帰宅した主人公、玄関の前に……。

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玄関前のこと

 学校からの帰り、いつも温かい我が家の前で私はそれを見た。

 なんと、暖かいはずの玄関前に巨大雪だるまがそびえ立っていたのだ。

 それはもう、玄関の戸など超えて、「ゴゴゴゴゴッ」と威圧感溢れる効果音と文字が周囲を漂う錯覚をする程である。

 効果音で既に表札は隠れた。

 

 それが玄関前にあるのだ。

 いったいどこの誰がこれを築いたというのか、まさか両親ということはあるまい、彼らは今朝から出かけているし、帰宅は夕飯前だ。

 

 どんな巨匠がこのような代物を作り上げたのかわからないが、なによりこのままでは我が家に入ることができないのだ。

 はて、この作品の作者殿は私に何をしろというのだろう。

 

「…………壊すか」

 

 傑作を崩すのは忍びないが、致し方あるまい。

 

 巨大雪だるまは、あまりに大きくサイズの合った眼球が見つからなかったのか、代わりに掘られた眼窩がこちらに訴えてくるようだ。

 

 そう、うるうると潤った瞳の水分全て凍らせた、無い瞳で見られても壊さなければ入れない。

 君にはなんの罪もないが消えてもらおう、恨むなら君をえっちらおっちらと雪をかき集めて形成した創造主を恨むといい。

 

「ごめんねぇ……」

 

 何となく、謝りながら雪だるまを蹴った。

 

「せいっ……や、痛っ……───ッ」

 

 雪だるまは依然として玄関前に佇んでいる。

 さすが大質量は違う、敵対者にカウンターを仕掛けてくるとは……。

 

 私は雪だるまに打ち付けて痛めた足を抱えて戦慄する。

 

「こいつ……強いっ」

 

 とはいっても削って崩せば問題はない。

 くっくっく……雪だるまの分際で私に傷をつけた罰を与えてやろう。

 貴様はこれより全身を少しずつ削がれて削れていくのだ……。

 

 そうやって手袋を着けていない手で雪に触れる。

 驚く程に冷たい、痛い。

 

「まさかこいつ、抵抗しているのか!」

 

 私は即断念した。

 

 そして私は手に手を乗せて柔和な笑みを浮かべ謙って雪だるま様に媚びた。

 

「へ、へぇ……雪だるまの兄貴、そこをどいていただけませんでしょうか……ああ、あの、いえいえ、決して兄貴が邪魔とかそんなもんではございやせん……しかしちと、寒くて……あっ兄貴も家に来ますかい? 溶けるようにだらける程、暖かいッスよ……」

 

 雪だるま兄貴は沈黙を貫いている。

 どうやら姉貴ではなく兄貴であっているようだし、暖かくて文字通り溶ける家の中に誘われたとしても怒らないらしい。

 兄貴の心は広かった。

 私は感動して泣いた。

 反省して喚いた。

 私はなんて器が狭いんだ。

 

「あっ兄貴……私は誤解してやした! 雪だるま分際で反撃してきやがってとか、雪だるまの癖に人間様を凍死させる気かとか……ひでぇことしか考えねぇ舎弟に黙ることで反省する機会を与えていたんっスね……すいやせんっした。わたしゃ……私はこんなクソみてぇな舎弟ですがお傍にいさせて貰ってもいいでしょうか……っ!」

 

 すると、ほろり、ほろりと私の涙がこぼれると共に兄貴の(にく)も崩れていく。

 まさかっ……私は兄貴が何をしようとしているのか察してしまった。

 

「兄貴ィ……っ!! いいんです、私なんかが家に入れないからって兄貴が死ぬ必要なんてないんっス! 考え直してくださいっ……兄貴!」

 

 だが、ごとっと兄貴の可愛らしく大きな頭が落ちる。

 私はもう見ていられなかった。

 兄貴がこんな舎弟のために滅んでいく様なんて見ることが出来なかった。

 

 しゃがみこんで嗚咽を漏らす私は、いつの間にか雪の落ちる音が止んでいることに気付いた。

 気付いてしまった。

 

 私は見たくなかった。

 兄貴が死んでしまったなんて現実直視したくなかった。

 だが、私は見なければならない。

 死んでいった兄貴の心を無意味にしないためにも。

 

 私はゆっくりと顔を上げる。

 閉じていた瞳に入ってくる陽の光がやけに眩い。

 

 しかし、少しづつ視界が慣れてきて、鮮明になった私の視界に映ったのは……。

 

「…………地蔵?」

 

 なんと、兄貴はお地蔵様であらせられらか。

 兄貴は雪だるまの姿を借りてきっと人間道を見に…………。

 

「あっ」

 

 地蔵兄貴の脳天が割れた。

 

 唐突な事だった。

 突然、バキバキっとヒビが走って縦に避けていく。

 私はそれを呆けて見ていることしか出来なかった。

 

 脳天から地に至るまで完全に割れた兄貴が倒れていく。

 

「兄貴っ!!」

 

 思わずそう声をあげた私が見たものは。

 否、兄貴から出てきた者は……美少女であった。

 

 なんてことだ、兄貴は実は雪だるまでも地蔵でもなく人間でしかも姉貴だったのか!? 

