白海染まれ   作:ねをんゆう

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「おいおい!マジであいつあの化物女とやり合ってやがる!マジかよ!」

 

「ライラ!余所見をしている場合ではありません!支援を絶やせば剣姫が死にます!」

 

「ちょっ、ほんとあの黒い風怖いのだけれど!どうにかならないの女王様!」

 

「説得でどうにかなるのなら既にしている!アイズを止めるよりアレを倒す方が早いくらいだ!」

 

「ですが、確実にこちらの攻撃は通っています!このまま攻め続ければいつかは……!」

 

ユキとアルフィアが戦闘を再開し始めた頃、アリーゼ達は下階層より這い出た翼を生やした蛇の様な巨大なモンスターとの戦いを一進一退しつつも確かに優勢に運んでいた。

その巨体と威圧感に最初こそ怯む事はあったものの、何より剣姫と呼ばれる幼い少女が真っ先に敵陣へと飛び込んだ事が彼等を走らせるきっかけにもなっただろう。そしてそんな幼い少女が自身のスキルと魔法を共鳴させながら漆黒の剛風を纏い、半暴走状態とは言え誰よりも敵を押さえ込んでいるのだから、もう今や誰もが必死だ。

控えめに言っても容姿の愛らしい幼女が、自身の魔法で傷付きながらもなりふり構わず特攻している。その黒い暴風によって近付く事は難しくとも、出来る事は数多にある。それこそこれだけの頭数があるのなら。

 

『暴れ吼える/ニゼル……!!』

 

「やめろアイズ!!それ以上はお前の身体が……!!」

 

「おい誰かあのクソガキぶん殴って来い!邪魔過ぎて大規模討伐なんて話じゃねぇぞ!」

 

「無理無理無理!あんなん飛び込んだら巻き込まれて死んじゃうから!」

 

「とにかく後ろから回復だけしてあげて!近接部隊は剣姫の逆側から叩くわ!急いで!」

 

敵は紫炎のブレスや巨体を生かした体当たり、大きな翼を使った暴風や爆発の如く衝撃を放つ咆哮等で広範囲を凄まじい破壊力で攻撃してくるが、仮にその一撃一撃が致命的だとしても、それだけだ。

何か厄介なデバフ系の能力を持っている訳でも、どうしようもない程の速度を持っている訳でも無い。

時間さえかければアルフィアの相手をユキに任せている以上、これだけの戦力をぶつけて勝てない事はないだろう。

 

「だが、あの打たれ強さだけは厄介か。攻撃した先から傷が塞がっている。長期戦になればなるほどアイズが不味い……!」

 

むしろアイズが冷静さを取り戻した方が倒し易いのでは無いだろうかとすら思ってしまう。

今のアイズの凄まじい破壊力を闇雲に打つよりも、アストレア・ファミリアの協力を得て普段の攻撃力を的確に当てた方が間違いなく勝ち目はあるだろう。アイズの暴走のせいで一歩間違えて壊滅してしまう様な事があれば目も当てられない、なんとかリヴェリアが説得しなければならないだろう。

 

『ゥゥォォオォォオ!!』

 

「……!おいおいおいおい!あれはヤベェって!!全員退避だ!!障壁内に入って頭下げろ!!」

 

「アイズ!!早く戻れ!それを喰らっては本当に死ぬぞ!!」

 

「〜〜っ、ああもう!リオン!引っ張って来てあげて!!」

 

「分かりました!」

 

その巨体を大きな翼を使い俊敏に宙へと浮かせ、アイズの黒風の乱撃を完全に無視をしながら大きく息を吸い込み始める黒竜。

腹部が大きく盛り上がり、離れていたアリーゼ達すらも思わず空気の流れに引き寄せられそうになる程の吸引力と、その口から漏れ始める紫色の光は、間違いなくこれから放たれるそれが尋常ならざる物である事を示していた。

 

「離して!私があれを倒すの……!」

 

「知りません!聞く耳持ちません!今だけは強引にでもついて来て貰います!」

 

「リオン!急いで!!」

 

全員がリヴェリアとアストレア・ファミリアの団員達による障壁と、大楯や岩の陰に姿を隠し、これから起きるであろう惨劇に身を備える。

リューもアイズの首元を引ったくって必死になって障壁のある場所へと走り寄る。

逃げ遅れた彼等2人が間に合うかどうかは、あまりにも危うい所だった。

 

『オォォオォォオオ!!!』

 

