たちは退勤し、代わって、静寂がコンソールとディスクを占領していた。

その中で唯一あわい灯に包まれた司令席で、碇ゲンドウは何か考え込むようにして、ポツンと鎮座していた。

 

ピクリと、ゲンドウの眉が動く。

背後の床が静かにスライドし、一メートル四方の空間が口を開いた。

そこは床自体を昇降させるタイプのエレベーターになっていた。真下に位置する司令室から作戦本部室に直接移動する為のものだ。

空洞の底から、上昇してきた床と共に、一人の初老の男の姿があった。

 

「待たせたね、碇」

 

副司令・冬月だ。

だが、その表情はいつもの冬月とは少し違っていた。いつもは厳格な表情を崩さない白髪の老人が、表情を緩め、頬を紅潮させている。

 

「ここでするのかね……」

 

恥ずかしそうに辺りを気にする冬月に、碇はうなずくと立ち上がった。

そして、冬月の(えり)に手を伸ばし、ホックを外してやった。

 

「だ、誰かくるかも知れんのだぞ……」

「いいんだ。その方が興奮する……」

 

二人は服を脱ぐと、こらえ切れずに、抱き合った。

 

「碇……」

「冬月……」

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「あれ、またファンメール貯まってら……」

 

原稿の中でゲンドウと冬月の濡れ場を描いていた作者は、ペンを置き、ノートパソコンに手を伸ばした。

ノートパソコンは、小さなランプを点滅させ、メールの着信を知らせていた。

 

「メールって、どうせ『萌えウサ』ちゃんだろ……」

 

かたわらで原稿にトーンを貼っていた男が、迷惑そうにぼやいた。

 

「うん、『萌えウサ』ちゃんから。120通来てるよ」

 

「一か月分くらい貯まってたのか?」

 

「いや、今日一日で」

 

「相変わらずヤベーな……」

 

トーンを貼っていた手を止め、深いため息をもらす。

 

「いい加減、着信拒否しちまえよ……」

「ダメだよ、『萌えウサ』ちゃんは、俺たちのサークルの創設期以来の常連さんなんだから」

 

そういうと、男はマウスをクリックして、適当にメールを読み上げた。

 

「『拝見、サークル エヴァ・レボリューション様へ。前回の碇司令と副司令の絡みは最高でした!シリーズ化するんですね、新作、楽しみにしてます。あと、赤木先生と伊吹マヤちゃん編では、とにかくマヤちゃんが可愛くて、素敵で、もうたまりません。今のシリーズが終わったら、ぜひとも、青葉さんと新ショタをメインにお願いします』……だってさ」

 

メールを閉じると、男は相棒に振り返る。

 

「どうする青葉?今度、お前メインで描いてみるか?」

「おいおい、よしてくれよ……前々回、司令との絡み描いたばっかだろ。もう勘弁してくれよ……」

 

ここは、日向マコトのマンションの一室。

同時に、彼らの新同人サークル『エヴァ・レボリューション』の仕事場でもあった。

以前の『ブルー&サン』は既に解散していた。今どき、ナディアの同人では食っていけない為だ。

新サークルを立ち上げた今では、もっぱらエヴァを題材に腐女子向きの同人を書き続けていた。

 

「ところで青葉。この新ショタって……シンジ君の事だよな。未成年出しちゃっていいのかな?」

「同人の中の話だから全然OKだろ。っていうか、そのジャンルの同人の方が多いくらいだし。でも、シンジ君のキャラはまだ良く分かんないからな……描くのはまだ早いだろ」

 

青葉は、机の上のトーンくずを払うと、また溜め息をついた。

 

「しかし、なんでまた、俺たちがこんな同人描かなきゃならないのかねえ……生活の為とはいえ……」

「仕方ないだろ。俺たち、ノーギャラでネルフのオペレーターやってんだから」

 

お忘れかも知れないが、彼らがアニメ・エヴァンゲリオンに出演する切っ掛けになったのは、冬月の提案によるものだ。

脅迫同然の形で、ノーギャラで出演させられて以来、既にかなりの月日が流れていた。だが、相変わらず彼らは一銭ももらっていなかった。

 

「でも、おかしいよな、日向?エヴァは劇場版で大成功して、アミューズメント産業にも進出して、かなり利益だしてるはずだろ?」

「ああ、特にパチンコでの収益がデカイはずだよな」

「だのに、何でオレたち、まだギャラもらえないんだよ?」

 

青葉の言葉に、日向は腕組みして考え込み始めた。

「ふ~ん。副司令に、上手い具合に使われすぎだよな、俺たち……」

 

そして、思い切って相棒に告げる。

 

「いっそ、副司令に直談判してみるか?」

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

まだ、出勤する職員たちの姿がまばらな早朝のネルフ。

夜勤を終えた職員たちに(ねぎら)いの言葉を掛けながら、冬月が廊下を歩いていた。

別に用事がある訳ではない。近頃、めっきり朝が早くなった彼の単なる暇潰(ひまつぶ)しだ。

 

(血圧が上がると、どうも朝が早くていかんな。やはり歳か……)

 

ツカツカと廊下を歩く冬月は、

 

「ふむ、今日は早いな。おはよう」

 

二人の見知った部下に声を掛けた。

そして、部下が思い詰めた顔をしている事に気づかない振りをして、その二人の間を通り抜けようとする。

 

「副司令!ちょっと、待ってください!」

二人の声が同時に背中に浴びせられる。

 

一拍おいてから、冬月は振り返った。

「なんだね、朝から随分(ずいぶん)と元気がいいじゃないか」

 

「お話があるんです!」

「なんだね、(やぶ)から棒に」

 

日向が詰め寄った。

「副司令……そろそろギャラ……考えてくれてもいいんじゃないですか?」

 

