ヘルシングのアンデルセン神父と乙骨君が出会った。
アンデルセン神父の台詞は若本節に脳内変換をお願い致します。
※年代が違いますが、ご都合主義ということで…
乙骨は夜蛾からこの海外任務を引き受けた時から嫌な予感がしていた。あの夜蛾がもしもの時があれば改宗してもいいから命を守ることを考えろと言っていたためだ。命を守るについてはいつもと変わらないことではあったが、改宗の言葉が出ると首を傾げるしかなかった。
乙骨はその呪術師としては珍しいそこまで尖っていない性格のためか、またその特級呪術師としての能力のためか海外任務が時折ある。しかし今回は今までと様子が異なり、夜蛾は今回の任務に乙骨を行かることに迷いがあるようであった。
イタリアのローマ郊外にあるフィウミチーノ空港に降り立つと、エコノミー席よりましなビジネス席を用意されたとはいえ、13時間もシートに押し込められていた体は堅く、背伸びをすると音を立てた。大きく吸い込んだ空気はやはり日本のものどこか異なる。耳に入るアナウンスの言葉が海外にいることを認識させる。呪術師特権で機内に荷物や呪具を持って入れたことは幸いで、荷物受取所でベルトコンベアを眺め、ひたすら待つという時間を考慮しなくてもいいことは気に入っていた。
英語はまだペラペラとまではいかないが、なんとか聞き取れ、自身の意思表示ができるまでには成長していた。
迎えの車を手配してくれているとのことであったので、のんびりとその車を待っていた。
目の前を子供たちが
「やめなさい、お友達を叩いてはいけません。
いいですか?暴力を振るって良い相手は
「「はーい」」
諭すように言う男性の言葉に乙骨は疑問符をつけた「異教徒」という言葉が訳せなかったわけではなかった。日常ではあまり使われない言葉ではある。その叱り方がここでの当たり前なのだろうか。そんなことを乙骨が考えているうちに目の前の一団はどこかに行ってしまった。
迎えの車には今回の任務のサポートをしてくれる補助監督兼運転手の人がいた。日本に住んでいたこともあるようで、乙骨に合わせて日本語を話してくれる。
「すみません、Mr.乙骨。一件この近くで至急対応していただきたい案件があるんです」
長旅で疲れただろう乙骨にしきりに申し訳なさそうに言う。乙骨は微笑んで了承した。
乙骨は宛がわれたホテルの一室のベッドの上で、昨日対峙した呪霊について考えていた。呪霊自体は怪我ひとつ負うことなく祓った。
これはいつも思っていることではあるが、所変われば品変わるといったところだろうか、やはり日本の呪霊と海外の呪霊では少しばかり様子が違う。そこに住む人間の気質が顕著に現れる。
簡単に言うなら日本が呪怨やらリングやらのじわじわ系の要素を含む恐怖なら、アメリカは13日の金曜日のジェイソン系だ。以前の任務でチャッキー人形が包丁を振り上げ顔面目掛けて飛んできた時には恐怖を通り越してどこか感動していた。
補助監督からもらっていたこれから向かう任務についての資料を読み込んでいた。有難いことに資料も日本語に訳してくれている。
まとめると郊外の小さな町で異変があり、様子を見に行った人間も次々に姿を消したという事件でだ。海外にも呪術師はいる。しかし特級となると日本でも片手に満たない数しかいないように世界全体でも少ない。
その特級呪術師も曲者しかおらず、その中でも人当たりも良く、他の年長者よりも人格が優れている乙骨は重宝されていた。
到着した村は鬱蒼としていた。村を囲むように広がる森がどことなくひんやりとした風を運んだ。村の入り口の轍の泥濘に村の子どもの持ち物だったであろう人形が中の綿を晒して転がっている。
乙骨は慎重に足を進める。気配で呪霊がいる場所は粗方わかっていた。教会だ。至る所に修復の後が見受けられ、きっと村の人々に大切にされてきたのだとわかる。教会の傍の掲示板には随分前の日付で何か集会を行う予定であったのか、かわいらしいイラストが描かれた紙が風にはためいていた。
覚悟を決めて扉を開いた。
教会の中は暗く、ベンチがいくつも並べられている。少し荒れている様子からここで何かが起こったことがわかった。
刀をいつでも抜けるように警戒しながら一歩ずつ進む。
カトリックの教会のようで聖母マリア像が静かに微笑んでいる。
その笑みが歪む。乙骨が像に向かって刀を抜いた。像は原型から遠く離れ、体は蛇のように鱗を持ち、美しい微笑みを抱いていた顔が目を赤く染め、頭には山羊の角が生えた。
典型的な悪魔だ。