「アリーゼ!!」

 

「リオン!手を伸ばして!!」

 

「ひぃっ!」

 

「くっ……!?この!!」

 

ブレスを通り越して最早熱線と化していた黒竜の紫色の光線が2人に向けて放たれる。障壁のギリギリに立って彼等を待っていたアリーゼがリューに手を伸ばし、向けられていた彼女の手をしっかりと掴み取った。

だがあと一歩、あと一歩足りないそこを、更にリヴェリアが無理を押して僅かに障壁の範囲を広げた事によってカバーする。

滑り込む様にして障壁の中へと突入してきた2人を、アリーゼがその身で思い切り受け止めた頃には、光線は障壁に直撃し、しかしリヴェリアと共に立ち塞がっている団員達の必死の努力によって辛うじて形を保っていた。

 

「熱い……!障壁があってもこの熱量なんて!私の魔法だって負けてないんだから!」

 

「言ってる場合ですかアリーゼ!このままでは障壁が破られます!あんなものが直撃すれば間違いなく全滅です!」

 

「クソが!だからってもうどうしようもねぇぞ!今一歩でも外に出れば一瞬で蒸発だ!」

 

光線は途切れない、あまりにも長い。

あれだけの空気を吸い込んだとは言え、これ以上続く様ならいくらリヴェリアであっても耐え切れはしない。

既にそれを手伝う団員達も限界を超えていた。

弱まる事のないその威力に、次第に障壁内の温度も上昇していく。

 

 

『剣光爆破/ソード・エクスプロージョン……!!』

 

 

『ッ!?ギィヤァァアァァア!!?!?』

 

「っ、光線が!!」

 

あと僅か。

あと1秒。

障壁の全てに大きな亀裂が入り、その隙間から熱線が僅かに漏れ始めたその時。

空間の何処かから響いたその言葉と凄まじい爆発音、そして黒竜の叫び声と共に、熱線が軌道を変えて壁を切り、天井を焼き、爆発する。

障壁は完全に砕け散り、それを張っていた魔法使いはリヴェリアも含めてその場に崩れ落ちたが、それでも誰一人として熱線による被害を受ける事は無かった。

障壁が反射した熱線によって周囲の空間は更に酷いことになってしまったが、かつての59階層の様な悲劇にはなっていない。

そしてその瞬間に何が起きたかは、熱と破壊による白煙が消え失せた先に見た黒竜の片翼が大きく溶解したその様子を視認すれば、その場にいる誰もが勘付く事が出来た。

 

「剣の爆発……ユキか!」

 

「マジか!ユキー!サンキューなぁ!!」

 

「……あ、あれはもうそれどころじゃ無さそうね」

 

「むしろあの乱戦の中でよくこちらの状況まで把握して手助けを……」

 

今もアルフィアと凄まじい速度で大剣をぶつけ合い、全く同じタイミングで同じ詠唱式の魔法を唱え打ち消しあっているユキ。

どうやら瞬き一つすら致命になりそうなその斬り合いの中で、ユキは黒竜の熱戦を逸らす為にリヴェリアが落としていった大量の安剣の一本を蹴り飛ばし、翼の付近で爆発させたらしい。

それもきっと手数の多さと剣を主体として使って来た経験、そして付与魔法を自身の身体に付与する事で一時的に速度を上げるなどして、アルフィアを相手にしていても僅かに優勢を保てているからこそ出来た事だろう。

それでも必死な事には間違いないのだろうが。

 

「っ……!」

 

「待てアイズ!この馬鹿者が!!」

 

「痛いっ!?離してリヴェリア……!」

 

「いいから落ち着かないか!この!この!」

 

「痛いっ、痛い!リヴェリア痛い!背がちいさくなる!」

 

「いい加減にしろお前は!お前のせいで足並みが崩れているのが分からないのか!これ以上邪魔をする様ならば本当にこのまま縛り付けて逆さに吊るすぞ!」

 

「うっ……だ、だって……!」

 

「よし、吊るす。アリーゼ・ローヴェル、縄を貸してくれ」

 

「ごめんなさい!ごめんなさい!だから吊るすのはやめて!」

 

「最初からそう言えば良いのだ、この我儘娘が」

 

漸く熱線から解放されたかと思えば直ぐにでもまた風を纏い直して突撃しようとするアイズを、リヴェリアは息も絶え絶えになりながらも引っ掴み、その額に2度3度と手刀を振り落とす。

