白海染まれ   作:ねをんゆう

107 / 162
107.last battle-1

「……?」

 

「ん?どうした、ユキ」

 

「あ、いえ……」

 

ユキの真実とその根底にあるもの。

エレボスから聞かされたそれ等の事に対してリヴェリアが遠い目をしながら未来の自分を憂いていると、背後からアルフィアがユキを気遣う様な声が聞こえて来る。

この世界のユキがもう既に居ないという事を聞き密かに傷付いている者はこの場にも何人か居るが、アルフィアの深刻めいたその声色は、それとはまた少し違った物の様に聞こえた。

リヴェリアは思わず彼等の方へと振り向き、声をかける。

 

「どうした。疲れか?それとも怪我か?」

 

「いや、それとは少し違う。……顔色が悪いな、気分はどうだ」

 

「ち、違います……そうじゃ、ないんです……ただ、切れてた繋がりが、元に、戻り始めてる、だけ、で……」

 

「切れていた繋がり……?」

 

何の前兆もなく、何のきっかけもなく、突然顔色を青くして胸を押さえ始めたユキに、各々が集い戸惑う。

その尋常ならざる様子に膝の上にアイズを乗せていたリヴェリアも彼女を抱いてユキに近寄り、アストレアもまた前に出てユキの顔を覗き込んだ。

 

「おいおい、まさかさっきの竜が毒でも持ってたんじゃねぇだろうな」

 

「だとすればレベルの低い私達が真っ先に死んでいるだろう。それに原因は本人が一番理解していそうだが」

 

「ねえユキ?切れていた繋がりって、誰との繋がりなのかしら?ユキはそれを知っているのでしょう?」

 

「……私の、姉の、クレアとの繋がり、です」

 

「姉……?先程の話を聞く限りでは、血の繋がりは無い姉という事か。スキルか何かで繋がっていた?」

 

「いや、少なくともユキにその様なスキルは無い。ユキ、その姉は今どこに居る。何故お前と繋がりがある」

 

苦痛を堪える様に、苦痛以上の何かを堪える様に息を荒くし始めたユキに、しかしリヴェリアは問い詰める。事情を知っている人物がユキしかいない以上、解決の為にはユキに頑張って貰うしかない。

少なくともリヴェリアはユキからそういった話は聞いていないからだ。

それらしき話を聞いた覚えはあっても、どれもそれほど詳細には聞き出せていない。

……しかしそんな話の一方で、突然驚愕の表情を浮かべたのはユキを抱いて心配していたアルフィアだった。

そしてそれに続く様に、エレボス、アストレアも表情を変え、同時にアイズもまた驚いた様に眠りから覚めると、剣に手をかけユキから離れる。

深刻に、そしてあまりに硬い顔つきで。

驚きと困惑と憎しみが入り混じった様な奇妙な表情で。

 

「ど、どうしたのですか剣姫!?なぜユキに剣を!?」

 

「……ユキから、変な雰囲気がする。さっきの怪物よりも、凄く嫌な感じ」

 

「ア、アストレア様!?」

 

「……エレボス、これにも貴方が関与しているのかしら?」

 

「していると思うか?精霊の気配が2つ、黒龍の欠片の気配が1つ、加えてその隙間を満たす様な悪意と憎悪の濃密な感情……明らかに俺が仕込んだ物とは別件だ。そしてこんな物を今の今まで見逃す様な俺でもない」

 

「なぜ、なぜユキから黒龍の気配が……!」

 

「繋がりが元に戻った事で発現した……?けど、こんなもの1人の人間が抱え切れる物ではないわ。たとえそれが2人だとしても限度がある」

 

珍しくアストレアが取り乱す。

そういった感覚の鈍い者でさえも分かる様な、ユキから漏れ出す悍しい雰囲気。

鋭いアイズはそれ程の何かをその身に秘めて堪えているユキがむしろ恐ろしくも感じているし、その混ざりに混ざって新たな破滅の一因ともなり得る存在にエレボスすらもまた冷汗を流す。

