『という事で、彼女に婚約を申し込もうと思うのだけど……どう思うかな、ユキ?』
『ユキさんユキさん、ベルさんったらひどいんですよ!?私がこんなにもベルさんの事を思ってるのにベルさんったら……!』
『ね、ねぇユキ?その、貴方は九魔姫とそういう関係なのよね?……い、今時の子供達の恋愛ってどういう感じなのかしら』
「えっと、あれ?今ってオラリオはラキア王国との戦争の真っ只中なんですよね?」
「つまり余裕と必死が両面にある時期って事やな。色々な意味で恋愛が発生しやすい時期とも言う」
「……えっと、アストレア様?何か顔色が悪い様ですが」
「……同じ様に、厄介な事が発生しやすい時期でもあるということよ。ああ、頭が痛いわ」
ラキア王国との戦争が始まってから数日、1日の報告を始めたユキの目の前には、何やら顔色を悪くして困った顔をしたアストレアと、同じ様に困った顔を浮かべながら苦笑をしているロキが居た。
そんな二柱の神々の悩みの種となっているのは、ユキが街を出歩いて様々な者達から恋愛相談を受けていた際に届いたギルドからの一通の手紙。戦争の前線にいた筈のロキがこうして急いで帰ってくる程の何か。その並々ならぬ雰囲気にユキも少しだけ恐怖しながら言葉を待つ。
「は……え、遠征ですか……?」
「ええ、強制任務が発令されてしまったわ。まだファミリアとして再登録してから数日と経っていない筈なのに」
「な、なんで……まだアストレア・ファミリアは私しか所属していない筈なのに……」
「遠征の義務が課されるんはファミリアの格がD認定された時。つまりされてまったっちゅうことや、ユキたん1人で、ランクDの格付けを」
「そ、そんな馬鹿な……いえ、理屈は分かりますけど。何もこんな準備も用意も出来ていないこの時期に発令しなくても……」
「それは私もロキも同意見。だからこそ、ギルドが、いえウラノスが条件を付けて来た事が怪しいのよね。むしろこれ以外に手は無いぞと言うみたいで」
「条件……?」
格の高いファミリアにギルドから度々各ファミリアに下される強制任務、それが遠征。
断る事などできず、失敗すれば罰金。
そして極み付けは……
「達成条件はギルドから認められる様な業績を達成する事。つまり十分な力を持った階層主の討伐か、到達階層の更新が求められる」
「ユキたんはうちの遠征で59階層に到達しとる、つまり階層の更新は無理や。せやけどLv.6になったユキたんが今更ゴライアス程度を倒した所で業績が認められる筈もあらへん」
「ウラノスのあの様子だと27階層のアンフェス・バエナでも認められるか怪しいわね、37階層のウダイオスなら……」
「それでもソロ討伐が条件になる、アイズたんやリヴェリアでも貸し出そうものなら49階層のバロールを倒して来い言われるわ」
「つまり……?」
「ダンジョンの経験の少ないユキでは危険過ぎる上に、ウチらも殆ど手を貸せへんっちゅうことや」
「つ、詰んでる……!!」
どう考えても詰んでいる。
ウダイオスの単独討伐………それはアイズがLv.5の頃に既に成し遂げている事だ。今のユキなら十分にやれるだろう。
しかしこの街に来てまだ数ヶ月、加えてなんだかんだでダンジョン経験の少ないユキが1人でそこまで往復するのはあまりに危険だ。とは言え、他のダンジョンに詳しい冒険者を仲間に引き入れれば難易度は跳ね上がるし。
「そこでギルドは、いやウラノスはある条件を提案して来た。その条件自体も、今はまだ分からんのやけどな……」
「その、ウラノス様は一体何を?」
「分からない。ただ極秘任務を受けて欲しいと、それだけが書いてあったの。ダンジョンに長く潜る準備をして、ギルドへ来て欲しいと」
「そないに危険な任務や無い、って書き添えもな。ウラノスはユキたんの事情も全部把握しとるし、厄介ごとの匂いがプンプンするわ」
「ですが、こうなった以上は引き受けるしか道はないのでは?」
「そうなの……ああ、こんな事になると分かっていたのならファミリア登録なんてしなかったのに」
「いや、どうせ意味ないでアストレア。ウラノスがこうして来た以上、例え他のどんな場所におったとしても似た様な状況に追い込んで来たわ。ほんまに困った話やけどな」
