白海染まれ   作:ねをんゆう

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117.帰還

 

 

 

「おかえり、ユキ」

 

「え?」

 

「…………」

 

「クレ、ア……?ど、どうして!?だ、だって私!あの、その……!」

 

「おかえり、ユキ」

 

「!……た、ただいま!クレア!」

 

「はは、挨拶は大切って言ってたのはユキだろう」

 

「だ、だって私!その、色々あって……!それに、またこうしてクレアと話せるなんて夢にも思ってなくて!それで……!」

 

「……なあユキ」

 

「え、う、うん?なあに、クレア」

 

「……アタシ、行ってくるよ」

 

「え?……ま、待って!どこに行くのクレア!ま、待ってよ!置いてかないで!」

 

「お前には、向こうで待ってくれてる人達が居るだろう?」

 

「だ、だから一緒に!一緒に行こうよ!私決めたんだもん!クレアの事、一生背負うって!」

 

「もう姉離れの時間だ、ユキ。アタシもそろそろ、弟離れしなくちゃな」

 

「そ、そんなことする必要無いよ!だって私、だって……!!」

 

「カッコいい大人になるんだろ、ユキ」

 

「!」

 

「……ほんの少しのお別れだ、一生のお別れなんかじゃない。お前が待っていてくれれば、アタシはいつかまた帰って来られるんだ」

 

「クレア……」

 

「だから、笑顔で見送ってくれよ。"ただいま"から、"いってらっしゃい"って、見送ってくれよ」

 

「…………」

 

「…………頼むよ」

 

「…………」

 

 

「また、会えるよね」

 

「ああ、約束する」

 

「また、遊べるよね」

 

「ああ、約束する」

 

「また、一緒に夕日、見れるよね」

 

「ああ、絶対だ」

 

「…………じゃあ、私も我慢する。私も、泣かないで待ってる。クレアのこと、絶対に迎えに行くから。だから……!」

 

「ああ、だから次に会う時も、アタシの自慢の弟のままで居てくれ。アタシの大好きな、ユキのままで居てくれ」

 

「……うん。分かった。私、もう泣かないから。泣かないで、笑顔で見送るから。ちゃんと私のこと、最後まで見ててね」

 

「見てるさ。アタシはずっと、お前のことを一番近くで見て来たんだから。それはこれから先も変わらない。たとえユキの中からアタシが消えても、アタシはずっと誰より一番近くでユキを見てる。約束だ」

 

「……信じてるから」

 

「ああ、信じていてくれ」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「それじゃあ……行ってきます、ユキ」

 

「うん……私も、ずっとクレアの事を想ってるから。早く帰ってきてね?」

 

「分かってる、だから言ってくれよ。送り出してくれ、アタシのことを」

 

 

 

 

「…………いってらっしゃい、お姉ちゃん」

 

 

 

 

『ああ。……初めて呼んでくれたな、お姉ちゃんって』

 

 

 

 

 

 

 

なあユキ、気付いていたか?

お前は間違いなく、アタシの妹なんだ。

アタシの生まれは小さな国の王族だった。

王様の本妻の、その娘だったんだ。

だからいつかは女王になってたかもしれない。

でもそんな時に、王様が側妻を作ったんだ。

何処からともなく拾ってきた白い女。

そしてその女が拾ったという黒髪黒目の子供。

アタシとそう歳の変わらない、優秀な子供だ。

その国に住んでいた神もその子供を持て囃した。

男だって理由も、きっとあった。

 

もう誰のことか分かるだろう?

