白海染まれ   作:ねをんゆう

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112.ワカレミチ

「ユ、キ……?」

 

「……?ユキではナいと、分かってイる筈だが」

 

「ユキ……!」

 

「なっ!?ま、マて!私はユキではナいと……!なんだ、どウした!?」

 

「ユキ、ユキ……!!」

 

「お、オい……?」

 

扉を開け、部屋に入って来たその瞬間に血相を変え、こうして必死の形相で抱き着いてきたリヴェリアに、クレアは珍しく混乱する。

分からない、どうして彼女がこれほどまでに動揺しているのか。

まるで何かの嫌な夢でも見たかのように。

けれど、扉から入って来た瞬間までは普段通りの筈だった。

入って、一瞬停止したその瞬間に彼女の情緒は突然崩れた様に見えた。

 

彼女にしては珍しく涙を流し、子供の様に泣きじゃくる彼女を膝の上に、驚愕の余り自身の身体で疼く痛みを少しだけ忘れながらも背中を撫でる。

彼女が疲れていたのは分かっていた。

眠れていないのも知っていた。

だが、だからと言ってこうまでなるほどに追い詰められていたとは知らなかった。

……中身の違う自分にここまで縋る程に壊れかけているとは、知らなかった。

 

「なぜ、お前は……」

 

「?なンの話だ」

 

「……!今は、今はいつだ!私は闇派閥を潰して、それから……!それか、ら?……………私は、なにを?」

 

「?」

 

「違う、私はユキを助けにアナンタへ行って、それから、ユキが……いや、闇派閥を、潰し、どうやって……?私は、何をして……違う、今はクノッソスで、返り討ちにあって……エニュオ、とは、なんだ……?龍、精霊、違う、龍は、黒龍で、いや、私は、私は……!」

 

「おイ、リヴェリア……?リヴェリア!おイ!」

 

「あ、くぁ……っ!」

 

混乱、混線。

自分の記憶に混乱している様に、頭を抱えて目を回すリヴェリア。

思考と、記憶と、感情に、全くの整合性が取れない。

知っている筈の事が消えて行く。

知っていない筈の記憶が残っている。

忘れてはいけないと残した記憶が全てを乱す。

頭の中に他者の手が入って来たかの様に、強引に記憶を並び替えられる。

 

「っ、リヴェリア……!?どうしたの?リヴェリア!」

 

そんな彼女の異常に偶然気付いたのか、部屋に入って来たのはアイズだった。

ユキにしがみ付く様にして倒れながら、必死に何かを呟き頭を掻きむしるリヴェリア。

その尋常ならざる様子にアイズも珍しく焦りを顔に見せながら彼女の肩を揺さぶるが、効果は見られない。

一瞬原因がクレアにあるのではないかと思ってアイズは彼女の顔を見るが、彼女もまた目の前の様子に苦痛に顔を歪ませながらも戸惑っている様だった。

 

アイズはリヴェリアの肩を抱き、クレアが少しだけ身体をズラして空けた空間に横たわらせる。

彼女の目は未だに何処を見つめているのか分からず、不可思議な単語を何度も口にしながら頭を抱えているだけだった。

これは自分ではどうにも出来ないと判断したアイズは、直ぐにフィンを呼んで来ようと振り向き、走り出そうとして……引き止められる。

腕を、掴まれる。

それは他でもない、リヴェリアによって。

 

「……探して、きてくれ」

 

「リヴェリア……?」

 

「女神アストレアを、探して、きてくれ……!今直ぐに、可能な限り、早くに……!!」

 

「………!」

 

きっとまだ、何も整理できていない。

何が正しく、何が間違っているのかも理解出来ていない。

けれど、それだけは何よりも優先しなければならないと。

それだけはどうしても優先させなければならないと、リヴェリアはそう判断したのだろう。

そしてその懇願する様な目に照らされたアイズは……視線を合わせて、大きく頷いた。

自分を育ててくれた女性の、初めての心からの願い事。他の誰でもない、自分自身のための願い事。

ならばそれに首を振る事など出来まい。

探して欲しいと言われたなら探してみせる。

連れて来て見せる。

たとえ日の沈んだこんな時間でさえも、走り出そう。

 

「……ナンだったんだ、本当に」

 

そうしてアイズが走り出した直後、気を失ったリヴェリアに掴まれながらも、クレアは大きく息を吐いた。

苦しい、辛い。

故にクレアは最初この夜を境に、自身の持つ人々の憎悪が反応する事のない人間という存在が全く存在せず、同時に自身の持つ光の精霊という側面をより強く引き出すことの出来る精霊の森付近へと密かに旅立つ予定をしていた。

安定していたこの身体に突如として入り込んだ異物。

そのバランスを元に戻すには、人々の憎悪という容量を減らし、歪んでしまったとは言え元は自分の物であった精霊を、異物を抑え込めるくらいに力を強める必要があったからだ。

そうすれば、この症状も弱まり、タイムリミットがもう少し伸びる可能性もあるかもしれないと。

気を抜けば自我が消えてしまう程の苦痛は、自身と直結した精霊の力を常に強引に使い続けて押さえ込んでいる。だが、これも長くは持たない。自分自身の自我を保っていられる時間も、そう長くはない。

 

「……ダが、これでは出られナいな」

 

果たしてリヴェリアが何に混乱し、何に戸惑い情緒を崩してしまったのかは分からない。

だが、何より今もしユキの身体がここから消えてしまえば、彼女は本当に壊れてしまうだろう。そうなればもしユキが戻って来ても意味が無い、そこまでした意味がない。

 

「とイうかそもそも、離しテくれないしナ……」

 

がっしりと掴まれた自身の腰、Lv.6の力で完全に固められてしまっている。

こればかりは今は諦めるしかないだろう。

クレアはそのまま再び枕へと自分の身体を倒す。

いくら身体はユキの物とは言え、クレアは女だ。これで浮気だとは言われまい。

 

(早ク帰って来い、ユキ……)

 

それまでは、多少の代わりくらいは出来るから。

この苦痛に自分はあと何日耐えられるかは分からないが、出来る限り、居場所は守っていてあげるから。

だから早く帰って来て欲しいと、絶対に帰って来て欲しいと、クレアはそう願っている。

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