出発は3日以内……とは言え、今はラキア王国と闇派閥の暗躍によって余裕が無い時期。早めに戻ってくるに越した事は無いだろう。
ユキの荷物と言っても1人で行く以上は食料と武器があれば十分だし、最悪ユキは武器さえあれば大抵の事はなんとかなる。準備は直ぐに終わるだろう。
「……わかりました、私行ってきます」
「ごめんなさい、ユキ。お願いね」
「ま、ムカついたら顔面殴ったれや。こないな無茶振り、100回くらい殴ってもうち等が許したるわ」
「あ、あはは……流石にそれは……」
アストレア・ファミリアとしての最初の仕事。
まさかそれが遠征になるとはらきっと誰しも想像していなかっただろう。
遠征という言葉をすっかりと忘れてしまっていた彼等自身にも問題があったので、ある意味で自業自得とも言えるかもしれないが、ユキがリヴェリアやリューにまた心労をかける事もまた確定したので、意外とその被害者は多いのかもしれない。
神ウラノスとはこのオラリオにおける最古の神であり、同時にこのダンジョンと呼べる場所を祈祷によって封じている張本人でもある。
基本的には都市内の事については不干渉を貫いており、ファミリアを持たずギルドの管理だけを行いながら都市の行く末を見守っていると言われている。
そんな彼が居るのはギルド本部の地下における広い空間だ。
限られた人間しかそこに訪れる事は不可能であり、ギルド長でさえも呼ばれた時か緊急事態の際にしか入る事の許されないその場所。
以前にはユキの事を聞く為にロキとリヴェリアがここを訪れたが、今日はそのユキがここに1人で訪れる事となった。
数十分の食料と大量の剣をその身体に背負って。
「……来たか、ユキ・アイゼンハート」
「お初にお目にかかります、ウラノス様。それと、確かそちらのローブの方は……」
『フェルズだ。久しいな、剣姫に依頼を頼んだ時依頼か』
「ウラノス様の付き人さんだったんですね、驚きました」
『ああ……早速話を進めようか。私にもすべき事が多くあってな、せっかく君がこうして早くに来てくれたのならば、その時間をより惜しみたい』
「えっと、つまりお休みが欲しいから急ぎたいという事でしょうか?」
『………否定はしない』
「あ、別に大丈夫ですよ!?お休みは大切ですから!ね!」
慌てるユキ、狼狽える愚者、そして無言を貫く創設神。
厳かな雰囲気から始まった筈のこの対話も、ユキのそんな一言で簡単に突き壊され、今この場は妙な感じになっている。
ただ一柱、何かを見定める様にウラノスはユキを見据えているが……一つ息を吐いて口を開き始める。
「フレイヤの言った通りか……まさかこの短期間でそこまで光を放つ事になるとは」
「……?私、光ってますか?魔法は使っていない筈ですが」
「そういう事では無い。英雄たるに相応しい器に成長したと、そう言っている」
「それは少しばかり褒め過ぎですよ、ウラノス様。今代の英雄はもう他に居るんですから」
「1世代に1人の英雄しか許されないという事はあるまい」
「それでも、主役は1人で十分です。私は前作の駄作の主人公。今作はより強くなった身で、美味しい所で活躍できれば良いと思っています」
「……それが黒龍の討伐か?」
「そっちの主役ももう決まっていますから、私の行動に変わりはありませんが。ただ、私に与えられた役割を考えるに、私が動けば動くほどに将来的な平和というのは盤石な物になっていきます。私が今作ですべき事は単純……前作主人公らしく、本編の裏側で密かに暗躍して、平和に繋がる基盤を作り上げていく事」
「……」
「きっと私ではこれから先に出てくる何もかもに勝つ事は出来ない、それは今日までもそうでした。オラリオに来てから一度たりとも勝てた試しがありませんし、何かを成し遂げた訳でもありません。表舞台で活躍するのは無理です」
「……言い切るか」
「良いんです、それでも。私が求めるのはその先にあるもっと幸福な未来なんですから」
それ以上に話せる事は無いとばかりにユキはウラノスに笑顔を向ける。恐らく彼の中ではもうこの事は完結しているのだろう、そこにいくら他人が口を出そうとも容易い言葉では動かない。そして何より、確かに染み渡っている緑色が脆かった筈のその心を捉えている。
