白海染まれ   作:ねをんゆう

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10.怪物祭3

リヴェリア・リヨス・アールヴ。

エルフの王族の出であり、ロキファミリアの副団長、加えて自身もレベル6の冒険者であり、9種の魔法を使いこなすオラリオ最強の魔法使いとも言われている。

 

しかしその反面、彼女はファミリアの中では苦労人としても有名であった。

日頃からファミリア内での多くの仕事を抱えており、ロキから直接仕事を振られることが多い立場にもあり、その知識と経験から新人の研修に率先して立ち会わされ、更にアイズを筆頭にした問題児達の世話にも手を焼かされている。

頭痛と肩凝りに悩まされる日々が続き、遠征終わりの最近は寝不足すらも抱えていた。

 

そんな折に彼女達の元へと現れた新人の団員『ユキ・アイゼンハート』。

アイズに負けず劣らずの容姿を持ちながら実力も折り紙付き、加えて特に荒事を起こすような問題児でもない。

そんな一見常識的で穏やかな彼女を見て一旦は胸を下ろしたリヴェリアだったが、彼女自体に問題はなくとも、彼女の抱えている事情が尽く大問題であった。

 

まず彼女彼女と言っているが、そもそも性別が男だという。

未だに信じられないが、ユキ自身がそう自称していることもあり、恐らくはそれは事実なのだろうと認識している。

加えて以前の主神は過去に起きたあの事件以来行方知れずだった女神アストレアであり、そのアストレアから受けた神の恩恵が一部変質してしまっているという異常な状態ともなっていた。

その上、前代未聞の成長を促進するスキル持ち。外の世界でLv.2からLv.3への最速上げを成し遂げた実績まである。

 

少し思い出すだけでもこんなにもある内の一つ一つがリヴェリアの頭を痛ませる事情であり、当初はもう全部投げ捨ててしまいたいとも思ったりもした。

 

……しかし、彼女がファミリアに入ってから1週間ほど経つと、その印象は次第に変わっていった。

まず、彼女への新人教育はこれまでに無いほどにスムーズに行われた。

リヴェリアすらも教えている楽しみを見出せるほどにユキ・アイゼンハートは理解が早く、かつ努力家で、これまでの誰よりも自身の長時間にわたる講義を大切にしてくれた。

ベートやティオナを筆頭に受講者に面倒臭げな顔をされたまま講義を行なっていたリヴェリアにとって、これはとても嬉しいことだった。

 

次に、ユキ自身の素行についても、そもそも問題を起こす性格ではない上に、その日に起きた事を嘘偽ることなく詳細に報告してくれるため、リヴェリアはむしろ安心して聞いていられた。

……一度だけアイズに誑かされて予定階層よりも深く潜ったこともあったのだが、安全性をしっかり考慮していたこともあってデコピンひとつで済ませた。

それでも少しも誤魔化すことなく報告したユキには好感を得た。

 

最後に、彼女は新たな環境で困惑もあるだろうに、自分以外の事柄に良く目を向ける人間だということが分かった。

リヴェリアは暫くしてから気が付いたのだが、彼女がこのファミリアに来てからファミリア内での揉め事が極端に減少していた。

加えて散らかっていることの多かった共有スペースが綺麗になっていることがあり、他にも普段から頼んでいる訳でも無いのに勝手にやっていた門番の役割を希望する者が増えたりと様々な変化が起きていた。

 

リヴェリア自身、夜遅くまで仕事をしている最中に彼女が軽食を差し入れてくれた経験があったため、原因が彼女であることは直ぐに分かった。

そして以前から気になっていた彼女の1日の行動を追ってみると、リヴェリアは更に驚愕することとなった。

 

揉め事の仲裁や共有スペースの清掃、夜中まで仕事をしている者への差し入れ。

それだけでは飽き足らず、暇をしているロキの話し相手や、共有武器の手入れをするガレスの手伝い、鍛錬のメニューをフィンと共に作成していたりと、彼はリヴェリアの知らない所でも様々な貢献をしていたのだ。

 

団員達の間で付いていたあだ名は『お姉さん』。

どんな馬鹿げたお願いも「ふふ、仕方ないですね」と笑って受け入れ、悪い事をしている所を見つかれば腰に手を当て「もう、ダメじゃないですか」と膨れっ面をして優しく注意してくれる。

『姉がいたならこんな姉がいい』という総意によって団員達に付けられた名前だった。

本人は男だというのに。

 

