異端児(ゼノス)、ウラノスは理知を持つモンスターである彼等のことをそう命名した。
モンスターの身体を持ちながら何の因果か大小の違いはあるが確かな理性を持ってしまった、異端の者達。ダンジョン内の隠れ里と呼ばれる拠点を移動しながら隠れ住んでいる彼等は総勢40体ほど。言葉を話す者まで居る程に確かな思考を持っている彼等をウラノスはフェルズの力を使いながら保護しており、今回ユキがそれに引き込まれたのは、ユキならばそんな彼等を否定したりはしないと信じた以外に他にない。
……というよりは、真実人間の協力者が欲しかったというのが大きかったのだろうか。それとも彼等に人間と話せる機会を与えたかったからなのか。
少なくとも、まさかユキがフェルズ達の元を離れてから僅か30分もしないうちに辿り着くとは思わなかった彼等は、それはもう驚き慌てふためいたものだった。しかも深層へ出発寸前だったアステリオスが珍しく前に出たかと思えば、彼と打ち合い、周囲を気にした戦いとは言え負けを喫した。
彼女を前にして淡々と自分たちの事を話し始めた彼等は、そんな事もあってなんだか妙に緊張してしまっているらしい。それはフェルズもまた同じなのだから、仕方ないという事もあるかもしれないが……どちらにしても、それはユキ相手にしては考え過ぎである。
ユキは別に圧力をかけるつもりも敵対するつもりも欠片も無い。
「なるほどなるほど、そういうモンスターも居るんですね……考えた事はありますし、色々と試した事もありますが、まさか本当に実在していたとは思いませんでした」
「試したってのは……?」
「いえ、昔試しにモンスターを捕獲して世話をしてみた事があるんですよ。ただいつまで経っても懐かなくて、最後は仕方なく逃したんですけど、テイマーとしての素質は無かったみたいで」
「おおう……可愛い顔してすげぇことするんだな、ユキっち……」
「という事は、こちらのアルミラーゼちゃんも大人しいんですかね?よしよし」
「キュッ↓」
「あ、ああ、そいつはアルルってんだ。大人しいのは、うん、まあその、ユキっちとアステリオスの戦いを見てたからだとは思うんだが……」
「キュッ↓」
「怯えなくても大丈夫ですよ、私は貴方達に危害をつもりはありませんからね〜」
「キュッ↑」
「秒殺かよアルル……」
ユキの膝の上で抱えられながら優しく撫でられるアルミラーゼのアルルは、こうしていれば何の危害もない兎の様。
言葉で言っている通り全くこれっぽっちも警戒心が無く、どころかもう既に目の前の事実を受け入れている様に見えるユキの姿は、彼を囲む様にして座っている者達からすればそれこそ正しく異端の様に見える。
最初からそうであるが、もう少しくらい驚いてもいいと思うのだ。人によっては拒否感を感じてもいいくらいだというのに、彼女の反応の薄さはゼノス達にとってあまりにも異常だった。
「オイ」
「はい、どうしましたかガーゴイルさん」
「"グロス"ダ。……オ前、ドウシテ俺達ヲ警戒シナイ。"フェルズ"ノ言葉ヲ信ジルナラ、オ前ハ俺達ノコトヲ知ラナカッタ筈ダ」
「ふむ……まあ、別に私は特別モンスターに憎悪を持っている訳ではありませんでしたから。苦しめられたり、怒ったりした事はありましたが、憎んではいません。そもそもそのモンスターと貴方達は無関係ですし」
「ダトシテモ、オ前ノ態度ハ異常ダ。イクラ"フェルズ"ノ紹介トハ言エ、信ジルニ値シナイ」
「いいと思いますよ、それでも。誰にでも事情はありますし、初対面で出会った相手を信用できない人は結構居ますから」
「ッ、オ前ハ俺達ヲ人間ト言ウノカ……!」
「あ、嫌なら改めます、ごめんなさい。ただ、私の中ではそれが一番納得できる解釈の仕方でしたので。モンスターに人の魂が宿ったとか、人がモンスターになったとか、モンスターが人になったとか」
「………!」
「ですので、こうして触れ合う事はあっても、拒絶する事はしませんよ。例え貴方達が生粋のモンスターであったとしても、善良な心を持っているのなら私の守るべき人達です。逆に人間であっても悪心に染まってしまむたのなら、平等に私が捕らえなければならない相手ですし」
