都合の良い世界 作:茶ダックス
―――憂鬱だ。
悩みを解決しないまま、子供会のレクリエーション予定日の朝を迎えた。ここ最近は勇者部員や同級生にボーッとしてると指摘、心配される始末。
(...話すべきか、心の中に納めておくべきか...)
どちらにしてもメリットとデメリットの両方が存在する。
相談するメリットは、悩みの共有で心が軽くなること。皆で考えれば春樹1人では思い付かない解決策を見つけることができるかもしれない。
逆にデメリットは、彼女達の覚悟が決まることだ。最初は動揺するし、大赦を敵視する。だが、その後は失う覚悟を決めるだろう。彼女達が自分よりも強かなのは勇者部として共に過した日々が証明しているのだ。
(...どうにかして俺1人の『満開』だけで済ませられらないか...)
話さないメリットは、自分1人だけの『満開』で済ませられる可能性が出てくること。話せば止めようとするだろう。話せば共に『満開』をしようとするだろう。だが、黙っていれば全部1人で背負えるのだ。
デメリットは―――
(また、忘れるかもしれないことだな。バーテックス戦が次回で終わりなら話が早いんだけどな...覚えてるうちにノートに書いておくか)
ノートに『満開』の代償や、これからの方針を書いて机に仕舞う。どうせ部屋には誰も来ないのだし、厳重に隠したら記憶を失った自分が見つけられなくなる。
表紙には『必読』と書く。基本的に面倒臭がり屋の自分はこんなことしない。記憶を失った後の自分もその事だけは理解していることを願って、春樹はそっと机を閉じた。
「さて、無賃労働に繰り出すか!」
何も解決してない。何も納得できてない。
―――だから、能天気な仮面を被ってヘラヘラと笑う。悟られたら全てが台無しになる。知られたら苦労が水の泡になる。いつも通りの自分を装え。1つで足りないなら、何重にも仮面を被れ。
着替えながらチラリと鏡を見て安心する。
―――なんだ...こんな気持ちでもいつも通り、ちゃんと笑えてるじゃないか。
"
子供会のレクリエーション、それが今日の勇者部の活動内容だ。勿論今回も無賃だ。
休日ということもあり、殆ど人の居ない校舎を淡々と歩いて部室を目指す。割と早めに家を出たつもりなので、もしかしたら1番最初に着くかもしれない。
「うぃーっす、春樹入りマウス」
先輩が聞いたら怒るであろう、適当な挨拶。
部室に入る前の挨拶は既に癖となって染み付いていた。主に赤髪のアホのせいで。この癖は人の有無では無く、勝手に言葉が口から出てくるのだ。言って損することなんて無いから今更やめる気も無いが。
部室内を見渡すと、1人だけぽつんと立っている少女を見つけた。
「おはよ、三好。来るの早いな」
「ん、完成型勇者だから当たり前よ。むしろあんた達が遅いんじゃないの?」
「へぇー、俺には三好が遠足の集合場所に早く来すぎた小学生に見えるぞ?そんなに楽しみだったのかよ。お可愛い奴め」
「そ、そんなわけないじゃない!!たまたま!偶然よ!!」
赤面させて否定する夏凛。話して確信したが、この少女は間違いなくツンデレだ。素直になれない面がまさに "ツンデレ" なのだ。それに、揚げ足を取ると毎回面白い反応をしてくれる。
早く来すぎたのでやることも無い。丁度部室に居る夏凛をイジって時間を潰すが―――
「...三好、誰も来ない」
「態々言わなくても見てわかってるわよ。どんだけ時間にルーズなのよ...」
「普段だったら15分前には集合してるんだけどなぁ...全員まとめてUFOにでも誘拐はされたか?」
「そんなわけないでしょ」
―――結局、時間が過ぎても勇者部員は来なかった。
これには流石に冗談を言っている場合では無い。UFOは無いとしても、事故等のトラブルに遭っている可能性は十分ある。
電話でも掛けようかと思い、携帯をポケットから取り出そうとしたら―――
―――purururu
