都合の良い世界   作:茶ダックス

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開戦前の決意

「ちっ...!」

 

鳴り響くアラーム音。停止する光景。携帯の画面には樹海化警報の文字―――

 

勇者の時間だ。神樹様を守るためにバーテックスと命懸けで戦う時間。樹海化した世界でマップを見ながら勇者部のメンバーは集合した。そして、同時に絶望した―――

 

「...は?...何の冗談だよ...」

 

「うそ...そんな...!」

 

「っ...!」

 

東郷の悲痛の声が全員の耳に届く。普段なら慰める友奈ですら絶句してしまう現状。不安を通り越した恐怖と、生にしがみつきたい本能。自分達が『勇者』という鎖に縛られてなければ逃げ出したいとすら思える。

 

遠くに見えるのは7()()()()()()()()()。12星座をモチーフにしてると考えたら、残りのバーテックスが一気に襲来したのだ。

 

敵側からしたら、実に合理的じゃないか。勇者は質で勝るバーテックスを数で圧倒してきたのだ。なら、バーテックスは質も量も上にするだけだ。相手側はそんなことが何時でも可能だったのだ。

 

―――いつかは来ると分かっていた。

 

神樹様のお告げでは、既にバーテックスが不定期にではあるが、襲来するのは把握してた。これまでも合計5体のバーテックスを屠ってきた。だから、そんな非日常でも一時の平和を謳歌できた。

 

だが、少し前までは想像もしてなかった非日常を楽観視していたのもまた事実だ。

 

敵が3体の時でも、力を合わせれば勝てた。そこに心強い味方である三好夏凜が加わったのだ。余裕とは言わないが、少しづつ積み重ねれば確実に勝てると勝手に思ってた。

 

―――7体のバーテックス。確実に勝てると断言するには数が多すぎた。

 

(...クソ!こんなの...『満開』無しじゃ勝てないだろ...!)

 

『満開』の強さはまだ分からないが、代償を必要とする程の力だ。弱いわけが無い。

 

友奈や東郷、風、樹に夏凜。彼女達は最終手段の『満開』を使うだろう。ゲージが溜まり、力を必要とした時は迷わずに使うと断言出来る。

 

―――でも、それは必ず阻止したい。

 

『満開』には代償がある。憶測でしかないが、そう考えると全ての歯車が噛み合った。

 

(...まだ、時間はあるよな?)

 

バーテックスはまだ遠い。ほんの少しだけなら、話す時間もあるだろう。自分の恐怖を押し抑えて言葉を紡ぐ。偽り無き真実を、偽られた真実を―――

 

 

「みんな...話がある」

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

目の前と言うにはまだ遠いが、肉眼に映る範囲には7体のバーテックスが神樹様に向かって前進してる。

 

それぞれが携帯電話を手に取り、勇者に変身しようとした時―――

 

「みんな...話がある」

 

春樹が口を開いた。覚悟を決めたような顔で全員の目を見つめて、断らせない雰囲気を作り出してる。

 

「は、春樹くん...?どうしたの?」

 

友奈の問いに、春樹は重く閉ざされた口をもう一度開いた。若干の躊躇は見られたが、決心はもう揺るがないらしい。

 

「勇者システム...『満開』についてだ。夏凜から説明はされてるし、各自でアプリの説明テキストも読んでると思う。...だけど、書いてないことがあるんだ」

 

「...書いてないこと?そんなこと大赦から聞いてないわよ?完成型勇者の私ですら聞いてないのに、春樹が何を知ってるのよ」

 

「...それだよ。大赦から派遣された夏凜ですら知らされてないんだよ。なあ、何でだと思う?」

 

春樹が全員に問う。殆どが分からないと首を傾げる中で、東郷の中では最悪の可能性が浮かんだ。内容は知らないが、信じてた大赦からの裏切りとも言える行為が。

 

脳内で否定しても、絶対に有り得ないとは言い切れない。だから、確認を込めて言葉にする。

 

「...『満開』には...何かしらのデメリットがある?...そして、その事実が大赦によって意図的に隠されてる...?で、でも!大赦が隠し事なんて...!」

 

「東郷...お前にとって大赦は何だ?戦う力をくれた正義の組織か?影で国防に務める縁の下の力持ちか?...違うんだよ。俺達を戦わせるために、ある事実を隠してるんだ。戦う意志を削がないために」

 

逆に、春樹は戦意を削ぐために説明する。自分ひとりで『満開』し続けて、犠牲になっても彼女達を守るために。切実に...純粋に、無事でいて欲しい。そんな願いを込めていた。

 

「...春樹...何を言いたいの?」

 

風は怪訝そうな表情で顔を歪める。時間の無い中、長々しい説明は不要だと言わんばかりに。

 

