白海染まれ   作:ねをんゆう

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126.団の長として

ラキア王国、それは大陸西部に存在する君主制の軍事国家だ。

また同時に主神アレスが作り上げたアレス・ファミリアでもあり、オラリオ外では屈指の力を誇る、戦争で勢力を拡大して来た歴史の長い国でもある。

かつてはクロッゾの魔剣を使用してエルフの国や精霊の住処を焼き払った事もあり、その悪名は高い。彼等の被害にあった小国は、きっと今や数えるのも面倒になる程の物になるだろう。

更にこのラキア王国は、近年では頻繁にこのオラリオへと攻め込んで来る事でも有名であった。数えるだけでも過去に5回。

その度にボコボコにされ、逃げ帰っていくという醜態さえも有名だ。積りに積もった主神アレスの恨みは深く、その度に相手をしなくてはならないオラリオの冒険者達の溜息もまた深い。

 

……そう、つまり彼等は今年もやって来たのだ。

多くの兵を引き連れ、様々な手段を考え持ち出し、そのあらゆる物を真正面から木っ端微塵に打ち砕かれに。

 

「まあ、今回は私達はホームで待機なんですけどね」

 

「アレスにも困ったものね、昔からああなんだもの。振り回されている眷属達もさぞかし苦労していると思うわ」

 

「私としては戦争を推し進める様な神様はあまり好きでは無いんですけどね。その国の生活が懸かっているという事は理解出来ますが……」

 

「戦争なんて子供達だけでなく私達だってしていたもの、アレスを天界に返した所で無くなりはしないわ。……むしろラキア王国の影響で小国間の紛争は減っている。頭のアレスが熱血漢で陰湿な策を弄する神格ではない以上、今が誰にとってもベストだったりするのよ」

 

「なるほど……そこまでは考え至りませんでした。私もそういう視点が持てる様になりたいものです。アキさんはどうでしたか?」

 

「…………………え?ええっ!?私!?」

 

「えっと、どうかしましたか?アキさん」

 

「う、ううんっ!?なんでもないの!ほんとに、大丈夫!」

 

「?」

 

フィンを筆頭にロキ・ファミリアの団員達がそのラキア王国によるオラリオへの襲撃の対処に追われている現在。アストレアの眷属として在りつつも、一応は未だロキ・ファミリアの団員であるユキはホームの中でお留守番。

それは当然ホームの守りの為に、アストレアの守りの為に、そして何より今のユキの実力を周囲に知られる事のない様に……という理由があり、ユキもそれを承諾して今は大人しくアストレアと共にテラスで優雅にお茶を嗜んでいる。

 

……さて、そんなこんなでユキが自分の部屋から持ってきたティーセットでリラックスした雰囲気の流れているこの場だが、どうしてかそこには妙に緊張した面持ちでティーカップを揺らしながら座っている女性が居た。ユキと同じ様にホームの留守を頼まれ、そして同時に主従揃って妙に行動力のある2人の見張りを頼まれた彼女。

ロキ・ファミリア二軍中核メンバー、アナキティ・オータム。

 

ユキにお茶に誘われた彼女は特に何も考えずにここへと来てしまい、まさかそこにアストレアが居るとは露ほども思わず、こうして額汗を流しながら俯いている。

そもそもアナキティことアキは、業務関係のこと以外では大してユキと話したことがない。それは別にアリシアの様にユキに対して何かしらの思いを抱いていた訳ではなく、ユキが入って来た頃から所謂一軍メンバーと関わりが深く、アキも何となくユキが直ぐに一軍に登るであろう人間だと予想していたからだ。

その予想通りユキはトントン拍子で一軍へと上がり、遠征で59階層へ向けてアタックを仕掛ける時にはその目でユキ・アイゼンハートという英雄の一端を垣間見た。

正直な話、同じレベルの人間だと思えない程に別次元であると思い知った。それもまたあまり話す事の無かった理由の一つだったかもしれない。……無意識の嫉妬とか、恐れとか、そこに実際に何があったのかは自分自身でも分からないし分かりたくもないが、とにかくそう深い関係では無かったのだ。

