白海染まれ   作:ねをんゆう

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12.職人達の

sideユキ

 

布袋に包まれた銀色に輝く私の愛剣。

故郷を出る際にアストレア様から頂いた大切な装備。

どこで生まれて誰が作ったものなのかは分からないが、不壊属性でもないのに私の全力に何度も何度も応えてくれる不思議な剣。

 

しかしそんな大切な剣にも、遂に限界がやってきてしまった。

 

それまでの3年近くの鍛錬の月日に加えて、三日三晩戦い続けることになったあの日の出来事を乗り越えて、もうとっくに限界が見えていた状態で更に激しく酷使すればこうなるのも仕方ない。

美しく放たれていた輝きも既にその欠片も見えず、鋭くも強靭な印象を与えていた素材の強さも今やどこからも感じられない。

剣として死んだ、と言う椿さんの言葉がこれ以上に似合う光景もそうはないだろう。

もし今この手を滑らして地面に落としてしまえば、そのまま砂や小石の様に粉々になってしまうのではないだろうか。

美しい儚さと言えば聞こえはいいが、個人的には寂しさの方が強い。

 

そんな悲しさを感じつつ、命を無くした愛剣を壊さない様に優しく抱き留めながら、私は今ヘファイストス・ファミリアへの道を歩いていた。

 

今日のお供はなんとあのレフィーヤさんである。

私がアイズさんとお話をしていると物凄い勢いで睨んでくることで有名な彼女であるが、怪物祭で私が大怪我をして以来、なぜかそういったことが無くなった。

それが怪我人だからなのか、同じ怪我をした仲間意識からなのかは分からないが、ああして睨まれる毎日に少しだけ悲しさを感じていた身としては嬉しい限りでしかない。

 

「……それ、そんなに大事なものだったんですか?」

 

「そう、ですね。私が故郷を出る際にアストレア様から頂いたもので、これまでずっと使い続けてきたものですから。正直この剣でなければ私はまともに戦えません」

 

「はぁ……予備とか無いんですか?誰が作ったものなのか、とかいうお話とか」

 

「ないですね、アストレア様も作成者はもうこの世に居られないと仰っていました。修繕も難しい状態ですし、複製できるかどうかも椿さん次第でしょう」

 

「……そう、なんですね」

 

「ええ」

 

なんとなくぎこちない会話。

それは別に警戒されているからとかではなく、私に対して特にマイナスな感情を抱いている訳でもなさそうで。

ただそれでも、元気が無さそうに俯く彼女の心の声は今の私にはよく分からなかった。

 

「すみません、ご連絡したユキ・アイゼンハートです。先日お話しした装備を持ってきたのですが……」

 

「おお!来たか!ささ、入ってくれ!」

 

事前に今日訪ねる旨は伝えていたが、どうやら自分の想像していた以上に椿さんは期待して待ってくれていたらしい。

私の言葉に勢いよく反応し、バンッと弾ける様に扉を開けると、こちらの手を引きながら彼女は招き入れてくれた。

そんな様子に私もレフィーヤさんもタジタジである。

 

「あ……」

 

「あら」

 

椿さんの工房の中へと入ると、以前より部屋は綺麗に片付いていることに気が付いた。

そしてそんな綺麗になった部屋の中に見知らぬ一人の女性がポツリ。

しかしその女性は見たことがなくともこうして向き合えば何者かは分かる、それに似た雰囲気を私はよく知っているからだ。

そしてこの場所がどこで、この部屋の主人が誰かを考えればその女性の正体は深く考えずとも分かるというもので。

 

「もしかして、ヘファイストス様でしょうか?」

 

「ふふ、ご名答。はじめましてね、ユキ・アイゼンハートさん。話は椿やロキから聞いているわ、色々と面白い子が来たってね」

 

「あ、あはは……私もヘファイストス様のことはよく伺っております。ロキ様もアストレア様も、ヘファイストス様の事を揃って"素晴らしい神格者だ"と仰っておりました。私もこうしてお会いできて光栄に思います」

