都合の良い世界 作:茶ダックス
「楽勝!!」
樹海に少年の歓喜とバーテックスが砂となって崩れ落ちる音が響いた。
―――三好夏凜は焦る。
目の前には砂となったバーテックスと、鼻歌を歌いながら此方へ歩いてくる勇者の少年。
本来ならば、自分が1人でバーテックスを圧倒して討伐し、その実力とも言える功績を盾に一足先にバーテックスと戦ってる勇者達にマウントを取るつもりだった。自分が最強だと知らしめるために。
だが、現状はどうだ?ダメージの大半は男の勇者が与え、御魂の破壊も先を越される始末。完成型勇者を名乗る身でありながら、初陣で大した活躍も出来てない。
「よう、お疲れ様。えーっと...自称完成型勇者さん?」
「なっ...!自称じゃないわよ!!」
目の前には謎の存在。大赦からはイレギュラーな男勇者については聞いているが、実力は想像以上だった。初っ端から遠距離を一瞬で詰めて、武器の利を生かした戦法で確実且つ大きくダメージを与えていく。とても3度目の戦闘とは思えない動きだった。接近戦なら戦闘訓練を続けてきた自分に分があるが、全距離での戦闘は自分と同等か、下手したらそれ以上のポテンシャルも秘めている。
(...冴宮春樹。戦闘データは見てきたけど...敵にしたら1番厄介だわ)
勿論、大赦に逆らわない限りは敵とは認識するつもりは無いが。念には念を、全ての可能性を考慮して行動してこその完成型勇者だ。
2度の戦闘データを見て、彼が遠距離からの攻撃手段に乏しく決定的な弱点である事は分かっていた。だからこそ、その弱点を克服した彼を見下しはしない。上だとは決して思わないが。
「あ、樹海化が解ける。じゃあな、自称完成型勇者!」
「だ・か・ら!!自称じゃないって言ってるでしょうが!!」
最後まで憎たらしい男勇者の声を聞きながら、三好夏凜は自分の暮らす世界へと転移させられらた―――
◆◆◆◆◆◆◆◆
「...あいつ、なんだったんだ?」
既に定番とも言える讃州中学の屋上への転移。その場には勇者部しか居らず、先程の完成型勇者の姿は無かった。
分からないことは先輩に聞くに限る。
「風先輩、さっき完成型勇者って名乗る変なやつが居たんですけど。赤い勇者服にツインテールの女子なんですけど...何か知ってますか?」
「さあ?自称でも『勇者』って名乗るなら敵じゃ無いとは思うけど...」
断言はできない、と風は呟いた。
勇者と名乗るだけで無償の信用を寄せるのは無理だろう。味方である可能性は大いにあるが、同時にバーテックスと自分達の両方を敵とする第三勢力の可能性も全く無いとは言えない。
3度目のバーテックス戦で突如現れた勇者。現段階では怪しいとしか言い様がない。
「勇者部に部員が増えるのかな?だとしたら歓迎会の準備しないとだね!!」
「友奈ちゃん、まだその娘が味方って決まったわけじゃないよ?風先輩もその勇者の存在については何も知らされてないのだし」
「東郷の言う通りだ。話した感じ、悪い奴ではないと思うけど...今のところは大赦からの連絡を待つしかないだろ」
「そうですね...仲間なら心強いんですけど」
謎を残しつつ、この話題は保留となった。今回は春樹以外は全く疲れてないので、帰りは "かめや" に向かい、うどんを4杯平らげた。
―――そして
「今日から皆さんのクラスメイトになる、三好夏凜さんです」
(へぇ〜、そうきたか)
赤い勇者の謎は次の日に呆気なく解けた。
三好夏凜は勇者部の援軍的な存在だった。表向きには転校生、裏では大赦から派遣されてきた勇者。それだけを聞くと厨二病患者が喜びそうだ。
転校初日から春樹が観察して感じたことは、他者との馴れ合いを拒み、常に勇者としての自覚を強く抱いているという印象。同クラスで自分、友奈、東郷に対しては高圧的な態度だ。このメンバーの共通点は考えるまでも無く『勇者』だ。
運動神経はずば抜けてるので、勇者としての訓練が完成型勇者としての自信や自尊心に繋がってるのだろう。
(味方だけど、性格に難ありって感じだな)
恐らく、戦闘になれば1人で突っ走るタイプだ。自分も人のことを言えないが、それでも三好夏凜が勇者として戦うのならば春樹が守る対象になる。つまり、自分と似たタイプは守りづらいのだ。
観察結果としては、三好夏凜が物語で言う努力型エリートに見えた。扱いづらい性格ではあるが。
