EVA マヤとシンジの愛の劇場   作:風都水都

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エヴァのパイロット

「目標をセンターに入れてスイッチ……」

 

ネルフのエヴァ操縦訓練室。

LCLで満たされた操縦席から、液体越しに眺めるモニター。

そこには、コンピューターによって作り出された擬似都市と使徒が映し出されていた。

パイロットの少年は、片手操作のハンドルを左右に握り締め、その擬似世界の中でエヴァを動かす。

(りき)む事無く柔らかく(にぎ)()められたハンドルが動き、エヴァが巨大なバレットライフルを構える。 

 

リツコに、ハンドルを握る時は力を抜けといわれた。だが、少年は、その指示に従ってハンドルを握り締めている訳ではなかった。

 

熱意も抵抗感もなく、ただ、与えられた指示をこなすだけ……そんな気持ちでハンドルを握る少年の指先に、(りき)みなど(しょう)じるはずがなかった。

ただ、ハンドルに手を()え、言われた通りにバレットライフルを操作する。そして、モニターに表示された照準のセンターに使徒を合わせ、殺意も敵意もなく……ただ、トリガーを引く為のスイッチを押す……それを繰り返すだけだった。

 

銃口から放たれた劣化ウラン弾が、使徒を貫こうとも、大きく目標を反れて付近の建造物を破壊しようとも、少年の心には喜びも後悔も何もなかった。

 

「目標をセンターに入れてスイッチ……」

 

オペレーション室から青葉の音声が届く。

 

「よおし、シンジ君、その調子だ!的中率が順調に上がっているよ。次は、使徒を移動させるから、君もエヴァを動かしながら策敵してくれるかな」

「はい」

 

使徒が素早くビルの陰を()って移動し始めた。少年は慌てる様子も無く、ゆっくりとエヴァを動かしながら、同じ事を繰り返した。

 

「目標をセンターに入れてスイッチ……」

 

劣化ウラン弾が、鉄筋コンクリートを(くだ)く音が増え始めた。

 

オペレーション室が、誰がこぼすでもなく、自然と溜め息に包まれた。

 

「命中率、82%から一気に24%まで低下。エヴァ、順調に第3東京を破壊中……っていうか、あんな動きじゃ当然ですね」

 

横の青葉を振り返って、マヤが呆れたように言った。彼女のマイクはoffになっている為、シンジの元には届いていない。

 

青葉は困った顔で、マイクを寄せると、

 

「よおし、シンジ君。使徒に追い付けるように、もっとエヴァを速く動かしてみようか」

 

当たり前の事を口にし、根気良く少年に指示を与えた。そして、マイクを一旦(いったん)offにしてつぶやいた。

 

「やる気あんのかよ……シンちゃん」

「やる気なんかある訳ないだろ。無理に乗せられてるんだからさ」

 

隣席の日向の言葉に、青葉は肩をすくめて「まあ、そうだよな」と同意した。

 

「つーかさ……やる気がないのに、何でサボラないんだろうかねえ?遅刻だってしてこなかったんだろ?」

「やる気がなくても、几帳面な子なら欠席や遅刻なんてしませんよ。青葉さんじゃないんですから」

「はいはい、今朝は遅刻して、どうもスイマセン」

 

マヤの皮肉に、今朝一時間も遅刻してきた青葉は、口を(とが)らせた。その青葉に構わず、マヤは(いぶか)しげな表情で、モニターに映る少年を見つめた。

 

「しかし、よく乗る気になってくれましたね、シンジ君……」

 

初めてネルフにきた時、あれほど搭乗を拒絶し、司令(父)への嫌悪感を(あらわ)にした少年。

それが、どうして、幾日も()たぬ内に大人しくエヴァに乗り込み、こうして黙って訓練を受けているのだろうか?

 

「他人の言う事にはおとなしく従う、それがあの子の処世術なんでしょう」

 

マヤの疑問に、日向が応えた。

 

「……て、今朝、ボクが同じ事を言った時、赤木博士がそんなふうに言ってたよ」

 

その言葉に、マヤの脳裏に「シンジとマヤは似ている」というリツコの台詞がよみがえった。

 

(先輩は、私が先輩に素直に従ってきた点が、あの男の子と似ているって言いたかったのかしら……)

 

だがマヤは、カブリを振った。

 

(私は、先輩に実力で敗れたから……尊敬できる相手だから、ネルフに来てからは、素直に従ってきただけよ)

 

再び、青葉の指示がシンジに告げられる。

モニターのスピーカーから、コンクリートを砕く音が少し減った。

 

「命中率、46%まで回復です……」

(あの子の処世術と、私の先輩への敬意を一緒にされるなんて……心外だわ)