日向の言葉に、冬月はヤレヤレとカブリを振った。

「朝から難しい顔をしとるんで、何かと思えば……前にもいったが、まだガイナックスには借金が残っとるんだよ。とてもギャラなんて……」

 

(とぼ)けた顔で応える冬月に、

 

「じゃあ、これはなんすか?」

 

青葉が鞄から赤い単行本を取り出して見せた。

 

「武田康広先生が書かれた『のーてんき通信―エヴァンゲリオンを創った男たち』に、既に借金は完済したって、バッチリ書かれてますが?」

「そんな訳の分からん男が書いた本など……」

「武田康広先生は、ガイナックスの取締役統括本部長ですが!」

 

間髪いれずにたたみ掛ける青葉に、冬月は困った様子で肩をすくめた。

 

「君ら……ほら、この間、声優の三石琴乃の『握手券』あげたじゃないか。日向君も、ずい分と喜んで……」

「現物支給じゃなくて、ちゃんとしたギャラが欲しいんです!なあ、青葉!」

「そうっすよ。ちゃんと手当てを出して欲しいんす!」

 

いつに無く真剣な眼差しを向ける二人。

冬月は、まだ何か言いかけたが、それを嘆息に変えて吐き出した。

 

「分かった……仕方が無い」

 

そういうと、冬月は、しぶしぶ(ふところ)から財布を取り出した。

 

取り合えず、一時金を支給してくれるのか、それとも何か契約書を取り出すのか?

そう期待し、二人は安堵した様子で顔を見合わせた。

だが、冬月が取り出したのは、一枚の写真だった。

 

「私のブロマイドを進呈しよう……ん?どうしたのかね、不機嫌な顔をして。ああ、私のサインも付けるべきだったか?」

「だから、現金でお願いします!!」

二人の声が廊下に響く。

 

 

冬月は舌打ちすると、財布を懐に戻した。腕組みし、二人を(にら)み返す。

「メガネと長髪……お前ら、ええ加減にしとけよ!」

 

冬月が地を出し始めたが、二人は(ひる)まない。

 

「睨んだって退きませんよ!こっちは生活が掛かってるんです!」

 

日向は、自分のネルフの制服を指し示して続けた。

 

「ボクたちは、ネルフの職員として毎日働いているんですよ!他の職員だって、働いた分、ちゃんともらってるんでしょ?何でボクたちだけ、例外なんです!?」

「そうだ、日向!もっと言ってやれ!」

横から青葉がはやしたてる。

「ずっと、ノーギャラのままで、どうやって食べて行けばいいんですか!?」

日向の主張は正論だったが、

 

「はっ、何を抜かす若造が!」

冬月は取り合わなかった。

 

「知っとるぞ。お前ら『エヴァ・レボリューション』とかいう新サークル作って、この間の即売会で儲けとるだろうが!?」

冬月は、懐から小冊子を取り出して、二人の前に突き付けて見せた。

 

厚みの薄い小冊子……『冬月の夜に』とタイトルが打たれたそれは、今、腐女子の間で一番人気の作品であり、昨日、日向が描いていたシリーズだ。

 

「な、なんでそれを……」

日向は隣の青葉の顔をみたが、青葉もカブリを振るばかりだった。

新サークルを立ち上げた事や即売会の事は、ネルフの誰にも言っていないはずだ。

 

「ふん。ワシの情報網を()めとったらいかんぞ!」

 

冬月は忌々(いまいま)し気に、薄い本の表紙を見返した。

 

「お前ら、ワシらで勝手に同人描きやがって……肖像権って知っとるか?」

「に、日本の法律では肖像権は保障されてないっス」

「それは刑事の話だ!民事では不法行為だ。特に、本人に無断で利益を得ている場合な。もっと勉強しろ、長髪」

 

冬月は、薄い本の表紙をめくった。

「しかも、なんだ、この描写は!?」

冬月がめくったページには、司令が副司令をベットに押し倒すシーンが描かれていた。

 

「なんで、ワシの方が『受け』なんだ!?年上のワシの方が『攻め』になるべきだろうが!」

 

さらに、薄いモザイクが掛かった副司令の股間部分を指さす。

 

「想像だけで描きやがって!ワシのは、もっと凶悪だぞ!なんなら今、見せてやろうか!?」

「え、遠慮しときます」

 

日向はすっかり(ひる)んでいたが、

「日向!」

すかさず青葉が代わった。

 

「副司令、そもそも俺たちがそんな事をやって稼いでるのも、給料を支給してもらえないからですよ!BLだって、描きたくて描いてる訳じゃないんス!それに、これは俺たちがネルフに入る前から続けてた趣味であって、こっちの収益はまた別問題っす!」

 

「何が趣味だ!」

青葉の主張に、冬月は忌々(いまいま)しげに吐き捨てた。三白眼(さんぱくがん)で二人を(にら)みながら、グッと顔を近付ける。

 

「お・ま・え・ら、ガイナックスに著作料払っとらんだろうが!」

「そ、それは……」

「大体、お前らが前に作っとった『ナディア』のゲームや漫画も、著作料払っとらんかっただろうが!」

「いや、その……同人はもともと、イコール著作権侵害みたいなもんすから……」

「違法である事には変わりあるまい!」

冬月は声のトーンを落とした。

「なんなら、山賀博之社長に報告して、訴えてもいいんだが?」

「……」

 

二人が押し黙ると、

「公務員二名、完全に沈黙……だな」

冬月は勝ち誇った様子で、三白眼を緩ませた。

 

「では、日向君、青葉君。今日も仕事を頑張ってくれたまえ」

 

表情を和らげ、何事もなかったかのように立ち去ろうとする。だが、二体は完全には沈黙していなかった。

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