「……それでは、任務を説明しよう。フェルズ」
『ああ、任された』
これ以上の問答は不要、ウラノスは存外にそう言う様に説明をフェルズへと渡した。フェルズがいくつかの説明をしながら詳細の書かれた紙を手渡すと、彼は興味深そうに頷きながらそれを見つめる。
素直な子だ。
けれど、ただ純粋無垢な訳ではない。
上手く育てたものだと、ウラノスは素直にそう思う。
それになにより……
(男だったのか……)
ユキがクレアと分離した事で漸くわかる様になったその微かな雰囲気に、ウラノスが内心で密かに驚いていたのは彼にしか分からない話だ。
『20階層の深部へ行き、そこで起きる事象を平穏に解決する』
手渡された紙に書かれていたそんな言葉と20階層の地図、そして青色の小さな宝石。持っていれば目印になり、魔道具でもあるそれは離れていても言葉をやり取りできるという便利な機能を持っていると聞いた。
説明が終わった後、直ぐさま暗闇へと消えていったフェルズが今は休息をしているのかどうかは分からないが、仮にこんな魔法具ばかり作っていたのならそれは疲れもするだろう。
……とは言え、ここに来る前にある魔道具を作る様に頼んでしまった身としては、そんな彼に酷い事をしてしまった様な気もする。
「ふふ、また"平穏に"という言葉が強調して見えますね。まあここから20階層までなら道も覚えていますし、30分くらいで行けますかね。そんなに難しい任務で無かった事には感謝感謝です」
20階層分の移動を30分で行う……つまり1層辺り1分半で駆け抜けるということ。普通ならば頭がおかしいのだと一笑に付せるそんな言葉も、付与魔法を身体に使用しても物理的な接触が無い限りは殆どダメージの無くなった今なら可能だ。身体への負担自体は確かにあり、魔力の消費も激しいが、それも戦闘に支障が出るほどのものではない。
もちろんリヴェリアに見つかりでもすれば大目玉を食う事になるだろうが、バレなければいいのだ。食料や武器の節約にもなるのだし、持って来た半分ほどをギルドに預けて来た今ならより身軽に動ける。
ユキはもう完全にさっさと任務を終わらせて帰る気満々だった。
そして言葉通り付与魔法を漲らせ、光の線となって最短距離で20階層へと下っていく。まるでそういった競技でもしているかの様に。
「はい、20階層到達です。流石にこれだけ方向転換を繰り返していると全身が痛いですね。リヴェリアさんに怒られる前にポーションを飲んでおきましょうか」
周囲の冒険者達に滅茶苦茶驚かれたながら目の前を遮るモンスター達を片っ端から切り飛ばし、そのまま18階層を約40秒ほどで横断する事で当初予定の30分よりも少しだけ早く目的地へと辿り着いたユキ。
酷い筋肉痛の様に全身の痛みを感じ、軽い感覚で高級ポーションを飲むのも、経済的には慣れてはいけない感覚なのかもしれない。
20階層まで来ても収穫はゼロ、このまま帰れば高級ポーション分の赤字となるが、今回はそれでも構わないという意気でここへ来た。
フェルズから手渡された地図を確認しながら周囲を歩き回り、ユキは大きめの水晶に隠された一つの横穴を見つける。
「あや、本当にこんな所に隠されてました。それに、何やらたくさん潜んでいる感じがしますね。モンスターではあるのでしょうけど、なんとなく悪意みたいなのが感じられないというか……」
冒険者として強化された視界を頼りに、ゆっくりゆっくりと前へ向けて足を進めていく。
何やらバタバタとしている様な音が聞こえるが、果たしてこの先では何がどうなっているのだろうか。まるで今火が消されたばかりの様な煙の微かな匂いを嗅ぎながら、ユキは静かに大広間の中央に立つ。
「………囲まれてますね、ここでこの宝石を翳せばいいんでしょうか?」
「「「っ」」」
ユキがそうして宝石を上に掲げた瞬間に周囲からいくつも聞こえてくる息を飲む音。
やはり何も間違ってはいないらしい。
ただ、相手が自分に何を求めているのかが分からないだけで。
『……ゥ』