 

 

 

「はい、先輩。ここ一週間のシンジ君のデータです。シュミレーション成績、シンクロ率及び脳波になります」

リツコのオフィス。

PC画面に映し出されたマヤが、リツコのPCにデータを転送した(むね)を伝えていた。

 

「ありがとう、マヤ」

 

リツコは転送されたデータを確認すると、それを手早くプリンターを使って印刷する。

 

「ミサト、ホッチキスそっちにあるから。このプリント持って帰って、アナタも目を通しておいて」

「あら、わざわざペーパーファイル化しなくたって、私のPCに転送すればいいじゃない」

「何言ってるの!ネルフのものは外部への転送は禁止でしょ」

 

リツコは(あき)れた顔で、印刷し終わった数枚のプリントをミサトに差し出した。

 

「部外秘だから無くしちゃダメよ。水に溶ける紙で出来てるから、破棄する時は食べてもいいわよ。一応、イチゴ味の紙にしといたから」

 

リツコはPCに向き直ると、

 

「マヤ、シンジ君の様子はどうかしら?」

 

パイロットのメンテも担当している後輩に、少年の状況を確かめた。

 

「はい、脳波を見る限り、リラックス状態とはいえませんが、感情の起伏は余り見られません。でも、ストレスホルモンの量が標準値より少し高いですね。しかし、エヴァの操作に支障をきたすほどでは……」

「そうじゃなくて」

 

淡々と説明するマヤの言葉を、リツコは遮った。

 

「そういうデータ上の事じゃなくて、マヤからみて、彼は、どんな感じに見えるか聞きたいのよ」

 

画面のマヤは、少し眉をよせた。

 

「……別に、不服そうでも無いし、ちゃんと訓練はこなしてるし、活気は無さげですが真面目そうですよ」

「じゃあ、この一週間を通して見てきた彼の印象はどうかしら?」

 

リツコの妙な質問にマヤは首をかしげた。

 

「印象……ですか?」

「そう。パイロットとオペレーターの信頼関係を取り持つのも私の仕事なの。オペレーターさんの彼の印象、聞かせてもらえるかしら?」

「そうですね……」

 

かぶりを傾け、マヤは考え考え印象を口にする。

 

「レイみたいな使命感が見られないというか……。なんだか、教えられた事を教えられただけやってるって感じで。要望だとか、自分の意見も言おうとしないし。いえ、意見以前に、何も疑問も抱かずにロボットみたいに操縦席に座ってるだけ……」

 

そこまでいうと、マヤはかぶりをただし、ハッキリと不快感を述べる。

 

「それと根暗!あの歳で、あの外見なのに、可愛げないなんて、ちょっと嫌ですね……!」

「あら、手厳しいわねぇ~」

 

マヤの言葉に、(かたわ)らのミサトが肩をすくめた。リツコも少し困った顔をした。

 

「そう……それがマヤの印象なの。でも、分かっていると思うけど、あの子も好き好んでパイロットになっている訳じゃないから、もう少し暖かく見守って上げてね」

「もちろん承知しています。それがオペレーターの仕事ですから」

「仕事ね……」

 

「では、先輩、失礼します!」

 

画面のマヤが、にっこりと微笑みながら、片手で敬礼のポーズを取って見せた。そのまま映像が消え、リツコのPCの画面に少年のデータグラフだけが映し出される。

 

 

 

「ところでミサト、家では彼の調子はどうなの?」

「どうって……。家の中じゃ明るい面もあるし、家事も手伝ってくれるし、けっこう良い子なんだけどね~」

 

ミサトは、少し頬を引き上げて笑みを作る。

 

「そうそう。ちゃんと年頃の男の子らしい事もやってるから、体の方も健全ね」

「年頃の男の子がやることって?」

「あら、やだ……リツコ。年頃の男の子なら、ほら、夜中に独りでやるじゃない~」

 

意味深な笑みを(たた)えるミサトに、リツコは少し眉を寄せた。

 

「ミサト。そういうプライベートな事は、見てみぬ振りして上げなくちゃダメよっ」

「残念、手遅れだわ」

「どういう事?」

「あの子、終わった後に“あれ”をトイレに流しちゃってたのよ。でも、それだと配水管が詰まっちゃうから、ゴミ箱に捨ててくれて構わないって、本人にはっきり言っちゃったのよ」

「あなたって人は……」

 

リツコは呆れたが、それ以上ミサトを注意しようとは思わなかった。

 

 

