白海染まれ   作:ねをんゆう

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「さて、行きましょうか」

 

「そうですね、行きましょう」

 

壁の外で鬨声が上がる。

ダンジョンの1階層。

ここまでそれが伝わってくるということは、それほどに外の冒険者達の気合と覚悟は凄まじいということか。

アリーゼとユキが先行する十数名程度のこのパーティ。しかしその戦力は深層までなら余裕で辿り着ける程のものだ。それでも、これから向かう先ではこの戦力でも足りはしないというのがまたとんでもない話だろう。今日この日は、彼等にとって間違いなく最大規模の決戦となり、まず間違いなく命を賭ける事になる。生きて帰って来れるかどうかすらも、自信を持って肯定出来る人間がいないくらいに。

 

「ところで……あの、私はどうしてアイズさんを背負っているのでしょう?」

 

「さあ?でも剣姫のこんな姿すごく珍しいし、いいんじゃない?暴れられるよりは」

 

「ああ……いや、とは言え初対面でここまで懐いているのを見るのは私も初めてなのだが。少し嫉妬すらするくらいだ」

 

「?……すんすん」

 

「あの、アイズさん?あまり首の匂いを嗅がれると恥ずかしいのですが」

 

「落ち着く匂いがする……」

 

「え、ええ……?」

 

ただ、これからとんでもない決戦が待っているというのに、何処か緊張の足りていないこの雰囲気は、間違いなく初対面の筈のアイズとユキのこの光景が原因だろう。

今日まで色々とタイミングが合わずに会う事が出来なかった未来のユキとまだ10歳のアイズだが、こうして出会った途端からこの有様だ。

無警戒にユキに近付き、スンスンとその匂いを嗅ぐと、どうも気に入ってしまった様で周囲のモンスターにも目をくれずこうして延々と引っ付いている。背中に登って来たのも彼女からだ。

そんな事をされてしまえばユキだって無理に降ろす事はできないし、こうして背負いながら偶にその頭を撫でている。彼女がファミリアに来た頃に散々手を焼かされたリヴェリアとしては、その姿に何やら思う所もあるようで、珍しく若干嫉妬気味に頬を膨らませてその様子を見ていたりもするが……

 

「えっと……ごめんなさい、リヴェリアさん。私の剣まで持って貰ってしまって」

 

「いや、それは構わないのだが……アイズがそれほどお前に懐く理由に本当に何か心当たりは無いのか?モンスターよりも優先するなど相当だろう」

 

「……そういえば、元の時代でもアイズさんはよく私の部屋に来ていましたね。ベッドとかソファとか、それこそ一日中寝そべってダンジョン関連の本を読んでいたりしてましたし」

 

「アイズが……本を……一日中……!?」

 

「え、そんなに驚く事なんですか?」

 

「……勉強、きらい」

 

「ああ、なるほど……」

 

この時代のリヴェリアからすれば、それはあまりにも信じられない言葉だったろう。

最近はマシになったが、リヴェリアの授業から全力で逃げ出してダンジョンに走り込んでしまうアイズだ。そのアイズが7年経ったとは言え、一日中本を読んでいるなどと……

 

「……そんなにユキの匂いは落ち着くのか、アイズ」

 

「うん、この匂い好き」

 

「あ〜……そういえば私の姉も昔同じ様な事を言っていましたね。それこそ今のアイズさんみたいに後ろから臭いを嗅がれて……」

 

「……姉が居たのか?」

 

「ええ、血の繋がりはありませんでしたが」

 

「それにこの服、リヴェリアの匂いがする。18階層までここに居るね」

 

「!」

 

「ふふ、まあ私は別に構いませんから」

 

どうやら、アイズが気に入っているのはユキの匂いだけではなかったらしい。その事実に少しだけリヴェリアの機嫌は良くなり、ユキの背中にくっ付いているアイズの頭を撫でる。

ユキもそれに満更でも無いらしく、まだ背も低く可愛らしい彼女が和む姿を優しく見守っていた。

 

