「ユキたんが英雄……?ほんまにそれをフレイヤが言うたんか、リヴェリア」
「……ああ、間違いない」
ホームの最上階にあるロキの部屋にて、リヴェリアはアイズと共にロキや他の幹部達に一連の騒動の報告を行っていた。
いくらその騒動の最中にロキが居たとは言え、報告すべき問題は様々にるが、話のメインはやはり何の前触れもなくあの場に現れた女神フレイヤの最後の言葉。
『神が英雄に興味を抱くのは、当然の話でしょう?』
まるでユキ・アイゼンハートが英雄であるとでも言うような発言に、それを直で聞いていたリヴェリアとアイズは少しの間動けなくなるほどの衝撃を受けた。
「……何かある何かあるとは思っていたけれど、英雄とはまた大きく出たね。ロキは何か聞いていないのかい?」
「あかんな。うちも『自分はあの子に手を出すつもりはない、けれど面倒が見切れなくなったらいつでも受け入れる準備は出来ている』くらいしか言われんかったわ。嘘ついとる様子もなかったし、ありゃマジやと思うで?」
「……確かフレイヤ・ファミリア自体がユキと女神アストレアに借りがあるという様なことも言っていたな。そのことについても聞いていないのか?」
「それこそウチも初耳や。せやけど、もしそれが本当なら調べようはあるなぁ」
ロキはそう言ってフィンの方へと視線を向ける。
それに対して彼もまた頷き返して人差し指を立てた。
「話を聞く限り、フレイヤ・ファミリアが彼に借りを作った際には、既に神アストレアと行動を共にしていたと思われるからね。神アストレアがオラリオを出たのが5年前……それならこの5年間に起きた出来事の中でも、フレイヤ・ファミリアが関わったものについて調べれば多少の事実関係は分かるはずだ」
「ふむ、なるほどのう。英雄というくらいじゃ、相応に大きな事柄だと考えれば意外と簡単に見つかりそうじゃのう」
「多分やけど、その出来事がユキたんの恩恵が変質した原因やと思うしな。ユキたんが教えてくれへんのならこっちから調べるしか無いやろ」
「……あまり気が進む行為では無いけどね」
「まあ、そればかりは仕方がないだろう。問題ない、ユキについては私が説得する」
「リヴェリアがそう言うなら安心だね」
「ま、せやな。任せたわリヴェリア」
「お前達な……」
フィンの言葉に同意する様に頷くロキ・ファミリアの面々。
そんな彼等の反応にリヴェリアはまた大きく溜息を吐くが、一方でその後ろでは眠っているユキに対してアイズが頷きながら頰を突いている。
……ちなみにこの頬突きは、色々と正体不明なユキに対して、よくわからないが何となくこうしていれば分かることもあるのではないか?という適当にも程がある考えのもとで行われている行為である。
なお当然ながら何も分からない。
精々ほっぺが柔らかい事くらいしか分からない。
「後の問題は、この魔石くらいかな」
「せやった。確か街中に出たあの気持ち悪い奴等が、50階層で襲って来た芋虫どもとおんなじ魔石を落としよったんやな?」
そして今回議題にすべきもう一つの問題がそれだった。
怪物祭でアイズとレフィーヤ、アマゾネス姉妹、加えてユキや結果的にリヴェリアも対することとなった植物型のモンスター達は、その消失と共に奇妙な魔石を残していった。
それは偶然なのか必然なのか、前回の遠征で50階層で襲いかかって来た芋虫型のモンスター達が落としたものと全く同じもの。
明らかにガネーシャ・ファミリアが捕らえてきたものではないモンスター達が街中に出現したと言うこの事実は、忙しいからと見逃せる限度を大きく超えている。
「ユキが戦ってた人型のモンスター、多分50階で私が倒したのと同じものだと思う」
「……あの人型のモンスターか、確かに50階層で見た女体型に似ていたな」
「そうなのかい?だとすればよくレベル3の彼女に倒せたね、あれはアイズでも苦戦していた覚えがあるけれど」
「ユキと戦ってたのはそんなに強くなかった。けど、周りのは私達が倒した奴よりかなり強くなってたと思う。あれは多分、そういうタイプのモンスター」
「加えて、ユキ自身が捨て身の技を使っていたというのもあるだろう。あれを初見で完璧に対応できる者は、第一級冒険者を含めてもそうは居ない。その奥の手を出さなければならない程の強敵だったという事には違いないが」
実際、それについては的を射ている。
斬撃を追う様に接近し、超高速の異常機動を行いながら鈍な刃では防ぐことすら叶わない必殺の一撃を放つ。
あの捨て身の技は、理性ある者でさえも捌くことは絶望的だ。
初見殺しで大物殺し……そんな本質を合わせ持つ技があったからこそ勝てただけであり、本来ならばいくらアイズが対峙したモノより弱いとは言え、レベル3程度の冒険者が手に負える様な相手では無かった。
「……うん、それも気になる話ではあるけれど、やっぱりそう考えると今回の件はギルドや他の有力ファミリアにも報告しておくべき話だろうね。僕達だけでは手に負えない」
