都合の良い世界 作:茶ダックス
数ヶ月経った今でも忘れることの無い言葉。ほんの少しだけ前にあった出来事。
―――胸にいつまでも残り続ける。
『樹の歌、俺は好きだな。歌ってて "楽しい" ってのが伝わってくるし』
同じ部活の先輩に、部室で歌っていたのをを偶然聴かれた。1人だと思って悠々と歌っていたあの時、後ろに気配を感じて振り返るとあの人が居たのだ。思わず声を上げたのは言うまでもない。
自分の支えとなっている言葉は、彼からしたら何気ない一言だったのだろう。褒める、と表現するよりは感想を呟いたと言った方がしっくりくる。羞恥で赤面する自分に対して悪戯に笑いながら、彼はそう呟いたのだ。
―――だから嬉しかった。
恥かしい。だが、その感情と同じくらい大きく膨らんだのは『歓喜』だった。友人どころか姉の前ですら満足に歌えないのに、彼には自分の歌を聴いて欲しいと思った。
我ながら単純だった。漫画の主人公が使いそうな口説き文句に似た言葉だけで、いとも容易く彼に心を開いたのだ。普段は大人しくて、男子が苦手な自分が初めてもっと話したいと感じたのは1つ年上の少年。
『もー!恥ずかしかったんですからね!!お詫びとして―――これからカラオケに付き合ってくださいね?』
もっと歌いたい。もっと聴いて欲しい。もっと上手くなりたい。そんな気持ちが溢れてきたが、それでも初めての気持ちに戸惑いながら、静かに受け入れた。
―――心に■の種が撒かれた瞬間だった。
◆◆◆◆◆◆◆◆
カラオケに行った翌日、勇者部の机の上には様々な食品やサプリメントが並べられていた。
「マグネシウムやリンゴ酢は肺にいいから声が出やすくなる。ビタミンは血行を良くして喉の荒れを防ぐ。コエンザイムは喉の筋肉の活動を助け、オリーブオイルと蜂蜜も喉にいい!」
「...お前は後輩を薬漬けにでもするつもりか?」
「薬じゃないわよ!サプリメントよ!!」
目の前に広がるのは多種多様な錠剤や液体。完成型勇者が持ち込んだ怪しい何かだ。本人曰く、喉に関するサプリメント等らしいが。
友奈に健康食品の女王と称されたり、風から健康のためなら死ねるのでは?と言われたりしてる夏凜だが、口では否定しても心做しか嬉しそうではある。
「さあ、樹。これを全種類飲んでみて。グイッと!」
「えぇっ!全種類!?」
「いや...多過ぎでしょ、それは。さすがに夏凜でも無理なんじゃない?」
「無理なわけないじゃない!」
煽りではなく、ただ単純な感想を呟く風。対して夏凜は送ってもない挑戦状を握り締め、机上のサプリメントが入っている瓶に手をかける。
「いいわよ!お手本を見せてあげるわ!!」
両手に構える瓶を逆さにし、重力に従って落ちてくる錠剤を口に頬張る。1つや2つでは無く、言葉通り頬張れる程だ。口に溜めた数種類のサプリメントをリンゴ酢やオリーブオイルのラッパ飲みで胃まで通す夏凜。正気の沙汰じゃない。
全種類を飲み終わった後、夏凜は自慢げに此方を見据えてドヤ顔を晒す。
「ど、どうよ!...うっ!?ん"ん"〜〜!!」
「あ、これ吐くやつだな」
一瞬で青白く変色した夏凜の顔。自業自得な少女は両手で口元を抑えながらトイレに向かって走って行った。間に合ったか、間に合わなかったのかは本人しか知らない。
そんな茶番は置いといて、夏凜が戻ってきた後に適切な量のサプリメントを飲んだ樹の歌を聴いた。やはり緊張で聞くに絶えない歌声ではあったが。
「やっぱり喉よりも緊張が問題ね。リラックスして歌えれば良いんだけどねぇ」
「それもそうね。次は緊張を和らげるサプリメントを持ってくるわ」
「...危ない薬物じゃ無いよな?ハイになったり幻想が見えたりするヤツじゃ無いよな?」
「...夏凜さん、そう言うのはちょっと...」
「違うわよ!!」
サプリメント万能説を唱えるにぼっしーには大して期待できないという事が分かった。やはり夏凜の根はポンコツだったのだろう。
(さて、俺が可愛い後輩に出来ることはあるかねぇ...)
