都合の良い世界 作:茶ダックス
全員の覚悟を聞いた。
友奈はみんなで戦うことを選んだ。東郷は己の弱さを自覚して尚立ち上がった。風は一人の先輩として戦いに望む。樹は "自分を貫く" ために武器を手に取る。夏凜は誇りを胸に前に出た。
「......」
バーテックス戦の直前。全員の覚悟が弱気な自分を奮い立たせた。恐怖は消えないが、それ以外の感情で埋め尽くせる。己の頬を叩き、バーテックスを見据える。
「......よし!」
代償への恐怖、人類の命運を背負う不安。それらを押し殺して1歩前進し、樹海化した大地を踏みしめる。
「絶対に勝つ...!」
誰にも聞こえないほどの小声で決意を固めた。バッドエンドなんて要らない。欲しいのはみんな笑顔のハッピーエンドのみだ。全員が五体満足で勝つ未来。
―――そのためならば、『満開』も惜しまない。
其れが冴宮春樹の決意だった。
『出陣〜!』
夏凜の精霊『義輝』が何処からか取り出した法螺貝を吹く。元から備わってる精霊の機能なのか、夏凜が態々持たせたのか...それは本人しか知らない。
「殲滅する!!」
「よし、アタシ達も!!」
完成型勇者が真っ先に飛び出し、そのあとを他の勇者が追う形でバーテックスに攻め入る。安全策を取って、常に一体に対して数人で掛かりたいところだ。
両足が不自由な分、他よりも機動力に欠ける東郷はその場で武器の狙撃銃を構えて待機する。
春樹は視界の端にマップを広げ、戦況の把握を試みた。
マップを見る限り、バーテックスの進行速度にバラつきがある。そして、7体居るバーテックスの内の牡羊座だけが突撃してきているのがマップだけでなく肉眼でも確認できる。真っ直ぐの最短ルートで神樹に向かってるのだろう。
「一番槍ぃぃ!!」
夏凜が小太刀で牡羊座の頭部らしき部分を切りつける。それによってバーテックスが大きく減速した。
「んじゃ、二番槍!」
続いて春樹が地を蹴り、高所から牡羊座の背に伸ばした黒刀を突き立てる。これまでのバーテックスよりは柔らかく、大した抵抗もなく容易く貫通できた。
2人の攻撃で完全に停止した牡羊座を東郷が遠くから狙撃して、牡羊座は樹海化した地面に落ちた。
「まずは1匹目!封印するわよ!!」
受けた傷を再生し始めるバーテックス。他よりも柔らかいが、再生は圧倒的に早い。牡羊座の周りに煌めく花弁が舞い、夏凜1人での封印の儀が開始される。
「凄いよ夏凜ちゃん!春樹くんと東郷さんも!!」
「他の敵が来る前に、コイツを倒すわよ!!」
牡羊座の尾のような部分から御魂が出てくるが、出現と同時に高速回転を始める。牡羊座の御魂が持つ固有の能力だろう。夏凜が小太刀を投擲して攻撃するが、容易く弾かれた。生半可な攻撃だと通らないらしい。
「よし!私、いってきます!!」
友奈が回転する御魂に勇者パンチを入れると、大きな亀裂が走り、高速回転を止めた。斬撃よりも打撃の方が有効だったのだろうか。友奈が離れると同時に東郷が御魂を撃ち抜き、砂となって崩れ落ちた。
「ナイス連携!友奈も東郷も、よくやったわ!!」
まずは一体。怪我も消耗も無しで倒せたのは良い流れだ。喜ぶべきなのだろうけど、順調すぎる現状に春樹は違和感を感じた。
「風先輩...なんか変じゃないですか?」
「何が?おかしいどころか順調だと思うけど?」
「さっきのバーテックスの動きですよ」
バーテックスは前々回の蠍座や蟹座、射手座のように連携することがある。知能があるのか、それとも後ろから操られてるのかは定かでは無いが、少なくとも自ら殺されに来るような愚かさは見られない。理性のない獣とは決定的な何が違うのだ。
―――だが、先程のバーテックスは叩いてくれと言わんばかりに真っ直ぐと向かってきた。夏凜の初撃に押し負けたので、体当たりが強いという訳でもない。
