EVA マヤとシンジの愛の劇場   作:風都水都

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■前書き■
つまんない話だけどね(´・ω・`)


第二章 続き
シンジ君が来るまでに


「うん、こっちは部屋を用意してる所だから……うん、荷物はとっくに届いてるわよ。必要なものがあったら言ってね」

 

早い(あかつき)のお陰で、まだ六時を過ぎたばかりだというのに、部屋の中は明るかった。

ガラス戸……いわゆる「掃き出し窓」は開放され、秋の温もりを(はら)んだ風が、心地良かった。

 

セカンドインパクトによる地軸の歪みの為に、日本の季節は、夏の気候が15年間も居座り続けている。夜よりも昼の方が長く、夏至や冬至なんて言葉は使われなくなって久しい。

 

だが、それでも、人類の習慣は、完全には地軸の歪みに合わせる事ができずにいた。今年も、「暖かい秋」なんて、以前にはなかった形容詞が付いた季節が、カレンダーをめくる内に訪れていた。

 

開け放たれた窓の向こう側、ベランダには、既に布団や枕、クッションの類が干してあった。

 

いつもより早起きしたマヤは、マンションの隣人の迷惑にならないようにと、低出力モードで掃除機を掛けていた。

右手で、小さな騒音のする機械を操作しながら、左手では、携帯から聞こえる少年の小さな声に耳を傾けている。

 

もちろん、携帯の相手は、明日から同居人となる碇シンジだ。

 

「え、手伝いにくるって?……あらあらダメよ、シンジ君。お掃除前の女の子の部屋に来たがるなんて」

 

 

自宅でノートパソコンを操作する時、手でカップ麺を食べながら、足の指で打つ事もあるズボラなマヤだったが、掃除だけは欠かさなかった。

 

同じズボラ人間の葛城ミサトとは違い、食べ終わった飲食物を放置したりはしない。週に三度は掃除機を掛けている3LDKの部屋は、初めから何も散らかってはいなかった。

 

それでも、これから一緒に暮らす少年の為に、マヤは一番(ほこり)がたまりやすいリビングの絨毯(じゅうたん)に入念に掃除機を掛けていた。

 

「じゃあ、シンジ君。明日にはお料理作って歓迎するから、楽しみにしててね」

 

シンジの方は、今、例のネルフの個室に滞在している。マヤがシンジの部屋を用意するまで、一日だけの辛抱だ。

 

窮屈(きゅうくつ)な所で待たせてごめんね、シンジ君)

 

マヤが保護者に立候補し、あっさりと承認された日。

 

リツコは、「定時になったら、マヤと一緒に帰りなさい」とシンジに告げたが、マヤは慌てて「まだ準備が……その、シンジ君の部屋を用意してないので……」と一日の猶予(ゆうよ)を願った。

 

「先輩も、何の準備もしていないレディーの部屋に帰りなさいなんて……もうちょっと、気を使って欲しいわね」

 

散らかっている物などない。部屋を用意するまで、取り合えずリビングを使ってもらえば済む事だ。本当は、そのまま迎え入れても差し支えはないはずだった。

 

だが、彼女が猶予を願った本当の理由は別の所にあった。

シンジが来る前に、どうしても処分しておかねばならないものが大量にあったからだ。

 

電話を切ると、マヤは、リビングの掃除を済ませた。

 

「よし、お掃除終わり!」

しかし、

「さあてと……これからが本番なのよね」

 

リビングの隣……個室の一つを見詰める。父が訪れた時ですら、決して開けさせなかった秘密の部屋。

 

「ここを空けるしか、ないのよねえ……」

 

マヤは溜息を吐いた。

 

(それに……シンジ君が来る前に処分しなきゃなんないし……)

 

マヤは、いつになく真剣な面持(おもも)ちになると、秘密の部屋のノブをひねった。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

東南側に面した大きな窓。雨戸が閉じられたままになっているが、開放すれば日当たりは申し分ないはずだ。

部屋の広さも八畳分のスペース。ベットにタンスに机、そしてオーディオ機器をおいても、十分な広さだ。

 

シンジに与えるには、文句なしの良い部屋だった。ただし、足元一杯にひしめく段ボール箱と、壁一面に掛けられた衣装の存在を配慮しなければの話だが……。

 

段ボールにギッシリと詰め込まれたものは、マヤが数年掛けて集めた小冊子(しょうさっし)だった。同人サークル『ブルー&サン』『エヴァ・レボリューション』の全作品はもちろん、年頃で独り身の女性ならば、多少は収集しても仕方がない分野の本だ。

