EVA マヤとシンジの愛の劇場   作:風都水都

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■ 前書き ■

三章目の話でしたが、シンジ君が登場しない為、番外編として独立させました。(´・ω・`)


番外編 葛城ミサトの実力
奇跡の女(1)


ふん、ふん、ふん~

 

鼻歌交じりに、キーを打つ音が聞こえる。

 

ネルフのオペレーター室。

本日は、スーパーコンピューター『マギ』の定期検診の日だ。

職員たちのタイピング音に交じって、隣席の青葉の耳にも鼻歌が届いていた。

 

「マヤちゃん。ずい分、上機嫌だね」

 

鼻歌の主に声を掛ける。

 

「いえ、別に上機嫌ってワケじゃ……」

 

マヤは否定したが、明らかにキーを操作する指が、鼻歌のリズムに合わせて踊っていた。

 

「あ、でも、確かに上機嫌かも……」

「何かいいこと……ああ、そうか、シンジ君と仲良くやれてるんだね」

 

マヤは笑顔でうなずいた。

「ええ、可愛いし、親切だし……思ったより、ずっと素直だし……」

 

確かに、シンジと暮らし始めてから、毎日が明るくなった気がする。

今までは、朝の出勤は、尊敬する先輩やエヴァ・レボルーションの先生たちに会えるのが楽しみだった。だが、帰宅時間が近付けば、疲れと共に、少し(さび)しさを感じていた。

 

でも、今は違う。

夕方になれば学校を終えたシンジが来てくれる。彼のオペレーターを務めるという楽しみが出来ていた。そして何よりも、仕事を終えた後、彼と共に帰れるのが嬉しかった。

 

一人で家路につき、一人で食事を済ませ、ノートパソコンにかじりついた後は眠るだけなんて、日々はすっかり消え失せていた。

途中で寄り道して一緒にお買い物。マンションに着けば、一緒にキッチンに立ってお料理し、一緒にお食事。

父と離れて以来、こんな生活はいつぶりだろうか?

 

 

しかし、マヤが鼻歌を歌っていたのは、別にそんな理由からではなかった。

 

リツコが、そっとマヤに席を寄せた。

「マヤ、なかなか遅く打てるようになれたじゃない」

「はい、そりゃもう先輩の直伝……」

少し小声になる。

「言われた通り、鼻歌のリズムに合わせたら、人並みの速度まで落とせるようになりました」

 

リツコも、青葉に聞かれないように声を落とす。

 

「でも、気を抜いちゃダメよ。この間なんて、右手だけで仕事しながら、左手でOSの独自開発してたじゃない」

「あの時は、ちょっと考え事してたもんですから、うっかり……」

「気を付けなさい。window並みのOSを一時間で作るとか……皆にバレたら大変よ」

 

マヤが、かつてネルフのスーパーコンピューター・『マギ』にウィルスを仕掛けた犯人『ブラッディ・エンジェル』だという事は、二人だけの秘密だった。

 

かつて、世界を騒がせたクラッカーは、その活動を止めた今も、各国の機関から懸賞金を掛けられたままだ。正体を隠し続ける為にも、マヤは自分の能力を人並みにセーブしなければならなかったのだ。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「第127次定期健診、無事終了しました」

 

マヤが、ソフトの定期健診が完了した事をアナウンスした。

 

「はい、皆さん。ご苦労様」

リツコのアナウンスが続く。

「今回は、テスト運転はないから……」

 

事務仕事という物は、忙しい時は忙しいが、手持無沙汰(てもちぶさた)になりやすいものだ。こういった時、有能な上司は、各職員の能力を把握し、えこひいきせずに、各自で無駄な時間が発生しないように仕事を振り分けてやらねばならない。

 

それでも手持無沙汰(てにちぶさた)な者が出そうなら、また適当な仕事を新たに用意するか、あるいは、忙しい部署のサポートに向かわせる。

それでもなお、暇になりそうならば、自分がしたい仕事……個人的に使う仕事用のプログラム作りなどを黙認してやるのが普通だ。

 

