都合の良い世界 作:茶ダックス
―――馴染む。
それが勇者になった春樹の感想だった。手に握る黒い刀も、何故か使い方が理解出来た。まるで、以前にもこの姿で闘ったことがあるかのように。
「っと...感情に浸ってる場合じゃないよな」
目の前にいる乙女座のバーテックスは既に攻撃態勢に入ってる。丸みを帯びた頭部のようなものにマント擬きが付いており、控えめに言っても異形だ。
様子を見ていると、バーテックスは下の部分から卵のようなモノを飛ばしてくる。
「...まあ、刀で切っても良いけど...訳分からんものは避けるに限るってね」
卵擬きは猛スピードではあるが、直線上にしか飛んでこない。牽制してるつもりなのか、連射はしてこないので避けるも受けるも容易そうだ。
脚に力を入れ地を蹴る。浮いている間は無力になるが、丁度樹海化したこの場所では至る所に太い根や枝に見える何かが伸びている。その物体を蹴って移動すれば卵擬きに当たる心配もない。
―――爆発音がする。
数秒前まで春樹がいた場所が爆発し、煙を上げている。
(卵擬きは爆弾だったのか。そうなると厄介だな...)
爆発の音や威力を見る限り、生身で当たったら即死しそうだ。猛スピードの爆弾は近づけば近づくほど避けるのが難しくなる。問題は爆弾の連射がどれだけ早いのかだが―――
「春樹ぃぃぃー!生きてるぅぅーー!?」
「お姉ちゃん!声大きいよ!!」
後ろから風と樹が来る。風は自分のとはデザインの違う勇者服を纏っており、手には女子の手には重量オーバーな大剣が握られていた。樹は風とは違ってスカートであり、全体的にゆったりとした雰囲気で、見た感じでは武器らしきものが無かった。
「ちょっ!今叫んだら...!」
「えっ、なんて言った?遠いから聞こえない!!」
「あのアホ先輩...!」
バーテックスが狙いを春樹から風に変えた。風は卵擬きが爆弾だと知らない。そして、風の手には大剣があり、彼女自身の性格を考えると―――
「風先輩!打ち返すなァァァ!!」
「...へっ?」
手遅れだった。春樹の声が届いたのは、卵擬きに風の大剣がめり込む最中だった。
爆発音が響く。
―――守れなかった。死なせてしまった。
目の前が真っ暗になる。
春樹の戦う理由は "守る" こと。其れを果たせなかった今、もう春樹は戦えない。戦う意思に勇者システムが応えるのならば、戦う意思を失くした者には何も齎さない。
「俺は...もう...」
「ぐへぇ!」
「ああ、死んだ風先輩が高い所から落ちた牛蛙みたいな声をあげてる...無念だったんだろうな...」
「生きてますよ!春樹さん、お姉ちゃんはまだ生きてますから!!爆発の衝撃で落ちたりはしましたけど!」
「春樹ゴラァ!アタシを勝手に殺すな!!」
乙女座のバーテックスによる卵擬き爆弾で爆発したハズの風が、からかった時みたいにツッコミを入れてくる。衣服は多少ボロボロではあるが、確かに怪我ひとつなく生きていた。
「えっ、風先輩ってただのゴリラじゃなくて鉄壁ゴリラだったんですか!?」
「まずそのアタシがゴリラって前提で話すのをやめなさい。...アタシが鉄壁なんじゃなくて、精霊がバリアを貼ったからよ」
風の横に青い犬のような生き物が浮いてた。風の説明によると、変な生き物を総じて "精霊" と呼ぶとのこと。長ったらしい説明は省くが、要するに勇者に力を貸してくれる存在らしい。
「まあ、精霊の力も万能じゃないから頼りすぎるのは逆に危険よ。できる限りは攻撃が直撃しないように気を付けながら戦ってちょうだい!!」
「それは分かりましたけど...樹って武器無いんですか?」
「ううん、私の武器はコレです!」
樹の腕には輪状の物体が装着されており、外側には鳴子百合がいつくか付いていた。
「...うん、なにこれ?」
「百合の部分からワイヤーで出てきます!そんな春樹さんの武器は...黒い刀ですか?」
「ただの刀じゃないぞ。自由に大きさとか硬さ、柔らかさを変えれるんだ。大剣にしたり、小太刀にしたり...頑張れば樹の武器みたいにワイヤーっぽくすることも出来る」
「「武器の個性取られた!?」」
「いや、そうでもないですよ?大剣にしたって、風先輩のような馬鹿力は出せないし、ワイヤーにしてもそれ程上手く使える自信はない。慣れてない形以外は器用貧乏の延長線上になるんですよ」
因みに、場合によっては布みたいに柔らかくして拳に纏うことも可能だ。時と状況によって形を変化させて戦うのが自分のやり方だと、2人に伝えた。
「さて、そこまで話してる時間は無さそうですよ」
「それもそうね!じゃあ樹、春樹。一気に片付けるわよ!」
「「了解!」」
春樹が先頭となり、地を蹴りながらバーテックスに近づくと、先程とは比にならない程の速度で連射してくる。全部避けるのは至難の業だろう。
「なら、受け流せばいい!!」
刀の剣先をマントのように広げ、卵擬きの側面に叩きつける。布状だと大した衝撃を与えられないので、そのまま爆発せずに受け流すことが可能となる。
春樹が受け流し、後ろから風と樹が続く。
―――だが、近づくほど受け流しが困難になる。
「っ!?...2人とも!散れ!!」
遂に間に合わなくなった。ここからは各自で卵擬きを避けながら近づくしかない―――が、話はそこまで簡単には進まない。
「きゃ!?」
「樹!?」
ギリギリ爆弾を避けたが、樹が爆発の衝撃で体制を崩す。バーテックスはチャンスと言わんばかりに樹を目掛けて卵擬きを連発する。
(やばい!いくら精霊バリアがあっても...あの量は!!)
