白海染まれ   作:ねをんゆう

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「そうか、彼は無事に元の世界に戻れたんだね」

 

「ああ、あたし達には何の言葉も無くな。全く、薄情な後輩を持ったもんだぜ」

 

「はは、それでも手紙を残しておいてくれたんだろう?それも律儀に、知り合った人間全員分の。僕も貰ったよ」

 

「……まあな。全く、本当に糞真面目というか何というか」

 

レストラン、小さな。

少し騒がしい街、オラリオ。

あの事件から数週間が経った。

それは約束していた食事会の一時だった。

色々な事があった、あの後も。

けれど、今はこうして時間を貰っている。

他でもない、仲間達から。

 

「君のファミリアの様子はどうだい?」

 

「ああ、毎日の様にアリーゼ達が子供のあいつを探しに行こうって言っててな。抑えるのが大変だ。本当に生きてるかどうかも分からねぇってのに」

 

「でも、女神アストレアは言っていたんだろう?」

 

「天界に送還される間際にエレボスが神力を使って探し出して、合図してくれたんだとよ。それが嘘か本当かも怪しいが」

 

「まあ、そこは信じてもいいと思うよ。これも勘だけれど、アルフィアもその場には居たんだろうし」

 

「そうそう、アルフィアだ。あいつ今どこで何してんだよ?あの後の身柄はそっちに引き渡したけどよ、病気も治ったのか?」

 

啜った茶を置きながら、それがとてもデートとは思えない程にリラックスしながら互いに食事を進めていく。

硬い服装やマナーは気にしない。

妙に緊張していた彼女も、実際にこの場に来てみればそんな気は失せてしまった。

どうせこうして事後報告をする事になるのだと、勘付いてしまったから。

 

「いいや、それは流石にアミッドでも治せなかった。ただ、症状を緩和させる薬は作れたらしい。というか、そもそも精霊樹が多少の効果を持つ事は分かっていたからね。そこにアミッドが手を加えれば、より効果の高い物を作り出せる」

 

「なるほど、それはなにより。これで早死にされたら、あんだけ必死に頑張ったあいつも救われないだろうからな」

 

「それと、愛の力だそうだ」

 

「……なんだそりゃ」

 

「女神アストレアが彼女と別れる寸前に改宗を行い、ステータスの更新を行った事は知っているだろう?その時にスキルが一つ生じたんだ」

 

「……世界を滅ぼすスキルか?」

 

「まさか」

 

それは、きっと共鳴だと男は言った。

 

雲一つない広大な平原。

少しの荷物と食料を持って、女は空の中央を我が物顔で輝く日の下を歩いていく。

ただただ感覚が示す方角へ、それ以外の手掛かりは無かった。

けれど迎えに行かなければならない子供が居た。

最後に会った女神に、ある意味で枷として与えられた新たな恩恵に浮かんだそのスキルに引かれて歩みを進める。

女神から手渡された写しを手に取り、見つめながら。

 

「……【雪願灰叶/snow chain】。お前はそれでも、私を離してくれる事はないのだな、ユキ」

 

【雪願灰叶/snow chain】

新たに目覚めたそのスキルの効果は単純。

・恒常的な苦痛の軽減

・死を遠ざける

 

ただそれだけ。

それこそアミッドの作ったスキル効果を下げる薬が、偶に苦痛を感じる時以外には全く必要なくなってしまう程の力。

 

「何の条件も付けることなく、必要な力だけを与え、後の事は私の自由か。きっとお前は私がお前を迎えに行かなくとも、たとえまたオラリオに反旗を翻そうとも、それでも消える事は無いのだろうな。お前の願った事は単純、私の長命と幸福なのだろうから」

 

ならばもう、自分のしたい事をさせて貰う。

2人の子供を、これから迎えに行く。

そしてこの命が続く限り、その行く末を側で見守ろう。

ザルドの分まで、ユキ自身の分まで。

 

「それに、あの小娘共から守らなければならないからな。……絶対にあのエルフには渡さん、絶対にだ」

 

それが将来的にどうなるかは、今はまだ分からない事でしか無いが。

 

 

 

「……………」

 

「なんや、また見とったんか、リヴェリア」

 

「っ!う、五月蝿い。別に私が自分の部屋で何をしていようと構わないだろう、ノックくらいしろ」

 

「いや、したけど反応せんかったんは自分やん。……流石のユキたんも自分の手紙を毎日毎日そう何度も読まれるどころか、魔導書と同じ方法で永久保存される事になるとは思わんかったやろうなぁ」

 