口での説得で聞いてくれるのならばいい。

だが今はそんな余裕はない。

リヴェリアの魔力も尽きかけている。

もし次にまた同じ攻撃をされてしまえば、今度こそ全滅してしまうだろう。

今でさえもユキが無理にでも助けてくれなければ危うかったのだ。

多少手荒にでも、この戦いに勝つ為にリヴェリアは強引にアイズを落ち着ける。

 

「アイズ、お前は今からアストレア・ファミリアの指示に従って動け。決して単独行動だけはするな」

 

「……リヴェリアは?」

 

「見れば分かるだろう、私は暫くは動けない。だが彼等は間違いなく優秀だ、必ずやお前の力を引き出してくれる。どうしてもアレを倒したいと言うのなら、私の言葉を信じてくれ」

 

「……うん、分かった」

 

障壁のヒビから入った僅かな熱線によって、リヴェリアも多少のダメージを受けている。そうでなくとも体力も魔力も限界に近い。

そんなリヴェリアからこうも必死な表情で頼まれたからか、それともそれまでの自分の勝手な行動に多少の罪悪感を抱いたからか、アイズも今度ばかりはその言葉に素直に頷く。

とは言え、まだ子供の彼女をこんな戦場に連れ出したのはリヴェリア達だ。落ち込むアイズの頭を今度は少しだけ撫でてやり、再び思考を巡らせる。

 

(……恐らく、このまま行けばユキはアルフィアを倒す事が出来る。そして我々もアイズが落ち着いた今、時間はかかるがアレを倒す事は可能だろう。仮に再びあの熱線を撃とうとしたとしても、その無防備な瞬間にありったけの魔法を撃ち込めばどうにでもなる。……だが、本当にそれだけで終わるのだろうか。言いたくはないが、もしこれだけで終わるとするならば、拍子抜けと言わざるを得ないくらいだが)

 

チラと空間の高台の方へと目を向ける。

そこに居るのは神エレボス。

いつの間に数人の信徒達に護衛されながらここへとやって来ていた彼は、それでも戦う者達の行く末を見守るかの様にそこから少しだけ表情を緩めながら見下ろしていた。

まだ何かあるのか。

それともアルフィアやこの化物にはまだ何か隠された物があるのか。

フィンの様な勘があるのならまだしも、今のリヴェリアでは見当もつかない。

 

「っ、リヴェリア様!」

 

「なに……?うっ、天井からの崩落か」

 

同じく身体を休めていたアストレア・ファミリアの団員の1人に教えられ、なんとか上から落ちて来た岩壁の破片を避けたリヴェリア。

こうして見ると確かに周辺の被害はかなりのものだ。

元々地下からの砲撃によって焼け野原になっていたこの階層だが、その元凶がやって来てからは更に酷い事になっている。

特に先程の熱線は恐ろしい威力を誇っており、障壁で散らばった細かな物でさえも壁に深々と傷跡を残している。加えてユキによって軌道をずらされた後は5階層以上上まで貫いただけでなく、ダンジョンにそもそも備わっている再生能力が遅れる程の熱量によって今もむしろ崩壊が広がっているくらいだ。

崩落を利用して敵を倒す事も可能かもしれないが、むしろその崩落による危険性を考えた方が現実的というか……幸いな事は先程の熱線がユキやここを離れて目の細い敵幹部と戦闘を行なっている輝夜の方へと向かなかった事か。まだ死人が出ていないというのは、あの光線を見るに本当に運が良かったとしか言いようがない。

 

「今よ、剣姫!思いっきりやっちゃいなさい!」

 

「うん……!風よ/テンペスト……!」

 

一方でその頃、アイズはリヴェリアに言われた通りにアストレア・ファミリアと協力し、着実に敵を追い詰め始めていた。

敵の回復力を上回る手数の攻撃を当て、万が一にも回復が間に合う事のない様に一点集中で削り取る。何度も階層主と戦って来たファミリアだけあって、その連携の柔軟さは素晴らしいの一言に尽きる。

アイズの未だに憎悪を宿しつつも未だ冷静さを保てている鋭い目線が敵の装甲の剥がれかけた頭部を射抜く。漸く致命的な攻撃を与えられる状況となった今、アストレア・ファミリアの声援がアイズの背中を押した。

そうして風を纏った剣が大きく振り下ろされようとしたその瞬間……

 

 

 

【ーーーーーーーー】

 

 

 

ダンジョンが哭いた。


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