何故この瞬間に切れていた繋がりが戻ったのか。

むしろ今の今までこんな物を相手に持ち堪えていた繋がりとは一体何なのか。

突然出現した規格外の何もかもに、場の困惑は深まるばかり。

勘の鈍い者達でも、次第に何か良くない事が起きようとしている事を感じ取り始めていた。

 

「うっ……くっ……」

 

「ま、待ってて下さい!今エリクサーを……!」

 

「無駄だ、これはそんなものでどうにかなる物ではない。仮に例の聖女とやらがここに居ても解決は不可能だ。……アストレア、何かか手はあるか」

 

「正直に言えば何も無いわ、ここまで色々な物が同時に存在していたら軽減する手段の一つも思い浮かばない。情けない話なのだけれど……貴方は?」

 

「あるにはある、が今は時間が足りない。まさか引き寄せた厄災をその身に引き受けていたのか?だとしたらなんと愚かな事をした」

 

「……引き受けたのは、一度だけです。最後の精霊だけは、ここに来る前に、っ、植え付けられた、もの、ですが」

 

その言葉を最後に本格的に咳き込み始め、身体を丸めたユキを、アルフィアは抱き寄せ背中を摩る。

明らかに押さえ切れていない。

徐々に空間を支配していく緊張感。

このままでは溢れ出る、どころか破裂する。

そう思えてならない。

 

「これから俺がいくつか質問する、首を縦か横に振って答えろ。まずお前のその姉とやらは別の人格……いや、お前が取り込んだ精霊の人格、又はそれに類似するものか?」

 

「……」

 

「ならば次に、お前が先程植え付けられたというのは別の精霊の力という解釈でいいか?

…………なるほど、植え付けられた物に対する理解は少ないが、大凡そうだという認識はあるか」

 

「ユキ!黒龍の力は……!それも植え付けられたものか!?」

 

「……」

 

「そう、それもお姉さんと共に取り込んだ力なのね。憎悪の群情もその時に」

 

「だが、どうもこの様子はそれだけではないな。……………いや、そうか、そのせいか!ここまで含めてのアイゼンハートか!」

 

「っ!!まさか……!!」

 

 

瞬間、一瞬の脈動。

体内から発せられる黒色の波動。

引き出す、引き出される。

強引に、無理矢理に、引き剥がされる。

内から外に、奥から表に、剥き出しにされる。

今ここしかないと。

ここ以外にあり得ないと。

心の奥に刻み込まれたその役割があまりに大きく声を上げる。

 

「あ"っ、がぁっ……!?」

 

「全員離れろ!」

 

全身に浮かび、流れ始める黒硬鱗。

苦しみ、喘ぎ、悲鳴を上げるその身体を包み込む様にして形作られる龍の身体。

この広大な18階層の天井部にまで至り、17階層との壁を完全に打ち壊し、それでも飽き足らず強大な両翼と太尾が形成されて行く。

その悍しい圧を知っている。

その尋常ならざる雰囲気を覚えている。

身体から漏れ出る鱗によって衣服をズタズタに引き裂かれたユキが両腕と腰から下を龍の頭に沈み込ませる様な形で拘束され、龍体が完成に近付くに連れてユキの体は彼等の元から離れていく。ユキをその背で拘束しているのは、先程まで彼自身が使っていた2本の剣だ。黒鱗に食い込む様に突き刺さったそれは十字架の様に重なり、その鎖を以て彼を縛り上げる。元の世界では既に力尽きているはずのその二つの剣は、まるで意識でも持っているかの様に自然に動いていた。それこそ黒鱗の動きとは全くの別に。

 

動くことが出来ない、比べ物にならない。

これと比べれば先ほどまで相対していた神獣の触手やジャガーノートなど前座の様な物だ。

元はただ一欠片に過ぎなかった大災の鱗が、何をどうすればこれ程の力を得ることが出来るのか。

元となったそれには及ばなくとも、混ざり合い共に高められた力によって全くの別物として顕現してしまった。

これは最早2つ目の災厄と言っても過言ではない。

 