「更に言うなら、神風特攻隊のように敵を...勇者や神樹様を巻き込んで自爆するタイプでも無かった」
「...自爆って物騒ね。でも、そう言われると変だわ...まさか!さっきのは囮!?」
「っ!?」
次の瞬間、耐え難いほどの怪音波が鼓膜を揺さぶり、全員が皆が耳を抑えて蹲る。聞くに絶えない音を鳴らすのは、牡牛座のバーテックスに付いているベルだった。
「な、何よ!この気持ち悪い音は......っ!?」
「これくらい...勇者なら......!...うっ...ぁ......っ!」
友奈すら満足に立ち上がれない。音というのは予想以上に厄介だった。
助けを求めて遠くに居る東郷を見るが、彼女も別のバーテックスと戦闘中だった。つまり、現状では援護に期待できないということだ。
黒刀で耳栓擬きでも作ろうかとも思うが、耳を軽く塞いだ程度では防げないと考え直す。次に黒刀を伸ばして攻撃しようとも考えたが、音の影響で手に持つ黒刀を思ったように操れない。
(...あのバーテックスには物理的な攻撃手段は無さそうだけど...他のバーテックスと連携されたら厄介なことこの上ない!!)
最悪の場合、全滅も有り得てしまう。バーテックスが動けない勇者を一方的に蹂躙するだけになりかねない。そのための
「クソっ...!このままじゃあ...!」
『満開』を使うにもゲージがまだ溜まってない。全員の盾にでもなれは溜まるだろうけど、怪音波で思うように動けない。
樹がフラフラと立ち上がり、音の元凶を睨みつける。
「...音は...音楽は皆が幸せになれる素敵なモノなのに...!こんな...こんな音はぁぁぁぁ!!」
「樹...!」
樹のワイヤーが牡牛座のベル部分に幾重にも絡みつき、動きを止めた。そして、同時に不快な音も止む。これで反撃が可能となった。
音が止むと同時に風が駆け出す。元から巨大な剣を更に巨大化させ、音の元凶となっていた牡牛座の前に居る天秤座と水瓶座を大きく薙ぎ払う。
「まずはお前だぁぁぁ!!」
2体のバーテックスがまとめて両断される。体の半分を切断されても死なないバーテックスは、地面に落下しながら体を再生させる。
「お姉ちゃん!」
「さすが風先輩!頼りになります!!」
「...どんだけ力あるんだよ。そろそろゴリラも凌駕してるんじゃね?」
同じ勇者でも、樹には出来そうにない芸当だ。自分達の何十倍もあるバーテックスを2体まとめて一刀両断なんて男である自分にも出来なさそうだ。
牡羊座は樹のワイヤーで拘束されており、水瓶座と天秤座は風につけられた傷を再生中。合計3体が実質行動不能だ。
「よし!3体まとめて封印を...っ!?バーテックスが...!?」
「う、うわわぁ!?引っ張られる〜!」
「樹!?ワイヤー離しなさい!!」
「...っ!?バーテックスが後退してる?」
諦めて帰ってでもくれるのだろうか?そんな淡い期待を込めて見るが...違った。後退してるのでは無く、後方で控えてる巨大なバーテックス―――獅子座に集まっているのだ。
「...な、何を...!」
バーテックスの動きに戸惑う勇者達。3体のバーテックスが1体の巨大なバーテックスに集まり―――
「が、合体した!?」
目の前の不可思議な現象に思わず風が声を漏らす。
「こ、こんなの聞いた事ないわよ!?」
「夏凜、座学だけでは学べないこともあるんだぜ?常に予想外を乗り越えてこそのプロってヤツだ。また1つ賢くなったな」
「ふざけてる場合か!」
「でも、3体まとめて倒せるね!」
「いや、多分思ってる以上にピンチかもしれないぞ?」
質で勝るバーテックス4体まとまったのだ。単純計算で4倍の強さ、それに1番後ろに居た獅子座のバーテックスの強さや能力は未知数。全長100メートルはありそうな巨体で弱い筈がない。
「さて、どうしようか...っ!全員避けろ!!」
「「「「っ!?」」」」