そしてそんな彼は最近はというと、特にリヴェリアの仕事を集中的に手伝ってくれており、それが純粋な心配心から来ているということをリヴェリアは知った。

異性から下心によって手伝いを申し込まれた経験は、当然リヴェリアにだってある。

だがユキからは性意識や性欲というものが限りなく薄くなっていると、アストレアからの手紙にも書かれていた。ユキもその理由までは言わなかったが、それが真実であるということを言葉にした。

そんなことから、彼が純粋な本心から自分のことを慕ってくれているのだと本当の意味で確信できた。

人として慕ってくれているユキをとても好ましく思った。

 

……さて、そんな彼女から『一緒に出かけたい』と言われてしまえば、それが本当に一緒に出掛けたいだけなのだと当然分かる。

例えそうでなくとも、そんな風に誘ってくれる者の少なかったリヴェリアにとってその言葉はそれなりに嬉しいもの。

 

日に日にリヴェリアからのユキに対する信頼は強くなり、いつの間にか肩を揉むことを許すほどに気を許してしまっていた。

このほんの僅かな時間の中で、リヴェリアは心の底から彼のことを信頼できるようになっていたのだ。

 

 

 

 

その日、リヴェリアは他の団員から見ても明確な程に珍しく機嫌が良かった。

その原因は間違いなく彼女が最近お気に入りの新人団員であり、その彼女との間に結ばれた約束であることも明確であった。

 

「あら、リヴェリア様も怪物祭に行くのですか?珍しいですね」

 

「ん?……まあ、少々強引にだが一緒に回る約束を取り付けられてしまったのでな。あまり人混みは好きではないのだが、今日ばかりは仕方あるまい」

 

「ふふ、そうは言っても何だか嬉しそうに見えるのは私の気のせいでしょうか?肌の艶もいつもより良さそうですし」

 

「……っ、馬鹿を言うな、いつも通りだ。帰りは陽が沈む頃になるだろうから留守番は頼んだぞ」

 

「ええ、分かりました。楽しんできて下さいな」

 

そんな会話を交わしてホームを出た彼女だが、言葉に反してやはりその口角は下げられていない。

そもそもそんな表情を見なくとも、服装がいつものものより色味の強いものに変わっている時点で分かる人には分かるのだが、それをわざわざ口に出す様な野暮な真似は誰もしなかった。

リヴェリアがユキを先に行かせたのは、仕事云々よりも、自分が着替える時間を確保するためであったのだ。

 

そうしていつもより上機嫌なリヴェリアが屋台や人混みに釣られる事なく一直線に怪物祭の会場に辿り着くと、そこには何故か合流の約束をしていたユキの姿がない。

ユキがそう簡単に約束を破る人間ではないことは知っているし、そこは疑ってはいない。

だからこそ、リヴェリアは会場に漂う異様な雰囲気に嫌な予感を覚えた。

 

「……っ、アイズ!何があった!」

 

彼女を探すために会場の外へと走り出た所で、偶然にも屋根伝いに走っているアイズを見つけたリヴェリアは、声を大きくして彼女に呼びかけた。

人前では声を荒げることの少ないそんな彼女の姿を見て一瞬驚いたアイズだったが、直ぐに屋根を降りて駆け寄ってくる。

どうやらリヴェリアがここに居るという事にすら驚いている様だ。

 

「リヴェリア、ほんとに来たんだ」

 

「まあな。それよりも何が起きた?お前がそんな姿になるなど、余程のことでも無い限り有り得ないだろう」

 

「……街中にモンスターが逃げたって。その中に植物型の強いのが居た」

 

「お前をそこまでにするほどのモンスターが?そんなものいくらガネーシャファミリアでも……いや、今はいいか。それよりも、ユキを見なかったか?見当たらないんだが」

 

「ユキ……?ユキも来てるの?」

 

「ああ、合流する予定だったんだが会場には居なくてな。探しているんだ」

 

「むう、私が誘った時は来なかった癖に」

 

ぷうと頬を膨らませるアイズ。

過去に誘った際に『人混みは苦手』と断られたことを未だに根に持っていたらしい。

しかし今は優先度が違うため、その話を一旦保留する程度にはアイズも冷静であった。

もちろん、一旦であり、後で追及するのは間違いない。

 

「えっと、あっちの方で同じ植物型のモンスターを見たって人が居たから、もしかしたらそこに居るのかも。私はそこに行くつもり」

 

「……確かに、あいつの性格から言って可能性は高いな。アイズ、私も付いて行っていいな?」

 

「うん、援護はお願い」

 

もしこの判断が一瞬でも遅れていれば、未来はまた違った形になっていたかもしれない。

 

 

 

会場から少し外れた裏通り。

屋台こそ並んでいるものの、恐らくそれこそ客気を期待できないようなそんな場所。

そこで彼女は戦っていた。

 