 

そんなアキが今、何故かこの2人のお茶会に混じっている。

果たして何を話し、それ以前にどういう感じで彼女達と関われば良いというのか。考えれば考えるほど何もかもが分からなくなる。

 

「ふふ、それにしても5年の月日というのは想像より長いものなのね。まさかあのアキちゃんがこんなにも素敵な女性になっているなんて」

 

「え……お、覚えていて下さったんですか!?アストレア様が居た頃は私もラウルも後方支援ばかりだったのに……」

 

「これでも人の顔を覚えるのは得意な方なの、だからそれなりには覚えているわ。ここに居る子達も、もうここには居ない子達も」

 

「アストレア様……」

 

「ユキも私に似て人の顔を覚えるのが得意だから、10年後も20年後もきっと私達は貴方達の事を忘れたりしないわ」

 

これが本物の女神というものなのか。

なんてロキには言えない様な事をアキは思ったが、それはまあ常日頃からセクハラばかりしているロキが悪いとして。

それでも、こうして2人の会話を見ていて分かるのは、それこそこの2人の関係は正しく親子の様なものであるということ。そして、やはりそれなりに2人の雰囲気はよく似ていて、そんな2人に囲まれているだけで何となく今日まで感じた事の無かったような妙な雰囲気に浸されている気分になるということ。

 

「貴女もラウルくんも前に見た時よりずっとカッコよくなった……何れはロキ・ファミリアの団長と副団長かしら?」

 

「そ、そんなことは!」

 

「でも、フィンさん達はそう考えている節ありますよね。少なくとも次の団長にラウルさんを据えるつもりは満々でしょうし、ラウルさんが団長になれば自然とアキさんは副団長です」

 

「そ、それは……そうかもだけど……」

 

「英雄はいつまでも英雄では無いんですから、役割を終えれば次の世代に交代です。フィンさん達もさぞ安心していると思いますよ、託せる人達を見つけられたのは」

 

「ううっ」

 

「ふふ、そうね。後を託せる相手を見つけられるというのは、それだけで幸福なこと。それがアキちゃん達の様に着実に成長を積み重ねて来た子達なら特にそう」

 

「わ、私は別にそんな……!」

 

「う〜、アストレア様?それは私に対する嫌味の様にも聞こえます。確かに私は着実に積み重ねたとは言い難いですが……」

 

「あらあら、そんなに拗ねないでユキ。貴方だってとても頼もしくなったわ。ほら、よしよし」

 

「むぅ」

 

ふわふわとしたこの雰囲気に引き込まれる。

心地が良いというよりは、なんだか周囲の物が突然ふわふわの綿になって否が応でも甘やかして来るような、そんな感覚。

こんな2人に常日頃から囲まれていれば、大抵の小悪党くらいならばそれだけで簡単に更生させる事が出来てしまうのではないかと思えてしまう程のほんわか雰囲気。

 

……しかしアナキティは知っている。

いざ修羅場となれば目の前の両人がどれほど強い姿を見せるのかを。こんなふわふわ空間など想像も出来ない程に強い意志と行動力によって、真っ先に先頭に立ち盤面を進めていく猛者であるという事を。

そういう意味でもやはり、ユキはアストレアによく似ているのかもしれない。尊敬する育ての親ともなれば当然なのだろうが。

 

「はぁ……でも、留守と言っても本当にする事は無いから。良かったらユキも外に出て来ていいのよ?どうせ私は中で書類仕事してるだけだし」

 

「ん〜……お言葉に甘えて暫くしたら外に出たいと思いますが、今はこうしてお二人とお茶がしたいです。アストレア様とは久し振りですし、アキさんともこうしてゆっくりとお話しするのは初めてじゃないですか?私それが嬉しくて」

 

「っ、それは……まあ、私もそうだけど……」

 

