EVA マヤとシンジの愛の劇場   作:風都水都

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つかまれた手

シンジは十年以上もの間、伯父の家に預けられていた。

父は、彼の存在を忘れたのか、それとも捨ててしまったのか、ただの一度も会ってくれようとはしなかった。

数週間前、そんな父から、突然メッセージをもらった。父の働くネルフに来いと。

長年、放っておいた事を後悔し、親子としての時間を取り戻そうと考えたのか?

それとも、14歳に成長した息子を教育の為に、都会に住まわせる気になったのか?

父が息子を呼び出した理由は分からない。でも、シンジは戸惑いながらも、その呼び出しに応じる事にした。

 

一週間前、初めてシンジは、真新しいアスファルトと近代的な建造物が並ぶ第三新東京の地を踏んだ。

15年前のセカンドインパクトで、日本の陸地の何パーセントかは水没し、多くの都市が衰退した。それと共に、日本の復興を目指して新しい都市も幾つか再建された。

その中で、もっとも新しく、もっともテクノロジーが集結し、もっとも繁栄しているのが、第三新東京だ。だが、始めて見る第三新東京を悠長(ゆうちょう)に見物する事は許されなかった。

 

シンジは、その都市を訪れたその日に、使徒を見たのだ。後で、十五年ぶりの出現だったと聞かされた使徒を、シンジは、迎えの車を待っている時に目撃した。いや、目撃というよりも、巻き込まれたと言った方がいい。

 

待ち合わせ中に起きた“特別非常事態宣言”。

どうしたものかと困り、連絡を取る術を模索していた時に、シンジは激しい地響きに共に巨大な影に気づいた。その影の正体を見上げた時、ちょうど今しがた崩れ落ちるタワーを見上げた時のように、一瞬、シンジは何が起きたのか分からなかった。

 

巨大で、不可解な生物ともロボットとも判断が付かない物体。それを迎撃しようとする自衛隊の戦闘ヘリ群。

最新の都市で、最新の趣向(しゅこう)をこらした特撮映画を見せられている訳じゃない事に気づいたのは、外車に乗ったお姉さんに拾われた時だった。

 

 

『シンジ君ね。お待たせ、乗って!』

 

両肩が露出(ろしゅつ)した少しセクシーな衣装で登場した迎えの女性……葛城ミサトだ。

 

使徒と自衛隊の攻撃の中、ミサトに救われたシンジは、ネルフへとたどり着いた。

第三新東京の巨大な地下空間・ジオフロント。その中に立てられたネルフ本部施設に案内され、さらにその内部の格納庫へと連れられたシンジは、巨大なロボット……いや、汎用決戦兵器・人造人間エヴァンゲリオンの前へと立たされた。

 

……ひさしぶりだなシンジ

 

呆然とエヴァを眺めるシンジの耳に届いた、十年ぶりに聞く父の声。

 

「父さん……」

 

エヴァを見下ろすようにして設置されたオペレーション室。その中にたたずむ男が、シンジの父・碇ゲンドウだった。

エヴァの前に立つ少年と、オペレーション室から見下ろす父は、分厚いガラスとスピーカー越しに十年ぶりの再会をはたした。

 

だが、(なつ)かしの父が発した言葉は、長年放置した息子に対する()びの言葉でも、息子の成長を喜ぶ言葉でもなかった。

ただ無表情のまま、父はいった。

 

「お前が、そのパイロットの一人に選ばれた。乗れ」

 

呼び出されたのは、それだけの理由だった。それ以上のものは何もなかった。肉親への感情も、父としての責任感も、息子への哀愁(あいしゅう)も何もなかった。

失望し、怒り、拒絶した時、父は素っ気無く「帰れ」と告げた。そして、代わりに一人の少女を呼び出した。

 

それが、零号機のパイロット・綾波レイだった。

呼び出された少女は、全身を包帯に包まれ、治療用ベットに横たわったままだった。彼女は使徒の迎撃に出動し、大怪我を負い、その治療中にエヴァへ再搭乗を命じられたのだ。

 

「了解しました」

 

心配そうに見詰める看護士に「大丈夫」とうなずいて見せると、少女は自ら点滴を外し、ベットから起き上がろうとした。無情な命令を告げる父に苦情一つこぼさずに。

 

ベットから看護士の肩を借りて、冷たい金属の床に下りた時、しかし彼女は上手く立つ事ができなかった。

使徒の攻撃で、地下施設まで振動が届いたせいかも知れないが、それ以上に、彼女の体に問題があったのだろう。彼女は施設がわずかに揺らいだだけで、その場に倒れてしまった。

慌てて、看護士が手を伸ばす。だが、彼女のもとに駆け寄り、その肩を抱いたのはシンジだった。

 

(こんなものを見せ付けてまで……ボクを乗せたいのか……!)