一方でロキ・ファミリア。

リヴェリアの部屋。

そのコーティングされ細菌一つであろうとも決して触れる事は許されない程に守られた手紙を持っているのは、その部屋の主である彼女自身だ。

少し前に自分の目の前に座って微笑んでいた彼は、今はもういない。

彼からの手紙をこうして見る度に、思わず涙が溢れそうになっているのは、後悔からか、それとも単にそれほど手紙が心震わせる物だったからなのか、手紙と共に同封されていた白緑の耳飾りは今も万能者に依頼し強度を増した状態で彼女の耳に付いている。

 

「うるさい……仕方ないだろう。こんな風に手紙で泣かせに来るあいつが悪い」

 

「自分が何の前触れもなく消える事を予想しとったんかもなぁ。机の中いっぱいに手紙入れて、使った部屋も全部綺麗にして、あの子が居った痕跡は自分で綺麗さっぱり掃除して無くしていったんやと。ほんまに光みたいな子やったなぁ」 

 

「……7年後にまた会えるであろうユキは、ユキであってユキではないと考えると、少々複雑な気持ちになるな」

 

「それこそ別人やからなぁ。あの時のユキたんにはもう2度と会える事は無い、ほんま悲しいわ。そんでも、そこはしっかりケリ付けとかなアカン。こっちのユキたんにその理想を押し付けるんは、あまりに酷やからな」

 

「ああ、同じことをアルフィアに言った手前、そこだけは戒めるとも」

 

何処でどんな風に、そしてどんな人間となって今を生きているのか。

それはまだ分からない。

だがたとえこの世界へ来たユキとは全く違う人間になっていたとしても、そこで失望してはならない。勝手な理想を押し付けてはならないのだ。

特別扱いは、最初に出会うきっかけだけだ。

これからの7年は、それを準備する時間に過ぎない。

 

「リヴェリア、居る?」

 

「うん?どうした、アイズ」

 

「リューのところ行ってくる、一緒にダンジョンに潜ってくれるって」

 

「そうか……気を付けろよ、未だ闇派閥の残党が残っている可能性もある。まあ、奴等の本拠地が崩壊したのに乗じて大半の幹部と信徒は捕縛したが、油断はするな」

 

「うん、分かってる。行ってきます」

 

そう言って、ひょっこりと開いたドアから顔を出していたアイズが走り去っていく。

あの一件の後、妙に仲を深めたアイズとアストレア・ファミリアは、そのレベルが近い事もあり、こうして時々ダンジョンに一緒に潜る様になった。

未だ無茶をする事のあるアイズだが、仲間内での連携を重視するアストレア・ファミリアに揉まれ、徐々にその性も影を潜め始めている。

 

そして、肝心の闇派閥については……

 

「リヴェリア達の一撃で地下の人工迷宮は吹っ飛んで崩落、地上の家屋も一緒に崩れて滅茶苦茶や。まあ住民は全部ウチらの本拠地に居ったから、幸いにも死人は敵側にしか出とらんけどな」

 

「むしろ敵側への被害が多過ぎたくらいだ、恐らく拠点部を含めて爆破の餌食になったのだろう。オリハルコン級の強度を持つ龍を殺した魔法と物理の入り混じった極大の一撃、いくらアダマンタイトとオブシディアン・ソルジャーの体石で表面を覆おうとも、意味が無い。未だ影を潜めている者が居ようとも、調査に乗り出したフィンが鍵を見つけた。時間の問題だ」

 

「まさか敵さんもあんな規模で建築しとるとは思わんかったわ、この都市全域規模のダンジョンを20階層近くまでとは。まだ捕縛出来とらん幹部はオリヴァスだけ、ユキたんに教えられた怪しいファミリアも監視と調査を継続中……」

 

「捕縛するのはいいが、逃げられた場合の事も考えておかなければな。何かの手違いで逃して脅威となるのは避けたい。……まあ、ヴァレッタは逃げたとしても頭以外に役には立たないだろうが」

 

「まあ、地上に出て来た時も酷い有様やったしなぁ……」

 

ユキとの戦いの後、最後の地上での一騎討ちまで全く姿を現さなかった闇派閥幹部のヴァレッタ・グレーデ。

そうして姿を現した彼女は、なんと右腕と右足の膝から下を失い、その上に更に体の神経のいくつかが死んでしまったのか、度々自分の意思とは無関係に動きが停止してしまうという障害を患っていた。

それこそあの時のユキとの戦いの際に、地震で引き起こした爆発をモロに食らい、その上で大量の瓦礫の下敷きになりつつも、無酸素状態の地下空間で意識を失っていれば、そうもなる。

