魔法科高校の禁書目録 作:何故か外れる音
如何に標的を素早く破壊するか。
その技術を競うスピード・シューティングを観戦して得られたモノは少なかった。
最注目であった七草真由美がほとんどの魔法科高校生には参考にならない事が分かり、自己研鑽に励む以外に道はないと分かった。
とは言え、直ぐに魔法の研鑽に励むことは無い。
他の競技の観戦もすれば魔法の使い方や工夫を学ぶ事もできただろうが、深真はその選択を取らなかった。
参考にならない時間を過ごした鬱憤を晴らす様に、少し遠出した場所にある遊泳施設で遊んだその翌日。
深真は富士の山を登った。
登山家という訳ではない事を踏まえれば、富士山に登る選択を取った理由にインドアに偏りがあった生活を送っていた反動が含まれていたのだろうか。
前日にはしゃぎまくってダウンした亜夜子は置いてきた。
根性・根性・根性の三拍子で山頂まで登った深真の下に一本の電話が掛かってきた。
番号を見るに達也からの電話だ。
山頂に着いた矢先の事であったこともあり、無視しようかという考えが頭を過ぎる、
無論、その選択をする事はなく、深真はその電話に出た。
「どうしました?」
「……お姉様?深雪です。今、お時間よろしいでしょうか…?」
いつものように問いかける様にして電話に出ると、返ってきたのは深雪の声であった。
必要がない限り電話をしてこない達也との普段のやり取りが深雪にバレてしまった。
何かあるという訳ではないので、深真は再度用件を尋ねる。
達也に向けて発せられた言葉より優し気に聞こえる。
「九校戦の出場予定が変更になりました」
「……十二日まではここに居る予定ですが、それ以降は厳しいですよ」
九校戦は八月一日から十二日までの予定としている。
場合によっては観戦できないのは残念であるが、滞在予定を後ろに伸ばす事が難しい事だけは教えておく。
亜夜子が此方に来ている事から、帰省を楽しみにしている事がありありと分かる真夜を説得するのが面倒だとか思っても口に出す事はしない。
「本当ですか!?お姉様!」
深雪の喜び様に深真は思わず電話口を耳から遠ざけた。
てっきり、予定が伸びたという報告だと思い込んでいたがそうではないようだ。
予定を詳しく教えていなかった事に思い当たり、その事を謝っておく。
「いえ、お姉様が観戦に来られるというだけで深雪は大変うれしく思っております」
「それは良かった。ここまで来て深雪の勇姿を直接見られなくなるのは残念で仕方がないですからね」
少し本音を漏らせば、更に嬉しそうにする深雪の声が聞こえてくる。
落ち着きを取り戻した深雪が本題に話題を移した。
「八月九日の新人戦、ミラージ・バットへの出場を取り止めて、八月十一日の本戦の方に出場することになりました」
「……何かあったのですか?」
余程の事がない限り、基本的に新人戦に出場する一年生が、二・三年生がせめぎ合う本戦に出場することは無い。
どうしても、一年生と二・三年生との間にある一年以上の魔法への習熟度の差が壁として立ち塞がる。
深雪の様に突出した存在であれば問題なく乗り越えられる壁だろうが、この変更を深真が不思議がるのは自然な反応だろう。
「………今日行われたバトル・ボードを観戦していなかったのですか?」
「興味がありませんでしたから」
「お姉様…、今どこにいますか?」
どこか不穏な空気が流れているのが電話越しに伝わってくる。
電話の向こうで、達也が深雪を落ち着けようとしているのが聞こえてくるが相まって、深雪の問いに答えるのを躊躇わせた。
落ち着いて自分が居る場所を整理すると教えても問題はないという答えが出た。
「富士山です」
「ふじ…さん?」
「正確には、富士山の山頂ですね」
「さんちょー??」
「深雪…?」
何故か話が通じなくなった深雪を不審に思い、深真は深雪の名前を何度か呼ぶ。
「もしもし姉上?達也だが。富士の山の頂に居るって本当か?」
「えぇ、写真でも撮って送りましょうか?」
「いや、大丈夫だ。何故、山登りをしているのかは知りたい所ではあるが……」
そして、深真はバトル・ボードで起こった事故の顛末を軽く聞かされた。
バトル・ボードの準決勝にて事故は起きた。
七高の代表選手と一高から出場していた渡辺摩利が衝突した。