ユキ、お前だ。

お前とアタシは、ほんの一瞬の事ではあったけれど、同じ父親を持った姉弟だったんだよ。

幼過ぎて、アタシ自身も記憶に無かったけどさ。こうして精霊になって、思い出せた事もあったんだ。

 

アタシの母親を殺したのは他でも無い父親だ。

元々復讐する相手なんて居なかったんだ。

その国も直ぐに滅んだんだから、盗賊に襲われたってのも多分アタシの素性を隠す為に施設長が嘘をついたんだと思う。

 

けど本当なら、お前のことを恨むべきなのかもしれない。

これでもアタシは王族に近い家系の、しかも精霊の血を引いた一族の娘だ。精霊の術も使えたし、将来は安泰だった。

それなのにお前達親子が現れたせいでその人生が滅茶苦茶になったんだから、普通なら怒るだろうし、アタシも記憶を思い出した時に怒りを覚えなかったのが不思議なくらいだ。

 

……でも、やっぱりそれより嬉しかったんだよ。

どんな形であれ、自分に弟が居ることが。

そしてそんな弟が、こんなにも可愛らしくて素直な奴だったって事が。自分のことの様に嬉しかったし、お前自身がそれをアタシの事にしてくれた。

愛しくて愛しくて仕方なかった。

精霊になる前から本当に大好きだったのに。

 

アタシは誇りに思うよ。

ユキを弟として持てた事を。

アタシは本当に嬉しかったよ。

アナンタの時、ほんの数日ではあったけれど、ユキと一緒に戦えた事を。

アタシは心から悔しいよ。

今ユキと肩を並べて歩くことが出来ないことが。

 

忘れるな、ユキ。

お前に家族はちゃんと居る。

お前の姉はいつでもお前の側に居る。

お前の事が大好きで大好きで仕方のない姉ちゃんが、ずっと逃してやらないから。

 

だから……誰よりも幸せになってくれ、ユキ。

アタシを守って苦しんだ分、それ以上の幸せを手に入れて、笑ってくれ。

そしていつか、またあの無邪気に笑うお前の姿で迎えてくれ。

甥や姪達に囲まれて笑い、お前の嫁に意地悪をして笑い、幸せに満ちたお前とまた夕日を見て笑い合うのがアタシの夢なんだ。

 

待っているよ。

待ち望んでいるよ。

何年経っても、何十年経っても、絶対にその夢が現実になるまで諦めないよ。

諦めずに、待ち続けているから。

 

………愛していたんだ、お前のことを。

愛しているんだ、お前のことを。

ずっとずっと、昔から、いつまでも。

 

だからそれだけは。

それだけは絶対に、忘れないでいてくれ。

それだけを覚えていてくれるのなら、私はそれ以上に望むことなんてないから。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん…………暗い、寝室?私は、えと、あれ……何をして……」

 

瞳を開いて、辺りを見渡して、身体を起こす。

身体は決して軽くはない。

けれど、何か心というか魂が軽い様な、不思議な感覚がした。

それまで何かが入っていた筈のそこは、今は大きな穴が空いている様にスッキリとしていて。

何をするにも、苦しい物はなくて。

 

「ん?なんだろうこれ、デキモノかな?………あれ、抑え込めた?なんだかクレアの精霊みたいな感じだったけど、少し気を入れたら馴染んじゃった。意識みたいなのも消えて無くなっちゃったし、そんなに強く無かったのかな?不思議」

 

首の辺りについていたそれを、ユキは軽く気を入れるだけで死滅させ、精霊としての僅かな血肉を簡単に自分の身体に適応させる。

それが単にユキが精霊を受け入れる事に慣れているからか、それともユキが本来持つ受け入れる才能による物なのかは分からないが、その瞬間に精霊の胎児は間違いなくユキの支配下へと落ちた。

本来ならばモンスターだろうが冒険者だろうが問答無用でバケモノへと変えてしまうそれを、起き抜けの片手間に、軽く。

 

「……ああ、そっか。クレアは行っちゃったんだ。駄目だなぁ、7年前の世界ではクレアが居なくて、その感覚に慣れてしまってたから、戻って来ても気付くのに遅れちゃった。……なんだか少し楽になった気もするのに、寂しい。不思議な感覚」

 

そう自身の胸をさすりながら、ユキはベッドから立ち上がる。

外は暗い、今は深夜の様だった。

いつもの寝巻き姿ではあるが、よくよく見ればここはリヴェリアの部屋。

ユキにはあの地下空間で精霊の胎児を植え付けられる直前からの記憶が全く存在しない。

あるのは7年前の世界で体験した事と、そこから帰ってくる最中に出会ったクレアとの会話の内容だけだ。

 

