EVA マヤとシンジの愛の劇場   作:風都水都

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グダグダな日々 中編

全長6キロ、高さ0.9キロの巨大な(うつ)ろ……ジオフロント。

その広大な地下空間には、ネルフ本部施設を中心に、森林、丘陵、地底湖が広がり、さらにその間を()うようにして、様々な施設が増設されていた。

 

その施設の一つ……憩いの場として設けられた洋式庭園。

 

青白い灯りに満たされたジオフロントの中で、そこでは陽光に近いライトが灯され、人工芝と石畳を組み合わせた床を照らしていた。

中央には噴水があり、それを遠巻きに囲むような形で、瀟洒(しょうしゃ)な丸テーブルやベンチが並んでいた。作業服姿、あるいは制服組姿の職員たちがまばらにあり、思い思いにくつろいでいる。

 

隅の一角では、丸テーブルに将棋盤を置き、二人の職員が将棋を指し合っていた。

 

「仕事中に、同人を描くのはどうかと思うぞ、日向君」

冬月は、パチンと良い音を立てて駒を進めた。

 

「すいません」

さすがに反省した日向は、昼の休憩時間は作画ではなく、冬月の相手をしていた。

 

「締め切りが近いのかね?」

「いえ、そういう訳じゃないんですけど……」

 

日向は駒を手に持ったまま、うつむき、深々と嘆息した。

 

「この間、青葉たちとシン・エヴァ見てきたんです」

「おお、どうだったかね?」

 

日向は両手を組み合わせた。心なしか、その手は震えている。

 

「……とにかく、ショックでしたよ」

「ほう、フォースインパクトでも起きてたのかね?」

「いいえ」

 

日向はカブリを振ると、虚空を見上げた。眼を閉じ

「Qを見た時から薄々分かってたんですが、シン・エヴァの世界じゃ……」

 

組み合わせた両手に力を込めて、(なげ)くようにいう。

 

「ボクたち、まだデビュー出来てなかったんです」

 

デビューとは、もちろん本業(同人作家)で商業雑誌にデビューする事である。

日向と青葉の人生計画では、2,3年の内にデビューをはたし、5年以内にヒットを生み出し、10年後には、鳥山明や高橋留美子ら巨匠たちと肩を並べているはずだった。

所が、どうだろうか?

劇場版では、どう見ても二人は唯のオペレーターのままだったのだ。

 

「そんな、まさかと思いましたよ……でも、エンドロールを見てみたら、ボクたちの名前の横に声優名が乗ってるだけで、『本職・漫画家』って記述もなかったんです……」

 

日向は、閉じていた手を開くと、自分の身体を抱きしめるようにしてワナワナと震えだした。

 

「14年後も、モブ役でオペレーターのまま……下手すりゃ、相変わらずノーギャラで出演しながら、生活の為に同人描いてる可能性だって……」

 

蒼白な顔になってカブリを振る。

「それ考えたら、もう、恐ろしくって……」

「……」

「このまま原作通りになったらヤバイんで、とにかく作品を描きまくろうって思って……」

 

日向は気を取り直すと、手に持っていた駒を指した。

「つい、仕事中も描いちゃってたんです……」

「なるほど……」

 

冬月は相槌(あいずち)を打ったが、心底どうでも良い話だった。

 

「でも、まあ、なんだ……シン・エヴァのヒット次第では、君に新作アニメの出演オファーがこんとも……」

 

そこまでいった時、遠方から何やら轟音(ごうおん)が響いてきた。

その音に気を取られ、二人は公園の東ゲートの方にかぶりを向けた。

 

リラクゼーションを目的に作られた公園は、車両ルートや工場ラボからは離れた位置にある。本来ならば、遠くの騒音よりも、木陰に隠されたスピーカーから流される「鳥のさえずり」の方が良く聞こえるはずだ。

だが、その場違いな騒音は、鳥のさえずりをかき消し、どんどん二人の方に近づいてきているようだった。

 

「なんの音だ?」

 

日向は、音の主を確認しようと、席から立ち上がった。

 

「あ、そういえば副司令。例のセカンド・ナディアの件は……」

 

ついでに余計な事を思い出した日向だったが、その言葉を途中で詰まらせてしまった。

騒音が近付く方向……公園の東ゲートの向こう側を凝視しながら、日向は呆気に取られた。指で眼鏡のピントを合わせて見直す。

人間二人がすれ違うほどの幅しかない遊歩道。その左右に広がる人工芝とレンガを蹴散らしながら、在り得ないハズのものが、公園目掛けって一直線に向ってきていた。

 