……ただ、まあ問題というか火種になりそうな話を一つ上げるとするのなるば、まさか今日までユキが夜以外は毎日着ていたその服が、あのリヴェリアの物だったとは周囲の誰一人として予想していなかった事で。

 

「ユ、ユキ……そ、その服はリヴェリア様の物だったのですか?」

 

「え?ええ、そうですよ。この衣服も首飾りも、全部リヴェリアさんに頂いたものです♪」

 

「おおぅ……知らぬ間に私達はとんでもない惚気を見せ付けられていたのね。普通恋人同士でも衣服の交換なんてしないわよね?ユキと恋仲になるとそんな付属物まで付いてくるってこと?なにそれ凄く興味があるわ」

 

「ユキが、リヴェリアさんからプレゼントを……?なぜ、何がどうなって……いえ、分かるのですが、ユキの性格は間違いなくエルフに好かれるものなので分かりはするのですが。というか何ですかあの距離感は、ユキの表情も見た事がないくらい嬉しそうで……!あわわわっ!?こうなったらもう私の服もプレゼントするしか!?」

 

「なるほど、そういう染め方も出来るのか。白色とはよく言ったものだな……ただこれに和装をさせると似合い過ぎるのが恐ろしいな。生まれは極東なのではないか?だとすれば相当に高い家系で無ければ筋が通らないが……いや、それはそれで都合が良いのか。いかんな、考えれば考えるほどに都合の良い部分しか見つからん」

 

「やべー、なんか聞き過ごせねぇ言葉がちょいちょい耳に入ってくんなぁ。全部聞かなかった事にしてぇけどユキには借りも出来ちまったしなぁ……」

 

そんな惚気や不穏な言葉を聞き流しながら、他のアストレア・ファミリアの団員達が苦笑しながらもモンスター達を退けて先陣を切って行く姿をライラは見守る。

ただ、そんなアイズを背負った状態でも周囲に浮かべる一本の剣で不意打ちを凌ぎ、指を動かすだけで団員達を支援し、目線を向けるだけで上層のモンスター達を怯ませるユキ。

殆どLv.6と言っても過言ではない上級冒険者。

こうまで柔らかな雰囲気を放っていようとも、彼は間違いなく強者であるという事を思い知らされる。

 

「ああもう!なんで今日に限ってモンスターがこんな殺気だってんのよ!うわぁ!?ミノタウロスの群れが!」

 

「奴等もダンジョンの異変に気付いているんだ!殺気立っているんじゃない!逃げ惑っているんだ!」

 

「………」

 

「ん?ユキ、いいのよ?ああは言ってるけど、これくらいなら私達だけでもどうにでも出来るもの」

 

「いえ、それでは18階層に着く頃には消耗してしまいます。リヴェリアさん、あと2本ほど剣を私の前に頂けませんか?」

 

「あ、ああ……これでいいか?」

 

「はい、3本もあれば十分でしょう」

 

「……なにするの?」

 

「ふふ、兵隊さんを作るんですよ。姿の見えない透明の兵隊さん達ですが」

 

興味深そうに覗き込むアイズに、ユキは笑みを浮かべてそう言う。

しかしその直後に起きた出来事は、とてもそんな優しい微笑みから生み出される様なものではなくて。

 

『救いの祈りを/ホーリー』

 

「……!すごい、剣が勝手に動いてる……誰かいるの?」

 

「いいえ、居ませんよ?全部全部私が動かしています。ですがこうして意識をすれば……ほら、まるで本当にそこに兵隊さん達が居るみたいに」

 

『ギィヤァァァア!?』

 

『ウグォオッ!?』

 

『イギィィアッッ!?』

 

ユキがふよふよと指を動かすだけで、剣は白い輝きを仄かに灯しながら的確にミノタウロスの喉を引き裂いて行く。

それはもう的確に。

凄まじい攻撃力を持って。

まるでLv.3〜4の近接型の冒険者が3人そこに追加された様に。

 