 

 驚いて固まる私をよそに、美少女は傷一つ纏わぬ肢体を空気に晒して頭を下げた。

 

「貴方が子供の頃、作ってもらった雪だるまです。あの時の御恩、お地蔵様と一緒に返しに来ました」

 

「まっ」

 

「…………? ………………ま?」

 

「マトリョシカ姉貴ィ!!」

 

「えっ……あね……ま、まとりょしか……?」

 

 私は姉貴が生きていたことに喜んで抱きついた。

 非礼なことだとはわかっている。

 だが、まさか姉貴がマトリョシカだとは思わなかった。

 なぜ私は気付かなかったのか、雪だるまから出てきた地蔵菩薩から出てきた美少女姉貴がマトリョシカじゃないわけがないだろう。

 

「ああ、これまでの数々の無礼、お許しください姉貴……マトリョシカだって舎弟なら察して当然なことをっ!!」

 

「ちょ、ま、だから私は雪だるまで……」

 

「ささ、姉貴、家にお上がりください、このままでは姉貴のお綺麗な肌を見ず知らずの人に見られてしまいます。こんなに冷えてしまわれて……おいたわしや、すぐに温かいお茶をご用意致します……」

 

「あっ引っ張らないで、自分で歩けるから、待って、ねぇ、聞こえる!?」

 

 

 

 

 

 学校からの帰り、いつも安心感で迎えてくれる我が家の前で私はそれを見た。

 ゴキブリだ。

 それも巨大な、某火星をテラフォーミングする漫画で出てきそうな人間型ゴキブリだ。

 安心感もなにもあったものではない、あるのは恐怖と絶望感である。

 

 なんてことだ、両親に受け入れられたマトリョシカ姉貴が待つ我が家まであと数歩だと言うのに、私の冒険はこことで終わってしまうのか。

 

 勇者よ、死んでしまうとは情けない、と煽られてしまうのか。

 そんなこと、あってはいけない。

 私は私を許してくださいった姉貴のためにも生きねばならないのだ。

 

 覚悟を決めた私は拳を構える。

 シッ、シッと繰り出す、明日のために打つべし打つべしっと私は殴り掛かる。

 

「……んっ……みゃぅ……っ!」

 

 私は右ストレートとジャブを繰り出すのをやめた。

 ゴキブリが可愛らしい声で嬌声をあげた幻覚が聞こえたからだ。

 私は疲れているのだろうか、まさかゴキブリから殴られて快楽を覚えるような声を聞くとは。

 

「……んへ、えへへ」

 

 ゴキブリは一切、口を動かしていない。

 

 どうしたものか、そう思いながらとりあえずゴキブリを蹴倒してみた。

 

「んっ、んん───ッ!!」

 

 大丈夫かこいつ、と私は本気で心配した。

 いや、もしや、最近のゴキブリはダメージを負うと快感を覚えるのだろうか。

 ああ、今はまさに正解の真理に気付いた魔術師のような気分だ。

 こんな素晴らしい発見があろうか。

 

「……ありがとう」

 

 私は発見の発端となった人型巨大ゴキブリに一礼する。

 よもや、ゴキブリに敬意を払う日が来ようとは。

 昨日の姉貴の出来事といい、この頃凄く素晴らしい毎日を送っている。

 

 そんなことを考えているとゴキブリの頭が裂けていく。

 

 おや、このような現象、昨日も見たことがあるような気もする。

 

 私の予想のとおり、ゴキブリの肉体を引き裂き腸で恥部を隠した美少女がでてきた。

 

「うへ、えへへ……最近貴方様に殺して頂いたゴキブリの幽霊の集合体です……また、叩き潰してくださいっ!!」

 

「マトリョシカ姉貴の親戚……!?」

 

「……無視されたぁ……えへへ」

 

 ゴキブリの正体がまさかマトリョシカ姉貴の親戚だとは。

 ゴキブリから美少女が現れたのだ。

 連日の雪で一面の白もゴキブリの臓腑で穢れているがそのようなこと関係ない、マトリョシカ姉貴の親戚の方なのだ。

 丁重におもてなしせねば。

 

 

 

 

 

 家の炬燵で温まるマトリョシカ姉貴とゴキブリ姉貴を見て思う。

 

「我がお母さん、よくぞ私が裸の美少女など二人も連れ込んできて受け入れたね…………なぜ?」

 

「何って……貴方、覚えてないの? 十五年前、貴方も恩返しって玄関の前で壺の中から割れて出てきたんじゃない」

 

 ………………………………。

 

 いや、いやいやいや。

 

「待って、まってくださいお母さん、えっと……誰が、いつ、どこで、何から出てきたって?」

 

「聞いてなかったの? 貴方が、十五年前、玄関前で、壺を割って出てきた……よ?」

 

「それじゃ、私が人の子じゃないってことに……」

 

「そうよ?」

 

「……冗談?」

 

「ほんとよ?」

 

 クスリと微笑みながらお夕餉を作るお母さんをただ眺めて、私はフリーズした。




割れたまま放置されるお地蔵様

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