「...でも、何故かポンコツ臭がするんだよなぁ...」
「どうしたの?冴宮くん」
「いや、何でもない。多分俺の勘違いだし」
己の直感に勘違いだと言い聞かせ、午前午後全ての授業を終わらせた春樹は部室に向かった。ちなみに、友奈と東郷は三好夏凜を呼びに行った。
「ちゃーす、春樹入りまぁーす」
相変わらずな適当挨拶で勇者部部室に入る。諦めが付いたのか、風はこめかみをピクピクさせながら此方が軽く恐怖心を植え付けられるような笑顔で出迎えてくれた。
「は、春樹さん...お姉ちゃんが爆発寸前なんですけど...」
「大丈夫だよ。風先輩は水溜まりよりも浅く、激安アパートの押し入れよりも狭い心の持ち主だけど...このくらいは許容範囲内だ!」
グッドサインで樹を安心させる。後輩を気にかける自分の優しさと賢さに浸りながら風先輩の方を振り返ると―――
「ほほう、アンタが私を怒らせたいのはよ〜く伝わったわ。ちょっとだけ私とお話しようか」
「いや、挨拶が適当なだけでキレられてもなぁ...」
「それだけじゃないでしょうが!!」
ご立腹な先輩が仁王立ちしてた。1週間に1度はある通称『激おこ』な状態だ。春樹は即座に逃げるルートを計算し、実行に移す。
部室にある窓以外唯一の逃げ道、それはシンプルにドアから出ることだ。確実且つ効率的な手段を春樹が使わないなんて選択肢は無い。
「逃げるが勝ち!」
「あ、待てぇぇ!!」
ドアの取っ手に手をかけ、横に引こうとした瞬間―――
「うわぁ!?」
虚しくも春樹の手は空を切った。目の前には空いたドアと、開けた本人である車椅子の東郷と、後ろで車椅子を押していた友奈。そして、咄嗟のことで春樹は体勢を崩していた。
「きゃっ!」
「わぷっ!?」
―――ぷにゅん。
東郷のメロン級な胸部に意図せず顔面ダイブする春樹。顔面に幸せな柔らかい感触を感じながらも、慌てて顔を離す。
だが、時は既に遅し。
空気が死んだ。樹は揺れる東郷の胸を見ながら自分の胸に手を当ててぶつぶつと亡者のように何かを呟き、風はバーテックスを見るような目で春樹を見下す。友奈はそんな雰囲気を感じ取ったのか、苦笑いで固まった。
「......と、東郷...?」
この日、春樹は初めて本物の『恐怖』を感じた。東郷は友奈に優しいのは周知の事実なのだが、その友奈ですら東郷を恐れる時がある。つまり、男の春樹が乙女の果実に触れたということは、直接的な死に繋がるのだ。
東郷が口を開く―――
「―――冴宮くん、大丈夫?」
「.........えっ?」
「一応受け止めはしたけど...どこか打ったりしてない?」
東郷から出たのはお怒りの言葉ではなく、心配の言葉だった。春樹が戒められる姿を嘲笑えると思っていた風は『嘘!?』と思わず言う。尚、樹は未だに己の胸部と東郷の胸部を交互に見て悲しんでいる模様。
ああ、なんて心優しい少女なのだろうか。相手が風先輩だったら最低限記憶が消えるまでは床に頭を打ち付けられるだろう。東郷はそんな野蛮な真似はしないのだ。
「俺、今日から東郷を崇めるよ」
「...どういうこと?」
「さっそく木を彫って東郷の像を作ろう。あとは神棚も用意しないといけないし...お供えはぼた餅か?...いや、下手なぼた餅は逆に失礼だ。ここは市販品の羊羹とかにしよう。後は...」
「風先輩!冴宮くんを止めるの手伝ってください!じゃないと本当に神格化させられますから!!」
「これが...東郷に秘められた真の女子力なの!?」
「ゆ、友奈ちゃん!冴宮くんを...!」
「り、了解!!」
この後、収拾がつくのに10分弱は要した。その間に来ていた夏凜は現状に対して『...なにこれ』と呟かずにはいられなかった。そして、その声は春樹達の騒音によって消えたのは言うまでもない。
「まったく!アンタ達には勇者としての自覚が足りないわ!!」
「いや、さっきのは勇者関係ないだろ」
怒声を響かせるのは大赦からの派遣勇者、三好夏凜だ。部室内での散々な有様に呆れ果ててる様子だ。
「まず、先に言っておくわ。私が来たからにはもう安心ね。完全勝利よ!!」
相当自分の強さに自信があるのか、夏凛は勝利を宣言した。...フラグになりそうだから止めて欲しいと思うのは自分だけだろうか?と春樹は別の意味で不安になった。