この事故に第三者からの干渉があったようだが、如何にして干渉したのかは分からないでいる。
この事故により、摩利は十日間の養生が決まりミラージ・バットを棄権せざるを得ず、また想定以上に三高がポイントを伸ばしているという現状が一高への圧力となり、第一高校の作戦スタッフは新人戦を犠牲にしてでも本戦を獲る事を決めたそう。
「そういうことですか」
「あぁ。それで、姉上にお願いがあるんだが」
達也からのお願い。
それが何なのか、深真は予想できる。
「明朝、そちらに向かいましょう。話はそれからにしましょう」
達也だけで事足りるとは思うが、一人でも多く人が欲しいのだろう。
何せ、明日から行われるのは新人戦。
達也もまたエンジニアとして競技に臨むのだから。
「姉上…礼を言う」
「礼には及びませんよ」
役に立てるのだろうか、そんな事を思いながら通話が切られた機体を仕舞い、深真は雲一つない夜の空を見上げた。
こんな時間に山登りをするのは余程の愚か者だと自嘲する。
弟との約束を守るため、深真は異能を行使する。
己の足を使い数時間掛けて登った富士の山を二十秒足らずで下山していく。
事故らないように細心の注意を払いながら、深真は転移を続けた。
「お兄様、お姉様は何と?」
「明日の朝、ここに来るそうだよ」
達也は優し気に、無事に復活を果たした深雪の問いに答える。
だが、お互いに微妙な表情を浮かべているのは無理もないだろう。
時刻は既に二十二時を回っている。
今から下山して、明日の朝、ここに来ると姉は言っているのだ。
「お姉様の事が分かりません……」
「深雪……姉上の事は俺にも分からないから安心しろ」
どこに安心する部分があるのか分からないまま、二人は頷き合い思考を放棄した。
◇ ◇
バトル・ボードは、全長三キロの人工水路を三周するレース競技。
生徒たちからは波乗りとも呼ばれ、加速魔法などを行使して競う競技である。
二日連続で別行動にすることとなり拗ねる亜夜子を宥めて、深真は約束を守るため、富士演習場東南エリア 九校戦会場を訪れていた。
第一高校二科生の制服を身に付けているからか、この五日間で見た事のない生徒だからか、不思議と深真の下に視線が集まる。
「お姉様、こちらです!」
深真の手を引く深雪の姿を見て、自分ではなく深雪に視線が集まっていたのだと気が付いた。
自意識過剰になっていたと恥ずかしがりつつ何事もなかった様に振る舞いながら、深雪の先導に従い会場を移動する。
「おはよう、姉上」
「おはようございます、深真さん」
「おはようございます、真由美さん、達也」
深雪に案内されたテントに入ると、それなりの人数が揃っていた。
朝の挨拶を交わしながら、テント内の生徒を確認する。
テントに入ると同時に声を掛けてきた達也と真由美。
そして、摩利と生徒会メンバー。
見覚えのない生徒が三名ほど居るが、見覚えがないので上級生なのだろうと察する。
正直言うと、達也と深雪の二人とだけやり取りを行うものと思っていたため予想外な状況である。
「達也」
彼ら三名が誰なのか問う事はせず、深真は弟の名を呼んだ。
それが何を意味しているのかを理解した達也が準備を始める。
手際よく準備を進めている達也を見守っていると、摩利に呼ばれる。
「知らないだろうから紹介しておこうと思ってな。まず、生徒会副会長の服部刑部少丞範蔵」
「ツッコまないぞ…俺はツッコまないぞッ!」
過去に何かあったのだろうか。
自戒する服部が不思議に思えて仕方がない。
「そして、技術スタッフの五十里啓とアイス・ピラーズ・ブレイク優勝者の千代田花音。三人とも二年生になる」
「よろしくお願いします。司波深真です」
啓と花音は婚約者同士らしい。
十師族に次ぐ家系とされる百家の家同士の婚約であるが、それを教えられてもと困惑の感情しか浮かばない。
深真が達也と深雪の姉にあたると摩利が補足を入れた所で、達也から声が掛けられる。
「準備ができました」
達也の声が聞こえると、この場に居る全員が大きめのモニターに視線を移した。
摩利と七高の選手が事故を起こす場面の映像がモニターに流れる。
オーバースピードで摩利に突っ込んでいく七高選手の様子が流れ、そして、摩利の足元の水が不自然に沈み込んだ。
「姉上の眼にはどう映った?」
一通り映像が流された後、達也が深真に問いかける。