むしろLv.5のステータスが無ければ本当に死んでいただろう。

今も監禁されている彼女は、すっかり無気力となり、食事にすらまともに手を付けなくなってしまったという。

 

 

「それで、これで全部が平穏無事に終わりだと思うかしら?ヘルメス」

 

「いいや、それは無いと断言してもいいだろう、アストレア。そもそも闇派閥は俺達神の悪癖と、子供達が潜在的に持つ悪意や絶望が合わさり生まれた物。今この時に討伐を成功させたとしても、必ずいずれ蘇る。それに……」

 

「肝心の黒龍の討伐の目処が立っていない……そして、ユキがここへ至るきっかけとなった精霊、そしてダンジョンそのものの謎も解けていない」

 

「加えて、こちらの世界ではユキちゃんはアイゼンハートになっていないからな。その場合、果たして彼女が事前に処理をしてくれていた筈の悪意の魔獣を含めた厄災達を誰がどう処理する事になるのか。問題は山積みだ」

 

そう言ってヘルメスは目の前に座るアストレアに一枚の紙を手渡した。

そこに描かれていたのは、遺跡のような物を背景に一本の剣が地面に突き刺さっている風景画の様な物で。

 

「……そう、やっぱり私の剣が使われていたのね」

 

「そうだ、人間の悪意を振り払う正義の剣。君がこの地を去る際に残していったその剣が、今その悪意の魔獣の封印に使用されている。封印が解けるまで大凡あと半世紀……その魔獣が復活した時、有効的な対処法は現状この剣以外に存在しない」

 

「それでも、決定的な一打にはならないわ。魔獣の封印に力を費やして来たあの剣だけでは、精々持ち主への悪意の影響を軽減する事しか出来ないと思う」

 

「そうだ、それでも軽減だ。それこそあの魔獣は剣の力を200%引き出す事の出来たユキちゃんくらいにしか倒せない。倒せるとしたらレベル5以上の実力を持ちながら純粋無垢な心を持ち、悪意に対する耐性がある様な人間だけだろう」

 

「……厳しい条件ね、とても難しい話だわ。封印されている魔獣なんて、それ一体だけとは限らないのに」

 

「ああ、今ほかにもいくつか同様の封印がないか探している。神々が地上で施した封印、その後に人間達が命懸けで封じた祠、ゼウス&ヘラ・ファミリアでさえも封じる以外に方法の無かった存在。完全な平和を得るには、まだまだ時間が必要さ」

 

それでもきっと、ユキが元居た世界よりも歴史は少しだけ明るくなったのかもしれない。

ユキがそうして残したこの世界への様々な偶然は、きっと世界を良い方向に導いてくれたと信じたい。そう信じていたい、これはただの願望だ。

 

「だからこそ、私達はこれからそれを証明していかなければならないのよ!リオン!アイズ!」

 

「ええと……突然どうしたんですか、アリーゼ」

 

「……?どういうこと?」

 

「もう、だからね!私達がこの世界を良くしていくのよ!ユキが居た世界よりも、ずっとずっとね!」

 

ダンジョンを歩くアリーゼは謳う。

有望な後輩2人を引き連れて。

あの戦いに参加し、彼の戦いをその目にし、そんな彼に憧れを抱いた彼等に期待する様に。

 

「だからね、うん……アイズは剣を2本持つのを、リオンは大剣を持つのを止めましょうか!影響され過ぎよ!2人とも!」

 

「「うっ」」

 

「気持ちは分かるの、その気持ちはすっごく分かるのだけど……全っ然、似合ってないわ!」

 

「「ううっ」」

 

きっと、これから先もこんな感じだ。

こんな風に、泣いて、笑って、出会って、別れて、その繰り返しになる。

人生なんて、そんなものだ。

 

「アリーゼだって!最近は妙に髪を下ろして伸ばしているの、知っているんですよ!」

 

「そうだそうだー!」

 

「なっ、なにをう!?私は別にユキの真似じゃなくてアストレア様の真似だからセーフです!セーフなんです!」

 

それでも、その出会いの一つ一つに間違いなく意味はあるのだ。

その意味をもう自分の人生に写していくかだけはきっと、考えて、考えて、考え続けなければならないだけで。

 

「あん?また空なんか見てんのか、ユキ。なんか面白いもんでも浮いてたか?」

 

「クレア……きょうも夕日、きれい」

 

「………ああ、そうだな。アタシもそう思うよ、本当に」

 

最後に笑えていればいいのかもしれないって。

そう締め括るのは、少々卑怯だろうか。




アストレア・レコード編はこれにて終了です。
つまり、ユキの地獄はこれでお終いです。
次からはリヴェリアの地獄です。
よろしくお願いします。
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