 

「もう、聞いてた通り煽てるのが上手いのね。私も気に入っちゃいそう」

 

「ふふ、是非気に入って頂いてもいいんですよ?私も嬉しいですし♪」

 

 

 

「……なあレフィーヤよ、あやつは本当に男なのか?」

 

「それが分かったら私もこんな微妙な気持ちにはなりませんよ……まだ誰も確信してる人が居ないんですよ?どうしろって言うんですか」

 

「同じファミリア内でもその有様なのか」

 

ヘファイストス様と話している間に後方からなにやら失礼なことが聞こえてきたが、それはさておき。

 

差し出された座布団に座った私は、対面に座った椿さんとヘファイストス様に愛剣の包まれた布袋をゆっくりと丁寧に差し出す。

その布袋を見た途端に先程まで笑みを見せていた二人は急に真剣な顔付きに変わり、一度私の顔を見てから私以上にそれを丁寧に受け取ってくれた。

布袋に包まれていてもそれが何か分かったのだろうか。

オラリオ最高峰の鍛治師の2人が目の前にいることを考えると、改めてとんでもないことだと私は思う。

 

ヘファイストス様は布袋からゆっくりと既に命を失った私の愛剣を取り出すと、椿さんが持って来た赤い分厚い布の上に、まるでガラス細工を扱う様に丁寧に置き並べた。

そのあまりにも丁寧過ぎる扱いにむしろこちらが気後れしてしまうが、とりあえずはこの剣について2人とお話しする方が先だろう。

最初に説明を始めるのは当然ながら持ち主である私の責務だ。

 

「これが以前椿さんにお話しした、私の本命の剣です。名を『母の鎖(Mother's chain)』と言います。本来ならばこの状態になる前に持ってくるつもりだったのですが……」

 

想定外の戦闘、などと言い訳をするつもりはない。

そもそも戦闘などいつどこで起きてもおかしくないということは、この数年間で既に身に染みていたはずだ。

にも関わらずオラリオへ来てから直せる可能性のあった鍛治系ファミリアを訪ねることもせず、ただ今日までこうして怠惰に生きていたのは、言い訳のしようもなく自分の失態だ。

 

例えお金に余裕が無くとも、本当に大切なものならば借金をしてでも直すべきだったのだ。

そんな愚かな持ち主のことをこんな形になってまで守り続けてくれた"この子"には感謝しかない。

色々な感情の混じった目で愛剣を見つめる。

するとそれまでの思い出が急に頭を過ぎり始め、不覚にも目頭が熱くなって来る。

そんな私を横目で見ていたレフィーヤさんのことにも、当然今の私には気付けない。

 

「なんというか……話には聞いていたけれど、またとんでもないものを持ってきたものね。椿はこれを見てどう思った?」

 

「……正直に言えば、嫉妬が止まらん。仮に手前がこの剣の製作者であったならば人生の終着点を見た気になるだろうよ」

 

「そこまで、なのですか?」

 

「"そこまで"の話なのよ、少なくとも私達にとっては。私でさえここまでのものを見たことは少ないわ、保存状態だけで言えば神代を含めても最高クラスかもしれない。どれだけお金を積んでも買う事ができない、これはそういうものなのよ」

 

あのヘファイストス様がそこまで言うという事実に私もレフィーヤさんも驚愕した。

武器の寿命という話については以前にベートさんと共に椿さんから話を聞いていた。

そして同じ様に剣としての死を迎えたこの愛剣もまた、それと同様であると考えはした。

それでも、この2人がそこまで感情を出すほどのものであるとはこれっぽっちも想像していなかったのである。

まさか神代を含めても最高クラスなどと言われるとは、当然に。

 

「武器を使わない魔導師の私にはあまりよく分からない話ですね……」

 