15年前、南極大陸への隕石の落下によって生じた災厄・セカンドインパクト。

南極で調査団を勤めていた父親に同行していたミサトは、幼い身でそれを経験し、父親を亡くしている。その時のショックで、長らく失声症に苦しんだという。

世界と自分の家族にもたらされた災厄。彼女の胸には、その災厄で受けた大きな傷跡が生々しく残っていた。そして、その心には、それ以上に大きな傷跡を(かか)えて、誰よりも不安で不安定な少女時代を過ごした。

そんな彼女の事だ。見知らぬ土地で、不慣れな新生活を強いられている少年の気持ちを()まぬはずがない。

 

(私が、余計な口出しをするよりも、ミサトのやり方に任せておく方が無難ね)

 

「まあ、そんな感じで同居生活の方も問題ないんだけどさあ。ちょっち、学校の方では上手く行ってないように見えるのよねえ……」

 

軽く腕組みをし、困った様子で小首を(かたむ)けるミサト。

 

「必需品だから携帯持たせたんだけど、私以外、誰からも掛かってくる様子がないよの。まだ、友達いないのかしらねえ?それに……」

 

右頬に軽く手を当てる。

 

「この間、ここ、凄く()らして帰ってきたのよ。ソフトボールでミスしただけだって本人は言ってたんだけど……もしかしたら、イジメられてるんじゃないかって気になってるのよ」

 

ミサトの言葉に

 

「ああ、それなら知ってるわよ」

 

リツコはPCに向き直ると、キーを打って学校の敷地をディスプレイに映し出した。

 

「え?」

 

ミサトは、画面に顔を寄せた。シンジの姿が映っていたのだ。

 

「ちょっと、やだ……。学校の中までモニターしてんの?」

「学校の警備用カメラを少し拝借(はいしゃく)してるだけよ。で、これは録画ね」

 

リツコはキーを操作し、シンジと二人の男子生徒が映っている映像を表示させた。

PCのスピーカーから、集音機が拾った三人の会話が響く。

 

『すまんな、転校生。わいはお前をなぐらなあかん。なぐっとかな気がすまへんのや』

 

ジャージ姿の生徒が、拳を固めて振り上げる様子が見える。

 

『悪いね…こないだの騒ぎであいつの妹さん、怪我しちゃってさ…ま、そういうことだから……』

 

横からメガネを掛けた生徒が、殴る理由を説明してくれていた。

 

この間の騒ぎとは、おそらくシンジが初めて使徒と戦った時の事だろう。どうやらジャージ姿の生徒の妹が、あの時の戦闘に巻き込まれて、怪我を負ったらしい。

 

『僕だって、乗りたくて乗っているわけじゃないのに……』

 

(おび)えたシンジの声が聞こえる。だが、次の言葉が発せられる前に、スピーカーから(にぶ)い音が鳴った。

 

画面に、一撃を浴びせた後、「根性なしが!」と吐き捨てて去ってゆく少年たちの姿が映っていた。

 

「という訳よ。頬の傷は、この時のものね。幸いにも、これだけで終わってるから、イジメとはいえないでしょ」

 

リツコは、シンジに同情するでもなく、淡々と状況を説明した。そして、チラリとミサトの様子をうかがう。

予想外にも、ミサトは笑顔だった。

 

「あらあら、シンジ君。ちゃんと、青春してんじゃない~♪」

「これが青春……?」

 

ミサトの態度に、いぶかしむリツコ。

 

「当然よ。私がドイツにいた頃なんて、向こうの女どもに随分(ずいぶん)なめられたもんよ。初めの頃は、こんな場面しょっちゅう会ったわよ。まあ、そのお陰で訓練に発奮できて、直ぐに見返してやったけどね~」

「へえ、そうなの……」

 

リツコはPCの映像を消すと、ミサトに向き直った。

 

「そういえばアナタがドイツにいた頃って、向こうの料理が粗末だの、アスカが乱暴だの、そういうプライベートな話は良く聞かされたけど、支部の話って余り聞いてなかったわね」

「リツコの方も、別に聞きたがろうとしなかったじゃない」

 

ミサトは近くにあった椅子に腰掛けると、良い機会だとばかりにドイツ支部での体験を話し始めた。

 

「もともとアジアの女って、肌が綺麗だから結構モテるのよ。ましてや私なんて美女は、男どもがほっとかない訳よ。それで女子部の子達に妬まれちゃってさ……」

 

ミサトは少し得意げに、ドイツに赴任(ふにん)して間もない頃、自分が男たちからモテて困っていた事を話した。

赴任(ふにん)早々、現地の男たちから交際を申し込まれた事。それを拒まず、恋愛遍歴を重ねた事。女性職員に(ねた)まれ、何度も絡まれた事……。

少しは法螺(ほら)を混ぜているかも知れないが、ミサトの容姿と性格なら有りそうな話だった。

 