 

苦痛に震える少女の肩を抱きながら、少年は父に向って叫んだ。

 

「もういいよ、分かったよ父さん!ボクが乗るよ!乗ればいいんだろ!」

 

 

……使徒を撃退した数日後、退院した綾波と学校で再会した。

まだギブスも眼帯も取れていなかった彼女に、シンジは思わず「大丈夫?」と声を掛けた。だが、それに対して、彼女は素っ気無く「ええ、いつでも乗れるわ」と応えただけだった。

 

(まだ一週間しか経ってないんだ。全然、()えてる訳ないよな……)

 

遠くで、零号機がポジトロン砲を連射する音が聞こえる。

 

(でも、そんな状態で綾波は……今、たった一人で戦ってるんだ……)

 

突然、シンジは拳を地面に叩き付けた。わずかに皮膚が裂け、血がにじんだ。

 

(なんで、そんな大事なこと忘れてたんだ……!?あいつ、一人で戦える訳ないじゃないか!!)

 

シンジは立ち上がった。

 

(足を挫いた?走ったから?頬の傷が痛むから?綾波の方が、もっと酷い状態で戦ってるんじゃないか!)

 

激しく鼓動する胸を抑え、かぶりを振る。

 

(ボクがここで逃げたら、綾波が死んじゃうじゃないか!!それなのにボクは……!自分の臆病さのせいで、女の子を一人見殺しにしようとしてたんだ!)

 

「逃げちゃダメなんだ!逃げちゃダメなんだ!」

 

シンジは、陽が差し込む瓦礫の隙間を見上げた。

 

(行かなくちゃ!綾波を助けなくちゃ!)

 

シンジは足の痛みも忘れ、再び瓦礫に手を掛けた。

幸いにも、まだ五分を過ぎたばかりだ。まだ綾波は戦っている。急げば間に合うかも知れない。いや、絶対に間に合わなくちゃいけない。

シンジは鉄筋とコンクリート片にしがみ付き、夢中になって出口に手を伸ばした。

何度も何度も手を伸ばし、足を掛け、体を引き上げ、騒音うるさい外の世界に出ようとする。

 

「待ってろ綾波!直ぐに行くから……あ!」

 

だが、焦って登ったのが悪かったのか、シンジの手が出口に届こうとした時、足場が突然消えてしまった。

足を掛けていたコンクリート片が、握り締めていたむき出しの鉄筋格子が、まるで雪崩のように一斉に崩れ落ちる。

 

「うわ……!!」

 

だが、その雪崩に飲み込まれ、床に砕け散ったのは、無機物の瓦礫だけだった。少年の体は落下する事無く留まっていた。

 

足場を失い、一瞬、絶望と共に落下しようとしたが、なぜか無事である事に気づく少年。

左腕に、何か暖かいものを感じる。細く小さなそれが、シンジの左腕をしっかりとつかみ止め、それ一つでシンジの体を支えてくれていた。

瓦礫の出口に陽光を(さえぎ)るものがあった。それがシンジの左腕をつかみ止め、安堵の吐息をもらしている。

 

陽の光を背にしている為に、それの輪郭以外は見えなかった。だが、わずかに木漏れ日を作る短い髪形から、何となく、それが女性である事は分かった。

シンジの手と命をつかみ止めたその女性は、シンジに取って、少し拍子抜けるような口調で言った。

 

「シンジ君、見っけ……♪」

 

 

白い手が差し出された。

小さな木漏れ日の中へと伸ばされたシンジの手が、それをつかんだ。

 

「声が聞こえたから、まさかと思ったけど、正解だったわね……」

 

彼女の左手とシンジの右手が、しっかりと握り合った。

シンジの右手を握り締める彼女の左手と、シンジの左腕をつかみ止めていた彼女の右手に、力が入る。

 

「よいしょ……と!」

 

小さな掛け声一つ。何と、それだけで彼女は、シンジの体を瓦礫の闇から引き上げてしまった。

 

「あら、簡単に上がっちゃった……シンジ君って、軽いのね~」

 

引き上げたシンジを抱き上げ、ニ、三歩移動してから、しっかりとした足場にシンジを下ろす。

 

「大丈夫、シンジ君?」

 

無事、陽の下へと生還したシンジは、「はあ」と嘆息した。

地面に打ち付けた拳には血が(にじ)んでいたが、出血は止まっていた。それを気づかれないように、後ろに回して隠す。

助けてくれた女性は、シンジよりも少し背が高かった。視線を上げ、改めて誰なのか確認する。

少し砂っぽい風が、二人の間を吹き抜けて行った。

その風に、ショートカットの前髪をゆらす彼女は、シンジの見知った人だった。

 

「あ、有難うございます……。え……と、あの……」

 