「これに関しては鍛治師特有の視点だもの、仕方ないわ。ただ、鍛治をしている者なら、どんな新人だってこの剣の素晴らしさは分かると思う」

 

「正直ユキさんに武器を使って貰えば出来上がると私は思っちゃうんですが……」

 

「うむ、それは真実。主が扱えばどのような剣でも以前譲り受けたあの状態にまで持っていくことは可能だろうよ。……しかし、それだけではこいつには至らない、至れない」

 

「この剣はきっと、ユキさんの為だけに造り出されたと言うわけではないわ。それでも何の因果か、貴方にとって最適な形をしていた。そしてユキさんもまたこの剣を如何に上手く扱うことができるかを突き詰めてきた」

 

「究極的に言えば、この剣の耐久力は特別秀でている訳ではない。他の剣よりも長持ちした要因は相性でしか無いのだ。運命とでも言うべきか。正に奇跡の塊、そんな剣が持ち主との確かな絆を保ちながらこの状態に至った」

 

「奇跡どころか、何らかの意図でそう仕組まれたと言われた方が納得出来るレベルの話よ。そんなことは例え神にでもできるとは思えないけれど」

 

「ふふふ、正に伝説と言ってしかるべき。国宝どころか我々鍛治を営む者にとっての宝……!世界中の鍛治師がこれを見たいが為に集っても何ら不思議ではない代物だ!」

 

 

 

「……レフィーヤさん。今の、分かりました?」

 

「な、なんとなくでしか……」

 

「わ、私もです」

 

突然火のついた様に語り出したオラリオ最高峰の鍛治師2人の話について行けず、私とレフィーヤさんの間に謎の連帯感が生まれ始める。

自分の剣が褒められていることは分かるが、2人のあまりの早口具合に頭が付いて行かなかった。

 

そんな私達の様子を見てなのか、早口を止めたヘファイストス様は一瞬恥ずかしそうに目線を逸らしながらも、再び私に向き直る。

きっとここからが話の本題だ。

 

「……結論から言えば、この剣を複製するということは難しいわ。形だけなら同じ物にできたとしても、一度破壊しない限り細かい素材の判別がつかない。けれどこの状態だと何処か1箇所削るだけでも致命的な破壊に繋がってしまう可能性も高いの。貴方も出来ればこの形のままで残したいでしょう?」

 

「は、はい……ということは、やはり違う武器を使うしかないでしょうか?」

 

「そうなるわね。けれど例え少し品質が良い武器だとしても、貴方の魔法には耐えきれない。それなのに不壊属性の武器を頼むほどのお金も無い。そうよね?」

 

「その通りです……」

 

万事休すか。

流石に出会ったばかりの人間に数億もの金を貸してくれる者が居る筈も無く、ヘファイストス・ファミリアだって何かしらの担保でもなければ作ってはくれないだろう。

 

そもそも私の基本的な戦法は、付与魔法とこの愛剣の鎖を使った不規則な軌道で相手を削り倒すか、最高速で相手の死角から近付き最大まで上げた切れ味で弱点を切り落とすかのどちらかだ。

つまり、武器を失い、付与魔法も封じられれば、私には何も残らないということになる。

 

今から新たなスタイルを確立する?

それでは遠征には間に合わない。

 

ならば大量の安剣でゴリ押すか?

運搬や費用が尋常では済まない。

 

剣以外の武器では付与魔法の効力が落ちてしまうこともあり、私は戦闘という面ですらも詰んでしまっていた。

このままでは本当に冒険者を引退してお手伝いとして生きていくしか道が無い、どうする私。

ファミリアや知っている人達にお金の関係を持ち込むなんて事は絶対にしたくないし……

 

「……そこでなんだけど、1つだけ取引をさせて貰えないかしら?」

 

「え?き、聞かせてください!」

 