風は距離的に間に合わない。でも、春樹ならばギリギリ間に合うかもしれない。―――可能性があるなら、成功させるしか手はない。
「仕事しろよ!『ご都合主義』!!後輩のピンチに間に合わない主人公なんて存在しないからなァァァ!!」
脚に全力を込め、樹の元に向かう。
「は、春樹さん!だめ...来ないで!!」
もっと早く!もっと足を動かせ!!秒単位で生死が決まる世界だということを再確認させられた。
「間に...合った!!」
被弾まで残り2秒弱、春樹は『都合良く』先程から布のようなカーテン状にして広げていた刀を硬化させる。『都合良く』、即座に盾が完成した。
「樹!伏せろ!!」
即席盾を背に、樹を抱きしめて庇い、連鎖的に起こる爆発の衝撃に耐え、終わりを待ち続ける。
「この野郎ォォォ!人の大事な妹と後輩になにしてんだァァ!!」
風がバーテックスに上段からの斬撃を与え、ヘイトを自分に向かせる。攻撃が止んだ隙に、樹が勇者システムで強化された筋力を使って春樹をバーテックスから遠ざけた。
「春樹さん!春樹さん!!」
「...生きてるから...耳元で大声出すなよ」
「なんで...なんで私なんかを庇ったんですか!?」
「おいおい、冷たいこと言うなよ。生意気な後輩を守ってやるのが先輩の役割りなんだぞ? それに...これが俺の戦う理由だからな」
身体中が痛いが、悪戯に笑って見栄を張る。先輩だから、後輩の前ではかっこよく在りたい。男子だから、女子の前では弱音を吐きたくない。それが春樹の決めた生き方なのだ。
「それで春樹さんが死んだらどうするんですか!?」
「その場合、俺が庇わなかったら樹が死んでた。よって、俺に後悔はないんだよ。もっとも、俺は『都合悪く』死ぬことなんて有り得ないけどな」
「男の子は...ううん、春樹さんは馬鹿です!」
「とうとう躊躇なく罵倒するようになったな。...でも、其れでこそ守った甲斐があったってやつだ。もっともっと生意気になれ。俺に遠慮なんてするなよ。なんせ、俺はお前の先輩だからな」
―――樹は頬を薄紅に染めた。
「春樹くん!樹ちゃん!!」
「っ...!」
友奈と東郷は、友人と後輩に爆弾が直撃するのを見ていることしか出来なかった。目の前の化け物に恐怖しているのだ。
―――友奈は己に問う。
(...本当に...いいの?)
3人に戦わせておいて、自分は傍観しか出来ない現状。
(春樹くんが...樹ちゃんと風先輩が傷ついてるのに、私は黙って見ているだけ?)
怖い。手足の震えが止まらない。
(怖い...怖いけど!)
心は決まった。未だに戦い続ける3人を応援するだけなんて、自分の柄じゃない。自分が後悔しない選択をするために―――
「ごめん、東郷さん。私...後悔だけはしたくない」
「ゆ、友奈ちゃん?なにを...」
「私ね、やっぱり守られてるだけは嫌だなって。私は勇者部だから...春樹くん達と同じ勇者として、前に立ちたい!!」
―――さあ、覚悟は決まった。
「東郷さん、ちょっとだけ離れるね」
意志を示せ。戦う意思を―――
「私、嫌なんだ。誰かが傷付くことも、誰かが辛い思いをすることも!皆がそんな思いをするくらいなら...私が守る!私が頑張る!!」
花弁が舞い、光が友奈を包み込む。
そして、光が止む前に友奈は走り出した。
途中で卵擬きの爆弾が迫り来るが、パンチや蹴りで爆破し、衝撃波は精霊『牛鬼』にバリアを貼ってもらい防ぐ。
勇者の身体能力をフル活用して高く飛び跳ね、遥上空からバーテックスに急速で落下する。拳に力を込め、肺に空気を溜める。
「勇者―――」
拳を振り上げ、落下の速度を余すことなく力にする。
―――叫べ!