「何故今このタイミングで?何で最初から来てくれなかったんですか?」
東郷が疑問をぶつける。もっともな質問だ。最初から手馴れてる勇者がいたら、もう少し楽に勝てた戦いもある。素人な自分達だけで勝ち抜いてきたのは運もあるのだ。
「私だって直ぐに出撃したかったわよ。でも“大赦”は二重三重に万全を期しているの。最強の勇者を完成させる為にね」
「最強の勇者...か。興味深いな」
昨日の姿を見る限り、強くはあっても最強には見えない。少なくとも、自分が戦っても勝つ可能性はあると思えた。勿論、隠してる能力があれば話は別だが。
「あなた達先遣隊の戦闘データを得て完璧に調節されている完成型勇者、それが私よ。私の端末は対バーテックス用に最新の改良を施されているわ。その上、あなた達トーシロとは違って勇者となる為の戦闘訓練を長年受けてきている!!」
力量を示したいのか、夏凛がモップを振り回す。ビシッと構えて格好をつけてるが、モップが黒板にぶつかった。春樹は自分の感じたポンコツ臭を再度色濃く察知した。
「モップ、黒板に当たってるぞ?」
「ふっ、中々個性的だわ。躾がいのありそうな娘ね」
「なんですって!?」
「あわわっ、喧嘩しないで!!」
熱り立つ夏凛を見て、樹が慌てて夏凛と風をとめる。自分もそうだが、先輩も結構人を煽る癖がある。
「ふん!まあいいわ。兎に角、大船に乗ったつもりでいなさい」
「そっか、よろしくね!夏凛ちゃん!!」
友奈がフランクに接した。見たところ、夏凛には友人のいなそうだ。そんな彼女がいきなり親しく接せられたら―――
「い、いきなり下の名前!?」
こうなる。完成型勇者も友奈のコミュ力には及ばなかったらしい。
「えっ、嫌だった?」
「...ふん、名前なんて好きに呼べばいいわ」
「じゃあ...ようこそ!勇者部へ!!」
友奈は満面の笑みだった。尚、春樹は『あれ?そんな話してたか?』と小さく呟いた。
「......はぁ?誰が?」
「夏凛ちゃんがだよ?」
「はぁ!?部員になるなんて話、一言もしてないわよ!」
「えっ、違うの?」
「違うわ。私はあなた達を監視するためにここに来ただけよ」
「えっ、もう来ないの?」
「...また来るわよ。お役目だからね」
「じゃあ、部員になっちゃった方が話は早いよね!」
(めちゃくちゃ友奈のペースに巻き込まれてるなぁ。さすがクラスで1番のコミュ力お化け。まあ、三好がちょろいのもあるけど)
悲しいことに、完成型勇者には友奈を超えるコミュニケーション能力は無かった。そして、友奈の頭の中では、既に三好夏凜は勇者部の一員になっているようだ。
「...まあ、いいわ。その方があなた達を監視しやすいでしょうしね」
「監視監視ってねぇ、まるでアタシ達が見張ってないとサボるみたいな言い方、止めてくれない?」
「偶然選ばれただけのトーシロが大きな顔するんじゃないわよ。大赦のお役目はね、おままごとじゃ無いのよ!って、わぁぁぁぁ!?」
言葉通り馴れ合うつもりがないらしい。煽りとも取れる言葉を放ち、夏凛が振り返ると―――
「な、何してんのよ!?この腐れちきしょう!!」
『外道め!』
「外道じゃないよ。牛鬼だよ?」
―――牛鬼が夏凛の精霊を捕食していた。
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春樹に対する印象
〔結城友奈〕
・大事な仲間。同じクラスであり、同じ部活にも所属しているので他の男友達よりもよく話す。家が近いので、たまに東郷も含めて3人で遊びに行くこともある。
〔東郷美森〕
・最初はちょっと変な友人だったが、1度目のバーテックス戦の後に落ち込んでいる自分に気が付き、励ましてくれたのでかなりの好感を持ってる。
〔犬吠埼風〕
・超生意気な後輩。それでありながら、部内では部長の自分よりも仕事をこなす変人だと思ってる。時々自分がキレたりもするが、そんな時間も嫌いじゃない。
〔犬吠埼樹〕
・乙女座との戦いで身を挺して守ってくれた先輩。その事がきっかけで異性として意識してる。尚、まだ恋心には発展していない模様。
〔三好夏凜〕
・イレギュラーな男勇者。戦闘能力は認めてるが、それ以外は何も分からない現状。監視はするけど仲良くする気は全く無い。