海外の任務では信仰しているものの影響なのか、呪霊の能力はさておき、姿形は「悪魔」と聞いて連想するものに近しい形をしていることが多い。
呪霊が乙骨に向かって口から何かをはき出す。
ベンチに滑り込み交わした。釘だ。10㎝程の釘がベンチに何本も刺さる。刺さった箇所から音を立て凍る。
耐久性が低いベンチの影から柱に移った。
釘の雨は止まない。
柱も削られている。
乙骨は柱の反対側から予備の小刀を呪霊の顔に投げる。当たった。
呪霊の絶叫が一面に響く。呪霊は両手で顔を覆った。
ベンチを踏み台にして走る。首を落とせる距離まで近づいた。
罠だ。
呪霊は顔を上げ、乙骨に釘を放つ。
咄嗟に左手で庇った。
掌を何本か貫き手が凍る。
しかしそのまま一気に呪霊の首を落とした。
手から釘を抜く。反転術式で穴を塞ぎ、凍傷を治療した。
一息付き、もう帰ろうと入口に足を向けた。入口に誰か立っている。逆光になっており、何者なのか見ることはできない。
突然、乙骨の顔すれすれに剣が数本飛んできた。乙骨の頬に赤い筋が付く。その剣は乙骨が切り捨てた呪霊の頭と体を貫いた。呪霊は最後の足掻きとして乙骨に一矢報いようとしていたようだった。
「…あの、ありがとうございました」
「子どもがこんなところで何をしている」
「えっと、日本の呪術界から派遣されまして任務でここに…」
「呪術界だと!!
―――ここは神聖なるカトリック教会である!貴様ら異教徒どもが踏み入るべからず!
我らは神の代理人。神罰の地上代行者。我らが使命は、我が神に逆らう愚者を、その肉の最後の一片までも絶滅すること。
乙骨が呪術界から派遣されたと知るや否や男は激昂し、叫ぶと乙骨に剣を投げた。それを避け、先ほど同様に柱に隠れる。先ほどの呪霊など比べものにならないほどの攻撃に、乙骨は窓からの脱出を試みる。
乙骨の考えなど疾うに読めていた男は聖書を破り壁や窓に飛ばすと御符のように一面に張り付いた。
結界だ。既に窓目掛けて走り出していた乙骨は脱出を諦め、張られた結界と自身の間に呪力を纏わせ緩衝剤のようにすると足場にし、男目掛けて切りかかった。
男はそれににやりと笑みを深くする。乙骨の刀を銃剣で受け止めた。数度切り結び、仄暗い空間に火花が散る。
乙骨は体格はそこまでいいわけではない、標準体型といってもいいだろう。対して男は体格がいい。
呪力を込めて切りかかったにも関わらずびくともしていない。乙骨が底なしの呪力を刀や拳に纏わせ戦っているにも関わらずだ。
どのようにするか考えあぐねていると男に胸倉を掴まれる。
頭突きだ。まともに食らってしまい脳が揺れる。
その隙に蹴り飛ばされた。
ベンチを巻き込み乙骨は床に転がった。男は呪力を使っていない。
男の追撃が乙骨を襲う。体勢を立て直し、男と距離を取る。鼻から血が滴っている。
乙骨の息は荒い。肩で息をする。
乙骨は呪霊に刺さっていた男の剣を掴み投げるが難なく切り捨てられた。
男の動きが止まる。男の腕と肩に釘が刺さっている。
乙骨が呪霊がベンチに飛ばした釘を、先程転がった際に拾い、呪力を限界まで込めて投擲したのだ。
男は乙骨の思わぬ攻撃に歯を見せて嗤った。男が自身に刺さった釘を抜いた。
電子音が空間に響く。乙骨のものではない。音は男の方から鳴っている。
男は懐に手を遣り携帯電話を取り出した。一言二言話したかと思うと、入口の方に足を向けて歩いて行く。
何か言うでもなく一人残された乙骨は刀を構えたまま呆然とした。
高専と同様に各国にも呪術師が育成され、また卒業後も呪術師が集まる場所はある。そこで明くる日、乙骨は任務の報告書を出していた。アジア人ということで視線が集まるのは多々ある事ではあるが、今回はどこか好奇の目が混じっている。
「なぁお前、あのアンデルセン神父と殺しやり合ったってマジかよ」
そう話しかけてきたのは人懐っこそうな栗色の髪をした少年だ。以前もここに来た際に話しかけてきた、所謂顔なじみであった。
「アンデルセン神父?」
「知らずに戦ったのかよ?!ガチの化け物だぜ「
「そんなにすごい人だったんだ…」
「うちの職員ども、お前の任務先にアンデルセン神父が行ったってこと聞いて、日本の呪術界に出す詫び状を真っ先に認したためてたぜ」
「詫び状?」
「日本の大切な特級呪術師を死なせてしまってすみませんってな!」
「確かにすごく強い人だったけど」
「俺らも話聞いて確実に死んだと思ったぜ。まあ生きててよかったな」
そんなことを話していると職員から呼ばれ会議室に案内された。