 

壁の衣装は……小冊子の即売会の時に必要となる……ドレスコードのようなものだった。素材と露出の具合が、一般の正装とは多少は異なっていた。

通販で買った物もあれば、マヤが手作りした物もあった。

 

マヤは腕組みすると、どうしたものか(うな)った。

処分といったが、今までかなりの額を投資してきた代物だ。無下に捨てる訳にはいかない。

 

「……取り合えず、お宝を厳選して……どっかに隠した後は、他はDVDに焼いて処分しちゃうしかないわね。衣装は……段ボールに入れて、私のベットの下に隠しとけば……」

 

マヤは腕まくりをした。

 

「よおし、今日中にやっつけるわよ!」

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

朝から延々と(うな)り続けたスキャナーの音が静まった時、既に陽は西の山々の尾根に近付いていた。

 

「終わった……」

 

マヤは汗をぬぐうと、フラフラと立ち上がった。

 

「後は、衣装を圧縮パックにして、ベットの下に……」

 

だが、かぶりを左右に振る。

 

「いや、そうじゃないわ。その前に焼いたDVDに偽のラベルを貼って……」

 

(ひたい)を抑える。疲れて、どうも思考が上手く回らない。

 

「いや、違うわ。先に、この同……小冊子をまとめて廃棄しないと……でも、マンションのゴミ捨て場はダメね。どっか遠くに持って行って、捨ててこないと……」

 

とにかくマヤは、小冊子を運び出す事にした。

風呂敷を広げ、紐で縛った小冊子を積み上げる。薄い小冊子で、小高い山が出来た。

マヤは、ネットで風呂敷の包み方を調べると、それをリュック型に結び留めた。

 

(背負えるかしら……)

 

取り合えず、屈んで首を通してみる。そして、風呂敷を(かつ)いで立ち上がる……が、立てなかった。

 

マヤは風呂敷を首に掛けたまま、部屋の柱まで()いずると、それにつかまった。

 

「ふ……ん、ぬ……」

 

柱にもたれかかるようにしながら、両足をふんばり、立ち上がろうとする。

 

「よいしょ!」

 

掛け声とともに、何とか立ち上がる事ができた。が、重みでフラフラと後ろに(あと)ずさった。今にも後ろに倒れそうだ。

 

(こ、こういう時は、重みの分だけ前傾姿勢に……!)

 

とっさに身体を前に傾ける。そして、そのまま重みでズデンと(つぶ)れた。

 

享年24歳……伊吹マヤ、死亡。

 

(してたまるか!)

 

潰れたままマヤは這いずると、もう一度、柱の所につかまった。

 

「う、う……」

 

渾身(こんしん)の力を込めて膝を立て、風呂敷を(かつ)いだまま、もう一度、ヨロヨロと起き上がる。

 

「ま、負けるもんですか……!」

 

大股になって踏ん張ると、マヤは足取りおぼつかないまま、何とか玄関まで歩いて行った。

荷物を落とさないように慎重に片手で扉を開き、そのまま外に出ようとする。だが、今度は背中の風呂敷が出口で詰まった。

 

 

「ふ、ぬぬぬぬぬ……」

 

玄関に引っかかったまま、必死にあがく。

 

「と、お……りゃ~!!」

 

ズボン!

 

勢い良く風呂敷が抜け出る音が鳴る。マヤは勢い余って、マンションの通路の(へり)に激突した。そして、そのままマンションの三階から落下しそうになる。

 

「ちょ、ちょっと待って!」

 

必死になって通路の縁に両手を掛け、そのまま縁を乗り越えてゆこうとする身体を支える。

 

(これから同居生活の話が始まるってのに……その前にヒロインが同人誌と一所に転落死なんて……洒落(しゃれ)になんないわよ……!)