見たこともないような人型のモンスターを相手に、眩いばかりの光を纏い、超高速の異様な軌道で接近すると、オラリオ最速にも見劣らない程の速度でその首を刈り取る。

レベル6のリヴェリアが目で追うのも困難なそれに2人は驚愕の表情を浮かべるが、次の瞬間、身に纏う光を失い力尽きたように無防備に地へと落ちた彼女の姿を見て、2人の表情は一気に焦りへと変わった。

 

「不味い……!」

 

口周りが真っ赤になるほどの量の血を吐き出し、元の形が分からないほどにズタズタに引き裂かれた服が一度に赤く染まるほどに全身を痛み付けられ、理由は分からないが身体の表面部分に皮膚が消失している様な箇所がいくつも見受けられる。

そんな満身創痍のユキに対しても周囲のモンスター達は容赦することもなく攻撃を加えようとし、フラフラと立ち上がるユキはそれを強引に逸らして、また吐血する。

3体もの植物型モンスターは消滅させられた人型の恨みを晴らすが如く、そんな虫の息になった相手にさえも凄まじい勢いで襲い掛かっていた。

 

「ユキ!!……アイズ!ユキを頼む!」

 

「分かってる……!目覚めよ『テンペスト』! 」

 

風の付与魔法を使用して突っ込むアイズ、同時にリヴェリアは乱れる心を押さえつけながら詠唱を始める。

襲いかかるモンスターを吹き飛ばして、意識を失い身体を倒したユキをアイズは確保した。

触れるだけでも大量の血液が付着し、その状態がどれだけ悪いのかよく見なくても分かってしまう。

だが、いくらアイズでも怪我人1人を抱えたままこれを倒す事は難しい。

とにかくリヴェリアの詠唱時間を稼ごうとそのまま空を飛び回りながら……直後、ギョッとその目を見開いてアイズは一瞬でその場を撤退した。

 

その理由はあまりにも多い敵の数などではなく……

 

「終末の前触れよ、白き雪よ!黄昏を前に風を巻け!閉ざされる光、凍てつく大地!吹雪け、三度の厳冬――我が名はアールヴ!」

 

隠し切れていない怒りの表情で超高速詠唱を行うリヴェリアのせいだった。

本来ならば詠唱中や詠唱前に魔力を溜めるほど威力を増すというのが魔法なのだが、それがリヴェリアほどの使い手となれば確かに瞬間的な高速詠唱でもこの程度のモンスターを焼き払うには十分な威力となる。

しかしだからと言って、アイズすらも今まで聞いたこともないほどのこの高速詠唱には、確実に彼女の感情が強く乗っていた。

 

「ウィン・フィンブルヴェトル!!」

 

一瞬にして吹き荒れる極寒の風。

極小範囲に空気すら凍り付かせる様な雪波が襲い掛かり、一瞬にして3体のモンスターを含めた触手群を氷像へと変えた。

高速詠唱によって威力の弱まった魔法を、範囲を狭めることによって元の威力へと補正する魔法の調整。

その範囲の狭まった魔法をどのように発動すれば複数体の標的を一度に葬る事が出来るのかという位置調整と空間把握。

これを高速詠唱の片手間に行えるからこそがリヴェリア・リヨス・アールヴがオラリオ最強の魔法使いである所以であり、エルフの民が彼女を敬い過ぎる原因でもあった。

こんな事をされてしまえば、普通の魔法使いは立つ術がないというものだ。

その魔法の熟練度はあまりにも異常過ぎる。

 

「アイズ!ユキの様子はどうだ!?」

 

「……だめ。リヴェリア、エリクサーない?内臓もやられてる」

 

「っ、今はエリクサーどころかポーションすら持っていない……!」

 

そもそもダンジョン外でモンスターとの戦闘が行われる事自体が異例なのだ。

外出時に常時武器を携帯しているアイズ等の人種が異常なだけであり、そうであってもポーションなどの回復薬を持っている人間など相当の心配性でも無い限り有り得ない。

エリクサーなど以ての外である。

 

「アイズ!私はこの場に残って治療を行う!お前は何処からでもいいからエリクサーを調達して来るんだ!アミッドなら今日も店に居るはずだ!」

 

「……わかった!行ってくる!」

 

アイズもまた焦りを感じながらもディアンケト・ファミリアの方向へと身体を向ける。

 

多少距離があるとは言え、全速力で走ればギルドからの注意は受けるだろうが、十分に間に合う。

なにより下手なポーションより効力の高いリヴェリアの回復魔法があるのだ、自分の速度を考えれば少しは余裕はある。

 

「っ」

 