春樹が携帯を取り出すよりも先に携帯から音が鳴った。それは電話の着信アラームであり、相手は友奈だった。直ぐに画面をタッチして電話に出る。
「もしもし?」
『あ、春樹くん!今何処にいるの?』
「何処って...部室だけど。むしろお前達は何処にいるんだよ?集合時間なんてとっくに過ぎてるぞ?」
『今日は現地集合だよ!?』
「......えっ、そうなの?」
初耳だった。一瞬で風の悪質な嫌がらせの可能性も浮かんだが、思い返せば普通にプリントに書いてた。寧ろ、自分がプリント作成を担当してのに忘れてた。
昨日までボーッとしていたのが原因だろう。そう考えると、途端にやる気が無くなった。
「......友奈、風先輩に伝言を頼んでも良いか?」
『うん、良いよ』
「ボランティア、久しぶりにサボる。ついでに三好も」
後ろから『なに勝手にサボらせてるのよ!?』と聞こえてきたが、どうでも良い。どうせ三好だし、と春樹は失礼極まりない思考をしていた。
「あと... "アレ" は夜に予定変更な」
『えっ、春樹くん!?また風先輩に怒られるよ!?』
「あー、あー、電波が〜」
『ちょっ!春樹く』
通話を切り、我ながら名演技だと自画自賛しながら携帯電話をマナーモードにした。風からお怒りのメッセージが多数届いているのも見て見ぬふりをする。後は近い未来の自分に任せよう。
「さて、にぼっしー。少しだけ時間貰うぞ?」
「...は?私は普通に帰るんだけど?」
「何のためにお前を巻き添えにしたと思ってるんだ?用事があるからに決まってるだろ」
心做しかしょんぼりとして帰ろうとしてる夏凛を引き止める。罪悪感はなくも無いが、この場に居合わせた彼女自身の運の悪さを恨んで欲しい。
最低な言い訳、通称『俺は悪くない』を無意味に発動させて言葉を紡ぐ。
「―――付き合ってくれ」
「...............は?」
夏凛が固まった。比喩ではなく、言葉のまま固まったのだ。数秒間の停止後、イジった時の比じゃないくらい顔を紅く染めて動き出した。
「じ、自分が何を言っているのか理解してるの!?わ、私達...出会ってから数日しか...!」
「いや、時間なんての関係ないだろ」
「で、でも...!」
「...特訓に付き合って欲しいんだけなんだけどなぁ...」
「...えっ」
―――夏凛は再度固まった。
浜辺で木刀を持った男女が向き合ってる。
「...なあ、何で機嫌悪いんだよ」
「う、うるさい!黙って構えなさい!!」
2本の木刀を此方に向ける夏凛。対するは1本の木刀を中段で構える春樹。
(木刀なんて初めて持つのに...やっぱり、予想通りだな...)
握り方や振り方が身についてる。記憶は無いのに体が勝手に覚えてるのだ。
木刀は思ったよりも軽かった。筋力自体は友奈や風以下なのだが、春樹が非力なのでは無い。2人の筋力がゴリラ過ぎるのだ。其れが春樹の言い訳だったのだが、実際はあながち間違ってない。
春樹は並の中学生男子よりは筋力がある。友奈と風が異常なだけだった。
「準備はいい?」
「...何時でも大丈夫だ。何事も経験あるのみだし」
その言葉が始まりの合図だった。
「ふっ!」
夏凛が右の木刀で突きを放ち、春樹は咄嗟に弾きながら数歩下がる。その動きが予想済みだったのだろうか、夏凛は右の木刀を引くと同時に左手の木刀で春樹の木刀を搗ち上げる。
「ぐっ...!だったら!!」
木刀と共に打ち上がった両腕。木刀を離さなかった自分に感心しながら次の手を打つ。胴ががら空きな現状では下がって体勢を立て直すのがセオリーなのだが―――
「はぁ!?」
逆に近づき、腹を目掛けて膝蹴りをお見舞するが、寸前で木刀の柄で防がれる。
「蹴りってありなの!?」
「俺達は剣道をしてるんじゃないぞ?蹴ったりするし、殴ったりもする。だから...三好も素人相手だからって手を抜くな」
「...へぇ、言ってくれるじゃない。そっちがその気なら...手加減するのも失礼ってやつね。―――怪我したって謝らないから!」
