白海染まれ   作:ねをんゆう

123 / 162
123.物語の一つ

事の顛末。

ベート・ローガ、単騎でヴァレッタ・グレーデを含めた闇派閥の一軍と暗殺者達集団を殲滅。

アイズ・ヴァレンシュタイン、上手い芝居でベート・ローガの本音を引き出す事に成功。

ロキ・ファミリア、ベート・ローガのツンデレを理解し無事に和解。

リヴェリア・リヨス・アールヴ、謝罪。

レナ・タリー、生還。

ベート・ローガ、激怒。

ユキ・アイゼンハート、何故かついでに怒られる。

 

「い、痛い……なんで殴るんですかベートさん……」

 

「テメェもこの巫山戯やがって!2.3日前まで死に掛けてた奴が何ノコノコ出歩いて闇派閥とやり合ってんだボケが!ちったァ大人しく出来ねぇのか!」

 

「それはそう」

 

「それは普通にベートが正しい」

 

「だ、だってやりたい事が色々あって……」

 

「テメェのやりたい事ってのは殺し屋ボコボコにする事だったのかアァン!?」

 

「それは本当に偶然だったんですよぅ……」

 

「はぁ、全く……ユキ」

 

「リ、リヴェリアさん……!」

 

「反省しろ」

 

「うっ……はい……」

 

なぜ、自分は誰よりも無茶をしてボロボロの血塗れになっているベートよりも怒られているのだろうか。

今回の一件、全くの無傷で終わった筈のユキはそうして小さくいじける。いじけながら……ベートの治療を始める。手持ちの救急箱を鞄から取り出して、片方の頬を膨らませながら。

 

「あー!白海の輝姫(ミルキー・レイ)が治療に託けて私の雄に触ってるー!離れてよー!」

 

「ミルキー……?あ、そういえば私の二つ名そんなでしたね。あまり呼ばれていないので、すっかり忘れていました」

 

「それを聞いたら名付け親のフレイヤが泣きそうやな……うちは笑うけど」

 

「オイ、ところでお前これ何やってんだ……?痛いってレベルじゃねぇぞこれ。っつーか、なんか意識が……」

 

「あれ、もしかしてベートさん麻酔の効きが悪過ぎる体質だったりします?不味そうな傷を取り敢えず麻酔使って消毒と縫合してますから、痛いのは少し我慢でお願いしますね」

 

「テメェ何勝手にこんな所でガッチガチの手術してやがんだ!?痛ェに決まってんだろンなモン!」

 

「ああ、暴れないで下さい。大丈夫ですよ、簡易的に出来る様に薬品とか調合して持ってるんですから。縫合した糸も抜糸の必要の無い物ですし、他にも手当の必要な傷口がありますし」

 

「……オイ待て、お前あと何箇所やる気だ」

 

「あと4箇所ですね」

 

「だったら素直に治療院行くわボケ!誰が好き好んであと4箇所もこんな激痛に耐えるか!」

 

「あ〜ん、私にもそれやらせてよ白海の輝姫(ミルキー・レイ)〜。私もベート・ローガの身体の中を弄りたい〜」

 

「いいですよ?一緒に勉強しましょうか♪」

 

「何ッにも良くねぇ!!おいババア!こいつらが馬鹿やる前にさっさと治癒魔法かけろ!」

 

「ユキの前でババア呼ばわりする様な奴の為に使う訳がないだろう、あと4箇所縫われていろ」

 

「クソがァァア!!」

 

それはまあ、少しの意地悪というか、普段のお返しというか、今日まで色々と迷惑をかけてきた彼に対するお返しというか……

それでも、こうして笑えているだけいいのかもしれない。

 

闇派閥の幹部の1人が消えた。

彼等の手駒となっていたセクメト・ファミリアの暗殺者達も殆ど壊滅状態。暫くは大きな行動を起こす事は無いだろう。

それでも何をしてくるのか分からないのが闇派閥というものだが、これで少しだけでも休息の時間が得られたのは間違いない。

 

 

 

「……という様な事がありまして、ヴァレッタ・グレーデが中心となって引き起こしていた一連の騒動は一度終わりを告げた形になるかと思います」

 

「そう……お疲れ様ね、ユキ。私も手伝いに行きたかったのだけれど、今私が表に出るのは得策ではないから」

 

「いえ、それはアストレア様の仰る通りですから。お気になさらないで下さい」

 

ユキはベートを治療院に送りアミッドに引き渡した後、ホームに戻りアストレアに報告を行っていた。

アストレアは今は空いていた一室でロキの仕事の一部を引き受けており、実質的にロキが最後に多少確認するだけで十分な程度の書類の作成等の業務を行なっている。

名目としてはロキにファミリア運営について学ぶという事になっているが、それでも彼女も元は中規模のファミリアの主神だった。完全にロキの手伝いというか、殆どロキの代わりに仕事をこなしている様な物だが、それとてアストレアの信頼があってこそ。意外にも彼女はノリノリでそれをこなしていたし、彼女がこの館に居るという事を知っている団員達ともそれなりに良い関係を築けているらしい。

 

