白海染まれ   作:ねをんゆう

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120.飛躍

こんな風に朝から曇り雨が降っている様な日でも、そのファミリアの領域では火と鋼の臭いが普段通りに漂っている。

ヘファイストス・ファミリアの鍛冶場。

久しぶりに訪れたそこは以前と変わらず、どころか7年前とも殆ど変わらない姿でそこにある。

 

彼が今日ここを訪れた理由。それこそ目覚めて様々な変化がありながらも、何より優先してここを訪れた理由。

それはもう一つしか無い。

他のどんな鍛治師にも目をくれず、ユキはただ1人、この都市最高の鍛治師の元へと歩いていく。求めている武器を作れる人間が、彼女以外には存在しないから。それを作れる様な可能性を持つ人間が、彼女以外には存在しないから。自分にとって今何よりも必要な物を手にするために、図々しさを自覚しつつも彼は歩を進めていく。

 

「こんにちは、椿さん、ヘファイストス様も」

 

「おう、本当に来たのだな。急に願い事があるなどと伝え聞いた時には驚いたが、もう身体の方はいいのか?」

 

「はい、この通り」

 

「……貴女、何だか少し変わったかしら?こう、前にあった時とは別人の様にも見えるわ」

 

「どうでしょう、もしかしたら以前よりは優しくなくなってしまったかもしれません」

 

「ほう、それはなかなかに恐ろしい宣言だ。まあ、個人的にそこはあまり変わった様には見えんがな」

 

部屋の真中でユキが来るのを待っていたのは、以前にも同じ様にこうして顔を合わせた、ヘファイストス・ファミリアトップの2人。けれど以前と違うのは、ユキが他の誰にもお供をお願いすることなく、こうして一人でここへ来たという事だろうか。どこか以前よりも余裕がある様に見える彼の姿に、2人は何かを察する。

 

「さて、早速本題に入りましょうか。前の遠征で修繕が必要になった貴方の武器はこうしてもう直してあるのだけれど……わざわざ私まで呼び出したんだもの。本当の用件は別にあるのでしょう?」

 

「はい。私個人では可能かどうかも分からないので、こうして相談をしに来たんです」

 

「ほう、手前等を前に可能かどうか分からないと言うか。面白い、聞かせて貰おう」

 

椿の前にあるのは、遠征の際にユキが使用した不壊属性の二本の剣。不壊武器でありながら、武器の寿命を使用するというユキの魔法の特性で修繕が必要となったそれ。以前に見た時そのままに素晴らしい光を放っているそれは、もし他の探索者が見れば口から手が出る程の代物だろう。値段を付ければ果たしてこの一振りでどれほどの0が並ぶ事となるか、目の前にあるそれはそれほどの価値を秘めている。

……だが、それでもユキは分かっているのだ。

たとえそれをもう一度使ったところで、再び修繕が必要になるということなど。たとえそれをもう一度叩き直したところで、やはり根本的な解決にはならずに延命にしかならないという事を。

故に、ユキの願いはただ一つ。

 

「私が全力で使っても壊れない武器を作って欲しいんです。一つまた別の機構を追加して」

 

「……くく、不壊武器を超える武装を作れというのだな、お主は」

 

しかしそう言う椿の目には間違いなく新しい炎が宿っていた。

彼女は赤い布の上に置かれたその二本の剣を持ち、一度ユキへとそれ等を手渡す。それを手渡された意味を、彼女が求めているであろう光景をユキは理解し、微笑みを返す。

両手の剣に白い光が纏わりつく。

椿に案内をされながらシトシトと雨が降る外へと、傘も差さずに歩み出る。

人は殆ど出歩いていない。

普段は魔剣の試し切りに使われれる場所。

けれどやはり雨天のせいかそこには誰も居ない。

居るのは3人、その空間の中央に立つのはユキだけだ。

ただ空を見上げて、二本の剣を握り締める。

雨に濡れることも構わず、2人はそんな彼の姿を見詰める。

 

「その武器で足りんと言うのなら、事実この目で見せてくれ。手前の作った傑作とも言えるその武器ではまだ至れていないということを、ここで証明してくれ」

 

「……いいんですね?」

 

「ああ、構わない」

 

凄まじい量の光の粒子が、ユキの身体から放たれる。流星の様に彼の周りを飛び回る光の粒子の塊は、様々な軌跡を作って二本の剣へと集まっていった。降り当たる雨粒がまるで重力に逆らう様に速度を緩め、光の束に飲み込まれる度に熱と煙に消えていく。

膨大な魔力、尋常ならざる圧力。

戦いに身を置く者でなくとも分かる。

 

「……そう、そこまで」

 

「ふっ!」

 

その身に合わぬ圧倒的な剛力を伴う剣撃と共に、空へと向けて二つの斬撃が放たれた。周囲の建物が振動するほどの衝撃。空気を引き裂き、空を焼く様な強烈な閃光。遥か彼方に浮かんでいる暗雲に穴を空ける程の極大の威力と規模。この雨の中でも家屋の外に出ていた人間の誰もが、その一撃を目撃していた。

……次元を一つ超えていた。

最高の剣を手に入れたユキは、その一撃で階層主を破壊できる怪物と呼ばれる位置に立っていた。

 