「あの、私はこの後どうしたらいいんでしょう?」
『ゥゥ……』
「う?」
『ウオァァアッ!!』
『ま、待てグロス!!』
「【救いの祈りを/ホーリー】」
周囲に潜んでいた数多の気配の一つが大きく翼を羽ばたかせ、凄まじい咆哮と共にこちらへ突っ込んで来るのを感じたユキ。
直ぐ様に迎撃しようと剣に手を掛け……直後に聞こえて来た人間の言葉と、任務内容を思い出し、その安物の剣を詠唱と共に宙へと投げた。
「白染/ホワイト・アウト」
『グォァッ!?』
凄まじい閃光と高音を周囲に響かせながら小爆発を起こしたその剣に、暗かった洞窟内が一斉に照らされる。
目に付いたのはガーゴイルからリザードマン、セイレーンからアルミラージにミノタウロスまで。種族様々なモンスター達がこちらを岩陰から覗き込み、その内のガーゴイルだけがそのままユキの元へと視界を潰されながら突っ込んでくる様子。
……少なくとも、人間はいない。
人間の言葉を話せる様な相手は居ない。
しかしそれでも妙なのが、一部のモンスター達は非常に人間に近しい容姿をしている事。
「むぅ」
事情も分からず、事態も分からず、何の予想も付かないユキは取り敢えずウラノスの言葉に従って突っ込んで来たガーゴイルを受け止めて丁寧に床に下ろすと、光が止みそうな剣に変わってもう一本仄かに光を放つ剣を地面へと突き立てた。
よくよく見ると周囲に魔石灯の様なものがあるので、あれを使えば明るくなりそうだなと思ったが、やはりこの現状をユキは理解出来ない。フェルズやウラノスが自分に何を求めていたのか、ユキは思考を回しながら周囲は目を向ける。
「……強い」
「!……言葉を話せるミノタウロスですか、実力も相当ですね」
「手合わせを」
「私、フェルズさんに平穏に解決する様にと言われたのですが……」
「手合わせをーー願いたい」
「……私が先程聞いた声とは違いますね。一度手合わせをすれば、他の方々も話して下さったりするのでしょうか?」
「約束しよう」
「ちょ、まっ!アステリオス!なに勝手に……!」
「……そういう事なら。未だ至らぬ身ですが、お相手します」
真っ黒な全身、漲る闘気。
全身に恐らく冒険者達から奪ったか拾ったと思われる防具を身につける、背中には2振りの斧を背負った巨大なミノタウロス。
階層主に匹敵するか、それ以上の雰囲気が感じられる。
今このミノタウロスとこうして言葉を交わした瞬間に、ユキはウラノスやフェルズが何を思って自分をここに呼び出したのか何となく理解できた気がした。そして今、自分が何を求められて周囲から見られているのかという事も。
「アストレア・ファミリアのユキ・アイゼンハートです。ユキとでもお呼び下さい」
「……名は、アステリオス」
「良い名前ですね。……まだ試験段階ですが、早速これを使ってみましょうか」
片手に斧を持ったアステリオスに対し、ユキは2本の剣を袋から引き抜く。鏡映しの様な形をしたそれは、しかし2本を重ね合わせる事によって一本の大剣のような質量を持つ一振りへと生まれ変わる。
武器の変形機構、状況に応じて双剣と大剣に分けて使用する事の出来る特殊な武装。アステリオスの斧に負けず劣らずの重量を持ったそれを、ユキは軽々と肩に担いで構えた。
ザルドとの戦いで芽生えてしまったユキの脳筋要素……重い武器は重い、それは世界の真理。
「さて、お待たせしました。……やりましょうか」
『ヴォォオオォォオオッ!!』
「『ッ!!』」
観戦していた周囲のモンスター達が思わず岩陰に身を隠してしまう程の閃光、衝撃、爆風。身体の小さなモンスター達が後方へと飛んでいく。雄叫びと共に前方へ走り出した両者の獲物が何の小細工も無しに重量と力に任せて激突した。
どう考えても体格の差が大きいこの組み合わせ、しかしその細身の女はアステリオスの一撃に激突した瞬間に互いに弾き飛ばされる程の力量を発揮する。確実に吹き飛ばしたと思った彼は、その単純で理解不可能な一撃に思わず目を見張った。
しかし驚愕したのも束の間、吹き飛ばされた筈の方向に既に姿の無い女を探して、アステリオスは土煙の中へと視線を向ける。速度ならあの女の方が確実に上だ、それは事前情報として聞かされている。