「それにほら、私もアキさんも同じ黒髪じゃないですか?なんだかそれで勝手に仲間意識持ってしまっていて……昔はともかく、今は私もこの黒い髪で良かったなぁって思ってますし」

 

「!」

 

「そ、そう?……まあ、確かにアマゾネスや極東出身のヒューマン以外では珍しいかもしれないわね。獣人でも黒毛はそんなに居ないし、私とユキの髪質は似てるかもだし」

 

「私達、結構似たもの同士だったり……!」

 

「それは無いわね」

 

「酷いっ!?」

 

「私、1人で精霊相手に突っ込んだりしないもの。冒険者は冒険しないって常識を知らないの?目を離せば冒険ばかりしてるユキは私から見れば本当に恐ろしくて身が震えそう」

 

「うぅ、だってあそこでロキ・ファミリアの皆さんに負けて欲しく無かったんですもん……あれさえ凌げれば絶対に勝てると思いましたし」

 

「ああ、うん、多分その認識がもう私とは違うんだと思う。私はあの時そもそも勝とうっていう気持ちすら無くなってたし……」

 

それこそがフィンの様な主役になり得る人間と自分達脇役の違いだと思っているアキ。しかしそれを考えた瞬間に、つい先程ユキとアストレアから次の主役に据えられるのが自分達であるという事を告げられたばかりである事を思い出す。

アストレアは何故か2人が髪の話をし始めた辺りから妙に嬉しそうな顔で如何にも母親っぽい笑顔でニコニコとユキを見ているが、こんな事を自覚させた癖に放って置かれるのは酷いとすら感じる。

いつか自分やラウルがあの場所に立つ……?

そんな事は考えられないし、考えることを自然と避けてもいた。いつまでも前を走る彼等の背中を見つめていられればいいと、彼等の物語を誰よりも側で見られるのならそれでいいと、そう考えていた。

 

だが、言われてみれば確かにそうだ。

今の幹部達は、少なくともティオネやティオネ、そしてベートは、団長や副団長という立場に立つ事は無いだろう。彼等はフィンの姿を見ているからこそ、自分達の事がよく分かっているからこそ、断る筈。

アイズも人を率いる素質はあるが、団長として只管に頭を使う立場に立つというのは嫌がるに違いない。容易に想像出来る。

一方でレフィーヤはリヴェリアの後釜として育てられているが、それでも団長になる器であるかと言われれば、それはまた別の話。無理に言えば副団長くらいにならなってくれるかもしれないが、それでもきっともう1人副団長を立てるか、アキやアリシアに助けを求める事になる。

 

……そう考えると、確かに将来的にロキ・ファミリアの団長として立てるのは、フィンの指揮を誰よりも近くで見て学び、平凡な身であるが故に周囲を見る目と確かな努力と経験が養われており、クノッソスの一件でも一時的にフィンの役割の一端を果たす事の出来たラウルだけ。

間違いなく最有力候補。

とは言え、そうは言ってもやはりラウルはラウルだ。

いくらなんでもフィンの代わりが務まる程に優秀ではなく、精神的にも弱い、諸々で足りない部分も多い。そんな彼が団長として立つのなら、誰よりもその側で支えて手伝う事になるのは、それは間違いなく他の誰よりも付き合いが長く、そして彼の良い所も悪い所も全部纏めて知り尽くしている、他でもない……アキしか居ない。

つまり次期副団長になるのは自動的にアナキティ・オータムしか居なくなる訳だ、アストレアの言う通り。それ以外の道筋がどこにも無い。

 

「ア、アストレア様……一つ、ご相談したいのですが」

 

「うん?何かしら」

 

「あの……副団長とか団長って、私達なんかでも、出来るものなのでしょうか……」

 

「「!」」

 

目の前に座っている女神アストレア、彼女は以前に中堅ファミリアを持っていた主神である。そしてその神格は間違いなく信じられる。

だからこそアキはこの場で直ぐ様に相談することにした。この英雄の器を持ったユキを育て上げた1人の親としても。

 

