EVA マヤとシンジの愛の劇場   作:風都水都

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エヴァ出撃

駆け出そうとするシンジ。

 

「あ、ちょっと待って!」

 

だが、マヤはシンジの肩をつかんで押し留めた。

そして、シンジの手を取り、甲の傷に目をやる。

瓦礫の中で己の卑怯さを恥じたシンジが、拳を地面に打ち付けた時にできた傷だ。

 

「怪我してるじゃない、シンジ君!」

 

マヤは、「絆創膏(ばんそうこう)」とつぶやきながら、制服のポケットをまさぐった。だが、出てきたのはハンカチーフ一枚だけだった。

 

「ダメね、いつもは持ち歩いてるんだけど……。仕方ないわ、シンジ君、ちょっと我慢してね」

 

マヤは屈むと、シンジの拳に顔を近づけた。そして、まだ血が固まりきらない傷口に唇を付け、含む。

シンジの体が硬直した。シンジの火照っていた顔が、さらに朱に染まる。

マヤの大胆な処置に驚き、言葉がでなかった。

 

「はい。これで一応消毒ね」

 

マヤは傷口から舌を離すと、ハンカチーフを包帯代わりに、シンジの手の甲にしっかりと巻き付けた。

しかし、応急処置を終えた後で、マヤは顔をしかめた。

 

「あ、こんなの巻いてたら、プラグスーツ着れないかしら?」

 

うっかりしていたと後頭部に手を当てる。

 

 

「まあいいわ。取り合えず今だけでも付けておいて」

「は、はい……」

 

少し取り乱した様子で、シンジは何度もうなずいた。

 

「じゃあ、シンジ君、付いてきて!」

 

顔を伏せながら、マヤの後に続いて駆け出すシンジ。

二人は、エレベーターと長い長いエスカレーターを経て、わずか数分後にはエヴァの格納庫へとたどり着いていた。

マヤがシンジを迎えに行ってから、30分も経っていない。そして、まだ綾波は使徒を相手に(ねば)っていた。

何とか間に合いそうだ。

 

「シンジ君、ここでお別れよ!私は本部司令室に戻るわ。シンジ君は、プラグスーツに着替えてエヴァに乗って。整備士のお兄さんが待機しているはずよ!」

 

シンジはうなずくと、エヴァのパイロットの控え室の扉を開いた。そして、マヤを振り返り

 

「あの、マヤさん……!」

「何!?」

「名前、今まで覚えてなくてすいません……ボク、あんまりネルフの人と話した事がないから……その、マヤさんが優しい人だって事も今まで知らなくて」

 

申し訳なさそうに告げる。

マヤはニッコリと微笑んだ。

 

「今度時間があったら、ユックリお話しましょうね、シンジ君」

「はい!」

 

 

二人は別れると、シンジは控え室へと入った。

控え室には、まるでダイビングスーツを思わせるパイロットスーツが、既に用意されていた。

パイロットの生命維持と共にエヴァと神経接続する為のプラグスーツと呼ばれるものだ。

以前の戦いの時は、何の説明もないまま搭乗という急な事態であった為、学生服のままエヴァに乗り込んだ。

だが、今回は学生服を脱ぎ捨て、これを着替える必要があった。

 

(急がなくちゃ!)

 

学生服を無造作に脱ぎ捨てたシンジは、プラグスーツを手に取った。ダイビングスーツと同じく、先に両足を通してから胸元まで引き上げ、左腕を通す。

最後に右腕を通す為、シンジは、手の甲に巻き付いた邪魔なハンカチーフを外そうとした。だが、シンジはハンカチーフをつかんだまま、少し躊躇(ちゅうちょ)した。

そして、何を思ったのか、彼はハンカチーフを外すのを止め、そのままプラグスーツに腕を通してしまった。

スーツのエア抜きを行い、体に密着させる。案の定、ハンカチーフを挟み込んだグローブに、少し違和感があった。でも、掌を何度か開閉してみれば、指の動きには支障がない事が分かった。

 