手加減をやめる、という言葉は本物だったらしい。先程とは大違いと言っても過言では無い速度で木刀が春樹に迫る。右から左にかけての一閃に続くように右手の木刀が脳天を目掛けて振り下ろされる。
夏凛の鋭い二撃を避け、脇腹へ向けて右脚を蹴り込む。しかしその蹴りは空を切った。
「2度も同じ手は喰らわないわよ!!」
「1回目も喰らってないだろ!」
体制を低くして足払いをするが、飛んで躱される。空中にいる間に木刀を打ち込んでも片方の木刀で受けられ、もう片方で反撃される。
「防ぐだけじゃ勝てないわよ!!」
「そんなこと知っとるわ!!」
ギリギリ保っていた均衡はいとも容易く崩れ、春樹は二刀流の夏凜の攻撃に対して反撃の手が追い付かなくなる。
攻めたいのに防戦一方だ。
(じゃあ―――)
―――考えて動くのをやめよう。
体が勝手に動いて夏凛の木刀を受け止め、打ち返し、逸らす。記憶が無くとも体に染み付いてしまった剣技。そんな勝手に動く体が今の冴宮春樹という人間に『気付かなければ良かった』と後悔してる現実を押し付けてくる。
「ぐっ...当たんない!!あんた、さっきまで手を抜いてたの?」
「いや、あれが
防戦一方なのは変わらないが、それは明確な『受け』の姿勢だった。強いられた防戦では無く、戦法として用いられた防戦。
(刀で防いで、攻撃は多種多様な黒刀の変形を使うって感じか?)
以前勇者だった頃は『受け』の剣技に特化してたらしい。全部防ぎ、予想の斜め上の攻撃方法で相手を翻弄して削る。それも1つの賢い戦法だ。
(まあ、こんな感じだな...)
両者共に攻めあぐねる。春樹は受けの構えを解かないし、夏凜はその『受け』を崩すほどの大技なんて持ち合わせていない。夏凜が得意なのは二刀流の手数で相手を圧倒して攻撃の隙を与えないこと。対して春樹の手段は受け続けてできた隙を攻めること。
「...三好、そろそろ終わろうか。このままだとキリが無い」
「...ええ、そうね」
「木刀返すよ。...俺も木刀買おうかな?特訓の度に三好から借りるのも悪いし」
「なんで木刀1つ無いのに特訓するだなんて言い出したのよ。まあ、やる気があるのは認めるけど」
木刀を夏凜に返し、タオルで汗を拭く。渇いた喉を潤す運動後の水はジュースとは別の意味で美味しかった。近くのコンビニで買った水なのだが。
「あんた、意外と強いのね」
「...三好、俺の名前は "アンタ" じゃないぞ?出会ってから今に至るまで、ずっと "アンタ" ってしか呼んでないだろ」
「...冴宮春樹?」
「なんでフルネームなんだよ...普通に春樹で良いから」
「...分かったわよ、春樹」
「おう、よろしくな。
その後、雑談したりランニングしたりで短くない時間を有効活用していると、夏凜の携帯電話が鳴った。
相手は風だった。何故夏凜の携帯電話にかと疑問に思ったが、自分の携帯電話をマナーモードにしていた事を思い出した。ついでに先輩からのお怒りメッセージも。
スピーカー機能で電話に出た。
言うまでもなく、我らが部長はブチ切れてた。
『さーて、サボり魔2人の言い訳を聞こうじゃないか。ほらほら、サボってなにしてたのよ。さっさと吐きなさい』
「夏凛と激しく
「なによ、春樹から誘ってきたんじゃない!手馴れてるくせに素人のフリして!!」
「その割には激しく攻めてきたクセに」
いつの間にか名前で呼び合い、心做しか仲良くなった2人を見て風は―――
『.........は?...えっ.........ええぇぇぇぇぇぇ!?』
―――電話越しに風の声が響き渡った。思春期の勘違いを無駄に添えて。
◆◆◆◆◆◆◆◆オマケ◆◆◆◆◆◆◆◆
〔春樹の精神年齢〕
・大体高校生くらい。前世の記憶は無いが、一般常識を持ったまま幼少期を迎えたため、同年代よりはほんの少しだけ上。尚、転生後は働いたり社会の厳しかを知ったり等の経験は大して無いので精神年齢は現年齢+α程度だ。寧ろ精神年齢が下がった可能性も無きにしも非ずだったりする。