黄昏の館の廊下の空気は、今日は少しだけ冷たかった。

けれど、今はなんだかそれすらも心地良かった。

 

足が自然と階段を登っていく。

きっとそこにいる筈だから。

こんな満月の日には、彼女はきっと居る筈だから。

ずっとずっと会いたかった彼女が、居る筈なのだ。

自分が愛した、自分を愛してくれた、何より大切な恋人である、彼女が。

 

(やっぱり、居ました)

 

白い満月が輝く星空の下。

初めて自分が彼女に想いを伝えられたこの静かなテラスの段差に、彼女は座っていた。

奇しくもあの時とは逆の立ち位置。

あの時にあそこに座っていたのは自分だった。

そして背後から抱き締めたのは彼女だった。

だから……今度は自分から、ユキは彼女に近付いていく。

 

「私は、本当に正しい選択を選ぶ事が出来たのか……」

 

彼女は背後から近付く自分に気付く事もなく、ボソボソとそんなことを言っていた。

きっと心配をかけたのだろう。

苦労もさせたのだろう。

それなら、やっぱり抱き着くべきだ。

抱き着いて、伝えるべきだ。

自分の無事を。

自分の想いを。

そして、帰ってきたという報告を。

 

「ただいま帰りました、リヴェリアさん」

 

「………!!」

 

背後から彼女の肩へと腕を回す。

彼女を包む様に抱き締める。

リヴェリアの身体がその瞬間、大きく跳ねた。

停止し、震え始めた。

分かるとも、何もかも。

分かるとも、嬉しいと。

自分だってそうだ、ユキだってそうだ。

一度は自殺も考えた。

何度も何度も死に掛けた。

けれど沢山の奇跡の積み重ねと出会いによって、自分は今ここにいる。

またここに戻って来れている。

泣きそうにならないと言えば嘘になるのだ、泣かない様に頑張っているだけで。

涙だって直ぐにでも出てしまいそうなのだ、今は恥ずかしいから我慢しているだけで。

 

「……帰って来たのか、ユキ」

 

「はい、帰って来ました。リヴェリアさんにまた会って、こうしてまた抱き着く為に、たくさん頑張って、戻って来ました」

 

「……本当にもう、大丈夫なんだな、ユキ」

 

「はい、大丈夫です。もう何もかも、大丈夫です。私はもう絶対に、リヴェリアさんから離れたりしません」

 

「……私は、今度こそお前を救えたのだな、ユキ」

 

「はい、救われましたよ。リヴェリアさんのおかげで、帰って来れましたよ。だから、顔を見せて下さい。こっちを向いて、笑って下さい」

 

「だめだ……だめだ……今、私はとてもみっともない顔をしている……とても恋人に見せられない、酷い顔をしている……」

 

「いいじゃないですか、恋人なんですから。私はどんな泣き顔でも愛せますよ?だって、大好きな人の顔なんですから」

 

「……馬鹿者」

 

「見せて下さい、リヴェリアさんの顔を」

 

ユキの腕の中で、リヴェリアがゆっくりとこちらに顔を向ける。

涙を流して、目を赤く腫らして、疲れていて、痩せていて、なるほど確かにこれは酷い顔だ。

けれど、だからこそユキは強く抱き締めた。

もう大丈夫だと、もう泣いてしまってもいいのだと、そう示す様に。

 

「愛している、ユキ……」

 

「私もです、リヴェリアさん」

 

「もう何処にも行かないでくれ、ユキ……」

 

「もう何処にも行きません、リヴェリアさん」

 

「絶対に、私を離さないでくれ、ユキ……」

 

「こんなにも大好きな人を離すもんですか。リヴェリアさんはもう私の物なんですから、死んでも離したりしませんからね」

 

ユキの胸の中で、リヴェリアは遂に声を出して泣き始めてしまった。

泣く事に慣れていないのか、それはもう下手な泣き方だったけれど、それがまた愛おしく感じた。

 

 

……満月は、今日も白く輝いている。

けれど今はもう、そんな物は羨ましくも何ともない。

ユキ・アイゼンハートは輝いていた。

決して月に負ける事のない、自分色の光を纏って。

 

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