「名付けるなら『人業の龍厄/ミゼラボルガス』……いや、元の原因は俺か」

 

『ーーーーーーー!!』

 

龍が吠える。

数多の死者達の憎悪を纏って。

黒色の力が全身に漲る。

額に磔にされたら彼女の身体から、底の知れない膨大な負のエネルギーを吸い上げて。

 

「エレボス……聞かせろ、何故アレが今出てきた」

 

「……単純、アレの身体に秘められた厄災を処理出来るのが今しか無かったという事だ」

 

「今しか、なかった……?」

 

「アイゼンハートは将来的に起きるであろう厄災を現在地点で無理矢理に引き起こし、被害を軽減する役割を持っていると言っただろう。つまり今回、あの子が秘めていた厄災を本来の被害より軽減する為には、今この瞬間にそれを引き起こす事が最善だと判断された訳だ。……何の理由もなく、前兆もなく、どころか突然その繋がりとやらが復活したのもそれが原因だろう。他のどの瞬間、それこそ元の世界を含めても、今この瞬間こそが処理するのに打って付けと言う訳だ。お前やザルドがここに居るこの瞬間がな」

 

「!!」

 

「いや、もしかすれば……あの子がこの世界に来た事すらも、その大厄を処理する為という可能性もある。断言は出来ないが」

 

僅かに、ほんの僅かにユキの瞼が動いた様な気がする。

しかし気を失った今なお苦しげなその表情。

何の理由があるかは知らない。

どういう理屈でこうなったかも分からない。

けれど、やるべき事は分かっている。

やらなければならない事は分かっている。

 

「……エルフ、こいつを殺すぞ」

 

「!……正気か、アルフィア」

 

「正気も何も、それ以外の選択肢などあるものか。都市の破壊者としての仕事は先程終わった。ここからはただ1人の……母親としての仕事だ、お前も好(よしみ)で付き合え」

 

「……私もお前も、最早身体は限界の筈なのだがな」

 

「限界を越えてこその冒険者、これを越えなければ本物の黒龍には挑む事すら出来まい。……そうだろう、正義の眷属共」

 

「!」

 

「仮に本当にこの世界を守りたいと言うのならば、黒龍討伐は避けて通れない道。単にその力の一端を試すだけならば、奴は格好の相手だ」

 

アルフィアが焚き付ける。

今もまだ身体の形成を行なっている黒龍。

その大きさに恐怖はしても、逃げる事など許されない。

いや、出来るはずがない。

これが地上に出れば、それこそ全てが終わりだ。

正義を名乗る以上、逃げる事は許されない。

……それに、それよりも。

 

「別に黒龍討伐のお試しとか、そんなのはどうだっていいわ!……私達はただ、大切な家族が攫われてしまったから助けに行くだけだもの!」

 

「!……ええ、その通りです。細かな理由は要らない、私達はただユキを助けに行くだけ。戦う理由はそれだけで十分です」

 

「まあ、そういうことだ」

 

「あいつにはまだ借っぱなしだしな、色々と」

 

推定レベルは恐らく6以上、7という可能性もある。

地上のゴタゴタが落ち着いていたとしても、この異常事態に気付いたとしても、18階層より上の階が先程の戦闘で滅茶苦茶になってしまった今、そう多くの加勢は見込めないだろう。

 

「でも、大丈夫。ここに居る人達、みんな私より強いから……!」

 

「アイズ……」

 

身体構成を完成させた黒龍がまた吠える。

その体高だけでも18階層の天井付近を超える巨体。

翼の一振りで嵐を巻き起こす圧倒的な力量。

尾の一振りだけで階層を揺るがす異常な剛体。

それでも全員が前を向き、立ち上がる。

龍に囚われた姫を救い出す為に。

理由はそれだけで十分だった。

この震えた足をもう一度立ち上がらせる理由は。

 

「さあ、有望な後進共……冒険だ」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。