「……そうね、丁度いい機会だわ。ユキもこの事について少しお話ししましょうか」

 

「ええ、そうですね」

 

「え?ユキもですか?」

 

「ええ、ユキもそのうち私のファミリアの団長として活動してくれるみたいだから。だからきっと、良い相談相手になると思うの、同じ次期ファミリアの首脳陣として」

 

「まあ、私はある程度ファミリアが育ったらリヴェリアさんと旅に出る気満々なんですけどね。丁度アキさんと入れ違う形になるかと」

 

「……貴方、偶に無責任よね。いや、そこまで見る責任感はあるから違うのかもしれないんだけど」

 

果たしてユキは分かっているのだろうか、託される側の苦労というものを。

託す側が偉大で尊敬出来る人間であるほどに、託される側はそれはもう色々と悩み苦しむ事になるのだ。具体的にはレフィーヤの様に、むしろレフィーヤには才能があった分まだマシなくらいに。

主神となるアストレアとここまで相性が良く、見目も合い、実力も人格も伴っているユキの後任など、一体何の地獄なのかとアキは思ってしまう。確実に悩むだろうし、怖いだろう。少なくともアキなら絶対にその立場はお断りだ。

 

「……とは言え、確かに団長の器という物は存在するかもしれないですが、その器自体はかなり自由な物なんじゃないかなぁと私は思います」

 

「え?あぁ……え?」

 

「ふふ、それはどういう事か説明してくれる?ユキ」

 

「説明と言われてもそう大した説明が出来る訳ではありませんが……良くも悪くも、ファミリアの団長と言うのはそのファミリアに必要な人間だと思うんです。必要だからこそ選ばれて、その人が居るからこそ団員達も居る訳ですし」

 

「つまりそれって、団長が変われば団員も減るってことなんじゃ……」

 

「多少は減ると思いますよ?そこはもう仕方ないです、ある意味一つの区切りとなる訳ですし。これを機に新しい道を歩んでみようと思う人は必ず出てきます」

 

「まあ、それはそうかもしれないけれど……」

 

言いたい事は分かるが、いざその時になれば自分もラウルも落ち込むであろう事が容易に想像出来る。

ユキは『新しい挑戦になる機会でもあるから〜』と表現を柔らかくしてくれたが、実際にはラウルやアキでは頼りないと思って出て行く人間も居るだろう。

それを考えると今からでも気が滅入るくらいで。

 

「ですが、人が減れば人が増える事もあります。基本的にファミリアの団員というのはそこの主神と団長に惹かれて入って来る訳ですからね。特にロキ・ファミリアには魅力的な団員も多いですから、人に嫌われる事のないラウルさんの性格は強味になるかと」

 

「!……それは、確かに」

 

「そもそも団長の在り方は自由で良いと思います、相応しく無ければ人が集まらないだけですから。それは私とて同じです。私に団長としての器が無ければアストレア・ファミリアは再建出来ない訳で」

 

「……別に器が無くても集まると思うわよ?ユキは見た目可愛いし」

 

「つまりラウルさんを可愛く着飾れば団員がたくさん集まる……?」

 

「私が率先して辞めそうだからやめなさい」

 

「ふふ、それは私もいいと思うけど」

 

「泣くのは他でもないラウルですからね……?」

 

恐らく本当に何の成果も得る事のできないであろう、ただただラウルを泣かせてしまう事になるだけのそんな提案は断るとして。

やはり最後に求められるのは団長に対する信頼感。それはつまり人柄、実績、そして能力。そのどれもを持っていれば、もしくはその一つでも飛び抜けていれば、人は自然と集まり、認められ、長として相応しい人間になれるという事だ。

 

例えばフレイヤ・ファミリアの団長であるオッタルは、何より能力の面が飛び抜けているタイプだ。実績も確かにあるが、その能力の高さで長を務めているだけあり、彼の団員は力を付ける事を何よりも重視する。

