都合の良い世界 作:茶ダックス
―――目が覚めると病院だった。
ベッドの上で両腕を固定されて寝ていたらしい。
両腕には邪龍でも封印していそうなほど布がグルグルと巻かれてる。そういえば火傷してたなぁと他人事のように両手を見下ろして、何か違和感を覚える。
(足りない...?喪失感って言うか...)
念の為に立って身体中を見るが、異変は何も無い。
「...服の下も見ておくか」
寝て起きたら胸に刺青が!なんて事態はさすがに無いと思うけど、可能性は無きにしも非ず。入院着の上を脱いで体を確認する。
「......」
変化は見受けられない。適度な運動のおかげでマッチョとは言えなくても、それなりには鍛えられた体。胸や背中、腰にもこれと言った異変はない。
(...下も見るか?)
誠に残念なことに、悪意無き下半身露出を企てる少年の病室のドアが急に開かれる。
「お邪魔しマース...って!なんで上半身裸なのよ!?」
「あ、風先輩。何してるんですか?」
「それはこっちのセリフよ!」
病室に入ってきたのは風だった。左手が前回のバーテックス戦で骨折したらしく、首から三角巾で吊るしていた。自分達を受け止めた際に折れてたらしい。無事を喜ぶべきか、傷を労るべきか。何だか複雑な心境だ。
「何日も寝てると思えば...何であんたは病室で服脱いでるのよ!!」
「ん?何日も?」
風の話を聞く限りでは、春樹はあの戦いから数日は寝ていたらしい。短期間で『満開』を限界を超えて使ってたので、妥当なところだろう。
風や友奈、樹と夏凜は既に退院しているようだ。東郷は未だ同じ病院に入院中とのことなので、後で暇つぶしに行こうと決意する。
「ところで、風先輩って今暇ですか?」
「とてつもなく暇よ。春樹と東郷が居なければ部活も出来ないし、夏凜はサボタージュだし...」
「んじゃ、ちょっと失礼」
―――むにゅん。
「なぁっ!?///」
春樹は突然、風の胸に手を沈めた。流石に東郷よりは控えめだが、それでも同年代の胸部を凌駕している。柔らかくて触り心地が良い。風の面白い顔を見れたので、一石二鳥だ。
だが、
「この変態野郎ォォ!入院日数を倍にしてやろうか!!」
「いやいや、ちゃんとした理由があるんですって」
「ほう、どんな崇高な理由があれば乙女の胸を無断で触っても良いのか...ちゃんと聞いてあげるわ。最後の言葉としてね」
「何で殺す前提なんですか...」
自分の命という代償を支払ったが、これでハッキリした。今回の『満開』で春樹が失ったものが―――
生きるのに必要不可欠なアレを無くしたのだ。社会不適合者の仲間入りを果たしたと言っても過言では無い。
「多分、俺の中から『羞恥心』と『性欲』が無くなりました。
「は...?...はあぁぁぁぁぁ!?」
最初に上裸を見られても
そして、男の夢とも言える女子の胸に触れたのに何も感じないのだ。三大欲求のひとつの性欲か、又はそれに似た何かを失ったのだろう。残念と感じる反面、目や手足を失うよりはマシだと感じている自分がいた。
今回の戦いでの『満開』は2回。記憶を失うと思っていたが、どうやらランダムらしい。風の話を聞くと、友奈は味覚を失い、樹は声を、東郷は左耳の聴覚を失った。
「病院の検査結果では、『満開』での疲労が原因なんだって。近いうちに戻るっても言われてたわ」
「......そうですか」
有り得るのか?と考えてしまう。例えば、春樹の失った記憶を事故によるものだとしよう。その場合、武器の使い方の理解や慣れ等で過去に勇者だったのは決定事項として話を進める。
満開をした人だけが何かしらの症状が出てる。つまり、疲労だけでなく『満開』システム自体に原因があるのだろう。
―――そもそも、症状に統一性が無さすぎる。
きっと、頭の回る東郷ならば何かしらの疑問や違和感を感じてるだろう。後で彼女と話しながら考えるとしても、自分の考えはまとめておきたい。
(1番初めに考え付くのは...大赦の嘘だな。この病院では『満開』について触れられてるらしいし、確実に勇者...と言うか、大赦が関係してる)
その場合、バーテックス戦の前から考えていた事と大して変わらない。分かった点といえば精々、代償が記憶だけでないという事実のみ。
考えつく中で最悪とも言える。大赦の裏切りは勇者部全員に少なくないダメージを与えるだろう。全員が最初から自分のように大赦を疑っている訳では無いのだ。
(次が大赦も『代償』を把握してなかった可能性。勇者システムを創り出したからと言って全てを把握してるとは限らない。記憶のある前勇者がいれば分かるんだけどなぁ...)