少し悩んでから、シンジは言葉を続ける。

 

「オペレーターのお姉さん……ですよね」

 

シンジの制服についた砂埃をパンパンと払い出していた彼女は、その言葉に、不機嫌に頬を(ふく)らませた。

 

「あ~、シンジ君!やっぱり、私の名前覚えてくれてないんだ~!」

 

彼女、いや、マヤは溜め息を吐いた。

 

「まあ、しょうが無いわよね……訓練の時も、いつも、何となく来てるだけって感じで、私たちの事、無関心ぽかったものね」

 

マヤは自分を強調するかのように、両手を腰に当て、大仰な姿勢を取って見せた。そして、改めて自己紹介をする。

 

「イ・ブ・キ・マ・ヤ……伊藤さんの“伊”に、吹雪から雪を取った“吹”に、北島マヤの“マヤ”よ。ちなみに、北島マヤっていうのは『ガラスの仮面』の主人公で……」

「伊吹……マヤさん?」

 

マヤの説明が終わる前に、反芻(はんすう)するシンジ。マヤは、言葉を切ると、満足げにうなずいた。

 

「そうよ、伊吹マヤ。ネルフの入社試験を藤原紀香に勝ち、赤木リツコ先輩が唯一認めた後輩にして、24歳にして二尉にまで上り詰めた、ネルフ1の女性エンジニアとは私の事よ!覚えててね!」

(作者注※これを書いていた当時、藤原紀香は若くて人気の高い女優だったのです)

 

 

マヤはまくし立てるように自己紹介を終えると、

 

「いい、シンジ君!」

 

シンジの両肩をつかみ、呆然(あぜん)と見上げる少年の瞳に、真剣な眼差しを注いだ。

 

「アナタが、いやいやエヴァに乗っているのは百も承知しているわ!やる気がない事も十分に分かってるわ!でも、シンジ君……!?」

 

突然、近くに爆音が轟いた。直ぐに、激しい爆風が辺りに流れる。

思わず目を閉じ、首をすくめる二人。

瞼を開いた時、シンジは、はっと今の状況を思い出した。

 

「シンジ君、アナタが来てくれなくちゃ……」

「お願いします!ボクをエヴァの所に連れてって下さい!!」

「え……?」

 

シンジは、自分の両肩をつかんでいたマヤの手を取ると、すがるような眼差しを向け、叫ぶように言った。

 

「綾波が一人で戦ってるんです!ボクが行かなくちゃダメなんです!エヴァの所に連れてって下さい!ボクが行かなくちゃダメなんだ!!」

 

一瞬、マヤは呆気に取られたように、シンジを見詰め返した。だが、次の瞬間には、シンジをその胸に抱きしめていた。

 

「えええええ……ウソ!?」

 

信じられないとばかりに声を上げるマヤ。そして、抱きしめたまま確認する。

 

「シンジ君……今の言葉、本当?」

 

胸にうずもれるシンジに、返事を吐き出せる訳がない。だが、マヤはそれに構わず、申し訳なさそうにささやいた。

 

「ごめんなさいねシンジ君……。私、あんまりシンジ君の事、好きじゃなかったんだ……。てっきり、何も考えずにエヴァに乗ってるだけで、周りの事なんて、どうでもいい子なんだとばっかり……」

 

シンジを胸から解放し、マヤは感心したようにニッコリと微笑(ほほえ)んだ。

 

「でも、シンジ君は、ちゃんと自分の意志を持ってたのね」

「伊吹さん、ボクを連れてって下さい!綾波が危ないんです!!」

 

胸から解放され、詰まった息を吐き出すなり、嘆願するように叫ぶシンジ。

やはり、その瞳にウソはなかった。マヤは大きくうなずく。

 

「分かったわ、行きましょう。近道があるの、来て!」

 

二人は手を取り合い、瓦礫の山から降り立った。そして、マヤに先導されて走り出す。

 

「こっちよ」

 

シンジは、マヤに案内され、少しばかり走った所にあったトンネルへと駆け込んだ。

トンネルは、人工的に造られた丘の(たもと)を通す、短くて小さなものだった。

薄暗いトンネルの中でマヤは立ち止まると、ポケットから携帯電話を取り出した。そのライトでトンネルの一角を照らす。

ライトに照らし出されたものは、金網でおおわれた通風孔だった。

 

「これよ」

「これは……」

 

マヤは、金網を取り外しながら説明する。

 

「まだネルフに入る前の事なんだけど、ちょっとネルフのスーパーコンピューターにアクセスした事があるの……あ、別に不正アクセスとかじゃないのよ」

 

少し咳払(せきばら)いする。

 

「その時、たまたま第三新東京とジオフロントの内部構造に関する図面を大量に入手したの……たまたまね」

 