だが、深真が答えるより先に口を挟むものがいた。
「あのね司波君、この映像だけで何が分かるというの?」
「花音、少し黙っていろ」
「でも摩利さん!」
「花音、昨日あれだけの解析をしてみせた司波君が頼りにして呼びつけたんだ。今は静かにしていよう」
突然現れた女子生徒を頼りにしている者などこの場では限られている。
血を分けた兄妹とその二人が信頼しているからと面白がっている生徒会メンバーと風紀委員長。
副会長あたりは達也が呼びつけたと言う点から傍観の立ち位置を示している。
「それに、司波君に無理を言って同席しているのはこっちの方だよ」
言外に、邪魔をして追い出されても仕方ないと言われているようなモノだ。
摩利と啓に諫められ、花音が引き下がる。
不満だと言いたげな表情をしているのは言わずとも分かるだろう。
「ここで問題となるのは、水面の陥没と七高選手の挙動だ」
状況が収まったの確認して、達也は説明を入れながらスロー映像を見せる。
オーバースピードで突っ込んでくる七高選手を受け止めようとした瞬間、摩利の足元の水面が陥没する。
それが原因で体勢を崩し、七高選手と共に壁に衝突する。
「姉上も知っているだろうが、九校戦では外部からの魔法の干渉による不正防止のために対抗魔法に優れた魔法師を大会職員として多く配置している上に大量の監視設備を投入している」
知らない情報が飛んできたが、さも当然とでも言うように深真は頷いて見せる。
深真が頷くのを見て、達也は言葉を続ける。
「この監視を潜り抜ける為に、俺達は
「続けなさい」
「協力して貰った幹比古によれば、猫だましにしかならない意味のある威力は出せないそうだ。水面を荒らすことはできても、委員長が体勢を崩す程の大波は生み出せない」
「残念だけど、ここでは私は役に立てそうにないですね」
そこまで聞いて、深真は首を横に振った。
精霊魔法への造詣は深くない。
魔法に関して、同程度かそれ以上の知識量を誇る達也がその線が有力と言うのなら、他の線は薄いと判断してもいいだろう。
深真の降参宣言に、花音が「ほら、言ったでしょ?」と自慢げに言っているのが聞こえる。
「SB魔法が有力なのでしょう?それならば、幹比古とやらと考察を続けるべきでしょう」
「やはりそうなるか…。七高選手が減速するべき場面で、減速せず加速した事だ」
「CADに細工でもしたんでしょう。これでこの問題は解決ですね」
先程とは異なり、深真は即答して見せた。
降参宣言した人物がさも当然の様に答えたからか、驚きの空気が満ちる。
「……因みに、細工した人間は?」
「第七高校の技術スタッフ以外の誰か……考えられるのは運営スタッフですね。私の記憶が正しければ、CADは一度大会委員に預けなければならなかったはずです」
「俺達もそう結論を出した。だが、七高の技術スタッフが細工した線が消えたわけではないはずだが……」
達也がそこまで言葉を続けた所で、深真は首を振って見せる。
「確かに、術者が違和感を覚えずに自然と魔法を行使している所を見れば、使い慣れた起動式が入力されていなければならない。それも、減速の起動式が入力されているべき場所に。CADをチェックするだけの大会委員に、減速の起動式を消して加速の起動式を写して反映するだけの時間があるとは考えられません」
減速しようとして使い慣れていない加速の術式が割り込めば、魔法式の構築を取り止めるなりするはずだが、そうはならなかった。
達也の言葉を否定するかと思いきや、深真は同意の意見を提示した。
達也が頷き、他の生徒たちも頷いている所を見ると、誰しもがそこに辿り着き、七高への疑いが消せずにいたのだと思われる。
「それに、七高の威信が掛かっているとも言えるバトル・ボードで足を引っ張る様な生徒を技術スタッフに任命するとは考えられませんよ」
「海の七高…か」
深真の言葉に、摩利が七高の異名を口に出す。
通常の授業とは別に、水上・海上での実用性の高い授業を行っている七高は、バトル・ボードに限らずその道の競技に滅法強い。
「何より、CADを狂わせる事ができるSB魔法を私は知っています」
「本当ですか!?」
さも当然のように深真が言葉を続けると真由美が詰め寄った。