……そして、そんなアストレアは今、ユキにこのたった2日の間に起きた諸々の騒動の報告を受けながら、ペンをクルクルと回している。見惚れるほど綺麗な文字で書かれた大量の書類を目の端に置きながら、彼女はそれ以上に見惚れてしまう笑顔を浮かべて頷いていた。

 

「それにしても、不思議なものね。私ロキには好かれていないと思っていたから、まさかここで暮らす事になるだなんて思いもしなかったの」

 

「それも全て、アストレア様とアリーゼさん達の成し遂げた事の影響だと仰っていましたよ。たとえ小さな偽善でも、積み重ねれば無意味では無かった、と」

 

「……そうね、無意味では無かった。たとえあの子達がこの世界から旅立ってしまったとしても、あの子達の遺したものは確かにこの世界に残っている」

 

「ええ、残っていますよ。間違いなく」

 

ユキが別世界とは言え7年前に戻ったあの経験は、それこそ奇跡的で、とても幸運な偶然であったと今では思えている。だって、本来ならばユキは彼女達という存在を知ることなど決して無かったのだから。そんな彼女達を見て、話す事ができた。それはきっと何よりも幸福な事であったと、今ならそう言い切る事が出来る。

 

「リューさんには、まだ……?」

 

「ええ、あの子にも心の準備が必要だもの。貴方が見ていてあげて、ユキ。私と会っても大丈夫というタイミングが来た時に教えてあげて欲しいの」

 

「……ふふ。でもきっと私、その時にリューさんに怒られちゃいますよ?なんでもっと早く教えてくれなかったんだ〜、って」

 

「いいじゃない、その時は一緒に怒られましょう?それに聞いたわよユキ、貴方はいつもリューに怒られているって」

 

「あや、誰から聞いたんですか?そんな恥ずかしいお話を。……まあ、叱られてばかりなのは否定できないんですけどね」

 

「ちゃんと先輩をやれているのね、あの子は」

 

「はい、最高の先輩です。また明日も会いに行く予定なんです、同時に怒られに行く予定でもあるのですが」

 

それはもう今からでも頭に浮かぶ。

きっと、というか必ずユキの話を聞いたリューは激怒するだろう。そして、それはもう顔を青くして狼狽えるだろう。自分が知らぬ間にユキが命の境を彷徨っていたなどと……想像しただけで申し訳なくなる。けれど全部隠さず言わなければ、バレてしまった時に怒られてしまうし、リューとの間に隠し事を持ち込みたくないという感情もある。

きっとユキは明日、これまで起きた事を洗いざらい全部彼女に説明するだろう。そうして彼女がどう反応しようとも、素直に頭を下げるしかない。

 

「闇派閥の一件が落ち着いたら、リューさんとお話しをして、それからアストレア・ファミリアとして活動するという予定でいいんですか?」

 

「ええ、私はそのつもりだけれど……貴方はそれでもいいの、ユキ?好きな人が出来たのでしょう、ここに」

 

「……はい。でも私とリヴェリアさんの最終目標は、2人で世界中を回る旅に出る事ですから。その為の準備にはリヴェリアさんもまだまだ時間がかかるでしょうし、その間に私も残しておきたいんです」

 

「つまり……私のファミリアをある程度育ててから旅に出たい、そういう事かしら」

 

「はい、それが私がアストレア様に出来そうな唯一の親孝行ですから。ヘファイストス様との契約の利益は、これまでのお礼という事で全部ロキ様に引き渡してしまおうかと思っているので、金銭的な面はまたこれから考えなくてはいけませんが……きっと、アリーゼさん達にも自慢できる様なファミリアを作ってみせます」

 

「そう……それなら、早速形だけでもファミリアとして申請しておきましょうか。早めにしておいた方が有利な事もあるもの、なるべくその情報が表に出ないようにも頼んでおかないとね。……ありがとう、ユキ」

 

「いえ、私がしたい事なので」

 

親孝行だなんて、気にしなくてもいい。

そう思っても、口に出しはしない。

目の前のこの子はそんな事を言われるより、きっとお礼を言われた方が嬉しいという事をアストレアはよく知っているから。そしてこの子は一度言ったら最後、たとえここで止めたとしても、きっとそれをやり遂げてしまうという事を知っている。だったら好きにやらせるのが一番だ。

自分はそれを一番近くで支えてやればいいと、アストレアはよく知っている。

 

「ユキ、今貴方は幸せかしら?」

 

「!……はい、とっても幸せです!」

 

ずっと、ずっとその笑顔を待っていた。

ずっと、ずっとその笑顔を見たかった。

ずっと、ずっとその言葉が聞きたかった。

 

(……あとは貴女が帰ってくるだけよ、クレア。私は今でもあの日の最後に交わした貴女との約束を、忘れてなんていないんだから)

 

ユキの笑顔を取り戻す最後のピースを、アストレアは今でも待ち続けている。

アナンタの悲劇が起きたあの日、アストレアが彼女と交わしたその約束を果たす事の出来る日を、今でもずっと待ち続けている。

そして必ず、2人でユキを見送るのだ。

いつかあるであろうユキの結婚式にも、必ず姉と母として出席すると、心に誓っている。


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