通風孔を塞いでいた金網が外れる。

 

「そしたら……きっと何かの設計ミスだと思うんだけど……どういう訳か地下施設と地上の通風孔が直通している箇所があったのよ。しかも何箇所もね」

 

マヤは金網を下ろし、シンジを振り返った。

 

「ここの通風孔は、ジオフロントの第三・予備ゲートの13番中継地点に直通してるの。既に、出口側の通風孔の網も外してきたわ」

 

マヤはシンジの手を取った。

 

「さあ、シンジ君。ここの通風孔を滑って行けば、一分程度で着くはずよ」

 

だが、シンジは困惑した表情を見せた。背を伸ばし、真っ暗な通風孔の中を覗き込んだ。

 

「だ、大丈夫なんですか?その中継地点まで、何メートルくらいあるんですか?」

「ざっと、300メートルくらいかしら?」

「300メートル……」

 

シンジの表情が引きつる。

 

「あ、大丈夫よシンジ君。なだらかな傾斜になってるから、滑っても時速20キロ以上は加速しないはずよ」

 

シンジはためらったが、一刻も早くネルフに行かねばならないのだ。シンジは引きつった笑顔を作ると、片手で通風孔を指し示し

「じゃあ、伊吹さんから先に滑ってもらえますか」

と先導を頼んだ。

マヤの顔色が変わった。

 

「え……いや、私はほら……後でエレベーターを使ってユックリ降りるから……」

「でも、ボクは予備ゲートの所に行った事がないんです。着いた後は、案内してもらえないと……」

「だから、シンジ君は降りた所で待っててくれればいいのよ。私が後から駆けつけて案内するから……ね、別に急ぐ用事でもないし……いや、急ぐんだけど」

「伊吹さん……」

「マ、マヤでいいわよ」

「マヤさん……もしかして、怖いんですか?」

 

しばしの沈黙。

マヤは少し考え込むと、意を決したように告げた。

 

「一緒に、滑ろっか……」

 

狭い通風孔の中に、二人は並んで入り込んだ。

 

「シ、シンジ君……危ないから、しっかり私にしがみ付いてるのよ」

「いや、しがみ付いてるのはマヤさんの方じゃ……」

「い、いいから……いくわよ。それ!」

 

小さな掛け声と共に、マヤの絶叫が響く。

 

「きゃああああああああああああああーーーーー!」

「って、まだ滑ってませんけど……」

 

シンジの冷静な突っ込みが入る。

 

「い、今のは予行練習よ……」

 

マヤは大きく深呼吸をした。震える腕に力を込め、シンジにヒシとしがみ付く。

 

「一、ニの、三で行くわよ」

「はい」

 

二人は声を合わせて、カウントする。

 

「一、ニのさ……きゃああああああああああーーーーーー!」

 

シンジは固く目を閉じた。

通風孔の中は意外と(なめ)らかで、滑っても摩擦で体を痛める事はなかった。

ただ、狭い真っ暗な空間の中を加速する事に、言い知れぬ恐怖を感じる。

だが、その恐怖感以上に、シンジに強く強くしがみ付くマヤの柔らかい感触が、シンジの神経をとらえて離さなかった。

ドサクサに紛れ、自分の頭をマヤの体に添える。途端に、恐怖に震えるマヤの両腕がシンジの頭を抱きかかえ、そのまま自分の胸へと埋めてしまった。

 

(い、息が……)

 

「シンジ君、大丈夫!?も、もう直ぐだから……って、どうやって停止したらいいのかしら!?きゃあああああ!」

 

停止する方法を考えていなかった二人は、そのまま勢い良く通風孔の出口から飛び出してしまった。人気のない廊下に、二人の体が落下する。

ドシンという派手な音が響いた。

幸いにも床はむき出しの金属ではなく、柔らかい絨毯(じゅうたん)のようなものでおおわれていた。少し息が詰まっただけで、二人は大した打ち身もしなかった。

 

「し、シンジ君……生きてる?」

「な、何とか……」

 

安堵の溜め息をこぼす二人。

 

「し、シンジ君……私の事はいいから、先に行きなさい。あ、あっちの方にエレベーターがあるから……」

「いや、でも……」

「わ、私は後で追いかけるから……」

「そうじゃなくて、離してくれないと……」

「へ……?」

 

ようやくマヤは、シンジを抱きしめたままである事に気づいた。

 

「あ、ご、ごめんなさい……」

 

シンジは、マヤの腕から解放されると、マヤの手を取って起き上がらせた。

 

「大丈夫ですか。伊吹……じゃなくて、マヤさん。顔が真っ青ですよ」

「そういうシンジ君こそ、大丈夫?顔が真っ赤よ」

「こ、これはその……と、とにかく行きましょう!」

 

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