シンジは、「よし!」とつぶやくと、控え室を後に、エヴァのコクピットであるエントリープラグへの搭乗口に向った。

 

「碇シンジ、到着しました!エントリープラグへのゲートを開いて下さい!」

 

シンジは、搭乗口のコンソールの所にいた整備士に声を掛けた。

だが、振り返った整備士は日本人ではなかった。

 

「オウ、スミマセン。ワタシ、アマリ日本語ワカリマセ~ン」

 

サングラスを掛けた白人の整備士。困った事に日本語が良く分からないらしい。

シンジは、慌てて学校で習いたての英語を話した。

 

「え、エクスキューズミー。キャン、ユー、オープン……」

「オウ、スミマセン。ワタシ、イングリッシュ、スゴク苦手ネ。イタリア語デ、オネガイシマ~ス」

 

仕方がないので、今度はイタリア語を駆使する。

 

「えと……ボ、ボンジュール……」

「それはフランス語だろうが、バーロ!」

 

急に白人は、流暢の日本語でシンジをののしった。どうやら、ふざけていただけらしい。

白人……ミハイルは、片手でコンソールを操作すると、ゲートを開いた。

 

「エヴァのパイロットさんよ。おれっちが整備したエヴァ……前回みたいに、無茶な使い方はしねーでくれよ」

 

ミハイルは、サングラス越しに少し険悪な視線を送ると、「早く行きな」と(あご)でうながした。

一礼し、シンジはゲートに駆け込んだ。

 

「エントリープラグ搭乗口にて、サードチルドレン到着の報あり!」

 

ネルフの作戦本部司令室に、青葉の声が響いた。辺りからどよめきが起きる。

 

「どうやら間に合ったようね」

リツコのつぶやきに、ミサトはうなずいた。

 

「こちら、碇シンジ!スタンバイ完了です!遅れてすみません」

 

エントリープラグ……円柱型のコクピットの中にスタンバイした少年パイロットの声が、司令室に届いた。

 

「エントリープラグ挿入準備!」

少年の声に応じ、日向がコクピットをエヴァに接続する事を告げた。

……が

 

「それ!私の仕事です!」

 

司令室に飛び込んできた少女が叫んだ。急いで自分のオペレーター席に駆け寄るが、途中で、ズデンと派手に転ぶ。

 

「マヤちゃん大丈夫!?」

青葉の声。

 

「伊吹ニ尉、司令室内では走らないの!」

ミサトがたしなめる。

 

「ご、ごめんなさい!」

 

マヤは、片足を引きずるようにしながら、何とか自分の席にたどり着いた。そして、椅子に掛けもせずに、ヘッドギアを取って少年に言葉を送る。

 

「シンジ君、私よ!これから操縦席をエヴァにドッキングさせるわよ」

 

「はい、お願いします!」

 

エントリープラグがエヴァンゲリオンに挿入された。直ぐに、コクピットの中がLCLの液に満たされる。

シンジは少し躊躇(ちゅうちょ)したが、液体に頭まで没した所で、思い切ってLCLを吸い込んだ。

吸い込まれたLCLが胃と肺の狭間でぶつかり合い、わずかな不快感を与えてから肺へと入り込む。少年の肺が、LCLを通して酸素に満たされる。

シンジが、ゲホゲホと気泡を吐いた時、彼の肺はLCLと共に落ち着いていた。

だが、胸は落ち着いても、シンジの心は落ち着かず、闘志に燃えていた。左右の片手握りのハンドルをつかむ手に、力が入る。

 

(待ってろよ、綾波!)