「―――パァァァンチッ!!」
バーテックスと友奈が激突する。その結果、友奈の勢いは止まらずに、バーテックスの抵抗も虚しく身体に大穴が空いた。
「私は讃州中学勇者部、結城友奈!私は――勇者になる!!」
少女の勇ましい名乗りを聞き、少年は再び立ち上がる。
「さて、女子が頑張ってるのに男子が何時までも休んでる訳にもいかないよな?」
「は、春樹さん!もうボロボロなのに...!」
「いや、見た目ほどボロボロじゃない。この服ってさ、防御力も上げてくれるんだな。あれだけの攻撃を受けたのにまだ戦えるんだぜ?」
「...無理はしないでくださいね!」
勇者の身体能力にものを言わせて前線まで駆ける。
「さて、そろそろ『封印の儀式』を始めないとね」
「風先輩、その『封印の儀式』ってなんですか?」
「うわぁ!?春樹、あんた大丈夫なの!?めちゃくちゃ攻撃受けてたけど!?」
「直接は受けてないですよ。武器を盾にしてましたし。それよりも、なんちゃらの儀式ってのをやらないと倒せないんですよね?あのバーテックス、なんか再生してますし」
「うわぁ...気持ち悪っ!てか、樹は?」
「友奈のところです」
風の元に来る途中で樹は友奈の場所に向かった。友奈が大きくダメージを与えたから再生に集中しているのか、爆弾が飛んでこない。だが、念には念をだ。全員合流するまでは2人1組で行動した方が安全だという樹の提案だった。
まずは2人と合流するために移動する。途中で『封印の儀式』の方法についてざっくりと教えられた。
「あ、春樹くん!風先輩!大丈夫ですか?怪我とかしてませんか?」
「俺はモーマンタイ。風先輩は頭を打ったらしく、変人になってた」
「春樹さん、それは元々だよね?」
「あ、そうだった」
「...今日の晩御飯、樹のはうどんの具材なしにする」
「わー!ごめんなさい!!」
巫山戯るのはこれくらいにして、目の前の敵に目をむける。今は風先輩が友奈と樹に『封印の儀式』について説明してる途中だ。ある程度回復し終わったのか、今にも動き出しそうだ。
「さあ、始めるわよ!!」
「うわぁ......これ全部? えっと......かくりよのおおかみ、あわれみたまい...」
友奈が読み始めたのを見て、春樹と風は顔を合わせて駆け出す。春樹は黒い刀を大剣にし、風は自分の武器を上段で構えた。
「「大人しくしろこんにゃろぉぉぉぉっ!!」」
「「それで良いの!?」」
そこには祝詞を省略して斬り掛かる少年少女が居た。尚、本人曰く気持ちがこもっていれば問題なしとのこと。
乙女座のバーテックスの頭部らしき部分が線に沿うようにパカリと開き、中から『御魂』と呼ばれる逆四角錐型の大きなナニカが出てきた。
「風先輩、アレを破壊すれば良いんですよね?」
「その通り!」
「んじゃ、いってきまーす」
「ちょっ!...まーた一人で行ったし」
黒い刀を極限まで薄くし、硬度は最大に。何故か身体に染み付いてる居合の構えで御魂に向かう。
(...居合切りなんて初めてなのに...最初にこの案が浮かんだ。きっと、記憶の無い期間に習得したんだろうな。...誰か交わした『また会おう』って "約束" に関係してるのか...?分からないけど、いつか絶対に思いだす...!)
目を閉じて集中する。
この黒い刀には鞘がない。変幻自在ではあるが、折ったり分裂させたりすることも不可能なため、鞘を作ることも出来ない。だから、鞘はあるつもりで構えるのだ。
「ふっ...」
小さく息を吐き、バーテックスに向かって一直線に突っ込む。すれ違いざまに一閃。
「っ...まだ足りないか...!」
御魂には横一線の大きな傷が付く。だが、破壊には程遠い。
―――なら、頼ろう。
「友奈ぁぁぁー!!」
「了解!勇者パァァンチッ!!」
友奈の勇者パンチがトドメとなり、御魂は光を発しながらは崩壊する。そして、心臓部とも言える御魂が砕けたバーテックスは身を灰色に変色させて崩れ落ちる。
「砂に...なってる?」
「ああ、俺達が勝ったってことだな...多分。おつかれ、友奈」
「...勝った?...や、やったーー!!」
―――こうして、勇者部の初陣は勝利で終わった。
『またな、■■、■、■■』
まだ思い出せない。でも、この "約束" だけは違えてはいけないと魂に刻まれてる。『またな』は再会のための言葉。ならば、会わないといけない。名も知らない大事な人に―――
(いつか...全部思い出すからな)
◆◆◆◆◆◆◆◆オマケ◆◆◆◆◆◆◆◆
春樹の勇者服説明
・モチーフの花は白の "ストック"
・上半身は黒のアンダーウェアに白でラインが入っている。また、白く薄い胸当ても付いている。下半身は白い剣道の袴のようなデザイン。
・元々は明るい茶髪だが、変身後は黒髪に変わる。
武器
・伸縮可能で変幻自在な黒い刀。大剣にしたり小太刀にしたり、強度を調節して刃の部分を横に伸ばせばカーテンのようにもなる。頑張れば家の鍵にも変形可能。