「せやけど、今はどこも後始末で手一杯やで?ギルドもガネーシャも動ける状況では無いやろうし、フレイヤの方も悪戯がバレて暫くは謹慎&奉仕活動や。結果的に動けるのはウチらくらいになるやろ」
「……あくまで言わない方が余計な仕事を押し付けられずに済む、ということか。あまり良い考え方ではないけれど、確かに僕達だってそれほど余裕のある立場ではないからね。ギルドからも今回の話題を薄めるために、次の遠征を早める様なお達しが来るだろうし」
「ああもう!どないせぇっちゅうんや、こんなの!こういう時にアストレア達の存在のありがたさが分かるんやから、ほんま皮肉やわぁ……それもこれもまともな性格しとる神がこの街におらへんのが原因なんや!もうこの際おチビでもええからもっとファミリア大きくしてくれへんかなぁ!!」
結論、手詰まりである。
ロキ・ファミリアはオラリオでも最大級の探索系ファミリアであり、そのホームの大きさから外部から見ればとても裕福に見えていても不思議ではない。
しかしその内情は度重なる遠征によって金の浮き沈みの激しい、経済的安定性の全くない常時火達磨状態だ。
特に今回はイレギュラーによって50階層で多くの物資を失い、得るものも得られず帰還してきてしまった為に完全な大赤字。
次回の遠征が早まることを考えれば、ファミリアのメンバーが総出で資金集めに奔走しなければならない程の事態となっていた。
そんな中で人員を割いて街の見回りに当たらせるなど出来るはずもない。
こんな時に快く引き受けてくれるファミリアもガネーシャ・ファミリア以外に存在しないというのが今のオラリオであり、そんな現状をロキは兼ねてから嘆いていたのだ。
「……とりあえずは現状維持、現状維持や!それとリヴェリア!次の遠征までにユキたんを遠征に同行できるくらいまでに仕上げといてくれな!」
「なっ!本気で言っているのかロキ!」
「本気も何も大真面目や!こうなった以上、単独でレベル5相当のモンスターを狩れる実力のあるユキたんを遊ばせてられる余裕なんかどこにもあらへん!50階層でそないなもんが出てきたんやったら、その先からはアイズたんでも足止めできん怪物が出てきてもおかしくないんやで!」
「っ、それは、そうだが……」
分かっている、分かっていても納得出来ないというのが人の心でありまして。
いくらエリクサーを使ったからと言っても、死ぬ寸前の状態にまで陥った彼を直ぐに復帰させて鍛え上げるという所業は、リヴェリアにとって容認したくないものであった。
そもそも通常のダンジョン攻略でさえも1日2層ずつという枷をつけて過保護にしていた彼女だ、ダンジョン経験の少ない者をいきなり50層まで連れて行くということの危険性はあまりに大きく目に留まる。
「……リヴェリア。そこまで彼女の心配をするのであれば、遠征の日までは君が付きっ切りで彼女を見てあげればいい」
「なっ!だがまだ解決出来ていない案件があるだろう!遠征準備となればそれこそ……!」
「ベートが手伝ってくれるそうだ」
「……は?」
それはきっと、このファミリアの団員の多くが信じられない一言。
リヴェリアですら一瞬呆けてしまう様な、とんでもない話。
「さっきベートがユキの容態を聞きに来たのだけどね、さもついでの話の様にこう言ってきたんだ。『おいフィン、俺にも仕事流せ。新入りに雑用押し付ける様な無様な醜態晒してんじゃねぇよ』ってね。それと他の暇をしているメンバーも引きずって来るって言っていたよ、だから少しくらいリヴェリアが外れたところで大丈夫さ」
「……信じられん、まさかそんなことが」
「ベートは彼奴のことをなぜか気に入っとるみたいだからのぅ。この前はわざわざ椿の所へ紹介しにいったそうではないか、修理以外では滅多に顔を見せたがらん癖に」
「……みんな成長しとるんやなぁ。なんや涙出そうになるわ、これやから子供の成長は楽しみになるんや」
そう言って笑い合うロキ・ファミリアのメンバー。
そんな中でもリヴェリアの顔色が優れることはなかった。
「……ユキ」
いつもは夜遅くまで何かしらしている幹部メンバー達すらも寝静まった頃、リヴェリアは未だ眼を覚ますことのないユキの枕元に座っていた。
死んだ様にピクリともせずに眠り続ける彼……女性よりも女性らしいその容姿を、素肌が触れることも構わずに撫で付ける。
それは既に彼女がそれほどにユキに心を許しているからなのか、それともユキのその容姿故に抵抗がなのかはリヴェリアにだって分からない。
「……未だに信じられんよ、お前が男などとはな」
そんなきっとこのファミリアの誰もが思っているだろうことを彼女は呟く。
酒が入っていたとは言え、神であるロキでさえも初見では分からなかったのだ。今のリヴェリアでさえも確信に至っていないというこの事実。
それもこれも全てユキだけ水浴びの時間をズラしているのが理由なのだが、かと言っていったい誰と共に水浴びをさせればいいというのか。
男性だろうが女性だろうが、とんでもない事態になってしまうのは容易に想像がついてしまう。