「それで、初めの頃は、ただの容姿が良いだけのバカ女みたいな目で見られちゃってさ、結構なめられてたのよ」

「でも、ただのバカな女じゃないって事は、直ぐに分かってもらえたんでしょ?」

 

リツコは、片手で軽く射撃の構えを取って見せた。ミサトは、ドイツ支部時代に射撃大会で何度も優勝している。射撃の他、体術や戦術でも常にTOPの成績を修めていたはずだ。

 

「まあね。男遊びも程ほどにして、実力で勝負するようになってからは、少しは見直されてドイツのデカイ女どもに絡まれる事はなくなったわ。でもさあ……」

 

困った様子でクビを傾けるミサト。

 

「体術課の女教官の中に、嫌な奴がいたのよ……ほら、私が三尉に昇進したって連絡入れた時あったでしょ」

「入れてないわよ。アナタが何も言わないから、私の方からお祝いのメッセージを送ったのよ」

「そうだっけ?まあ、それはともかく、その三尉に昇進する少し前の事なんだけど……その教官が私に言ったのよ「ミサト准尉、アナタは体術に関して随分(ずいぶん)と慢心しているようだけど、いざ危険が迫った時は、大概(たいがい)の人は(おび)えてろくに対処できないものよ。アナタの体術だって、本番では、はたしてどこまで通用するかしら」って」

「見くびられたものね」

 

「だから私も言い返してやったのよ。じゃあ、教官殿は対処できるんですかって。そしてら、何て言ったと思う?私に特殊警棒を渡して「私にスキがあったら、これで、いつでもどこでも掛かってきなさい」って自信満々でいうのよ」

 

ミサトは忌々(いまいま)しげな表情を浮かべると、右拳を握り固めた。

 

「腹立ったから、お言葉通り、教官の寝込みを襲撃してやったわ」

 

「やだ……寝てる所を殴っちゃったの?」

 

リツコが眉を寄せたが、ミサトはカブリを振った。

 

「とんでもないわ。あんな奴を倒すのに素手で十分よ!」

 

突然、ミサトは椅子から立ち上がった。ミサトの口調に熱がこもる。

 

「いいえ、素手どころか、素っ裸で十分だったわ!!」

「……は?」

「私は一糸まとわぬ丸腰で、教官のベットを襲撃してやったのよ!

教官も目を覚まして、枕元にあった警棒で反撃しようとしたけど、その時は既に、私がマウントポジションを決めてたの。そして、そのまま得意の寝技へ……手ごわかったけど、夜が明けた時には、すっかり昇天してたわ」

 

感慨(かんがい)深げに、自分の武勇伝を振り返るミサト。

 

「ちなみに、この襲撃を他の上司にも繰り返してたら、どういう訳か准尉から一尉まで一気に昇進しちゃったのよね……って、リツコ、何で頭抱えてるのよ?」

 

 

リツコの方は、途中から(ひたい)(おさ)えだしていた。

 

「……もちろん、冗談よね?」

 

しぼり出すような声を上げるリツコ。

 

「やあね、リツコ。寝技に上段も下段もないわよ」

 

下らない冗談を言っているつもりなのか、それとも、本当にそれに近い事があったのか……ミサトがボディのお陰で昇進できたという噂は、あながち根拠がない訳ではないらしい。

そう気付いた時、リツコは、ハッと、カブリを上げた。

 

「ちょっとミサト!アナタ、冗談のつもりで、シンジ君にまで変な事してるんじゃないでしょうね!」

 

一瞬、リツコは蒼白になったが、

 

「残念。あのオッサン(司令)の親類になるなんて、間違ってもごめんよ」

 

肩をすくめて否定するミサトの様子に、すぐに顔色を戻した。

 

「それに、風呂上りのシンジ君のヌード見ちゃった事あるけど……」

 

ミサトは、椅子に腰を戻した。

 

「てんで、ガキ……あれじゃオッサンの息子じゃなくても手は出せないわ」

 

確かに、発育途上の少年に手を出すなど、特殊な趣味か、よほど男に飢えていない限りありえないだろう。そして、リツコが知る限り、ミサトにはそんな趣味はなかったはずだ。男に不自由しているようにも見えなかった。

 

「ま、まあ……。アナタなら、ああいう少年の扱い方は分かってるでしょうし……。今はアナタに預けておくのがベストよね」

 

うなずくミサト。

 

(まあ、後、三年も経てば分かんないけどね……)

 

本音は、胸の内にしまっておいた。

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