 

「う、う、う……きゃあ!」

 

今度は風呂敷の重みで身体が後ろに沈み、マヤは通路に尻餅(しりもち)を着いた。尾骶骨(びていこつ)を少し打ったが、何とか投身自殺せずに済んだようだ。

 

「い、たたた……は、早く捨てに行かないと」

 

お尻をさすりながら、マヤは壁伝いに立ち上がると、何とかマンションを抜け出して行ったのだった。途中、エレベータでも詰まったが……。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「おや、マヤちゃん。こんばんわ」

 

マンションを出ると、中年男性が、気さくに挨拶(あいさつ)をしてきた。足元には犬のシェパードを従えている。

 

「あ、鈴木さん。お早うございます」

「ははは、もう夕方だよ、マヤちゃん」

 

DVDに焼くことに夢中になり、さらにマンションから脱出する事に手間取っている内に、いつの間にか日は朱に染まり始めていた。

 

「ん、その風呂敷はどうしたの?」

 

「あ……こ、これは……その……」

 

マヤの汗だくの身体から、冷や汗まで噴き出してきた。

 

(え、ええと……ここは、何て説明すればいいのしから?行商のオバサンのコスプレ?サンタの予行練習?それとも怪盗の見習い?)

 

マヤは焦ったが、鈴木さんが気にしたのは荷物の中身ではなく、その大荷物自体だった。

 

「女の子がそんな大荷物抱えてちゃ大変だろう。おじさんが手伝ってあげるよ。犬繋いでくるから、ちょっと待ってなさい」

 

「い、いえ、結構です。大丈夫ですから、気にしないで下さい。あはは、そ、そりゃじゃあ!」

 

マヤは笑顔を振りまくと、慌てて鈴木さんの元を離れて行った。

 

大風呂敷を(かつ)ぎながら、トボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボ……。

トボトボトボト、ドテッ…………ト、トボトボトボトボトボ……。

 

ひたすら歩き続けたマヤは、冷たい夜風が吹き始めた頃に、ようやく郊外のゴミ捨て場にたどり着いた。

 

「どっこいしょ……と」

 

やれやれとばかりに、マヤは風呂敷を下ろした。そして、ゴミ袋の山の上に乗せる。

途中、転んだり、通行人に変な目で見られたが、これでようやく解放された。

 

「それじゃ、みんな……元気でね!」

 

マヤは、長年慣れ親しんだ紙の友人たちに手を振ると、背を向け、ゴミ捨て場を後にした。

 

……が、どうした事だろうか?

 

マヤは、背を向けたまま、動こうとしなかった。

早く部屋に戻って、シンジを歓迎する為の料理の下ごしらえだってしなくちゃならない。でも、なぜか、マヤの足は家路に向おうとしなかった。

 

見れば、マヤはうつむき、かすかに肩を震わせていた。

 

マヤの拳が固く固く握り締められた。何度も小さくかぶりを振り、湧き上げてくる感情に()えようとしている。

 

マヤの頬に、一筋の熱い感覚が走った。それが頬から首元へと伝った時、マヤの目元から、感情があふれ落ちた。

 

アスファルトの上に、一つ、一つ、また一つと、(しずく)が跳ねて散って行く。やがてそれが小さな水溜まりとなった時、マヤは()え切れずに振り返った。

 

「……できない」

 

そして、風呂敷の(かたまり)に顔を沈めて、慟哭(どうこく)した。

 

「……私にはできない……あなたたちを捨てるなんて……!」

 

ぎゅっと風呂敷を抱きしめる。

 

「……私にできるはずがないわ!!」

 

高校時代、ネットで偶然知ったコミックマーケットの存在。

会場が直ぐ近くだった事と、かすかな興味から出かけたイベント。

何も考えずに、ただ、表紙の絵柄に()かれて買った小冊子……。

それがどんなジャンルの本かなんて、少しも知らなかった。

 

(初めてあなたたちと出会って……部屋に帰って、あなたたちを開いた時、私ったら顔を真っ赤にして、思わずページを閉じちゃったけ……。

胸がドキドキして、独り暮らしなのに、わざわざ辺りを見回しちゃって……。

それから部屋のカーテンを閉じて、ベットにもぐりこんで……初めて出会った薄いあなたたちを、朝まで読みふけったっけ……)

 

あの日から、あの時から、あの瞬間から……マヤは道を踏み外した。

 

(……え?PCに向き合って過ごすだけの日常を送ってたはずじゃないのかって?