「……やはりお前のその魔法は尋常ではないな。ただの付与魔法にしては汎用性が高過ぎる」

 

「汎用性は高いですが、扱いはかなり難しいですよ?少しでも魔力の量を間違えれば一瞬で粉々に砕け散りますし、こうして宙に浮かせるのも何年もずっと練習しないと出来ませんでしたから」

 

「……それは本来はそういった使い方をする魔法では無かったからでは無いのか?特徴を聞く限りでは、まるで剣の力を引き出して魔剣にする様な魔法の様に思えるが」

 

「え、でもこれ自分の身体にも付与できますよ?」

 

「……するとどうなる?」

 

「凄いスピードで動ける様になります。曲がったり打つかったりすると身体が弾け飛びますけど」

 

「副作用バリバリ出てんじゃねぇか」

 

「それ多分あれよね、私が自分の付与魔法で火傷するのと同じ……」

 

「おかしいのはこいつの魔法じゃなくて、こいつの頭だったのか」

 

「……そんな力を使っていて、元の世界の私は怒らなかったのか?」

 

「怒られましたよ。ですが、毎回酷い有様で戻って来てしまいますので、怒られるよりも心配させてしまう方が多かったと言いますか……」

 

「……そうか、そういう弊害もあるのか」

 

「胃がもたなそうだなぁ、お前の保護者役は」

 

果たして、そこに至るまでどれほどの苦難と辛酸を味わった事か。

分かっていても、ライラも輝夜もその指摘だけは行わない。

いくら善人とは言え、ユキもまた人間だ。

何か強い意志が無ければ、魔法の本来の姿を歪める様な使い方を極める事など出来まい。

それもまだ17という齢で。

 

「っ、この揺れは……!」

 

「下層から這い寄る超巨大モンスター……!16階層のこの時点でもう衝撃が伝わって来てるの!?」

 

「全員走れ!敵が現れる前に陣を敷く!18階層に到達次第、高台を抑える!戦闘開始と共に魔法の一斉掃射にて敵を削るんだ!」

 

「了解です!」

 

「先陣は私が切ります!リューさん!アイズさんも!」

 

「ん、任せて……!」

 

「わ、私も任されました!行きましょう!」

 

伝わってくる振動に、ユキとアイズの目の色が変わる。

剣を抜き、アストレア・ファミリアの団員達を抜き去り、走り始めた2人にリューもまた疾走する。

それはまるで一つの光を追随する二つの風の様に。

 

「ちょ、3人とも速くない!?スキルもあるのに走りで私達がリオンに勝てる訳無いじゃない!」

 

「あのチビも正気かよ!あの年でもうリオンと同等とか巫山戯んな!こちとら付いてくだけでも精一杯なのに、モンスター共の相手までしてやがる!」

 

「ユキ!ゴライアスは既にこちらで処理している!このまま突っ込……

 

『グゴァァアア!!』

 

 

「「「「「……………」」」」」

 

 

「バッチリ居るじゃねぇかぁぁ!!」

 

「馬鹿な!復活の日数が合わない!」

 

「構いません!このまま突破します!リューさん!アイズさん!」

 

「はい!」「うん!」

 

 

『風よ/テンペスト……!』

 

『疾風奮迅/エアロ・マナ……精神装填/マインド・リロード……!』

 

『救いの祈りを/ホーリー!!』

 

 

『『『せやぁぁぁあああ!!!』』』

 

 

『ガアッ!?』

 

 

ドパンッ……

一行の前に立ち塞がった巨人の様な姿をした階層主の身体から、そんなとんでもない音が聞こえて来る。

 

ユキが剣の一本を犠牲にして表皮ごと胸部の皮膚を大きく抉り取り、柔になったその部分目掛けてリオンとアイズが全力突進で突き穿つ。

ゴライアスの身体から跳ね返る様にして背後に着地したユキは、更にそのまま倒れ伏すゴライアスを見向きもせずにアイズとリオンの前へと躍り出る。

それこそ本当に、こういった巨大なモンスターの相手をし慣れているかの様に。

 