 

「シンクロ率98%!絶好調です!」

 

マヤが叫ぶ。だが、直ぐに画面を見直し、眉を寄せる。

 

「あれ?わずかにバグあり……シンジ君、腕時計とかしてない?」

 

シンジは、パイロットスーツの右グローブに眼をやった。異物とは、その下に巻かれたハンカチーフの事だろう。

 

「……何か問題がありますか?」

「いえ、操縦に問題は無いわ」

「じゃあ、大丈夫です。別に余計なものは付けていません」

 

マヤはうなずくと、実況を続けた。

エヴァを束縛する全てのロックが外され、全ての準備が整う。

エヴァが射出口に移動された。

 

「進路クリア、オールグリーン!エヴァンゲリオン、発進準備完了!」

 

マヤは、作戦本部長を振り返った。

ミサトがうなずき、発進を許可する。

 

(シンジ君頑張って……)

 

マヤは、心の中で祈った。

 

 

「エヴァンゲリオン、発進します!」

 

エヴァンゲリオンが、壁に設置されたカタパルトで地上へと射出される。

黙って成り行きを見守っていた副指令・冬月が、一歩前へと出た。そして、モニターを眺めながら、一段下のフロアに立つミサトに問い掛ける。

 

「さて、作戦本部長。二体のエヴァンゲリオンで、どう戦うつもりかね」

 

ミサトは振り返らず、応える。

 

「ご承知の通り、使徒を倒すにはコアを破壊するしかありません」

 

機転を利かせた青葉が、メインモニターの一部に、使徒の3D像を表示させた。

 

「今回の使徒は頚部(けいぶ)にコアを持っています。それをパレットライフルで狙撃しようにも、使徒の頭部がおおいかぶさる形で障壁となっています。日向君、状況を」

「はい」

 

日向が、零号機の戦果を報告する。

 

「パレットライフルから発射された弾丸数は、現時点で127発。その内、使徒に命中した数は93発。さらに軌道から計算して、コアを正確にとらえたものは60発前後ですが……使徒の頭部に邪魔をされ、ことごとくコアへの到達を防がれています」

「ふむ。ATフィールドはエヴァ自身の攻撃で中和できるとはいえ、肝心のコアを攻撃できねばラチがあかんか……」

うなずく冬月。

 

「使徒のコアを破壊するには、使徒に接近し、プログレッシブ・ナイフ等の白兵戦用の武器でコアを直接攻撃するしかありません。しかし、あの使徒に接近するには、一つ大きな問題があります」

 

再び青葉が察しよく使徒の触手のデータを表示させた。そして、解説を加える。

 

「触手は、しなる事によって先端に行くほど速度を増し、先端部分は軽く音速を超えています。エヴァの装甲でも、まともに食らえばヤバイっすね」

 

「でも、有効範囲は限られているはずよね」

 

「はい。触手が最も威力を発揮できるのは、先端からおよそ20メートルの部分までです。ほとんどのタワーや自動砲塔は、この部分で切断されてます。そして、この触手を最も奮える範囲は、使徒の周囲200メートル強から触手を伸ばしきった400メートル弱の間です」

 

使徒の3D像の周囲に、ドーナツ型の環が表示される。ドーナツの輪は、使徒の周囲200メートルから400メートルの間の空間を示していた。

 

「なるほど。そのドーナツの部分が、もっとも危険な範囲か。……で、どうやって、その環を突破して使徒に接触するのかね、作戦本部長?」

 

 

エヴァが地上に出た。

 

「エヴァ、出ました。使徒から南南西520メートルの位置です」

 

マヤの報告が響く。

 

作戦本部長は、副指令に作戦の全容を伝える。

 

「使徒の注意をエヴァ零号機に向けつつ、エヴァ初号機を使徒の背後へ。ギリギリの所まで接近した所で、零号機と自動砲塔らによる一斉射撃を行い、一時的に使徒のドーナツ圏を無効化します。その瞬間を狙って初号機を突撃させ、ドーナツ圏を突破させます」

「そして、使徒相手に肉弾戦を挑ませ、ナイフ一本でコアを破壊するというのかね?」

冬月は眉を寄せた。

「初号機のパイロットは、たった一週間の訓練で、ナイフファイティングまで習得しとるのかね?」

 

まだまだ訓練が足りていないシンジに、ナイフ・ファイティングなど余りにも無謀な話だ。だが、それはミサトも承知していた。

 

「もちろん、格闘をさせるつもりはありません。接近と共に組み付かせ、密着状態からコアを刺し貫かせるつもりです。また、その過程で使徒の頭部が動き、コアが零号機の照準に入った場合は、パレットライフルで決着を付けさせます」