そりゃまあ……少しはシンジ君に話合わせてた部分もあるけど……嘘じゃないわよ。

割合でいうと、PCに向き合う日々が4で、この子たちを買いに行ったり観賞していた日々が6くらいだったかしら……)

 

コミケが開かれる度に買いあさり続けた同人誌。

ネルフのお給料で、最初に買ったのは『サークル・ブルー&サン(現・エヴァ・レボリューション)』の特別版だった。

 

一冊一冊の薄い小冊子に、一つ一つの思い出があった……。中身の絵をDVDに焼き写した所で、その思い出まで焼き写す事はできやしなかった。

 

(この子たちを捨てるなんて……自分の一部を捨てるようなものだわ……。私から同人誌を取ったら、私はただの美人で可愛いヒロインじゃない……いや、それも悪くないけど……)

 

マヤはカブリを振った。

 

(いいえ、そうなっちゃったら……他のアニメにもヒロインとしてスカウトされかねないわ。これからショタとの同居生活を楽しみたい所なのに、他の作品にまで掛け持ちで出演するなんて……!)

 

マヤは涙をぬぐうと、一度は捨てた風呂敷を、再び担《かつ》ぎ上げた。

 

この子たちを捨てる訳にはいかない。しかし、もう部屋に居場所はなかった。

きっとシンジは、自分の事を真面目で、潔癖(けっぺき)で、美人で、清楚(せいそ)で、可憐(かれん)なお姉さんだと思っているはずだ。

 

もし、そのシンジが、美人な婦女子だと思っていたマヤの「婦」の字が、実は違う字だったと知った時、どれほどショックを受けてしまう事だろうか?

あと、サークル『エヴァ・レボリューション』に「青葉と新ショタ」の絡みをお願いし、既に、それを即売会でゲットして所持している事を知ってしまったら……。

 

 

「こうなったら、あの人たちに頼むしか……!」

 

マヤは、ある人たちのマンションに向って、いそいそと歩き出した。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

ピンポーン

 

『は~い……え、マヤちゃん?あ、玄関開いてるから入って入って』

 

インターホンで応じたのは、日向の声だった。

玄関の標札には、日向と青葉の名前が掛かっている。

マヤは玄関を開くと、入りかけた所で、案の定、大風呂敷が入り口に詰まってしまった。

 

顔を真っ赤にしながら必死で引っ張り、自分のマンションを出た時と同じように勢い余って飛び出す。

 

ズデン!

 

玄関の床に、マヤは風呂敷もろとも突っ伏した。

 

「おいおい、マヤちゃん、大丈夫かよ」

 

出迎えた青葉が、慌ててマヤの手をつかんで引き起こした。日向も、マヤに()し掛かる大風呂敷を外してやる。

 

「マヤちゃん、今日はシンジ君の部屋の準備をするとかで休んでたけど、急にどうったの?」

 

青葉に助け起されたマヤは、しかし、

 

「そ、その……あの日向さん、青葉さん……」

 

言葉を(にご)した。

祈るように両手を握り締め、躊躇(ちゅうちょ)した様子で視線を伏せる。

 

「じ、実は、その……」

 

風呂敷を一瞥(いちべつ)してから、ためらいがちに二人を見上げる。

 

「その……」

 

だが、そこから先の言葉を上手くつぐめなかった。

 

日向は不可解に、眼鏡に手を掛けてマヤの表情を覗き込んだ。

 

……と、どうした事か?

突然、風呂敷が音を立てて炸裂した。

度重なる衝突で、破れかかっていたのだろう。

中から大量の小冊子があふれ出ると、マヤは慌ててそれを身体で隠そうとした。

 

「こ、これは、その……!?」

 

破れた風呂敷の布をつかみ、何とか包みなおそうとする。

 

……だが、その手は、ピタリと止まってしまった。

 

慌てるマヤの背後から、それを押し留めるように、優しく肩に乗せられた日向の手。

振り返ると、そこには日向と青葉の優しげな表情があった。二人は、「もう、それ以上は何もいうなと」と、かぶりを振っていた。

 

三人の間に、もう言葉は不要だった。マヤの荷物を見た瞬間、二人の漢は全てを察したのだ。

 

日向はうなずいた。

 

「任せておいて、マヤちゃん……ボクが責任を持って預かっておくよ」

「え、で、でも……こんなに沢山、ご迷惑じゃ」

 

青葉が小さく胸を叩いた。

 

「『サークル・ブルー&サン』以来の常連、『萌えウサ』ちゃんが困ってるのに、見捨てる訳にはいかないっしょ!」

 

マヤは、もう一度、祈るように両手を握り締めた。だが、その視線はもはや伏せられてはおらず、しっかりと二人の漢を見上げていた。感動の余り(うる)んだ瞳をキラキラと輝せながら……。

 

「先生……」

 

今日二度目の熱い(しずく)が、マヤの頬に流れたのだった。

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