「待って下さい……」
「まだ、何か用があるのかね、日向君?」
日向と青葉は思い詰めた表情で、懐に手を入れた。そして、互いに一枚の封筒を取り出した。封筒には『退職届』と書かれていた。
「以前、ネルフに不法侵入した件……既に時効のはずですよね?」
「この手だけは使いたくなかったんすけど……」
冬月は片眉を上げて、二人の退職届を受け取った。
「ネルフを辞めるという事は、ガイナックスを辞めるという事だが……それでもいいのかね?」
「覚悟は出来てます!」
二人の声が揃った。
嘆息する冬月。
「そうか……そこまで決意してたのかね……」
目を閉じ、うめくようにつぶやく。
「もっと企画がハッキリしてから言うつもりだったんだが……これでは、今、言ったほうが良いかも知れんな」
「何の話ですか?」
「日向君、そして青葉君……。実をいうとだね、今度の新作アニメで、君たちを主人公に抜擢しようという企画が進んどるんだよ」
「マジっすか?」
「だまされるな青葉!」
青葉は反応したが、すかさず日向が小声でたしなめた。
「副司令……いえ、冬月さん!もう、ボクたちには関係のない話です!勝手にやって下さい」
「そうっすよ。オレたちは明日からはコンビ組んで、本格的に漫画家としてデビューするんですから。大場つぐみ と 小畑健のコンビを越える為に!」
冬月は何度もうなずいた。
「分かった。元気でやってくれたまえ」
そして、携帯を取り出し、どこかに連絡を入れる。
「ああ、監督ですか……はい、冬月です。この間の新劇場版『エヴァ』ではお世話になりました」
どうやら相手は、庵野秀明監督らしい。
「この間の、こっちで眼鏡が似合う青年と、長髪が似合う青年……用意できると言ってましたが、残念ながら……」
日向は「馬鹿馬鹿しい……猿芝居だよ」と顔をしかめて青葉にささやいた。
(庵野秀明監督は、今はガイナックスじゃなくて、カラーの取締役やってるはずじゃないか……)
だが、その
「はい、では、例の『セカンド・ナディア』の件は、無かったとい事で……」
「ちょっと待ってください!」
思わず、二人は同時に叫んでいた。
「い、今、何ていいました……?」
「なんだね日向君、もう君には関係のない事だ」
「いや、でも、今……『セカンド・ナディア』っていいましたよね!?」
「そんなこと言ったかね?」
「言いました!」
また、二人の声が重なった。
冬月は、少し困った表情を見せると、
「まあ、仕方がない。教えて上げよう」
他聞をはばかるようにして、小声で説明し始めた。
「実をいうとだね……ガイナックス社とカラー社の共同で、ナディアの続編を作ろうって企画が進んどるんだよ」
「本当ですか!?」
「マジっすか!?」
「本当だとも。で、主人公の大人版ジャンとその親友役を務める人を探していてね。ジャン役に眼鏡が似合う青年を、新キャラの親友役に長髪が似合う青年をと言うんで、それならうちの職員に良いのがいますと監督に言ってたんだが……」
冬月はカブリを振って、溜め息を付いた。
「だが、君たちが辞めてしまうのであれば仕方がない……代わりを探さんと」
急に青葉が姿勢を正した。
「あの、副司令!日向の奴は、一身上の都合で辞めるとか言ってますが、自分はもちろん、辞める気なんてさらさら」
「卑怯だぞ青葉!あ、副司令……ボ、ボクも辞めるなんてそんな。あ、退職届返してもらえます?」
「でも、君たちはエヴァにノーギャラで出るのが不満だったのでは?」
「そ、そんなあ、冗談に決まってるじゃないですか。なあ、青葉?」
「そうっすよ。エヴァへの出演は、修行みたいなもんですから。こっちの方が授業料払いたいくらいっすよ」
「そうかねそうかね、では、退職届は返すとしよう」
二人は、その場で退職届を破り捨てた。
「と、ところで……そっちの方の出演料は?」
「ふむ、全世界に配給するんでな、一千万は固いはずだ」
「せ、声優は誰になるんすか?」
「今回は予算があるんでな。たしか、ハリウッドスターのニコラス・ケイジとハリソン・ホードだったかな?」
「オレ(ボク)、一生付いていきます!」
二人は冬月と固く握手したのだった。
冬月が立ち去って行くと、二人は堪え切れず、その場でガッツポーズを決めた。
「やったな!日向!」
「もう、最高だ!」
二人が感動に震えている時、突然、背後からドサリと荷物を落とす音が聞こえた。
振り返ると、一人の女性職員が立ち尽くしていた。まだ出勤したばかりだったと見え、私服姿だ。落としたのは、彼女のハンドバックだったらしい。
「や、やあ、マヤちゃんお早う」
青葉の挨拶に応えず、マヤは
「今の話……本当ですか?」
奮える声で尋ねてきた。
「今の話って?」
ズレた眼鏡を直しながら、日向は問い返した。どうやらマヤに聞かれてしまったらしい。
「お二人が同人サークルをやっているって話です……」
しかも、一番知られたくない所から聞かれていたらしい。
「いや、それはその……」
小声で、青葉に何とか説明しろとささやくが、青葉も困った様子でカブリを振った。
「そんな、日向さんと青葉さんが……同人作家で……『エヴァ・レボリューション』っていうサークルまで持ってて……」
マヤは信じられないという顔で日向に駆け寄ると、その手を取り、うつむいた。
「そんな、ネルフの職員なのに……、そんな……お二人が……」
マヤの肩がワナワナと震え出した。
「マヤちゃん……?」
マヤの肩が震える度に、床にポタポタと
(マヤちゃん……泣いてる?)