「マヤちゃん、ストップ!ストップ!」

「え?アップデータスプライトをfalseにすればいいんですか?」

「足元のブレーキ踏めっていってるのよ!……いや、だから、それはアクセルだって言ってるいっしょ!」

 

日向は、何度も眼鏡と裸眼で確認したが、こちらに向って爆走してくるそれは、どう見ても自動車だった。

 

「ちょ、なんで!?」

 

冬月も気づいた様だったが、こちらは驚いた表情を見せる代わりに、テーブルの上に片頬をついて嘆息した。

 

「また司令所のアホか……」

 

公園が騒然となった。遊歩道にいた職員たちが悲鳴を上げながら逃げ込んでくる。

 

「マヤちゃん、公園に突っ込むわよ!人がいるわよ!」

「あはは、大丈夫ですよミサトさん。まだ当たり判定設定してませんから……ぐぇ」

 

呑気に遊歩道を爆走する運転手は、助手席の女性に首を絞められた。

 

「だから、プログラミングじゃないっつってんでしょうが!!」

 

暴走車は、花の(つた)を模したゲートを吹っ飛ばし、勢いよく公園に突っ込んできた。

 

「うわ、ちょ!」

 

日向は頭を抱えて、その場にしゃがみこんだ。直ぐ前に、吹っ飛ばされたゲートが落ちて跳ねた。

自動車は、減速せずに倒れたゲートを前輪で踏み越えると、そのまま日向と冬月の頭上を飛び越えた。

 

唖然とする職員たちの視線が車の後を追って上を向き、そして、下へと落ちた。

公園の垣根に斜め上から突っ込んだ自動車は、灌木(かんぼく)がへし折れる鈍い衝突音とエアクッションが膨らむ音を残して、ようやく静かになった。

 

 

『ジオフロント東側、休憩所A-2洋式公園。何らかの事故が発生した模様です。付近の方は、速やかに避難して下さい』

 

鳥のさえずりを流していたスピーカーが一転、警報を鳴らし、自動アナウンスが避難誘導を告げる。

 

余りの出来事に、日向は立ちすくんでいたが、

 

「お、『飛車』取れるな」

 

冬月は、気にせずに将棋を続けていた。

 

「ふ、副司令……呑気に将棋打ってる場合じゃ……」

「どうせ、また司令所のアホどもの仕業だろ。ミサト君か、それとも他のオペレーターか……」

 

「あ、あの助手席の赤い服、ミサトさん?」

「ほれ、みい。一々、リアクションを取っとったら切りがないぞ。私は、この前の件で慣れた」

「て、適応早いっすね……」

 

芝生のスプリンクラーが作動し、水しぶきが立ち上がった。

 

「おっと、こりゃいかんな。他に移動するか」

冬月が将棋盤を抱えだすと、

「ボ、ボクが運びます」

慌てて日向が受け取った。

 

「A-1の和式公園の方に行ってみるか」

「いや、もう屋外は止めときましょう」

 

「では、司令所の休憩室……いや、戻ってる間に休憩時間が終わるな……」

「続きは、また今度で」

「ふむ」

 

「……所で、セカンドナディアの件は」

「それが、庵野監督に聞いた見たが……シン・ウルトラマンやシン・仮面ライダー作るとか言っとってな、まだ先になるらしい」

「ええ、マジですか……」

 

二人は、事故車の方を振り返りもせずに公園を後にしたのだった。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

垣根に突っ込んだ自動車は、フロントガラスが大破していたが、それ以外の損傷は見受けられなかった。出火や爆発の恐れはないだろう。幸い、事故に巻き込まれた職員もいなかった。

 

公園にたむろしていた職員たちは、突然の出来事に驚き、事故車の周りに集まっていた。心配した様子で、エアバックに埋もれた車両の中の様子をうかがっている。

 

エアバックの下で、もぞもぞと人が動く様子が見えた。……と、助手席の扉が、内側から蹴り開けられた。

 

「だから、リアル世界にプログラミングの発想を持ち込むんじゃないっつーの!」

 

エアクッションを押しのけて出てきたミサトは、怒鳴りながら、マヤの首をつかんだまま引きずり出した。

 