「ユキっち……」
「そもそも、汚染された精霊と好きで身体を共有していた私に、今更姿形がモンスターと言うくらいで拒絶させられる訳ないじゃないですか。ね〜、アルルちゃん♪」
「キュウ♪」
そう言いながらニコニコ笑顔で自分の人差し指とアルルの小さな手でタッチを交わすユキ。それを言われてしまえばフェルズも『それはそうだ』としか言いようが無い。
ユキのその優しげな表情と、アルルの嬉しそうな顔を見て、次第に周囲のゼノス達も少しずつユキに近付き、話しかけ始める。
セイレーンのレイ、ヘルハウンドのヘルガ、ハーピィのフィアなど……来る者拒まず、好意的な者に対しては同じ様に愛を返すユキの人間性は、彼等に対しても通用するらしい。
先程まであれほどアステリオスと殴り合っていた人物とは思えない程の変わり様。
……いや、きっと彼女の対応自体は最初から少しも変わってはいないのだろう。部屋の隅で座ってユキの方を見ているアステリオスに気付くと、彼に対しても軽く手を振るユキ。
彼女は最初からこういう人間だった。
それこそ結果的にアステリオスにさえも外傷らしい外傷は与えていないくらいには。
「……リド、アノ女ハ一体何ナンダ」
「分からねぇ、けどフェルズは知ってんだろ?ユキっちは本当にただの冒険者なのか?にしては他の人間と価値観が違い過ぎる」
「汚染サレタ精霊ト身体ヲ共有シテイタトイウノモ、何ノ話ダ」
『…………』
魔道具越しに目の前のユキという人間がよく分からないリドとグロスは、珍しく顔を並べてフェルズに訪ねる。
着実にユキの周りを囲むゼノス達は増えているが、その正体がよく分からず警戒が抜け切らない者達は今こうしてリドと共に愚者の返事を待っている。
ちなみにユキはハーピィやセイレーンの羽根を触らせて貰いながら、逆に彼女達に自分の髪を触らせていた。互いに滅多に無いこんな機会を楽しんでいる様にも見える。
せっかくリドはこういう出会いの際に最初の関門として握手をする事を考えていたというのに、そんな考えも台無しだ。髪や羽を触り合う事と比べれば握手などあまりに軽いものだ。ヘルハウンドのヘルガをモフモフし始めた所を見ても、敵意など本当に欠片も無い事は誰にも分かる。
『ユキ・アイゼンハートは……オラリオの外で英雄と呼ばれていた存在だ』
「はっ!?英雄!?」
『とある街を襲撃した闇派閥をたった一人で殲滅し、堕ちた精霊に変えられた親友を自身の身に封じる事で全てを引き受けた最新の英雄。それこそがユキ・アイゼンハートという人間だ』
「……ソレニ比ベレバ、異端児(ゼノス)ナド大シタ物デハ無イトイウコトカ」
「そ、そりゃそうだろ……自分の親友を精霊に変えられるとか、どんな気分になるんだ……」
「ダガ、所詮ハ妖精ダロウ。容姿ハ悪クナラナイ筈ダ」
『勘違いするな、グロス。ただの精霊では無く、大量の人間の死体と憎悪によって生み出された極悪性の精霊。その容姿は大抵のモンスターよりも醜い物だった筈だ。彼女はそれを受け入れた。それ以外に方法がなかったとは言え、少しの拒絶心でもあれば失敗していた筈の事を成した』
「…………」
「……だからこそ、モンスターになった人間、人間になったモンスター、って事か。それで俺達を受け入れられるんだな、そういう経験をしているから」
そんな話を聞いていた者達はまた視線を彼女の方へと一斉に向ける。
頭にアルルを乗せ、その腕にヘルガを抱えながら歩く彼女は、今度は彼等の中でも最古参であるグリーンドラゴンのグリューに挨拶を行おうとしている様だ。
その巨体故に身軽には動けないグリューだが、それまでの話と彼女の行動からそれなりの信頼を感じているのか、視線を合わせる様にして蹲み込みながら挨拶をする彼女に、静かに頷いて挨拶を返している。
「まあ、信じてもいい人間なのは間違い無さそうだな」