合体したバーテックスの前に輪を書くように火球が並び、一斉に5人へと襲い掛かった。
一斉に地を蹴り、その場から離れる5人。来ると分かっていて棒立ちするほど愚かではない。それぞれ別の方向に駆け出し、火球を避ける。
しかし火球は追尾してくる。
「くっ!全員が集まれ!俺の黒刀で盾を作るから!!」
「それだとアンタの負担が大きいでしょ!!部長として、それは認められないわ!!」
「追尾がある限り、絶対に避けきれないでしょ!迎え撃っても、この威力なら逆効果だ!其れが分からないほど風先輩は馬鹿じゃないだろ!!」
「くっ...!勇者部...集合しなさい!!」
また頼りたくなかった。前々回での、後輩を囮にして勝ち取った勝利は歓喜の裏で情けなさも感じていた。効率なんてどうでもいい。自分の負傷なんて見て見ぬふりをできる。だが、いつも生意気で悪戯好きな後輩が傷つく姿は見たくない。でも、また見なければいけない。
「...本当に...情けないわ...」
後輩の後ろで守られてる自分が、情けなくて嫌いだ。
目の前に数え切れないほどの火球が迫る。
「耐えきる!」
黒刀を蟹座の反射板のように変形させ、衝撃を少しでも逃すために斜めで構える。
「っ...!があぁぁぁぁ!!」
盾を構える両手の骨が折れそうになるほどの衝撃が、盾を通して伝わってくる。火球の直撃は防げても、余波は防げない。暴力的なまでの熱量が両手に襲いかかり、焼け爛れる両手。未だに止まない攻撃。いつ限界が来てもおかしくは無い状況だった。
「は、春樹くん!」
「春樹さん!」
後ろから友奈と樹の声が聞こえる。
何分...何秒経ったのかは分からない。衝撃に耐えながら左手の甲に付いてる満開ゲージを横目で見る。
「...溜まった...!」
勇者の諸刃とも言える切り札、『満開』の準備が整った。あとは自分次第だ。失って得る力、存分に頼らせてもらおう。
『満開』をする直前に、春樹は考える。もっと怖いと思ってた。どれだけ失う覚悟を決めようと、その後の不安は消えないのだ。何が起こるのか分からない。其れが1番の不安だった。
だが、今の春樹は落ち着いている。
不安と共に、力を得る高揚感と仲間を守れる嬉しさも存在するのだ。
(...昔の俺も...こんな気持ちだったのか?)
今となっては記憶も記録ない。ただ記憶を失った事実だけが残されているのだ。それでも戦う。勇者として、勇者部の男子部員として―――
「俺は讃州中学勇者部、冴宮春樹!」
さあ、名乗りを上げろ。意味なんて無いが、過去の自分も今の自分も、両方 " 冴宮春樹 " だと証明するために叫ぶ。
「唯一の男子部員として、体を張らせてもらう!勇者である前に、1人の男として!!」
再度覚悟を固めた。 "自分" を通すために、与えられた選択肢を守るために使う。
「満開!!」
―――樹海化した世界に白いストックの花が咲き誇る―――
◆◆◆◆◆◆◆◆オマケ◆◆◆◆◆◆◆◆
〈没案〉
・前話の『開戦前の決意』で、春樹が勇者部の全員を何かしらの方法で眠らせて、自分一人で『満開』を繰り返して勝つルートも考えていました。戦いが終わったあとは、勇者部の面々と険悪にはなるが、徐々に和解していく予定もありました。まあ、没案にしましたけど。興が乗ったら、ifルートとして書くのもアリかな〜って考える今日この頃。
・同じく没案。さっきのとは逆で、春樹が『満開』を出来なかったルート。簡単に説明すると、レオ・スタークラスターの攻撃から皆を守り、そのまま気絶。起きた頃には大体原作通り。春樹の罪悪感がめちゃくちゃ膨らむルートになること間違いなし!尚、コチラもその内ネタが無くなったらifルート行きかなって思ってます。
他にも没案になったりしたルートがあれば、覚えていればifルートに回します。忘れてる可能性が大ですけど。
〈白いストック〉
花言葉は『思いやり、ひそかな愛』