リツコは、各職員のPCをモニタリングした。全員、定時まで何かと仕事を抱えていた。一人を除いて。

 

「15分の休憩後……各自の仕事に戻っていいわ」

 

そして、唯一、手空きの職員に振り返って告げた。

 

「……もう直ぐ、ハードの方の定期健診があるから、行ってもらえるかしら」

「……」

 

リツコは怒ったように机を叩いた。

 

「あなたに言ってるのよ!」

 

隣で、呑気にコーヒーをすすっていたミサトは、思わず、こぼしかけた。

 

「へ、あたし?」

「唯一、暇なのはあなただけよ」

「もっと偉い人たちも暇でしょ~」

 

そういうと、ミサトは司令席の方を仰いだ。

 

「あの人たちは、これからお茶飲んだり、将棋指したりして、忙しいのよ……って、司令を使おうとするんじゃないわよ!」

「え~、あたしだって……」

 

なおも、ミサトが拒否の言葉を述べようとした時、リツコのディスプレイに映像が表示された。

画面に映ったのは、サングラスをかけた白人の男だ。

 

『もしもし、こちら司令室の下部施設……ええと、何ていうんだっけ……まあいいや、『マギ』の下の方です。ハードの検査を始めたいので、誰か佐官以上の方の立ち合いをお願いしや~す』

 

「ほら、呼んでるわよ」

「あれ。あたし尉官から佐官に昇進してたっけ?」

「階級は一尉でも、S級職員で、本部長の肩書なら十分よ!さっさと行きなさい」

 

リツコにうながされ、ミサトは面倒くさそうに、直ぐ近くの昇降式の床の上に移動した。そのまま、床と共に下部施設へと降りて行く。

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

ネルフの全システムの中枢を担う『マギ』……。

赤木リツコの母親によって作られたそれは、『メルキオール』『バルタザール』『カスパー』という三台のスーパーコンピューターの総称だ。

 

ミサトは、飲みかけのコーヒーを持ったまま、『マギ』の地下に広がる施設を見上げていた。

冷却装置、変圧器、色んなものが広いスペースに詰め込まれ、それらが上の階の『マギ』本体に繋がっている。

『マギ』を樹木に例えるなら、ここは、その樹木を支える為の根っこというべき場所だ。

 

(リツコは、合議制システムだとか、人格移植OSだとか良く分かんない事いってたわよねえ……)

 

専門外のミサトには、「何かすごい機械」という事以外、良く分からなかった。

 

内部点検の為に、外郭パネルが三か所外されている。その一つから、サングラスをした男が顔を出した。

 

「ミサトの(あね)さん!『メルキオール』、配線、基盤、その他、問題なしっす」

 

ミハイルとかいう整備士は、()()れしく(あね)さん呼ばわりしていたが、ミサトは気にしなかった。

 

「はい、ご苦労様~。で、そっちの方は~?」

 

ミサトは、もう一か所の方に声を掛けた。

今度は小太りの男が顔を出した。ハンゾルだ。

 

「へい、(あね)さん!『バルタザール』も、錆、劣化、亀裂、歪み一切ございません」

「ちょっと、馴れ馴れしく(あね)さん呼ばわりするんじゃないわよ!上官殿って呼びなさい!」

なぜか、今度は怒る。

 

「え、でも、ミハイルには」

「あっちは、イケメンだからいいのよ!」

「へえぃ」

 

「じゃあ、ミサトの(あね)さん。後は、『カスパー』……」

 

ミハイルが、最後の一台の点検をしようとしたが、ミサトは面倒くさそうに手を振った。

 

「あんたたちの仕事の丁寧さは分ったから、もういいわ」

「いや、点検しねえと……」

「また、たっぷり一時間以上掛けるんでしょ?」

「そりゃ、まあ」

「あんたたちが点検してる間に、私が何回コーヒーのお代わりに戻ったと思ってんのよ」

 