そんな私を見てなのか、ヘファイストス様が一つ提案をしてくれた。

私はそれに反射的に顔を上げて飛び付く。

気付けばレフィーヤさんがアタフタとしてしまうほどに私は落ち込んでしまっていたらしい。

差し伸ばされたヘファイストス様からの救いの手に顔を上げた時、ヘファイストス様は物凄い慈愛の雰囲気を漂わせていた。

 

「貴女が良ければなのだけど、この剣を私達のファミリアに譲って欲しいの。……というよりは展示させて欲しい、が正解かしら」

 

「展示、ですか?」

 

「ええ。これは主神としてというよりは1人の鍛治師としての話なのだけれど、出来ることなら色々な人にこれを見て貰いたいのよ。同じ鍛治師だけでなく、冒険者の人達にもね」

 

「………なる、ほど」

 

正直に言えば、この剣を手放すのには強い抵抗があった。

できることなら手元に置いておきたいし、誰かに渡したくなんてない。

 

けれどこのまま持っておいてもいつか壊れてしまうのも事実であり、剣のエキスパートであるヘファイストス・ファミリアに置いてもらって手入れをして貰う方が長く、その形を保つことができるということも事実であった。

どちらがこの剣が安らかに眠る事ができるのか。

それを考えれば、私には選択肢などもとより無い。

 

「……偶に見に来ても良いなら、お願いしたいです」

 

「そう、ありがとう。任せなさい、本当に信用できる者にしか手入れは任せないし、私も毎日様子を見に行くわ。

……それに貴方なら毎日ここに来たって構わないの。少なくとも私はこの剣を見た時からそれくらい貴方のことを信用してるし、認めてる」

 

「ヘファイストス様……」

 

「これは完全に私の想像なのだけれど、貴方よく神に好かれるタイプじゃないかしら?この街に来たからには、これから災難なことになりそうね」

 

「ヘファイストス様ぁ……」

 

あまり嬉しくない褒めをされて微妙に落ち込んでしまう。

同じ様なことをロキ様にも言われていたからか……オラリオにやってきて1月も経たないうちにエリクサーを使う羽目になった身から言えば、災難に関しては本当に笑い事ではなかった。

神様に好まれるというのは、実際嬉しいことよりも大変なことの方が多いというのは言い訳できない事実でもあるのだし。

 

「さて、その展示の話なのだけれど、勿論それなりのお金は取るわ。入場者の管理くらいしておかないと盗難される恐れもあるからね。それでも見たいという人は数え切れないくらい居るでしょうけれど」

 

「……!なるほど、そういうことか主神殿!」

 

その手があったかとばかりに立ち上がる椿さん。

しかし一方で私とレフィーヤさんは互いに顔を見合わせて首を傾げる。

 

「ふふ、そういうこと。きっと貴方のおかげで私達の元にはかなりの利益が入ってくるわ。これくらいの物になれば多少高くとも一度は目にしたいっていう物好きは多いと思うし、なにより神代の歴史上の物に匹敵するレア物となれば他の神達が黙っていないもの。この象徴のおかげでうちの売り上げも増えるでしょうし。……それこそ、不壊属性の武器を1本くらいどうにかできる程には」

 

「……!!ということは!!」

 

今度は私が立ち上がる番だった。

そんな私を見てヘファイストス様も嬉しそうに微笑んでくれる。

 

「ふふ、そういうこと。だから言ったでしょう?これは取引だって。

貴方がもし私達にこの剣を任せてくれるのなら、代わりに貴方の武器事情については私達が責任を持ってなんとかするわ。それは私からも約束してあげる」

 

「あ、ありがとうございます!!」

 

「お礼なんていいのよ、これは正当な取引なんだから。私達にだって利益があるし、お礼を言いたいのはむしろこちらの方だわ。ねえ椿?」

 

「全くその通りだろうな主神殿、これを見て若い奴等が一層活気付くのが目に見えるようだ」

 

そう快活に笑う椿さん。

そんな彼女の瞳にも熱い炎が宿っている様に見えたのはきっと気のせいではないだろう。

 


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