会議室にいたのはこの場所での長おさ、高専でいうところの夜蛾学長のような存在である。
「今回の件はすまなかった。…イスカリオテと任務がバッティングしないようにしていたはずなんだが」
「イスカリオテ?」
「あぁ、ヴァチカンが秘密裏に保有する武力組織のことだ。正式名称は「ヴァチカン法王庁特務局第13課」という」
「ヴァチカン…」
「あの組織はカトリック教圏内で発生する異形の討伐と怪異の鎮圧をしている。乙骨、君が戦ったのはその中でも最強と言われる男だ」
「最強」
乙骨は自称日本の最強を思い出した。2人で戦わせたらどちらが強いだろうか。
「元々呪術界が当たるはずの案件だった。しかしあの村の怪異についてアンデルセン神父が耳にしたようだ。今回の呪霊は教会に、しかも運悪いことにカトリック教会に巣食っていただろう?それで神父は飛んできたというわけさ」
「はぁ…」
その関係性と執着心は乙骨にはあまり理解ができなかった。宗教の対立は往々にしてあるが、乙骨としては島国で自身の実家の宗派すらあまり興味がない。仕事上少し詳しくはなってきたがそれがなければ今でもカトリックとプロテスタントの違いすら知らなかっただろう。
「アンデルセン神父が君と同じ場所に向かった時点で、イスカリオテに抗議の連絡をしておいてよかったよ」
「あの電話がなければ、もっと大変だったとは思います。でも不思議なことを言っていました。「異教徒」がどうとか…」
「あぁ、イスカリオテはそう奴らが揃ってる。狂った連中だ」
そういうと次の予定があるのか、会議室から出て行った。どうやら乙骨の様子を確認する意もあったようだ。
海外任務の場合、これでもかと予定を詰められる。旅費やら時間やらを考えると当たり前ではあるが、こうも忙しいと気が滅入る。食べ物も不味くはないが味噌汁の味が恋しかった。
空き時間に街中を歩く。初めての海外任務ではお上りさん丸出しであったためか掏られかけたり、カモられたりと散々だった。今では慣れたものだ。
広場では市が開かれており、賑やかだ。野菜や果物、パニーニや定番のジェラートまで売られている。どの国もご婦人はエネルギッシュで、ひ弱そうな乙骨は試食やらなにやら押し付けられる。大阪でいうところの飴をくれるおばちゃんだろうか。
仕方なしに道の端に寄り、押し付けられたものを整理し、その場で食べられるものは消費した。不意に横から啜り泣く声がした。目線を遣ると小学校低学年の程の男の子が一人で泣いている。まだ周りはそのことに気が付いていない。お人好しな乙骨は見過ごせずに声を掛けた。
「君、一緒にきた人は?」
乙骨の言葉で余計に不安になったのかさらに泣き出す。慌てて数m離れたところにあったジェラート屋で2人分買い求め、男の子に渡した。
乙骨に差し出さされたジェラートに気持ちが傾いたのか、泣き止んだ。
2人そろって近くのベンチに腰掛けて食べる。その間に保護者について質問した。
男の子が言うには神父様と他の子どもたちと一緒に来たらしい。市の商品に目を奪われていたところ皆いなくなったと言った。
迷子センターのようなものがあるかジェラート屋の店員に聞いたが、そんなものないらしい。保護者とともに来たのであれば、うろうろ探すよりも、一か所に留まっておいて向こうに見つけてもらった方が得策だろう。幸いにも今いるところは広場でよく見渡せる場所だった。
「ミハイル!こんなところにいた!」
「っ!神父さま!」
「よかった、無事にみつかって!」
乙骨は固まった。その神父に見覚えがあった。あの教会で戦った男だ。あの時とは雰囲気が打って変わっているが間違いなかった。
「保護していただいてありがとうございま…」
向こうも気が付いたようだった。
微妙な空気が流れた。
「神父さま!ぼくジェラートもらったんだよ!」
喜んでそういう子どもは乙骨にとって救世主だった。
「それはそれは……おい異教徒め、そんなもので子供を誑かすとは許しがたい」
男は乙骨に顔を近づけ、男の子に聞こえないように言う。
「いや、困っているように見えたので…」
そうまごつきながら弁解する乙骨に男は鋭い視線を向けた。
男は子どもにあの姿を見せる気はないのか、子どもの手を引いて帰って行った。
乙骨はこの再会以降、欧州任務の度に男と顔を合わせることになるとは思いもしなかった。
ヨーロッパの呪術界からあのアンデルセン神父と対峙して生還できるなんてMr.乙骨は化け物だと陰で言われていることを知る由よしもなかった。