いや、立ち会わんかい。

 

「問題なんてないから、もうあがんなさい」

「いや、姉……上官殿、それはいかんでしょ」

 

いい加減なミサトの態度にハンゾルも抗議したが、ミサトはまた手を振った。

 

「後は、このS級職員にして、作戦本部長・葛城一尉が……」

 

ミサトは、自分の目を指し示した。

 

「この洞察力と観察力を以て、目視で確認いたします!」

 

ミサトは、強引に二人に点検を止めさせると、コーヒーを持ったまま、自身で『カスパー』の中に入って行ったのだった。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「たく……たかがハードの点検に、どんだけ時間掛けてんのよ……」

 

ぶつぶついいながら、機械の中の狭い通路を進んで行く。

 

「はいはい、異常なし。こっちも異常なし。あっちも多分、異常なし」

 

各所の電気機器のパネルを開いては、何なのか良く分からないまま目視確認し

 

「はい、爆発してないからOK」

 

一瞥(いちべつ)しただけで、適当に診断を下す。

 

「点検なんてオリンピックの年だけでいいのよ……毎月する事かしら?」

 

いいながら、ミサトは持っていたコーヒーが冷めかけている事に気づき、口を付けようとしたが、

 

「……て、きゃあ!」

 

足元を確認していなかった為、床のケーブルカバーに爪先(つまさき)を引っかけ、盛大にすっころんだ。

 

「痛、たあ……」

 

(さいわ)い怪我はなかった。

 

「もう誰よ。こんな所にケーブル設置したバカは……」

 

ミサトは立ち上がると、服の(ほこり)を払った。

 

「あれ?あたしのコーヒーは……」

 

手に持っていたハズのコーヒーがない。見れば、空っぽになったカップが床に転がっていた。そして、その中身は……。

 

正面の精密機械らしきものが、バチバチと異音を立てていた。焦げ臭い匂いに交じってコーヒーの良い香りがする。

転んだ時に、コーヒーをぶっかけてしまったらしい。

 

「やだ……もったいない事しちゃったわね」

 

機械の異音は高まり、火花まで立ち始めた。明らかに、どこかショートしている。

 

「うそ……コーヒーぶっかけたくらいで?」

 

取り合えずハンカチでコーヒーをぬぐうが、内部まで浸透してしまっているようだった。異音がさらに高まった。

 

「こういう時はリセットボタンを……」

 

ゲーム機のハード感覚でリセットボタンを探したが、残念ながら今時のハードにリセットボタンは付いていない。

異音は収まらず、火花に続いて煙が出始めた。

 

「ちょっと、ちょっと待ってよ……これヤバイんじゃない」

 

ミサトの脳裏に『弁償』の二文字がよぎった。

 

(弁償って……まさか、これってプレステより高いのかしら?)

 

弁償だけの問題ではない。『マギ』は、親友であるリツコの母親の遺作だ。

リツコは、母の人格を移植した為、『マギ』は母親そのものだとか良く分からない事を言っていたが……要するにその母親をぶっ壊してしまった事になる。

ミサトは頭を抱えた。

 

(親友の母親を壊しちゃうなんて……ああ、お父さん、お母さん、あたしはどうしたら……)

 

ミサトの脳裏に、亡き父の姿、そして、今も元気な母の姿が浮かんだ時……ふと、幼い頃の記憶がよみがえった。

 

まだミサトが小学校低学年くらいだった頃の思い出……。

その日、テレビでアニメ・セーラームーンを見ていたミサトは、急に泣き出した。

 

『ママ!ママ!』

 

娘の泣き声に呼ばれ、キッチンの方から優しい母が現れる。

 

『どうしたのミサトちゃん』

 

ミサトは泣きながら、テレビを指さした。古いブラウン管テレビは、画像が乱れていた。

 

『あら、またテレビの調子が悪くなったのね……大丈夫よ、ママに任せなさい』

 