逆に元アストレア・ファミリアの団長であったアリーゼ・ローヴェルは完全に人柄で団長として立った人間だ。彼女の実力は確かにあったが、純粋な剣の腕なら副団長である輝夜が、魔法や速度面で言えばリューの方が上。実績も大してあった訳ではない。それでも彼女が団長として周囲から認められていたのは、間違いなくその人柄と人望故だった。

一方でヘファイストス・ファミリアの団長である椿は、能力と人柄は当然だが、表立って多くの団員達に見られる訳ではないそこでは無く、何より数多の上級冒険者達が彼女の世話になっており、その武器がまた偉大な偉業を成し遂げているという実績の方が影響は強い。不壊武器を作り、優秀な魔剣を作り、それ一本で数千万の値段が付く。末端の新人団員が彼女を敬う理由はただそれだけでいい。

 

ガネーシャ・ファミリアのシャクティ・ヴァルマ、ヘルメス・ファミリアのアスフィ・アル・アンドロメダ、果ては最近噂のヘスティア・ファミリアのベル・クラネルとてそう。

人柄も実績も能力も伴っており、皆周囲の人間からよく認められている。

勿論これは善良なファミリアにだけ当て嵌まる訳でも無く、あまり良い話を聞かなかったアポロン・ファミリアのヒュアキントス・クリオはアポロンさえ関わらなければ冷静で優秀な冒険者であったし、イシュタル・ファミリアのフリュネ・ジャミールであってもその酷過ぎる人格を補うに十分な実力があった。

 

要は魅力があればいい。

自分やラウルがその立ち位置に着いた時に、それでも自信を持って職務を遂行するのに、他の団員達がその時の自分達に何かしら魅力を感じられる様な要素が1つでもあれば良いのだ。

 

(とは言え、流石に今の私達に"紅の正花"の様な性格的な魅力は無い。実力もLv.4と言っても同じレベルだった頃のユキやアイズと比べれば全然。実績だって、団長達のおこぼればかり。今のままでは、胸を張って団長達の代わりなんて出来やしない)

 

そう考えると、なるほど確かに目の前の人間は間違いなく優秀な団長になれるだろうと想像出来る。

実力は既にフィン達に追い付くのでは無いかと思う程に十分。実績もLV4からLv.6までの最短記録保持だけで無く、詳しくは知らないがどうやらオラリオに来る以前から様々な経験をして来たという。人格も少なくともこの数ヶ月で大手のファミリアの幹部と挨拶が出来る程度の仲になれるほどで、そもそも育ての親があの女神アストレアの時点で問題などある筈がない。

確実に大手のファミリアを作り上げられる逸材だ。それまでユキがこの街に居るのなら、という条件付きの話ではあるが。

 

「……どうすれば」

 

「?」

 

「どうすれば、ユキの様になれるのかしら」

 

「私の様に、ですか?」

 

「ええ、どうすればそんな風に人の興味を惹ける人間になれるの?やっぱり頭がおかしいの?」

 

「あれ、それ私もしかして貶されてません?私もしかしてアキさんに嫌われてません?気のせいですよね?ね?」

 

照れ隠し気味に言ったその言葉だが、知りたいのは本当だ。どうすればフィン達の様な尊敬され、憧れられる様な人間になれるのかが知りたい。知って、なりたいのだ。本当は。自分だって、そんな英雄みたいな人間に。

 

「う〜ん……アキさんはもう十分に魅力的な人だと思いますけど」

 

「そうね、とっても可愛らしいし。実力も人柄も実績もちゃんと有るじゃない」

 

「それだけじゃ、足りないんです。今のままでは団長達の代わりなんて務まらないんです。今の私達ではとても……!」

 

「「…………」」

 

そんな風に語るアキからはユキやアストレアが思っていたよりもその事実をずっと深刻に考えているという事がよく分かる。

一瞬驚いた様に互いに顔を合わせた2人は、しかしそれでも笑い合った。そんな事は別になんでもない事だとでも言うかのように。

 