穴の空いた雲の隙間から差し込んだ太陽の光が彼を照らす。

掲げられた二本の剣が灰となって消えて行く。

その姿を、謎の振動に建物から出てきた多くの鍛治師が見ている。

椿の作った不壊武器が灰の様に崩れて行くその光景を、信じられないといった眼差しで見つめている。

 

「……こんなことが」

 

「ああ、納得した……これでは確かに足りないだろう」

 

「剣の潜在能力を引き出す代わりに齎される概念的な寿命の消費……それ即ち物質を構成している力から、付与されている魔力まで全てを使い果たすということ。武器を構成するオリハルコンの内部の結合力と、不壊属性の元の一つとなっている魔力の線まで消えている。それに何より……」

 

「その剣撃、それだけでも普通の剣では耐え切れまい。一体どこで習った?」

 

「ふふ、秘密です」

 

薄らと目を細めて唇に人差し指を当てながらそう言うユキ、魔性。けれどそれが同時に不壊属性の武器を一振りで粉々に出来るような怪物となれば……ヘファイストスと椿は苦笑いをするしかなかった。

 

 

 

「なるほど、つまりこういう形のイメージで良いのかしら?」

 

「はい。かなり自分の身体を制御出来る様になってきたので、もう鎖が付いていれば十分ですし……ところで、出来そうですか?」

 

「武器の形自体は問題無いと思うわ、もっと複雑な物を頼んでくる人も居るくらいだもの。問題はやっぱり貴方の魔法に耐え得る基盤の方ね」

 

ある程度の理想を話し終えると、そこからは現実的な方法を考える段階に入る。ユキの理想を実現するのに、とは言え所詮はユキ程度の常識人の考える理想なのだから、もっとぶっ飛んだオラリオの住人達が求めてくる奇妙な物に比べればかなり再現は容易い。ただし、このオラリオ、どころか世界を探しても最先端で最優とも言える不壊属性の武器。これを超えるものとなれば最早それは難しいというレベルを超えている。ヘファイストスでさえもそれはそうだ、都市最高峰の鍛治師である椿などただただ真剣な顔をして自身が作った不壊属性の武器と睨めっこをしている。

 

「うーん、何か方法とかあるでしょうか」

 

「単純なのは神の血を使う事かしら。貴方の魔法は恐らく自分よりも格の高い物を変換する事は出来ないと思うの、心当たりはあるかしら?」

 

「……そういえば、以前に魔獣を倒した時に使った神力を宿した剣は、また違う効果を出していましたね。私が普段使う物とは違って、本当にただその剣の性質が強く引き出していただけの様な」

 

「やっぱり神の力にまでは干渉は出来ないのね、それでも引き出す事が出来るのは凄いと思うけれど。……となると、前にヘスティアの子の為に作ったナイフの様な構造をベースにする方向で考えてみましょうか。ユキ、貴女と最も相性の良い神は誰かしら?」

 

「相性……それなら多分アストレア様でしょうか。自分ではよく分かりませんが、ロキ様と相性が良いのはフィンさんみたいな人だと思いますし」

 

真っ先に思いつく神物と言えば間違いなくアストレア。

ロキとも相性が悪いという事は無いが、力を借りた武器を使うとなればやはりそこまで深く根底にまで染み渡る様な相性ではない。まあロキが聞けば悲しむのは間違いないとしても、やはり最初に恩恵を与えたアストレア以上に、自身の今を作り上げたアストレア以上に相性の良い神などそうは居ないのだ。フレイヤだってそこには入れない。

 

「ふむ……例えばなんだけど、貴女の基礎を作った神様、みたいな人は居ないかしら?より貴女が幼い頃の話がいいわね」

 

「あ、それならエレボス様ですね」

 

「は」

 

そういえばもう一柱居た。

ユキの今を作り上げた神物。

ユキの根底を作り上げ神物。

ついこの間、それが分かったばかりである。

アストレアの他に関わりの深い神は実は居たのだ、もう居ないけれど。

 

「前に聞きました、私がまだ幼い頃に英雄としての役割をこの世界のエレボス様が与えて下さったと。そういう意味では私の最初の基盤を作って下さったのはエレボス様になります」

 

「……貴女、それ他の人には絶対言ったら駄目よ?今でも彼に憎悪を抱いている冒険者は多いんだから」

 

「え?あ、はい……」

 

「えっと、話を変えましょうか。例えば他に使える魔法とかはあるかしら?そういう性質も知っておきたいわ」

 

「えっと、魔法を打ち消す魔法ならありますよ?ついこの間使える様になったんですけど、例えばこうして……【母の心音/ゴスペル】」

 

「……なんだか頭が痛くなってきた。大変ね、ロキも」

 

「?」

 

心底疲れた様に息を吐く彼女に対して、ユキは普段通りに首を傾げるしかなかった。こんな事が周囲に知れ渡れば、一体どうなってしまうことか。なぜ彼はこんなにも問題ばかりを背負い込んでくるのだろう?ロキの苦労を察したヘファイストスは、今度お茶くらい奢ってやろうと、少しだけ彼女に優しい気持ちを抱くことが出来た。


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