「そうだシンジ君。この辺、ちょっと案内して上げようか?」
「あ、助かります。出来ればCDをおいてるお店なんか教えて頂けますか?」
二人は落ち着くと、お昼まで時間があった為、予定通りマンション周辺を散策する事にした。
(この子は「ナディア」じゃなくて「シンジ君」、「ナディア」じゃなくて「シンジ君」……)
マヤは、心の中でブツブツとつぶやきながら、少年を案内した。
一番近くのコンビニ。
CDも売っている少し大きめの書店。
行き付けのPCショップ。
近所の子供たちがはしゃいでいる公園。
そして、ご近所の鈴木さん。
マンションのエレベーターに戻った頃には、正午を少し過ぎていた。
「そうそう、少し離れた所に洋服屋さんもあるの。午後から、ちょっと行って見ましょうか?」
「洋服ですか?」
「ええ、だってシンジ君って、学生服で過ごしてる事が多いでしょ。シンジ君に似合いそうなの、買ってあげるわよ」
「あ、じゃあ、僕の通帳から……」
マヤはそれには答えず、ニコニコしながらショルダーバッグからIDカードを取り出した。
ナディアと思わなければ、何という事はなかった。まだ顔を直視するには、もう少し慣れが必要だったが、それを除けば、可愛い弟ができたようで楽しかった。
マヤは、部屋の扉にIDカードを差し込んだ。ぴぴと音がなり、ロックが自動で外れる。
「……?」
「……!?」
扉を開けた途端、二人は顔を見合わせた。
「あ!」
マヤは、大切な事を思い出した。
深夜に食材まで持ってきてくれた先輩。
『豪勢にと思ったけど……さすがに、お昼から鶏一匹は胃に重いかも知れないわね……』
その食材の中には、若鶏が丸々一匹入っていた。
『野菜と一緒に弱火で二時間煮込んだら、お昼は野菜スープにして、鶏肉の方は晩御飯の時に出してもいいんじゃないかしら?』
(そういえば、火、消してない!)
慌ててマヤは台所に駆け込んだ。途端に煙に包まれたが、マヤは構わずコンロに取りついた。弱火にしていても、煮込み過ぎだ。鍋は真っ黒な煙を上げていた。
「やだ……!」
マヤは火を止めると、直ぐに換気扇を回した。
煙が晴れたそこにあったのは、黒焦げた一羽の若鶏だった。
「そんな……」
マヤは、落胆の声をもらすと、その場にへたり込んでしまった。
リツコが、一人でピラフ、サラダ、若鶏の丸煮を作ろうとした時、
『先輩、シンジ君の歓迎会ですからメインの方は……指導だけして下さい』
マヤは、自分から若鶏の煮物を作ると言い出した。
リツコに指導されながら、脂肪を取り除き、粗塩をすり込んだ。包丁の持ち方から矯正されながら、自分自身でスープの野菜も刻んだ。
初めての本格的な料理。それで、初めての同居人を持て成すんだと張り切っていた。それが今、全て台無しになってしまっていた。
先輩には申し訳なかったが、それ以上に
「シ、シンジ君……」
同じくキッチンにやってきたシンジに申し訳なかった。
「マヤさん……大丈夫ですか?」
「……ごめんなさい」
「え?」
「シンジ君を持て成す料理だったのに……」
「そんな……気にしないでください。それより……」
シンジは鍋を覗き込んだ。
「焦げ付いてますね。とりあえず、洗いますね」
だが、マヤはプルプルと首を横に振った。
「そんなのはいいわ……それよりも、お昼にしなくちゃ」
マヤは、気を取り直して立ち上がった。リツコが用意したピラフとサラダは無事だ。
「取り合えず、残っているもので済ませて……。シンジ君、夜は外食しましょう。出来るだけ良いレストランで……」
自分の手料理がダメになったのなら、せめて、お金をかけて持て成したかった。
しかし、その思惑も、マヤの鞄から鳴り出した携帯に潰されてしまった。
「はい、伊吹です」
『おお、マヤ君かね!私だ、冬月だ!今、マギに重大なバグが見付かったようなんだ。直ぐに来てくれんかね!?』
「え、え……でも、私……」
『なぜか、赤木博士と連絡が取れんのだ!いいね、直ぐ来てくれたまえ!!』
マヤが何か言おうとする前に、冬月は一方的に電話を切ってしまった。
「そ、そんな私……」
マヤは、シンジの方を見た。だが、シンジは直ぐに事態を察すると
「マヤさん、緊急の仕事なんですね!?ボクの事は構わないから、行って下さい!」
その迷いを断ち切るようにうながした。
「でも、もし、時間までに帰れなかったら……」
「ボクなら、適当に済ませておきます。大丈夫です!」
マヤはうなずくと、部屋に戻り、仕事用の鞄を手に取った。そして、財布から万札一枚を取り出し、シンジに手渡す。