「車は、ハンドルとギアと、そしてペダルの操作で動くのよ!なんでハンドル離してノートパソコンいじる必要があんの!」

 

「だ、だから……壁にぶつかるから、壁のスプライトの配列を変えようと……」

「リアル世界だっつってんでしょうが!」

 

ミサトはひとしきり怒鳴ると、周囲の人だかりに気づき

 

「見世物じゃないわよ!ただの衝突実験よ!」

 

これも怒鳴って追い散らした。そして、携帯を取り出してレッカーを手配する。

 

「サーキットから、良くこんな所まで……あ、あたしよ。ジオフロント東側、休憩所A-2洋式公園にレッカー回してちょうだい……え、なんでそんな所にって?こっちが聞きたいわよ!」

 

乱暴に電話を切ると、ミサトは芝生の上で正座しているマヤに視線を落とした。

 

「腕前以前の問題ね!免許証も偽造って、ふざけてんの!」

「……」

 

ミサトは腰に手を当てた姿勢で、正座しているマヤに三白眼を近づけた。

 

「そりゃ、あたし見たいにカッコよくなりたいってのは、分かるわよ。でも、それで命失ってたら、元も子もないでしょ!」

 

そこまで一気にまくし立ててから、声を落とす。

「スポーツカー……いえ、マイカーは諦めなさい」

 

ミサトの言い分は至極(しごく)もっともな事だったが、

 

「でも……」

「でも、なによ?カッコいいキャラ作りなんて、14年後でいいっしょ!」

 

マヤは目を(うる)ませながら、かぶりを上げてミサトを見つめた。

 

「……確かに、カッコいいからって動機もありました。でも、それだけが理由じゃないんです!」

 

マヤの態度に、ミサトは眉根を寄せた……が、真っすぐにミサトを見返すマヤの瞳の中に、ある少年の姿を思い出した。

 

「もしかして……シンちゃん関係?」

 

ミサトに見透かされたマヤは、少し顔を赤らめてうつむいた。

 

「シンちゃんが、車に乗せて欲しいって言ってるの?」

 

マヤはカブリを振った。

 

「そうよね、シンちゃんがそんな我儘(わがまま)いう訳……」

「ミサトさん!」

「なに?」

 

「ミサトさんが保護者だった時って、ネルフの出勤日は、いつも放課後にシンジ君を迎えに行ってましたよね」

「いつもって訳じゃないけど、大抵はね」

 

正座するマヤの横に、ミサトは腰を下ろして胡坐(あぐら)をかいた。

 

「シンちゃん、今は、モノレールで通勤だっけ?」

「はい。学校帰りで疲れてるのに、モノレールと徒歩でネルフを往復してるんです」

「だから、あたし見たいに、送り迎いして上げたいと?」

 

ミサトは、男の子なんだから歩かせなさいよと言いたかったが、マヤが先に言葉を続けた。

 

「それもあります。でも、それ以上に……前みたいな事があった時、シンジ君の助けになると思うんです!」

 

”前みたいな”とは、使徒シャムシエルが現れた時の事だった。

 

「あの時は、たまたま近くに抜け道があったから間に合ったんです。でも、もし、同じ事が別の場所で起きたら……」

 

ミサトはうなずいた。

 

「確かに、直ぐに駆け付けられる足があった方がいいに決まってるわ」

そして、マヤの肩に手を置き

「試運転して正解だったわね……」

 

かたわらで大破しているテスト車に視線を向けた。

 

「気持ちは分かるけど……エヴァに乗る前に、パイロットに大怪我させてたら、元も子もないわよ」

 

マヤも、大破したテスト車を見つめた。

確かに、自分は運転には向いていないらしい。いや、IT以外、何の特技も才能もない事は分かっていたはずだ。しかも無免許で、スクーターすら運転した事がない自分には無謀だった。

 

「……」

 

マヤは肩を落とすと、無言でうつむいた。

芝生の上に、スプリンクラーから噴き出した冷たい(しずく)が落ちる。その中に、暖かいマヤの雫もポツリポツリと加わった。

隣でミサトは嘆息した。そして、視線を明後日の方にめぐらし、しばし考えると、

 

「マヤちゃん」

ミサトは土ぼこりを払いながら立ち上がった。

「自動車を買うには、まだ練習が必要だけど……」

マヤの手を取り、立たせてやる。

「シンジ君の引っ越し祝いに……あなたに良い物買ってあげるわ」

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