「特にお前は私を含め、女性の容姿は見ても身体の方は見ないからな。個人的には好ましいと言えるが、男としては少々不健全では無いのか?この」
撫でていた右手を額から頬へと寄せ、その柔らかな豊皮を人差し指で軽く引っ張る。こんな悪戯な表情をする彼女の姿は、きっとロキですら見たことが無いだろう。これはそれほどに珍しい光景だ。
……が、そんな彼女の可愛らしい姿を1人だけ見ることが出来ていた者もここには居た。
そのほんの少しの刺激の寸前に、偶然にも意識を取り戻しかけていた人間が、ここに居た。
「リヴェリアさんは……私に、そんな目で、見て欲しかったん、ですか……?」
「っ、起きていたのか!」
「今……起きた、ばかり、です」
か細い声と共に薄っすらと瞳を開けたユキに対し、一瞬の驚愕を抱きつつも若干に頬を染めながらリヴェリアは向き直る。
そんな彼女の様子に少しだけ目尻を下げて笑うユキだったが、やはり本調子では無いのかその表情の動きは少ない。
音の少ない今の様な夜中でなければ聞き取れない程に小さな声。必死に紡ごうとする言葉を、リヴェリアは耳を近付けて一言一句違わず聞こうと試みる。
「そうか……身体の方は大丈夫か?エリクサーを使ったとは言え、タイミング的には危うかった。動かない部分があったりはしないか?」
「まだ、少し、感覚が……」
「……そうか。次第に元に戻るとは思うが、一応確認しておこう。少し触れてもいいか?」
「いいん、ですか……?」
「バカを言うな、こんな時まで貞操云々を語るほど愚かではないつもりだ。ほら、いいから腕を出せ。暫く按摩を施せば多少はマシになるだろう」
「……ありがとう、ございます」
ユキの言葉に少しだけ口角を上げて無言の返事を返したリヴェリアは、そのまま力の入っていない左腕を布団から引っ張り出して指先からゆっくりと揉み解していく。
まるでこういった場合の対処法を知っていて、自分は慣れているとばかりに始めた彼女であったが、しかしその手付きはそんな前振りを見事に裏切るかの様に拙かった。
知ってはいるのだ。
やったことがそんなに無かっただけで。
"なるべく痛みを与えない強さで"
"けれどしっかりと効果的な"
などと色々な思い遣りを込めながら慣れない手付きで按摩を続ける彼女の姿は、酷く必死に見えた。
時折強く押し過ぎてしまったとピクリと身体を動かすその様は、いつも余裕のある彼女からは想像もつかない様な代物で。
「……その、だな。こういった経験があまり無いのだ。それ故に、その、満足のいくものが出来なくてすまない」
「嬉しい、ですよ……?慣れない、ことを、私のために、して、くれるなんて」
「……そうか。辛いならあまり喋らなくてもいい。私からお前に話すことはあっても、お前から聞かなければならないことは後でも問題ないことばかりだからな」
「……ありがとう、ございます」
その言葉を最後に『ふぅ』と息をついて力を抜くユキ、どうやらこうして話すだけでも今の状態では一苦労であるらしい。
そんな状態でありながらも自分が言うまで必死に話し続けていたユキを見て、リヴェリアは嬉しくも悲しそうな表情をしてその額を撫で始め、一方でユキは静かに目を閉じて素直にそれを受け入れる。
そうして不快に思われていないということが分かると、それまで躊躇気味だったリヴェリアの撫でる手が少しだけ遠慮のない動作へと変わった。以心伝心とまではいかなくとも、彼等は少しずつ心を通わせ始めていた。
「……遠征、ですか」
「ああ、お前にも次の遠征に参加させるようロキから言われている。次の遠征まで恐らく1ヶ月も無いだろう、多少手荒にはなるが……お前ならば大丈夫だろう?」
「大丈夫、です、よ……?」
「……はぁ、お前はどれだけ私の庇護欲を刺激すれば気が済むのだ。大丈夫だ、これからの訓練には私が付き添う。厳しくはなるが心配しなくてもいい」
「ほんと、ですか?」
「ああ、ベート達が私の仕事を奪っていってしまったからな。時間だけならある。……それとも、私では不満だったか?」
「そんなことっ……!っ、うぅ……」
「こら、無茶をするな。全く、お前が私のことを慕ってくれているのは知っているが、こんな冗談を本気にするんじゃない。……ふふ、アイズが風邪を引いた時よりも手間がかかるな、お前は」
夜の冷気で冷たくなったリヴェリアの手が頬に当たり、ユキはくすぐったそうに顔を綻ばせる。
そうして気が付けば日が昇る時間が近付き、結局そのまま朝まで二人はゆったりとした会話を続けていた。
……未だ二人の間に確固とした繋がりはない。
片や自分を慕う誠実な子供を気に入り、片や無くした母親に似た雰囲気を持つ女に親しみを抱いているだけ。
始まりはただそれだけであり、それ以外には何も持ち得ない他人同士の関係。
男、女、人間、エルフ、そんな諸々が入り込む必要すら無いほど希薄な筈のその関係性は、しかし何故か次第にあまりに強く結び付き始めようとしていた。