世界を守る使命を帯びたネルフの職員が、副業で同人作家を、しかもBLを描いていた事がよほどショックだったのだろう。
日向と青葉は申し訳なさそうに顔を見合わせた。
「マヤちゃんごめんよ。たしかに副業でそんな事してちゃ、ネルフの職員として失格だよね……」
「まあ、どっちかっつーと、同人の方が本職なんだけどね」
余計な事をいう青葉。
「ひ……日向さん……あ、青葉さん……。お二人が……『エヴァ・レボリューション』っていうサークルの作家だって……本当なんですか……」
日向は悲しげにうなずいた。
「ごめんよ、今まで隠してて……」
「マヤちゃん、説明するよ……さあ、顔を上げて」
青葉がハンカチを取り出した。
そのハンカチを受け取り、マヤは涙をぬぐうと、顔を上げた。
マヤの白い頬に、大粒の涙が伝った
そして、その頬は満面の笑みを浮かべ、うるんだ瞳はキラキラと輝き、なぜか感動に打ち震えていた……?
「ま、まさか、こんな所で『先生』にあえるなんて……!!」
マヤは、二人の手を握りしめた。
「わたし、大ファンです!」
「はあ?」
一瞬、日向と青葉は耳を疑った。
マヤは、明後日の方を向きながら、信じられないとばかりにつぶやく。
「そんな……お二人が、あの『エヴァ・レボリューション』の作者だっただなんて!」
顔を赤らめ、頬に手を当てる。
「やだわ、私、こんな格好してきちゃって……でも、そんな、まさか……」
「あのー、マヤちゃん……ボクたちのこと知ってるの?」
マヤは激しくうなずいた。
「はい、『サークル ブルー&サン』の時から知ってます。その頃から大ファンです!」
「マジで!?」
何たる偶然だろうか!?かなりコアな同人サークルだったというのに、そのファンが同じ職場にいようとは!
「あっ、そういえばファンメール見てくれてます?」
「ファンメール?」
青葉と日向は顔を見合わせた。
「いや、マヤちゃんのメールは見た事ないけど?」
「ああ、ごめんなさい。ハンドルネームばっかで、本名は名乗って無かったですね、青葉さん」
マヤは恥ずかしそうに、ハンドルネームを名乗った。
「……『萌えウサ』です」
「げっ……」
「……あれ、マヤちゃんだったの?」
「はい、日向さん。忙しくって、いつも一日100通くらいしか送れなくて、すみません」
「いやいや、もう十分だけど!」
興奮するマヤは、思い出したように、慌てて落としたバックを拾った。そして、中から同人誌……まさに『エヴァ・レボリューション』の新刊を取り出すと、
「サ、サインをお願いします!」
二人に差し出した。
呆気に取られながらも、二人は取り合えずサインを書き込んだ。
まさか、あの危ないファンが、目の前の可愛い少女だったとは、誰が想像できただろうか。
「あ、じゃあ……。この前のコミケの即売会の時、ブースで『ナディア』と『ジャン』のコスプレしてたお二人……あれって日向さんと青葉さんだったんですね?」
「あ、ああ……そうだよ。ボクがジャンで、青葉がナディアやってたんだよ。気づかなかった?」
「はい。いい歳したオッサン二人が、痛いコスプレしてるって印象の方が強かったものですから……」
興奮のあまり、つい本音を口走ってしまう。
「え、それじゃ……マヤちゃんもコミケに来てたの?」
「はい、青葉さん。ジャン姿の日向さんから、新刊買いましたよ」
「ええ!?ボク、マヤちゃんの姿なんか見なかったけどな?」
「そ……それは……」
急にマヤは言葉を
「あ、でも、マヤちゃんのソックリさんならいたよな、日向」
「ああ、いたいた。ソウルキャリバーのアイヴィーの露出しまくりのキワドイ格好した子……マヤちゃんと良く似てたよな」
「そうそう、署名してもらったら、名前まで一緒だったんだよな」
「あははは、顔と名前が一緒なのに、ネルフのマヤちゃんとは随分違うって……」
そこまで言って二人は顔を見合わせた。
「って、あれ本人だったのかよ!!」
マヤは顔を真っ赤にして、小さくなっていた。
「は、ははは……お互い色んな趣味を持ってるもんだな、青葉」
「あ、ああ……マヤちゃんにも意外な一面があったんだな、日向」
「あ、ははは……お二人も、まさか大先生だったなんて……」
三人は乾いた笑い声を上げると、しばし沈黙して、顔を寄せ合った。
互いに人差し指を立て、暗黙の了解を交わす。
「マヤちゃん。今回の事は互いに忘れるって事で……」
小声で念を押す青葉に、マヤはニッコリと微笑んだ。
「その代わり、次回の新刊では、青葉さんと新ショタの絡みをお願いしますね(^^」
特務機関『ネルフ』……「優れた能力」と「強い個性」を持つ人材によって、今日も人類の平和は守られているのであった。