「私が、六時を過ぎても帰って来なかったら、これで夕食を済ませて!」
マヤはアタフタと、マンションから駆け出して行ったのだった。
※ ※ ※ ※ ※ ※
街頭の灯が
バグを取り除くのに、それほど時間は掛からなかった。でも、ついでに一通りシステムの検査をさせられた為、時間が掛かってしまった。
いや、本当は、十数分もあれば全て完了したのだが……ネルフに推薦で入った経緯を隠している以上、わざと人並みの速度で作業をするしかなかったのだ。
「シンジ君……ちゃんとご飯食べたかな……」
既に、時刻は七時を過ぎていた。渡したお金でご飯を済ませてくれていればよかったが、ひょっとすると、マヤの事を気遣って待ってくれているかも知れない。
自分が逆の立場なら、そうしている。似た者同士なら、それは十分に在り得た。
マヤは、溜め息を吐いた。
「シンジ君が来てくれた記念すべき第一日目なのに……」
「ただいま~。シンジ君、ご飯食べた?」
声を掛けながら、マヤは玄関から上がらずに鞄だけおいた。もし、まだ済ませていないなら、直ぐに外食に連れ出してやるつもりだった。
「もし、まだなら……」
「マヤさんお帰りなさい!」
しかし、マヤを出迎えたのは、夕食を済ませてくつろいでいた様子のシンジでも、お腹を空かせて待ち続けていたシンジでも無かった。
「え、シンジ君、その恰好……?」
「あ、エプロン借りました。お腹空いたでしょ、ご飯できてますよ」
「へ……」
一瞬、意味が分からず、マヤは呆気にとられた。
その彼女の
「さっきネルフの本部の方に電話したんですけど……」
シンジは左手で、マヤの鞄を持つと、
「仕事中に直接電話を掛けちゃいけないと思って本部に掛けたんですけど……ちょうど、退社した所だって聞いたものですから」
空いている方の手で、マヤの手を取った。そして、彼女をうながしてダイニングへといざなう。
「今、温めなおした所なんです」
ダイニングのテーブルには、二人分の食事が用意してあった。
リツコが作ってくれたピラフとサラダ。そして、なぜか失敗したはずの若鶏のスープまで!
「え、どうして……?」
エプロン姿のシンジを見返して気付く。
「シンジ君が……?」
「はい、冷蔵庫にレシピのメモが貼ってあったので作ってみました」
「レシピみただけで、出来ちゃったの……?」
シンジは笑顔でうなずいた。
「ミサトさんの所にいた頃は、ボクがしょっちゅうご飯を作ってたんですよ。ミサトさんって炊事とか家事が全然ダメだから」
シンジは、マヤの為にテーブルの椅子を引いた。
「マヤさん、座って下さい。マヤさん見たいには上手く作れなかったと思いますけど、頑張って……え、ど、どうして泣いてるんですか?」
マヤは、テーブルを眺めたまま、大粒の涙をこぼしていた。
「あの……勝手なことしていけなかったでしょうか?」
カブリを振る。
「ううん、違いの……。シンジ君をガッカリさせちゃったと思ってたのに……こんな……嬉しくて……」
「マヤさん……」
シンジはポケットからハンカチーフを取り出した。少し
「そういえば、このハンカチ……マヤさんから借りたまんまでしたね。すいません、勝手に使っちゃって」
「ううん、そんなこと気にしないで……」
少年に涙をぬぐわれたマヤは、恥ずかしくなって顔を赤らめた。
「あの、マヤさん……」
「なあに?」
「このハンカチ……前に、使徒に襲われて意識が遠のいた時、手に巻かれてたこれがボクを覚ましてくれた気がするんです。良かったら、お守りとしてもらってもいいですか?」
マヤは目尻に残っていた
今朝、シンジの顔を間近で見た時、ナディアに似た
しかし、大きな勘違いをしていたらしい。シンジは、例えナディアに似ていなくとも、マヤを赤面させてくれる男の子だった。
※ ※ ※ ※ ※ ※
その夜、マヤは就寝前に自室でノートパソコンをいじっていた。画面には、『エヴァ・レボリューション ファン倶楽部』と表示されたSNSサイトが映っている。
仲間が集う掲示板に、マヤはメッセージを書き込んだ。
『みんな、今日からワタクシ「ウサ萌え」は、可愛いショタっ子と同棲を始めちゃいます。(*^ー゚)d イェ~イ 』
10年以上前に書いたSSの手直し版は、ここまでです。
後は、
10年以上前に書いた一話完結ネタを数倍に広げた話や、
書く予定のまま書かなかった「ヤシマ作戦(シリアス)」の話や、
新規の書き下ろし話になる為、
更新頻度は落ちますので、悪しからず。(´・ω・`)