都合の良い世界 作:茶ダックス
「満開!!」
―――樹海化した世界に白いストックの花が咲き誇る。
春樹を中心に強い光を放ち、儚くも煌めく花弁が舞う。そこには幻想的な雰囲気が漂っていた。
『満開』の効果で服装も変化する。黒いアンダーウェアの上には白い狩衣が羽織られ、下半身の白い袴は黒く、そして全体的に豪華になる。無装飾だった頭部には烏帽子が追加された。いつの間にか手から消えた武器の黒刀を探すと、背に十数本の黒刀が日輪を表すかのように浮いている。
「―――これが...満開...!」
満開時は飛行能力も追加されているらしく、日輪を背負うその姿は宛ら神を思わせた。もっとも、神樹様の力を借りてるので神の使者とも表現できるだろう。
ひとつの壁を超えた感覚。通常の勇者を蕾に例えるならば、今は文字通り花が咲き誇る満開の最中なのだろう。今までとは比にならない程の力を己の身の中に感じる。
だが、同時に喪失感もあった。『満開』の代償は飽くまでも想像でしか無いので、実は代償なんて存在しないという可能性も存在はする。実は偶然が重なっただけ―――なんて都合の良い想像をしてしまうが...
(すべては...終わった後だ)
まずは勝って生き残る、それが最優先事項だ。そのために得た力なのだし、無駄にはしないと心に決める。
「んじゃ、行ってきます」
「は、春樹くん!無理しないでね!!」
友奈が後ろから声を掛ける。
「いや、友奈さんや。両手が焼き爛れた時点で無理も無茶もしてるんだけどな。まあ、俺だって死にたくはないし...善処はする」
嘘では無い。春樹は死にたがりではないので、できる限りは怪我をしないように立ち回るつもりだ。痛いのは嫌いだし、苦しみを快楽に変える変態共とは違うのだ。
だが、自分の命と彼女達の命を天秤にかけたら、春樹は迷いなく自分の命を投げ捨てるだろう。飽くまでも " もしも " の場合に限るのだが。
バーテックスの火球を防いだせいで焼き爛れた両手を涙目で握りしめる。我慢はするが、痛いものは痛いのだ。
「...アタシも『満開』して...!」
「風先輩、俺がなんで『満開』したと思ってるんですか?...風先輩はこういう言い方は好まないと思いますけど、" 犠牲は必要最低限に " です。俺の犠牲を無駄にしないでください」
「っ!春樹さん!その言い方は―――」
「さて、そろそろ行ってきますね」
樹の言葉を遮り、春樹はバーテックスの元へと向かう。もっと他の言い方はあっただろう。誰も傷つかず、全員が納得する説得方法が。
それでも、敢えて突き放すような言い方をした。
(はぁ...俺ってもしかして不器用なのか?)
戦いの場に相応しくない程の雑念を胸に、春樹は巨大なバーテックスへと挑む。
◆◆◆◆◆◆◆◆
「...春樹くん、行っちゃったね...」
「春樹さん...」
全員が遠ざかる春樹の背を見つめる。散々満開をできるだけ使わないようにと釘を刺してきたクセに、自分は迷いなく満開した少年。
心配な反面、文句も言いたくなる。
彼は自分を軽く見てる節がある。自分が犠牲になって仲間を救うことに、なんの躊躇いも見せない。仲間想いとも言えるが、逆に危ういとも感じる。
自分達を守り、両手が焼き爛れても尚戦う彼の背は、非常に痛ましかった。
「...気に食わないわ」
「お、お姉ちゃん?」
風がポツリと呟いた。静かな空間でなければ聞き逃しそうなほど小さな声だった。
「アタシ達は...春樹に守られるだけの存在じゃないでしょ!肩を並べて戦う仲間だ!なのに...なのに!」
「風先輩...」
友奈にとって、その気持ちは痛いほど分かってしまう。1人の女子として、守られるのは嬉しくないと言えば嘘になる。女子なら誰もが憧れを抱く。だが、友奈や風にとって自分達は女子であると同時に勇者でもある。守られるだけの女子ではなく、仲間と共に戦う勇者。
だが、春樹の覚悟を無駄にしたくないと感じるのもまた事実。己が生み出した2つの考えを、友奈は無言の脳内でぶつけ合う。
まとまらない思考に没頭する友奈を見て、夏凜は口を開いた。
「私は戦うわ。完成型勇者として、あんた達の先頭で戦うのが私の使命だもの。指をくわえて見てるなんてゴメンだわ」
「夏凜さん...」
「―――それに、風と同じで春樹が気に食わないのよ。守る?傷つけたくない?...舐められたものだわ!私は守られないといけないほど弱くない!!」
完成型勇者としてのプライドや、自分が来たからには絶対に勝てると大口叩いた責任感等が夏凜の心を埋める。自分がもっと圧倒的なまでに強ければ、春樹に背負わせずに済んだのではないか。