―――次の日
何事も無く授業を終え、放課後になった。一旦部室に集まり、春樹が本日の活動の指示を出した。
「んじゃ...東郷と友奈、風先輩と夏凜は2チームに別れて子猫を引き取りに行ってください。夏凜は初めてだから、1番慣れてる風先輩が色々と教えてくださいね?俺と樹は部室に残ってそれぞれの作業。俺は溜まってる依頼の整理で、樹はネットの方に来てるお悩み相談を適当に捌いてくれ」
「...なんで春樹から風以上に部長的雰囲気が出てるのよ...部長の座、そろそろ譲った方がいいんじゃない?」
「て、適材適所よ!そもそも!春樹は定期的に部活をサボるからダメなの!!」
(必至だなぁ...まあ、部長の座なんて興味無いけど)
皆をまとめたりするのは性にあわない。精々参謀だ。マヌケな部長を裏で操ってると考えると、自然と頬が上がった。
騒ぐ風を無理やり連れて行かせ、部室に残った春樹達はのんびりと作業を進めていった。ちなみに、春樹の仕事は昨日のうちに殆ど終わらせたのでほぼ残っていなかったのは春樹だけの秘密だ。
静かな部室で、春樹はプリントの整理をしながら樹に問い掛けた。
「樹、歌の方はどう?」
「...まだ、人前では歌えません...」
声が暗かった。協力してもらってるのに上手くいかない事に対して罪悪感があるのだろう。全員の性格を考えて、樹を責めたり見捨てたりしないのが逆に辛いと感じてる。
「...まあ、そう簡単に改善できるなら悩んでないよな」
「...やっぱり、怖いです。失敗して...またクラス中から笑われるのが嫌なんです...春樹さんの前なら安心して歌えるのに...」
樹は弱音を吐く。
どうにか助けにはなりたいが、当然ながら1年生の歌のテストには上級生の自分は参加できない。そうでなくても、自分がこの先ずっと彼女を支え続けるのは無理な話だ。
物理的距離もあるし、自分が卒業した後は同じ校舎にすら居れない。頼るのはいいが、依存までは許容できないのだ。春樹はいつまでも樹と―――勇者部と共には居られないかもしれない。
バーテックス戦では手足を失おうとも守る覚悟はある。だが、それが彼女達の精神的な支えになるとは限らない。
最悪の場合、彼女達に嫌われても自分の身を賭して戦い続ける。
―――だから、樹には強く在って欲しい。
不安で、助けを求めるような顔をする少女に声を掛ける。
「頼りになる先輩が助言してやる」
わざと恩着せがましく、先輩風を吹かせながら助言する。役に立つかも分からない言葉を、感情に任せて口から出した。
「―――自信を持て。変に意識するな。周りを気にするな。樹は "樹の歌" を歌えば良いんだ。これまで、1番多くお前の歌を聴いてきた俺が保証してやるからさ。...それとも、俺を信じれないか?」
「っ...!」
信用してる。後輩として、仲間として、信用しているつもりだ。嘘はつくし、揶揄ったりもする。でも、彼は自分達を傷つけたりはしない。
そんな彼を信じられない筈がない。
「...春樹さんはずるいです。わたしの性格を知ってて...なのに、私の気持ちを知らないで......こんな言葉を掛けられて、信じないわけが無いですよ!」
「なら、余裕だよな?樹は俺以外にも頼りになるヤツらと同じ部活だろ?友奈は活発に、東郷は真摯に、風先輩は横着に、夏凜は自信満々に、 "自分" を貫いてる。勇者部の一員として、樹も "自分" を貫けるだろ?」
「...はい!」
不安はもう無かった。
―――そして、心の中にある恋の種が芽吹いた。
樹は春樹に何度も助けられ、何度も支えられた。
何時からか部活の先輩から異性へと変わり、目で追うことが増えた。初めてのバーテックスとの戦いで守られ、気になる男子になった。そして、悩んでる自分を気にかけて励ましてくれて、意中の相手へと昇華した。
―――ああ、こんなの惚れない方が難しいじゃないか。
「.,.もう!こんな気持ちにしたんですし...責任は取ってもらいますからね!」
「安心しろ。万が一歌のテストで失敗したら何か奢ってやる」
鈍感な彼、春樹にとって樹は親しい後輩でしかない。当然恋慕はして無いし、勇者仲間ではあっても恋愛対象として見られていない。
(...だったら―――)
惚れさせる...のは自信が無い。せめて、自分気持ちに気づいて欲しい。告白する勇気のない少女はそう願った。自分達はまだ中学生だ。時間なら沢山あるだろう。
「―――春樹さん...歌のテストが上手くいったら,..お願いを聞いてもらってもいいですか?」
「それで成功するなら、別に構わないけど」
成功したらデートに誘おう。恥ずかしいからデートとは口に出さないが、鈍感な彼が察する可能性に賭けよう。一緒にショッピングして、映画を観る。その後は近くの店で昼食をとり―――
(...うん!やる気出てきた!!)