「フィンさん達の立場にそのまま入れ替わるなんて無理ですよ」

 

「っ、どうして……!」

 

「だって、アキさん達には同世代にアイズさんやレフィーヤさんが居ますから。フィンさん達の様な、実力も実績もファミリア内トップの立場にそのまま変わるのは難しいです」

 

「勿論、アキちゃん達があの2人を超える程の急成長をするのなら成れるかもしれないわ」

 

「そ、れは……」

 

「きっとアキちゃんに今足りないのは覚悟かもしれないわね」

 

「覚悟、ですか……?」

 

「そう、覚悟。アキちゃん達が団長に変わる頃には間違いなくロキ・ファミリアが衰退するという事を受け入れる覚悟と、それでもそこから何十年掛けてでも再興し後進に引き継ぐという覚悟。その2つよ」

 

「……!」

 

アストレアの優しげな両眼がアキの視線と交差する。けれどその目はただ優しいだけでは無く、何かを試す様な、そしてその先に選ぶ道を信じているかの様な、ある意味で厳しさを孕んだものだった。

ユキもまた目を閉じながらも笑みを浮かべてアストレアの話に耳を傾けている。

 

「人生なんて山あり谷あり。それなら見えている谷に恐怖するだけなのは違うでしょう?むしろ事前にこれから辿る谷が見えたのなら、それに安堵し、着実に準備を積み重ねる努力をする。……それが出来る様になれば、もう十分に団長の素質がある冒険者だと思うわ」

 

「見えている、谷……それは確かにそうかもですけど……」

 

「それなら、フィンさん達が辿ってきた道のりをまた同じ様に辿ると考えればどうですか?」

 

「あ」

 

「フィンさん達も最初から上級冒険者だった訳でも、都市最高の探索系ファミリアの幹部だった訳でもありません。むしろ、それまでの道のりはこれからアキさん達が辿るであろう道よりもずっと険しかった筈です。……その谷を乗り越えてこそ、団長に相応しいとは思いませんか?」

 

知っているとも、フィン達の苦労など。

ゼウスとヘラのファミリアがまだ都市で幅を利かせていた時代から、その2つのファミリアに打ち勝ち這い上がろうと何度も何度も打ち付けられて来たという事など。実際には見ていなくとも、当時まだ生きていた老人達から嫌というほどに聞かされていた。

……それよりいくらか難易度は下がるとは言え、自分達に同じ事が出来るのか?

 

「……いや、そっか。出来るかどうかじゃなく、出来なければ相応しく無いという事なのね」

 

「いいえ、別にアキちゃん達の代で全てを成し遂げる必要は無いのよ?大切なのは引き継ぐ事、繋げる事だもの。それさえ出来れば……いいえ、むしろそれこそが勇者が貴方達に望む事」

 

「つまり、なる様にな〜れ♪っていう事です」

 

「うん、それは多分違うって私にも分かるわ」

 

けれど、そこまで言われてしまえばアキにだって思うところはある。

決して期待されていない訳ではないだろうが、あの英雄達に跡を引き継がれて何の成果もなしに終える事など誰が出来るものか。

いや、出来るはずがない。

そんな彼等のこれまでの功績を汚したまま後に残す様な事など。

 

「……なんだかまだ腑に落ちない所はありますが、なんとなく覚悟ができた様な気がします。まあ多分明日の夜にはまた同じ事で悩み始めるかもしれませんが」

 

「それはそれで仕方ないわ、子供達は悩むことで強くなる事が出来るんだもの。たくさん悩んで、たくさん強くなるのが今すべき事」

 

「アストレア様、結構厳しい神様ですよね……意外と」

 

「ふふ、でもいいでしょう?それくらいの方が」

 

本当に最初から最後までこの主従はこうなのだから、笑えてしまう。こんな重めの話をしたにも関わらず、最初から最後までずっと笑みを浮かべたままなのだから……


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