「風先輩、つまり...俺はこう言いたいんですよ。『満開』には代償がある。何が代償になるかは分からないけど、俺は記憶を失ったらしいんです」

 

「.........は...?代償って...完成型勇者の私ですら聞いた事ないわよ!?何かの勘違いなんじゃない!?」

 

否定する夏凜。だが、樹の頭には別の部分が残っていた。『俺は記憶を失ったらしいんです』と、春樹は確かにそう言った。

 

「...春樹さんの...記憶?」

 

「...記憶が欠けてるんだよ。小学校時代の記憶が欠けていて、少し前まではその事に気が付きさえしなかった。...おかしいだろ?俺は...勇者としての初陣から、何故か武器の使い方を理解してた。樹海化する度に、身に覚えのない光景が頭に浮かんで...何故か "懐かしい" って感じてる。知らない誰かとの "約束" 。俺を相棒と呼ぶ誰かと一緒に化け物...バーテックスに挑む光景。夢と言い切るには鮮明すぎるほど、まぶたの裏に焼き付いてるんだよ」

 

「...それと『満開』になんの関係があるのよ!」

 

「夏凜...今の話の前提条件に、俺が『過去に勇者だった』って加えてみろよ。......残念ながら、歯車が噛み合っちゃうんだよ」

 

「「「「「っ!?」」」」」

 

目の前の少年が、過去に勇者として戦ってた。その中で『満開』をして戦い続け、その代償として勇者としての『冴宮春樹』を失った。

 

否定したくなる妄言だが、パズルのピースのように当てはまってしまう。同時に、悲しそうな彼の目を見ていると、嘘をついてる風にも見えないのだ。

 

「端的に換言すると、『満開』禁止ってこと」

 

「で、でもさ...7体も居るんだよ?『満開』無しで勝ち目なんて無いよ!」

 

「友奈...勇者部の五箇条の一つ、忘れたか?」

 

「......なるべく...諦めない」

 

「そうだよ。滅茶苦茶上手く立ち回って、滅茶苦茶上手く事が進めば『満開』無しで乗り切れるかもしれない。可能性はゼロじゃないだろ?」

 

「...うん...うん!そうだね!!ちゃちゃっと終わらせて、 "かめや" にうどん食べに行こう!! 」

 

元気を取り戻した友奈。そんな彼女を見て、春樹は悲しそうでありながら嬉しそうでもある笑みを浮かべた。まるで、決意が鈍りそうで、それでも耐えて決意した人の表情だ。

 

そんな笑みを東郷は見逃さなかった。

 

 

「...冴宮くん、まさか...自分だけ『満開』すればいいとか思ってないよね?」

 

 

「......何言ってんの?そんなわけないじゃん」

 

「目を見て言いなさい...!」

 

「何度でも言ってやる。何言ってんのか分からない」

 

春樹は間髪入れずに答える。悟られたくない。バレたくない。知られたくない。冷静を装う外面とは裏腹に、内面ではそんな感情が止め処なく溢れる。図星だったのだ。

 

「...なんでですか...?」

 

「樹?」

 

ポツリと呟く樹。

 

「なんで...もっと頼ってくれないんですか?私達は弱いから足でまといですか?『満開』の代償について話せば心の弱い私達が挫けると思ってるんですか!?」

 

「...守りたいんだよ。樹達が俺よりも強いのは知ってる。肉体的にじゃなくて、精神的にも俺より強い。...でも、俺は嫌なんだよ...仲間が傷つくのは...」

 

消えそうなほど小さな声だった。それでも、静かなこの世界には無駄に響き、全員の耳に届く。冴宮春樹が見せる初めての弱音であり、本音だ。

 

戦意を削ぎ、恐怖を感じさせ、自分を偽って、強気な仮面で語り続ける。弱い春樹にはこれしか手が無いのだ。

 

「...私達は......そんなに頼りないですか?」

 

「......」

 

「箱に入れて大事に扱わないといけないほど...弱いですか?」

 

(...弱いのは俺なんだよ...後輩に心配されて、簡単に揺らぐ俺自身が...)

 

言葉が出てこない。弱い自分が身一つで彼女たちを完全に守ろうと思うのは烏滸がましいのだろうか。そんな弱気で口に出したくない考えが頭から離れない。

 

それでも、黙れない。バーテックスが近づく中、ゆっくりと議論を決め込む時間なんて無いのだ。

 

「...春樹くん。怖くないの?」

 

「...何が?」

 

何を言おうかと悩む春樹に、友奈は唐突に問う。

 

「戦うことも...失うことも。正直に話すとね、私は怖かった。春樹くんは記憶を失ったって言ったよね?...もし、自分が勇者部のみんなとの思い出を失ったら......そう考えると震えが止まらないの...!」

 

「...友奈」

 

「でもね、もっと怖いのは...春樹くんを失うことだよ」

 