『むしろ私としては、彼女が信じられないのなら一体誰を信じられるのかと言いたいくらいだ。難易度としては易過ぎる。それに彼女を仲間に引き込めるのなら、我々にとって何より有益な存在になるだろう』
「だってよ、グロス」
『…………』
「お前、これから先も人間不信続けるつもりか?あんな可愛い女の子も信じられないのか?」
「……可愛サハ関係ナイダロウ」
「じゃあどうするんだよ」
「……時間ヲ寄越セ」
「意気地なしめ」
「五月蝿イ」
それでも、リザードマンのリドはそれ以上ガーゴイルのグロスに何かを言う事は無かった。
彼の言うことは分からなくもないし、これまでの経験から人間不信になる者が居ても仕方ないと理解しているからだ。
そんな彼等を背に、リドはユキへと近付いていく。
「よし、どうよユキっち!少しは馴染めそう……いや、十分馴染んでんな。見るだけで分かる」
「えっと、リドさんでしたよね。まあ皆さん良い方々ですから、仲良くなるのはそう難しい事ではありません」
「えへへ〜♪撫でられてます〜♪」
「フィアお前……いや、まあ別にいいんだけどよ」
「馴染ミ過ギダロ……」
グリューを背中に座りながら、頭の上にアルルを乗せ、膝の上に頭を乗せているハーピィのフィアを撫でつつも、ピッタリと身体を寄せて丸まっているヘルガに手を当て、レイやレット達と話をしていたユキ。
いくら比較的好奇心の強い彼等とは言え、そこまで心を許しているのを見ると流石のグロスも何とも言えない表情をするし、仮にもモンスター相手にそこまで出来るユキという人間に若干の恐怖すら感じてしまう。
それは力量の差故にいつでもこちらを殺す事が出来るという余裕からなのだろうか……しかし今の彼女は武器を持っておらず、ろくに防具すら付けていない事に気付くと、やはり警戒心が無い単なる馬鹿なのかと思えてきてしまう。単に色々な価値観がぶっ壊れているだけ、というのが正しい所なのだろうが。
「なあユキっち、本当にいいのか?俺達と関わると、多分ユキっちも立場的に苦しくなるだろ?」
「ん、そうですね。それは否定しません。あまり公に出来る関係では無いでしょう」
「まあ、そうだよな……」
「とは言え、私については公に出来る情報の方が少ないくらいですし。今更秘密が一つや二つ増えた所で……という感じはあります。それに多分フェルズさんは知ってますよね、私の魔法の詠唱式や剣技が一体誰の物なのか」
『!!……という事はやはり』
「出会ったのは偶然ですけどね。私としてはゼノスとの関係よりも、そっちの関係の方が公になった時に責められる事になると思いますよ?まあ別に隠すつもりもありませんが」
『…………』
「お、おい、一体何の話なんだ?」
「私の3人目の母の話です。7年程前に平和のためとは言え悪い事に加担してしまいまして、今でも母を憎んでいる人が多く居るという訳です」
『は、母……』
「……なんか、とんでもない人生送って来たんだな、ユキっち」
「ふふ、まあそう言う事ですから。何も気にしなくても大丈夫ですよ。私個人ではありますが、出来る限りの協力はします」
膝の上に寝転びながら甘えてくるフィアの頬をフニフニと摘みつつユキは笑う。
今や座っているユキの周りで完全にゴロゴロと寛ぎ始めている仲間達に呆れながらも、そんな風にリラックスしながらでもサラッと協力すると言った彼女に、リドは困った様な笑みを向ける。
協力してくれるのは嬉しい。
きっと彼女の言う事は本当だ。
頼めば大抵の事は叶えてくれるだろうし、自分達の為に多くの協力をしてくれるだろう。フェルズの言う通り、彼女は自分達にとってとても頼もしい友人になってくれる筈だ。
(けどなぁ……)
なんだか少しだけ、頼り難い。
こうして少し話を聞いただけでも、彼女が多くの困難を抱えて乗り越えて来たという事が分かる。どころかきっと、今でも様々な事情を抱えているのだろう。
そんな彼女に頼り切りになっても本当に良いのか?と考えてしまうし、それだけの苦労をして来た彼女にこれ以上の負担を押し付けてもいいものかと考えてしまう。
ゼノスである自分達が彼女に返せるものは少ない。