「開けるわ!」

 

「熱い……!?全員周囲を警戒して飛び込め!突入した直後の不意打ちを思考に入れておけ!」

 

「了解!」

 

一行は飛び込んでいく。

ここから先、笑いも喜びもない。

ただ血と涙と鉄の臭いしかしない、災厄の渦中へと。

 

 

 

 

「これが、18階層?」

 

「森も、湖もない……緑も空も、あるのは炎だけ」

 

18階層へと飛び込んだ彼等がその目に見たものは、赤く燃え盛る熱の籠った空間だった。

喉が焼け付く様な空気。

皮膚が焦がされる様な熱気。

そして悲鳴の蔓延る狂気。

そこにもモンスターは存在していた。

燃え盛る火炎によって火だるまになりながら、狂乱して互いを傷付け合って。

 

「これではまるで竜の壺の様ですね、あまり良い思い出はありませんが」

 

「……!竜の壺に行った事があるのか!?」

 

「ええ、一度だけ。それに…………リヴェリアさん!来ます!!」

 

「っ、全員退避しろ!!飛べっ!!」

 

「「「「!?」」」」

 

「なっ、なんだよこの爆炎!?直撃したらひとたまりもねぇぞ!!」

 

「モンスターも来ます!気を付けて!」

 

リヴェリアの言葉に合わせて全員がその場から飛び去る。

すると正にそれまで彼等がいたその場所から真っ赤な火柱が立ち上り、天井を焦がす勢いで全てを焼き尽くした。

この時代のロキ・ファミリアはまだ竜の壺にたどり着いていない。

ベートが加入し、力を付け、それでも一度は撤退に追い込まれてしまったのがあの場所だ。

 

それでもユキの時代では確かにベートの耳とフィンの勘によってあの狙撃を掻い潜った、ユキとてあの時に何も学んでいなかった訳ではなかった。

轟音と振動、そして熱気。

本当に微かな変化。

完全に感じ取れない訳ではない。

何より、どんな方法を使っているのかは分からないが、敵の狙撃は竜の壺でも異常なほどに正確だった。

ならば雰囲気だけでも分かれば避ける事は容易い。

それを感じ取れる程に敏感な獣人ならば、ユキと同じ事をすることもまた同様に。

 

 

 

 

 

「ーーーーそうか。やはりお前だったのか、ユキ」

 

 

 

「っ、その声……!」

 

ああ、その声をいつぶりに聞いただろうか。

いや、聞いたこと自体は数日前にもあった。

だが、その声で自分の名前を呼ばれたのは本当に久しぶりだった。

こうして直接自分の顔を見られるのも、本当に、あの時以来で。

 

「……やっぱここに居やがったか、化物女」

 

「ほう、驚いてはいない様だな。私がここに居ることに」

 

「フィンが予想していたからな。お前を倒すってずっと言ってたユキがここに居る時点で、他の奴等も薄々勘付いてただろうよ」

 

「ユキが、私を倒す……?」

 

もしかすればその言葉は、アルフィアにとっては何より驚くべき話だったかもしれない。

それとも、予想はしていても信じられない様な話だったのか。

何にせよユキは薄らと目を開けて自分の方へと視線を向ける彼女に、微笑みだけで答える。

以前とは違い、悲しみや絶望に染まっていない確かな決意のこもった瞳で。

 

「……克服したのか、絶望を」

 

「未だ完全では、ありませんが」

 

「私では出来なかった事を、成したのか。他の誰かが」

 

「それも元を辿ればアルフィアさんのおかげです、送る心は感謝しかありません」

 

「……お前はここに、何をしに来た」

 

「そんな事は決まっています」

 

 

 

 

「もう一度、ゆっくりとお話をする為に。奪い取りに来ました、アルフィアさんを」

 

 

 

 

「……馬鹿な事を言う」


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