ありもしない " もしも " を考えてしまう。完成型勇者の自分がこんなに弱気ではダメだと分かっていても、一度浮かんだ考えは簡単には忘れられない。
「あんた達はどうすんのよ。春樹と並んで戦い抜くか、ここで春樹の勝利を信じて待つのか。どっちを選んでも責めたりはしない。両方に真偽なんて無いもの」
夏凜から与えられた2つの選択肢。前者は春樹の決意を無駄にして、死すら簡単に有り得てしまうだろう。後者は最後の最後まで春樹におんぶにだっこの状態になり、春樹に全てを背負わせてしまう。
「わ、私は...」
言い淀む友奈。
正直、怖いと感じている。勿論バーテックスもだが、それ以上に春樹の決意を無駄にすることは彼に対する裏切りなのではないかと思う。『満開』をしてバーテックスに向かっていく春樹の表情は、戦いの最中だとは思えないほど穏やかだった。
隣で戦いたいが、其れが正しいのかが分からない。足を引っ張って、春樹に負担をかけるのではないかと不安になる。
言葉が出てこない友奈に、夏凜が正面に立って声を掛ける。
「結城友奈、これはあんたの選択よ。後も先も考えなくてもいい。生憎と勇者部のメンバーはあんたの我儘くらいに付き合う程度の度量は持ち合わせてるわ」
「...でも、春樹くんの邪魔にならないかな?」
「それが何よ。これは春樹だけじゃなくて、友奈の問題でもある。後になって後悔するかどうか、思うがままにしなさい」
励ましてくれてるのだろうか。最初は暴言とも受け取れる言葉ばかりをぶつけてきた彼女が、弱気な自分を慰めてくれてるのだ。歓喜と驚嘆が溢れてくる。
「...ふふっ♪夏凜ちゃん、ありがとう」
「ふん!あんたがそんな調子だと私も調子が狂うのよ!!」
「ツンデレかっての。生意気なのも一周回れば可愛いものね」
「うっさいわよ風!」
戦場なのに、いつも通りの光景だ。平和な一時と何の変わりもない楽しい時間。―――でも、足りない。春樹と東郷がこの場に居なければ意味が無い。
「みんな、我儘を言ってもいいかな?」
「うむ、部長として許可する」
「お姉ちゃんが謎の上から目線だ...まあ、一応は上級生だけど」
「一応は余計よ!......夏凜、最近...樹が春樹に似てきたの...!お姉ちゃんは悲しいです!!」
「どうでもいい。ほら、友奈は続けなさい」
「うん!」
これでこそ『勇者部』だ。だからこそ、安心して『我儘』を言える。普段は言わない『我儘』だが、彼女達ならば受け止めてくれると確信してる。
「 " いつも通り " の勇者部にするために、春樹くんと東郷さんを迎えに行きたい!危険なのは分かってるけど...それでも2人の手助けをしたい!!」
「よく言ったわ、友奈。アタシ達も同じ気持ちよ!さてさて、それじゃあ1人で全部背負いがちな2人を迎えに行くとしますか!」
「「おー!」」
「お、おー」
「それじゃあ、二手に分かれて春樹と東郷を援護しに行くわよ!」
夏凜の若干遅れた掛け声を皆で笑いながら、東郷と春樹の方へ二手に分かれて向かおうとしたら―――
―――後方の空に、アサガオの花が咲き誇った。
「と、東郷さん!?」
「あれは...『満開』の光!?春樹も東郷も...躊躇いが無いわね!!」
「どうするのよ。東郷が満開したなら、東郷の援護は必要無くなったわよ?合体もしてないバーテックスなら、一瞬で終わるわ」
「ぐぬぬ...ぜ、全員春樹の援護!!合体バーテックスの方が危険だもの!!」
戦況の変化が著しい。コロコロと変わる戦況に風の指示が間に合わない。通常の戦争等とは違って何が起こるのか分からない。それがバーテックスとの戦いなのだ。もっとも、戦況を掻き乱してるのは他でもない勇者なのだが。
「お、お姉ちゃん!!」
「次は何よ!!」
「小さくて早いバーテックスが神樹様に近づいてる!東郷先輩の攻撃も全部躱してる!!」
「はぁぁぁ!?」
またまた戦況が変化する。
先程まで忘れていた、双子座のバーテックスの存在。バーテックスの学園があるのならば、絶対にクラスの端で目立たないタイプなのに、体育になると目立ち始めるタイプだと確信する。尚、これは多忙の風の頭に一瞬だけ浮かんだ現実逃避だったりする。
「くっ...どうすれば!」
「ふ、ふふ風先輩!おおお落ち着いてください!!」
「風よりもあんたの方が落ち着きなさいよ!」
慌てふためく姉や先輩方。時間が無いのに、と少々の怒りを胸に樹は残された選択肢を考える。普通に考えれば間に合わない。春樹バーテックスとの戦闘中なので頼るという選択肢から除外する。東郷の遠距離攻撃も躱され続けてる現状。