「単純な力は負けていても、剣技なら私の方が上です」
『ッ!?グォァッ!!』
聞こえた声に反射的に振り向き、狂った様に雄叫びを上げながら斧を振り下ろす。それでもその全ての攻撃に唸り声を上げる様な空気を抉り取る様な大剣の一撃が当てられ、どれほどの力で攻めてもその小さな身体が攻め落とせない。
……しかし一方で驚愕していたのはユキもまた同じだった。
単純な力量で確実にガレスを上回っている、そして高速の連撃は間違いなく彼の身体が闘争に特化した物であることを示していた。もしユキが細身の身体でも十分な威力を発揮できるザルドの剣撃を身に付けていなければ軽々と吹き飛ばされ、即座にいつもの高速連撃の戦法を取る事となっていただろう。単純な剣技の差で誤魔化しているだけだ、それでも誤魔化す事しか出来ない程に一撃一撃は凄まじい。
「っ!」
アステリオスが左の腕でもう一本の斧を取る。
妙に魔力を感じるその斧……それに対応する為にユキもまた魔力を込め始める。何が起きてもいい様に、何をされてもいい様に。
『オオオオオオオオォォオオ!!!!』
「魔剣……しかもこの威力、もしかしなくても椿さん製の物ですかね」
その金色の斧へと集っていく青の雷電。あんなのを解き放てばもしかしなくとも一帯に居るモンスター達もダメージを受けると知っているのか、彼等は急いで逃げる準備をし始めた。
しかしユキは逃げる事なく、むしろ大剣を持って突っ込んでいく。その意味不明な行動にアステリオスはまたもや驚愕する。
「【母の心音/ゴスペル】」
『ガァッ!?』
動きを停止した魔剣、体を貫通する様に響き渡るたった一つの心音。
魔力が消えた、魔剣の唸りが消え失せた。
アステリオスは慌ててその両手の斧を突っ込んでくる女に向けて振り下ろそうとするが……突如として全身を光に包み込んだ女の超加速によって攻撃が空振る。
「白染/ホワイト・アウト」
背後から振り下ろされた安剣が、またもや閃光と高音を解き放ちながらアステリオスの頭部に向けて叩き付けられた。閃光、爆発、全てがアステリオスの五感を刺激する。その巨体の意識を一瞬でも削るのに十分な衝撃と共に。放った自分自身にすらも少しの目眩を与えるほどの威力と共に。
「……これくらいで良かったですか、アステリオスさん。周囲の探索者に気付かれてしまう危険性、そしてここに居る皆さんを巻き込んでしまう危険性を考えるに、これ以上は良くありません。それに互いに全力を出せないこの環境で、身体の小さな私が有利なのは当然の話です」
「……ああ、十分だ」
「それは良かった」
ニコリと笑うユキ。
そんな姿を横目で見つつ、未だフラフラとする頭を振りながら壁際へと歩き始めたアステリオス。
そんな彼等の様子を、その場から逃げようとしていた周囲のモンスター達は未だ動揺を隠せない顔で見つめていた。
……ユキの話は正しい、アステリオスは確かに本当の力をまだ出し切れていない。それでも、その女もまた全力を出していないのは同じだった。
仮に両者が本気になって打つかり合ったとしても、実力は拮抗するか、それ以上。例え拮抗していてもあれだけの手数と初見殺しの技があれば、そこまで手札の数自体は無いアステリオスでは殺されてしまう可能性は大いにある。
Lv.6の冒険者というのは、特にその中でも上位となるユキやアイズの様な冒険者というのは、彼等の中でも規格外のアステリオスさえ押さえ込む様な化け物なのだ。それをこうまで目の前で突きつけられては、彼等も思考を止めて停止するしか無い。
「さて、それでは約束通りにお話を始めましょうか。一体貴方達はどういった方々で、何故私がここへくる必要があったのか……貴方もちゃんと話してくれますよね?フェルズさん」
『っ、まさかバレているとは……』
ユキのポケットと、リザードマンの防具の下の両方から聞こえてきた2つのフェルズの声に、ユキはニコリと微笑んで答える。穏やかな性格と優しげなその言葉とは裏腹に、彼等はなぜか妙な圧のようなものを感じていた。
……まあ、それも全部気の所為なのだが。
ユキは本当にただ微笑んでいるだけなのだが。