結局は無いものねだりだ。可能性として有り得るが、低いとは思う。勇者を公言して探し出すのは現実的では無い。
そもそも、創り出してから試行錯誤をしてないシステムを、人類の命運を握ってると言っても過言では無い勇者に渡すなんてのも考えにくい。もっとも、相手側が勇者を消耗品として扱ってるならば前者の可能性が爆上がりなのだが。
(そして、3つ目は本当に『代償』なんて無い可能性。今回の原因は飽くまでも偶然の産物。そう言い切るような事だ...)
人間とは自分にとって最も楽な考えを支持したくなる。春樹も例外なくそうだ。先程の2つの意見を否定したくなる反面、此方の意見は賛成したくなる衝動に駆られる。自分に気持ち次第で答えが変わる疑問では無いので賛成はしないが。
「はぁ、東郷と要相談だな」
「へ?何が?」
「何でもないです。あ、お見舞いありがとうございます」
「うむ、感謝したまえ!」
「はいはい、素直に感謝しますよー。てか風先輩...左手、大丈夫ですか?」
三角巾で首から吊るされた風の左手に視線を向ける。布の上からはなにも見えないが、痛いしいのは確かだ。
「モーマンタイよ。名誉の負傷ってやつね!後輩たちを受け止めたんだし、これでも軽い方だわ」
「おぉー、漢らしいっす。俺が女子だったら思わず告白してますよ」
「ほほう、女子力の塊とも言えるアタシに対してほぼ真逆なことを言ってくれるじゃないか。アタシの女子力について三日三晩語り晴らしてやろうか...いや、三日三晩じゃあ全然足りないわね!まったり、こんな美少女を捕まえて漢らしいとか...言ってくれるじゃない」
「まあ、美少女なのは否定しませんけど」
「.........え?」
この男、『羞恥心』を失ってる最中だ。つまり、羞恥が邪魔して言えない口説き文句に似た褒め言葉も難なく言えてしまうのだ。これが非常に厄介なことであり、乙女な恋を夢見る風に対してはダメージ抜群だ。
尚、褒めた本人は当たり前な事を言っただけと言わんばかりに平然としている。
「風先輩?顔赤いですよ?」
「なっ、何でもないわよ!!」
ドンッと病室のドアを閉じて風が帰った。残るのは首を傾げて疑問を浮かべる春樹のみ。春樹は羞恥心があったとしても、元から察しの良い側の人間では無かった。
「何だったんだ...?」
春樹の呟きが虚しく病室に響いた。
◆◆◆◆◆◆◆◆
―――数日が過ぎた。
勇者部の皆が毎日のようにお見舞いに来てくれたのは嬉しかった。若干風から距離を取られてる気がするが、 "かめや" のクーポンを渡したら果物に集る猿のように近付いてきた。
面倒臭い検査諸々も終わり、手の火傷も少しずつ治ってる。明日には退院はしても良いと言われたが、腕の包帯等は付けたままだ。学校の友人に厨二病か!と言われそうで憂鬱だったりする。
「東郷ぉ...学校に行きたくないよ〜」
「私に言われても...」
ちなみに、東郷も明日退院だ。明日の夕方には勇者部員一同が自分達2人を迎えに来るらしい。
「―――さて、そろそろ真面目な話をしましょう」
「...だな。東郷も変に思ってるだろ?」
「ええ、『満開』の後遺症についてでしょう?戦う前に冴宮くんが言っていた事...間違ってないかもしれないわ。...問題は、本当に治るのか...よね?」
「ああ、そうだな」
春樹の記憶の件が曖昧な分、過去の『満開』の代償だったと断言は出来ない。可能性は飽くまでも可能性でしかないのだ。
病院からは治ると言われたが、何処まで信じて良いのかも分からない。
「ここ数日で私を含めた全員の症状を観察してたけど...」
「症状の改善も変化なしだろ?俺の『性欲』とか『羞恥心』も戻る気配が無い。...気付いたら露出魔とかになってたりしないよな?裸に抵抗はないけど...まあ、性欲もないから裸体を晒すことに性的興奮も覚えないだろ」
「...兎に角、すぐに治ると言われた割には回復の兆しが見られない。由々しき事態だわ」
左耳の聴力を失った東郷はまだマシな方だ。樹は声を失ったせいで日常生活に支障をきたしてるし、友奈は味覚を失ったことで食事の楽しみを奪われた。春樹の場合は、現在は何の問題もないが、『性欲』と『羞恥心』の有無は後に響くだろう。