「なるほど、ブリッツクリーク(電撃戦)に、近距離からの刺突と対抗狙撃による二段構えか……」

冬月は肩をすくめた。

「よろしい。君のお手並みを拝見と行こう」

 

冬月が一応納得した様子を見せると、作戦本部長は部下たちに指示を出した。

 

「青葉二尉、使徒周辺のミサイルポッドタワー及び自動砲塔を手動操作に切り替えて。トリガーはアナタに任せるわ」

「了解!」

「日向二尉、使徒・零号機・初号機の三体の位置の確認及び、零号機への指示を」

「分かりました!」

「伊吹二尉。初号機に戦略の伝達とナビゲーションをお願い」

「はい!」

 

 

「分かりました。慎重に近づいてみます」

 

マヤから作戦を聞かされたシンジは、ビル群の陰に隠れるようにしながら、ユックリと使徒の背後へ移動し始めた。

 

「いい、シンジ君。使徒に気づかれないように、エヴァの姿勢を低くして。いっそ匍匐(ホフク)前進で。……え?匍匐前進っていうのは、あの、毛虫みたいな感じの……」

 

使徒の位置を目視すらせずに、シンジは、ただマヤのナビゲーションに従った。

レイの方も、日向の指示に従いながら、使徒の触手が届く400メートル手前ギリギリの位置に移動し始める。

 

「零号機、使徒に接近中。使徒、零号機に注目し、こちらも前進。使徒の触手の最伸長距離まで、残り、200メートル……180メートル。レイ、もう少し速度を落として!」

 

次第に近づく、使徒と零号機の距離。

二体の距離が80メートルの位置に迫った瞬間が、一斉攻撃の時だった。

 

「150メートル……140……130……」

 

日向のカウントが司令室に響く。

 

ふと、ミサトの胸中に嫌な予感が走った。

「ちょっと待って……」

 

ミサトは急に制止を掛けた。

慌てて、マヤと日向がパイロットに一時停止を告げる。

 

「青葉二尉……触手の最伸長距離が400メートルというのは、それは正確な数字かしら?」

 

キーに手を添え、自動砲塔の一斉発射に備える部下に、ミサトは確認する。

 

「はい、マギの測定では、両方の触手ともに400……正確には389メートルと出てるっす」

「でも、それ以上伸びる可能性は……」

 

ミサトが言いかけた時、突如、司令室にレイの絶叫が轟いた。

 

「レイ!?」

 

ミサトの予感は的中していた。

メインモニターに、触手の一撃を受け、火花を散らす零号機の姿が映っていた。使徒の触手が、最伸長距離を越え、零号機を襲ったのだ。

間髪いれず、二撃目、三撃目が、うねりを上げて零号機を襲う。

 

「触手、最伸長距離480メートルに拡大!新たな触手も二本出現!」

いいながら青葉は舌打ちした。

「すいません。オレの確認ミスです!」

 

零号機の足が触手に絡められた。転倒し、そのまま使徒の下へ引きずられてゆく。

 

「畜生!」

 

青葉が、キーを打ち、自動砲塔を一斉射撃させた。立ち上る煙に、モニターがおおわれる。

「バカ!着弾の煙で見えないわ。なんで、こんな時に撃つの!」

 

日向が、煙で見えなくなった零号機の状況を報告する。

 

「零号機、装甲の26%を破損。パイロットの脳波に異常あり。心拍数、激しく乱れています!」

「レイからの応答は?」

「反応ありません!」

 

だが、日向が報告した直後、メインモニターにエヴァらしき影が映し出された。煙が晴れるに従い、それが立ち上がった零号機だと分かる。

なぜか、零号機は触手から解放されていた。

 

「零号機……無事です……」

 

呼吸を乱しながら報告するレイ。

煙が晴れ、モニターの視界がクリアになった時、使徒が零号機を解放した理由が分かった。

使徒の背に、まるでタックルを浴びせたかのような姿勢で、初号機がしっかりとしがみ付いていたのだ。

 

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