水面の陥没の際に役立たずであった深真が有益な情報を持っていると言った様なものなのだ。
「有線回線を通して電子機器に侵入して電子信号に干渉しこれを改ざんする魔法です。特定の条件に従い発動する遅延術式としても使えるので有力候補となるでしょう。水面の陥没にSB魔法が使用されているのであれば尚更」
「そうか…CADにはサイオン信号を電子信号に置き換える過程がある。そこの信号を狂わせて加速の起動式が七高選手に送られた、ということか」
「CADの検査では専用の機械を使用します。そこで深真さんの言う魔法が仕込まれたと考えられますね」
「設定される条件としては、減速の起動式を要求した時、だけで十分でしょう。七高選手と摩利さんの実力が拮抗していた事は既に知れ渡っていた事でしょうから」
七高がこの事故を起こした可能性が薄くなった代わりに、大会運営側に犯人がいる可能性が大きくなった。
それが何を意味するのか分からない面々ではない。
摩利以外の選手が何の事故もなく上位入賞を果たしているのを踏まえると、全ての大会委員スタッフが工作している訳ではない事も分かる。
競技に出場する際、CADは必ず一度預けなければならないため、いつ、だれが標的にされるのか、それが分かったものではない。
「それで、魔法名は?」
「電子金蚕」
考えても仕方ない部分であるため思考を切り上げた達也が、最後の確認をする様に深真に問いかけた。
素直に教えてくれた深真の言葉を繰り返してから、達也は真由美に目配せする。
「姉上はその魔法を使えるのか?」
対策を練るために必要なのだろう。
だが、深真はその問いかけに首を横に振って見せた。
「一つ聞いていい?使えもしない魔法をどうして知っているの?」
情報を置くだけ置いて帰ろうと考え始めた深真を遮る様に花音が立ちふさがった。
先程と同じ様に摩利と啓が花音を諫めるが、「だって怪しいんだもん!」と主張して聞く様子はない所を見るに、花音が少なからず深真を怪しく思っているのだろう。
摩利が花音の代わりに謝ると、深真は気にしていないと返した。
そして、花音に見せるように、深真は指の先から電気を弾けさせる。
「私は電子制御系の超能力を宿しています。その性能調査の一環で、魔法を再現できるかの研究に携わった事があるだけですよ」
バチンと小さな電撃を飛ばして
当たる様子は全くないが、花音が暴れるのを止めるのには十分であった。
「そんな研究してるところなんて聞いた事がないわよ」
拗ねる様にして尚も引き下がらない花音に、深真は頷いた。
それはそうだ。
あの一族が公表して行う実験など限られている。
深真に至っては四葉も関わっているのだから、尚更、表に情報が出る事はない。
「私の超能力調査に協力したのは、
「木原ってあの木原かい?本当に?」
深真の言葉に反応したのは、花音の婚約者である啓であった。
「啓、知っているの?」
「魔法研究の第一線に立ち続けている変態科学者集団だよ。科学者というだけあって科学の分野にも秀でているけど、魔法の発展にも深く関わっているんだ」
「へぇ~そうなの?」
軽く知っている程度であるが、啓は分かりやすく花音に教える。
啓に変態と言わしめた木原とは何者だろうかと思いながら、花音は周囲を見渡した。
木原のことを知っている者は頷き、知らない者は首を傾げて見せる。
「魔法技能師開発研究に最初から関与している一族と言えば分かりやすいかな?魔法という技術の発展の裏には必ず木原の存在があると言われているぐらいだ」
見方を考えれば、十師族という家系を生み出した一族とも言える集団ということになる。
啓の軽い説明で、ある意味、その集団に研究対象とされていたという深真の主張はその主張自体が疑わしくなってしまった。
深真の超能力の一端を知っていれば、深真の主張が嘘だと思うことはなかったかもしれない。
事情説明を行ったら逆に怪しくなってしまった深真を、花音が拘束しておくべきと提案しようとしたその時であった。
「ちょっと失礼」
第一高校のテント内に男性の声が響いた。
入口の方に目を向けると、頭に火傷の跡が残る高齢の男性が佇んでいた。
温厚な印象を与えるその老人の姿に、彼を知る者は息を呑んだ。
「木原……幻生…」
その声は誰のものであったか。
少なくとも、深真のモノではなかったのは確かであった。