母親はミサトの頭を()でて(なぐさ)めると、ブラウン管テレビの前に立った。そして、平手の一撃で、軽くテレビの側面を叩いた。

乱れたテレビの画像は、とたんに正常に戻り、何事もなかったかのようにセーラームーンを映し出した。

 

『ミサトちゃん……ブラウン管テレビは叩けば治るのよ』

 

幼心に残った母の言葉……。

幼い瞳に映った叩くだけで治ってしまうというミラクル……。

 

それを思い出したミサトは

 

「そうよ!『ブラウン管テレビ』は叩けば治ったのよ!なら、『マギ』は……」

 

ミサトは、必死になって『ブラウン管テレビ』と『マギ』の共通点を探した。

 

「ええと、ええと……」

 

直ぐに共通点を見つけた。

 

(どっちも電気で動いてる!)

 

「つまり、これは……『テレビ』も『マギ』も一緒って事よ!」

 

言うや否や、ミサトは一片の躊躇(ちゅうちょ)もなく、

 

「どりゃああああー!」

 

精密機器に蹴りを入れていた。

電子部品同士が衝突し、何かが割れる音が響く。

 

「もういっちょう!」

 

さすが、体術でトップクラスの成績を持つミサトである。二度目の後ろ回し蹴りが精密機器にめり込んだ時、異音は完全に沈黙していた。

その代わり、黙々と煙が上がっていたが。

 

「よっしゃ、治った!」

 

ボンっと炸裂音が鳴り、天井から何かが落ちてきた。床で跳ね、真っ二つに割れる。

 

「何これ?」

 

球体の金属で(おお)われていたそれは、人の脳みそに似た形をしていた。

球体の表面には『CASPER』と記され、日本語で「カスパーのOS」と書かれた付箋(ふせん)もくっ付いていた。

 

「……」

 

ミサトは、無言でそれを隅っこの方に蹴り飛ばした。

気を取り直し、改めて煙を上げる精密機器に、指さし確認を行う。

 

「異常なし……と」

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「ミサトの(あね)さん、すげえ音してたけど……」

 

ミサトが『カスパー』の中から出てくると、二人の整備士が心配そうに声を掛けたが

 

「ちょっち、転んだだけよ。無事、点検は終わったわ。ご苦労様」

 

笑顔を振りまきながら、二人の整備士を現場から蹴りだした。

 

「ちょ、何すんすか上官殿」

「痛てえよ、姉さん」

「いいから、いいから早く出てって」

 

二人が出ていくと、ミサトは何事も無かったかのように、外郭パネルをはめ直したのだった。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「リツコ、ハードの方も点検終わったわよ~」

 

昇降式の床から出てくるなり、ミサトは、すました顔でリツコに報告した。

 

「ご苦労様」

 

「あ、それと申し訳ないんだけど、今、入院中のお母さんから連絡来ちゃって……今日は早退させてもらうわ」

 

既にミサトは、仕事鞄を小脇に抱えていた。

 

「え、あなたのお母さん、入院してたの?」

「うんうん、今日が峠だって、さっき連絡が……」

「何の病気?」

「え、あの……その……出産?」

「あなたのお母さん、再婚してないでしょ!?」

「再婚してなくても、出産くらいできるっしょ」

 

リツコは呆れた顔で眉をひそめたが、ミサトは、それ以上詮索(せんさく)される前にオペレーター室を出て行ってしまった。そして、出るなり、ジオフロントのゲート目指して猛ダッシュする。

 

「あ、ミサトさん。ご苦労様です」

 

途中で、放課後に出勤してきたシンジと出会ったが、構ってる暇などなかった。

 

「あ、シンちゃん、ご苦労様~!」

 

そのまま横を駆け抜けて行く。

 

「もう帰るんですか?」

「え、ええ急用でね」

 

ミサトは、一度だけ振り返って付け足した。

 

「ちなみに、明日から一週間ほど有休取るから、よろしく!」

 

かくして、『カスパー』を破壊したミサトは、そのままバックレたのであった。

 

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