震えながら友奈は春樹を真っ直ぐと見つめる。

 

「失って後悔するなら...私は戦う!勇者として、勇者部として!春樹くんの隣で『満開』して、戦って勝つ!!」

 

それは結城友奈の決意だった。" 失うことが怖い " そんな春樹と同じ考えなのに、1人で突っ走らずにみんなで戦うことを選んだ。

 

「で、でも...!」

 

「冴宮くん、私も友奈ちゃんと同じ。足手纏いになんかなりたくないし、自分で決めたことだから否定もさせない」

 

「...東郷」

 

東郷美森は雰囲気に流されたのではなく、自分で決めた。東郷は、他の勇者部員と違って決して心が強いわけでは無い。だが、自分が春樹同様の弱者だと理解してる。そんな弱者ですら戦うことを選んだ。

 

「アタシも戦うわ!」

 

「...風先輩まで...」

 

「後輩に危険な思いをさせて、先輩は後ろで指くわえて見てろって言うの?冗談じゃないわ!むしろアンタが下がりなさい!春樹の考察が正しくて、本当に先代の勇者だったなら...春樹はもう充分戦ったわ。記憶が無くても、功績は変わらない。......てかさ、そろそろ部長っぽいことさせなさいよ。この前、夏凜に『部長譲ったら?』って言われたこと...結構根に持ってもわよ?」

 

勇者では無く、1人の先輩として戦う。其れが犬吠埼風の戦う理由だ。ニヤリと笑いながら春樹を見据え、有無を言わせぬ雰囲気をまとっていた。

 

「...わたしも戦います。お姉ちゃんの背中を追うんじゃなくて、みんなの隣に居るために!」

 

恐怖を押し殺し、 "自分を貫く" ために武器を手に取る。意中の相手を1人にしない。口には出さないもう1つの理由を背負い、犬吠埼樹は前を向く。

 

「当然だけど、私も戦うわ。完成型勇者の私が敵前逃亡なんてするわけないじゃない。拒否なんてしたら、アンタを殴ってでも前で戦うわよ」

 

「...夏凜」

 

全員の決意を聞いた。心は揺らぎ、1度揺らいだ心は簡単には止まらない。共に戦い、勝つ光景を想像してしまった。情景として心に焼き付いた。そして、彼女達はもう止まらないと。勇者部として過ごした日々がその事実を証明する。

 

―――春樹は最後に問い掛ける。

 

「...後悔するぞ?」

 

「あーもう!執拗い!!アタシ達はアンタと一緒に戦うって言ってるの!!後悔なら、ほんの少し未来のアタシに任せるわ!」

 

なんて適当なのだろうか。計画性が無いし、後悔しても遅いという言葉を知らないのだろうかと思ってしまう。

 

―――でも、春樹の頬は少しだけ上がっていた。

 

「...絶対に―――とは言わないから、できる限りは『満開』を使わない。本当の意味で最終手段にする。其れを心掛けてください。特に風先輩!ゲージが溜まったから直ぐ使うなんて愚行はやめてくださいよ?」

 

「なっ!?アンタは先輩を何だと思ってるのよ!?」

 

「あはは、お姉ちゃんならやりかねない...」

 

「...容易に想像できるわね」

 

「樹ちゃんと夏凜ちゃんにまで言われてる...」

 

「と、東郷さん...慰めた方が良いかな?」

 

緊張感が無い、と言われれば否定できない。命懸けの戦いの前なのに、勇者部の自由奔放な面が余りなく発揮されていた。

 

 

「さて、円陣組むわよ!全員集まりなさい!」

 

本当に必要なのかと疑問を抱く夏凜を無理矢理引っ張っり、円陣に参加させる。

 

「これが終わったら好きなもの奢ってあげるから―――絶対に勝つわよ!!」

 

「よし、勇者部全員で焼肉な。勿論風先輩の奢りで。俺の食事量を舐めないでくださいね?」

 

「えっ...あ、あの〜......さっきの発言、取り消したりは...」

 

「出来るわけないでしょ」

 

「デスヨネー」

 

さっそく後悔してる風。財布への心配も少しだけ未来の自分に任せ、今は忘れることにした。涙目で軽くなった財布を握りしめる自分の姿を想像してしまったのは、きっと気の所為だと自分に言い聞かせて。

 

「最後に勇者部唯一の男子部員として、春樹から一言!」

 

ニヤニヤと笑いながら急に春樹へ振る風。

 

―――ならば、期待に答えるべきだ。古来よりこの様な場で言われ続けた名言を言おう。

 

 

 

「これが終わったら...みんなで海に行こう!」

 

 

 

「「死亡フラグ立てるなぁぁぁ!!」」

 

―――風と夏凜の叫びが開戦の合図となった。

 

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