勇者のお役目を終えて、携帯電話は新しいものへと変わった。もちろん勇者システムは無い。なので、アプリを調べることも既に叶わない。
「どうする?適当に大赦の人を攫って尋問でもしてみるか?」
「得策とは言えないわ。第一に、足が不自由な私と勇者の力もない一般男子中学生の冴宮くんだけだと狙う相手が絞られる。それこそ、出来るだけか弱い女性とかね。でも、『満開』システムについて詳しい人が悠々と外を歩いているとは考えずらい」
「...だよな。てか、大赦を相手に勇者システム無しで挑むなんて無理ゲーだし。大々的に何かをやっても揉み消されるのが目に見えてるし」
「飽くまでも最終手段ね」
当然のように非人道的な手段も視野に入れる2人。他の勇者部員が聞いていたらドン引きするだろう。
話し合いの結果、今は見守るしかないという事になった。無理に動いて大赦から敵対されたくはない。今の春樹と東郷には戦う手段がないのだ。
「冴宮くん、リンゴ食べる?友奈ちゃん達がお見舞いで置いて行ったの」
東郷の手には皮を剥いてカットされたリンゴが入った皿が置いてある。入院中 = リンゴと安易な考えをしたのは友奈だろう。
「...残念ながら、現在は両手を使えないんですよ。いや、使えなくは無いけどさ...使ったら病院の人に怒られた」
「だから、はい。口開けて」
「ほう、これが俗に言う『あーん』ってやつか。今だけは羞恥心が無くて良かったと心の底から思える」
同年代の女子からの『あーん』は中々に嬉しいものだ。年齢の数だけ恋人がいない人生を過ごしてきたが、もしも恋人がいたら、このような事が日常生活で行われるのだろうか?と疑問を抱く。尚、数秒でイチャイチャカップルに限ると結論が出された。
「美味しい?」
「美味しいです。女子からの『あーん』って嬉しいものだな。相手が美少女の東郷で良かった」
「そ、そう...それは良かったわ...」
東郷は己に変なことを考えるなと心の中で連呼する。相手は羞恥心を失ったからか、恥を考えずに物事を口にするのだ。
自分に言い聞かせて、東郷はある事に気が付いてしまった。
(それって...本当に思ってることを口にしてるって事じゃ...!)
東郷は考えるのを止めた。これ以上の思考は更に変な方向へと向かうと察したのだ。
「東郷、俺はそろそろ自分の病室に戻る。看護師の間で『あの子たちカップルなのかしら!』って噂になってるし」
「...私と変な噂が立つのは嫌かしら?」
「俺は別に。むしろ東郷にとって迷惑だろ?」
嫌では無かった。寧ろ嬉しいと感じているのは何故だろうか?
思えば、東郷にとって春樹は身近にいる唯一の異性だった。東郷は人見知りなので友奈のようにクラスの男子とは積極的に話さない。春樹を除いてだ。彼が隣の席であり、更には同じ部活に所属してるので学校生活では友奈、東郷、春樹の3人で行動することが多かった。
春樹が男友達と話してる時は友奈と、友奈がクラスメイトと話してる時は春樹と話していた。勿論コミュ障では無いので、他の友人も少ないながらも存在はする。ただ、友奈と春樹はその中でも特に仲が良いのだ。
数ヶ月前からは友人としてだけでなく、勇者としての仲間にもなった。
少なくない時間を過ごして、慰められたり守られたりしてきた。共に過した時間だけでなく、彼自身の人間性に触れてきて―――
(そっか...私はもう―――)
「冴宮くん、もう少しだけ話し相手になってくれる?冴宮くんは知ってると思うけど、私って人見知りなの。だから病院では一人の時間が多くて寂しいわ」
ちょっとだけ我儘を言ってみた。彼が快く受けてくれることを期待して―――
◆◆◆◆◆◆◆◆オマケ◆◆◆◆◆◆◆◆
樹「っ!?」
風「ん、どうしたの?」
樹『ライバルが増えたような気が...!』
風「ライバル?『好敵手』って書いてライバルって読む系の?バトル漫画みたいに」
樹(...むしろ『恋敵』って書いてライバルと読む方の気が...!もうちょっと積極的にならないと!)
※樹は声が出ないのでスケッチブックに書いてます。何故書くスピードが会話のスピードに合うのは永遠の謎。
いかがでしたか?面白かったら感想や評価をください!