残された選択肢というと、『満開』くらいだろう。素の勇者としての能力で神樹様に近づいてるバーテックスに追い付けるのは、春樹の黒刀パチンコくらいだ。この場に居るメンバーだと、再現は不可能だ。
「...あーもう!こうするしかない!!『満開』!!」
「い、樹!?」
風の驚きの声と共に、樹が光に包まれる。
◆◆◆◆◆◆◆◆
両手の火傷の痛みを涙目で押し殺し、春樹は合体したバーテックスへと挑む。
(...このバーテックスの火球...近くに居る敵から狙うんだな。今の俺なら躱すことも相殺することも容易いけど)
宙を舞えるのは予想以上にメリットが多い。火球をギリギリまで引き付けてから躱し、バーテックスに突撃することも可能なのだ。
精霊のバリアでは火球の直撃を逃れられても、衝撃だけは身に襲いかかる。先程の防御で手が焼けたことを考えると、膨大に熱量も防ぎきれないらしい。『満開』した今ならば防げる可能性もあるが。
「火傷の恨みぃぃぃ!!」
背に浮かぶ数十本の黒刀を全て10メートル級の大剣に変化させ、バーテックスに突撃させる。どうやら満開中だと、黒刀を触れなくても操れるらしい。
2本の黒刀を残して全ての大剣がバーテックスに刺さったのを確認すると、春樹も直接バーテックスに攻撃をし掛ける。
「オラァァァ!!」
残った2本の黒刀を篭手にして両手に纏い、全力で殴る。
『満開』によって身体能力も大幅に上昇してるらしい。通常の勇者では何度殴ってもダメージが与えられなそうな巨体を、一度の全力パンチで地面に落とすまでに至った。
「このまま追撃を...なっ!?」
春樹は驚きを隠せなかった。敵の動きにでは無く、後方の光景にだ。
後ろではアサガオの花と、鳴子百合の花が空中に狂い咲く。自分でも体験したことであり、他でもない『満開』だ。
マップを見ると、魚座と双子座のバーテックスが消失した。
「クソっ!合体バーテックスに気を取られて忘れてた!!」
この場の最大の強敵と言えば、間違いなく目の前の獅子座と他3体が合体したバーテックスだ。だが、魚座と双子座もそれぞれバーテックスである以上は12体に数えられる人類最大の敵の1体だ。
能力も不明なうちは『満開』も無しで簡単に勝てるとは断言できなかった。その事を失念していたのは、これまでのバーテックス戦で勝てたからという、あやふやで確証も無い理由だった。
「春樹ぃ!前見なさい!!」
「風先輩?」
「なんか元気っぽい玉がきてるわよ!!」
「は?...はぁぁぁ!?何これ!?」
目の前には某バトル漫画の主人公が使う元気な玉に酷似した巨大な火球が迫っていた。合体バーテックスの火球が集まって巨大化したらしい。
(...避ける...ワケにはいかないよな。樹海化中でも元の世界にフィードバックはあるって言ってたし。...はぁ、厄日だ)
実質、春樹には受け止める以外の選択肢は無い。ゲームの強制選択肢でももう少しマシな選択肢を残してくれるだろう。そんな厄日を嘆きつつ、役目をまっとうする。
「俺が受け止めるから!早く封印しろォォ!!」
「くっ...!勇者部一同!ちゃっちゃと封印するわよ!!」
「春樹さん...お願い...耐えて!!」
全ての黒刀を目の前に移動させ、巨大な壁を何重にも展開する。念動力みたいに黒刀を触らずとも操ることが出来るが、それだけだと元気玉擬きに押し負ける。
「はあァァァ!!」
『満開』の飛行能力や身体能力をフル活用して目の前には展開した "黒刀" ならぬ "黒壁" を篭手で覆われた両手で押す。それでも少しづつ押されるのは元気玉擬きが文字通りバーテックスの必殺だからだろう。
「封印開始!!」
風の掛け声で封印の儀が開始される。開始間もなくてバーテックスの周りに花弁が舞い、幻想的な光に包まれるが―――
―――バーテックスの目と思われる部分が紅く光る。
「なっ!?」
次の瞬間、火球が爆発した。人間の何十倍もありそうな火球が春樹を巻き込み、樹海化した世界に轟音を響かせる。
『 ―――っ! ?』
勇者部の声にならない悲痛の叫びを残して、これまでの火球の比では無い暴力的なまでの炎と暴風が、春樹の身を包んで隠した―――
◆◆◆◆◆◆◆◆オマケ◆◆◆◆◆◆◆◆
〈 おそらく全員が忘れてる春樹の勇者服 〉
・明るい茶髪は黒く染まる。
・上半身には黒のアンダーウェアに白く薄い胸当てが付いてる。
・下半身は白い袴。
・モチーフの花は白いストック