……そうして、それはアイズが走り出そうとする瞬間の出来事であった。

それまで気配すら感じていなかった一つの人影が、アイズの前に立ち塞がる様にして現れる。

まるでその経過を全て見ていたかの様に、自分が必要になる瞬間を待っていたかの様に、顔を隠していたフードを外し、静かに歩みを進めてその姿を現す。

静かに、優雅に、それでいて決して遊びの込もった目線を持たずに、彼女はアイズの目の前に立ち塞がる。

 

「その必要は無いわよ、九魔姫」

 

「貴女は……」

 

暗い路地裏から現れたのは、いつになく真剣な顔をした一柱の神。

ロキ・ファミリアと双璧を成すオラリオ二大ファミリアの一角、そしてそのファミリアの主神であり、美の女神と呼ばれるに相応しい人の目を惹くその姿。

……美の化身:女神フレイヤがここに居た。

 

「貴女が、なぜここに……」

 

今彼女に構っている余裕すらここには無いというのに、どうして彼女がここに居るのか。

それでもそんなことは関係無いとばかりに普段は余裕のある彼女は、何処か顔を強張らせながらリヴェリアが膝に乗せているユキの元へと歩みを進めてくる。

そんな彼女の様子を見て違和感を感じたアイズは腰を落として武器を構えるが、2人の予想外はこれだけでは終わらない。

 

「……警戒する必要は無いわ、これを使いなさい」

 

「っ、これって」

 

女神フレイヤがそう言って投げつけたのは、正しく今2人が最も求めていたエリクサー。

アイズが慌てた様子で構えを解いてそれを受け取ると、フレイヤはそのまま歩みを進め、アイズを交わしてユキの元へとしゃがみこむ。

当然、隣にいるリヴェリアなど気にも留めない。

彼女の視線の先にはユキしか居ない。

 

「……一体どういうつもりだ、女神フレイヤ。まさかこれに託けて今度はユキを引き抜くつもりか?」

 

「そんなことしないわ、それに関してはロキと話もつけてあるもの。それに、これはただ借りの一部を返しているだけよ」

 

「借りの一部、だと……?」

 

ユキをその視線から庇う様にフレイヤから隠すリヴェリア。

対してそんな彼女に目もくれず、ただただユキの寝顔に視線を向けるフレイヤ。

そんな2人の合間を縫ってアイズはと言えば、エリクサーを不器用なりにも必死になって飲ませていた。

口から液体が漏れ出てしまう度にアタフタとし、涙目になりながら何度も視線でリヴェリアに助けを求めるが、彼女も今はそれどころではない。

 

「それについて貴方達に話すつもりはないわ。

ただ、私と私のファミリアはこの子に大きな借りがある。せめてそれを返すまでは私もアストレアの頼みを無碍にするつもりは無いという事よ。

……それ抜きでもこの子のことは気に入っているのだけれどね。本音を言えば、アストレアとの関係を切ってでも今直ぐに私のものにしてしまいたいくらい」

 

そう言いつつ彼のユキへと伸ばすフレイヤの手を、リヴェリアは強い意志を持って遮る。

気に入った者はどんな手段を使ってでも自分の元へ引き入れる事で有名な女神フレイヤ、彼女がユキ・アイゼンハートという人間に目を付けるであろうことは既にロキと共にリヴェリアは予想していた。

言葉ではこう言っていても、ロキに確認を取るまで決して信用し切ることはできない。

魅了という手段を使って無理矢理眷属にしてしまう可能性がある以上、これっぽっちも油断をするべきでは無いとリヴェリアは踏んでいた。

 

「……まあいいわ。その子とは一度じっくり話してみたいのだけれど、その辺りはまたロキを通じて確認を取った方が良さそうだものね」

 

しかし思いのほかあっさりと引き下がる彼女に、リヴェリアは困惑する。

よくよく考えれば、今の彼女はオッタルどころか付き人を1人も付けていない。どこにも隠れていない。

もし猛者1人でも連れて来ていれば力付くや脅迫めいた事も出来ただろうに、これではまるで本当にその気がないように見えてしまうではないか。

まるで本当にこのエリクサーを渡しに出てきただけのように。

 

「……1つ、聞かせて貰いたい。貴方はなぜこの子に興味を抱いた?」

 

その質問に、再び暗がりへと姿を消そうとしていたフレイヤが立ち止まる。

そうしてゆっくりと後ろを振り返り、一度ユキの顔を見て、再びリヴェリアの目を見つめ返すと、彼女はこれまでに見た事が無いほどの満面の笑みでその答えを返したのだった。

 

 

 

『神が英雄に興味を抱くのは、当然の話でしょう?』

 

 


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