それから数日後、とうとう歌のテストの日がやってきた。先生に名前を呼ばれ、返事をする。クラスの皆の前に丸めた音楽の教科書を持って向い、硬い表情で教科書を開いた。
(...ん?なにこれ?)
教科書には見覚えの無い紙が挟まっていた。開くと真ん中には "樹ちゃんへ" と書かれていて、その周りには5つのメッセージが添えられていた。
〈 終わったら打ち上げでケーキ食べに行こう! 〉
友奈からのメッセージだ。成功を疑わない、そんな彼女らしさが伝わってきた。信じてくれる彼女のためにも、失敗はできない。
〈 周りの人は皆カボチャ 〉
東郷からのメッセージだ。真面目に書いてるハズなのに、ちょっとだけ笑えてくる。緊張が和らぎ、心に余裕ができた。
〈 気合いよ 〉
名前は無いが、恐らく夏凜からのメッセージだろう。勇者部の活動に我関せずだった彼女がメッセージを書いてくれた。その事実だけでも嬉しい。
〈 周りの目なんて気にしない!お姉ちゃんは樹の歌が上手いって知ってるから 〉
姉からのメッセージだ。思えば、両親が居なくなってから今に至るまで、ずっと頼りっぱなしだった。これが終わったらもう一度お礼を言おう。
〈 ふぁいと〜 〉
大好きなあの人からのメッセージだ。適当なのは見てわかるが、大事なことは実際に言葉で伝えてもらった。あとは自分次第なのだ。
(...よし!)
ピアノが鳴り、歌のテストが始まった―――
「樹ちゃん...テスト上手くいったかな...?」
「大丈夫よ。だって、あの子はアタシの妹なんだから!」
(...唯一心配な点がそこなんだよなぁ)
放課後、いつも通り部室で作業をしながら雑談する。あの夏凜ですら、今では文句を言わずに仕事をするようになったのは喜ばしいと思う。
部室のドアが勢いよく開き、樹が入ってくる。
「あ、樹ちゃん!」
「歌のテストはどうだった?」
東郷の問いに、樹は満面の笑みで答えた。
「バッチリでした!」
本人曰く、クラスで1番だったらしい。教師や友達にも褒められたと嬉しそうに語った。終わりよければすべてよし、前回の音楽の授業での失敗はもう引き摺ってないようだ。
樹は溢れる喜びを包まれながら勇者部の部員みんなとハイタッチをした。
「あ、春樹さん! "約束" ...覚えてますよね?」
「もちろん。超高級品のメリケンサックが欲しいんだよな?今ならオマケで釘バットと特攻服も付けてやるよ」
「要りませんよ!」
「ははっ、冗談だって。ちゃんと覚えてるよ。樹の奴隷になって、命も惜しまずに貪欲な主の願いを叶えることだろ?ベネチアンマスクと鞭も用意しろって言ってたよな?」
「い、樹...?お姉ちゃん...そういうのはダメだと思うんですけど」
「お姉ちゃん!?また春樹さんの悪ふざけだからね!?」
後退る姉を追いかける樹の声が響いた。尚、根本的な原因となった春樹は腹を抱えて笑っていたらしい。先輩に戒められるまでは...
その後、勇者アプリの個人トーク機能で春樹と樹は遊びに行く約束をした
◆◆◆◆◆◆◆◆オマケ◆◆◆◆◆◆◆◆
友奈「春樹くん、樹のちゃんにメッセージ書いて!あとは春樹くんだけだよ?」
春樹「メッセージ?...ああ、歌のテストのか。......よし、これでいいか?」
友奈「......えっ、これで終わり?」
春樹「夏凜と似たようなもんだろ。...それに、伝えたい事は直接伝えたし」
紙には一言、『ふぁいと〜』と書かれていた。文は適当だが、気持ちは確かにこもっているらしい。
タグの『恋愛』がやっと仕事をした模様