戦力としても扱いづらく、そもそも彼女は自分で力を持っている。彼女の人間の仲間達のことを考えると、返すどころか付き合いを続けるだけでも迷惑にしかならないだろう。
味方にすれば心強い。
しかし味方に、仲間に、友人になるのならば、それこそ相手の事を思いやるべきだ。こちらの都合ばかりを押し付けて迷惑をかけるばかりではなく、何か返せるものがなければならない。
それは友人として当然の話でもあり、むしろ最後には自分達の心に返ってくる話でもある。
……だとすれば、今自分達が彼女にすべき事、かけるべき言葉、それは何だろうか。
「なあユキっち、お願いがあるんだ」
「はい、なんでしょう?」
「ユキっちが俺達に協力してくれても、俺達はユキっちに何も返せない。ユキっちが俺達に協力するだけの十分な理由もない筈だ」
「……関係ありませんよ、そんな事。私は守りたいと思った人達を守るだけですから」
「ああ、ユキっちならそう言うんだろう。でも、それじゃあ俺達が駄目なんだ。頼ってばかりで、助けられてばかりじゃ、それは本当の友達って奴じゃねぇ」
「!」
「俺達は、少なくとも俺は、ユキっちと本当の友人になりたい。だから俺達からユキっちへの願いってのはそれだけでいいんだ。助けるでも、協力するでもなく、ただ純粋な……友人になって欲しい」
助けなくてもいい、自分の身を危険にしてまで協力してくれなくていい。ただ、偶にこうして来て話をしてくれるのなら、それだけでいい。
リドは暗に彼女に向けてそう言った。
意図を理解した者達は彼に続いて頷き、その言葉にはグロスも特に反対する事なく2人のやり取りを見つめている。
「ふふ、なんだかおかしな話ですよね、それも」
けれど、それでもやっぱりユキは笑っていた。
誠実で、必死で、思いやりがあって、見た目とは裏腹に善人過ぎる彼等に、より好意を増したのだ。そうなればもう、ユキの気持ちは決まっている。
「なりましょう、友人に。……でも、私は友人が困っていれば何が何でも助けようとする人間です。私の手を借りたく無いというのは分かりましたが、本当に大変な時にも放っておかれてしまえば拗ねてしまいますからね?適度に頼って下さい」
「……ああ、よろしく頼むよ、ユキっち」
握手で試すどころか、むしろユキの方から差し出されたその手を、リドは苦笑しながら取る。
直後にユキの頭からずり落ちたアルルが顔面にへばり付くという事故が起きてそんな雰囲気も台無しになったが、そこまで含めてのこの関係なのかもしれない。
重くなり過ぎず、気軽でいいのだ。
それこそがきっと友人関係というものなのだろうから。
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「もう行く」
ユキがリドと握手を交わし、一連の話に結論が付いた頃。それまで隅の方に座っていたアステリオスがそう言葉を告げて立ち上がる。
「……?アステリオスさんは何処に行かれるんです?」
「ああ、これから深層に修行に行くんだとさ。あいつは基本的に身体を休める時くらいしか戻って来ないからな」
「ダンジョンの深層……」
斧やその他諸々の道具を纏め始めた彼の姿を、ユキは見つめながら何かを考え始める。もしここにユキをよく知る人が居れば、彼が何かまた変なことを考えていると止める事が出来ただろう。
しかし、そんな人間は今ここにはいない。
何かを思い付き、明るい顔になった彼を引き止める者は、今ここには1人もいない。
「あの、アステリオスさん。私も深層に連れて行って貰えませんか?」
「?」
「お、おい!ユキっち何を……!」
「いえ、単に興味本位で言ってる訳では無いんですよ?これは私に利のある話というか、私の我儘みたいな物です。ただ、アステリオスさんは深層に詳しいんですよね?」
「…………」
「私もその知識が欲しいんです。邪魔はしませんし、最悪後ろで見ているだけでも構いません。お願い出来ませんか?」
ユキがそう頼む理由は単純、深層へ向かうに際して実力も知識もあるアステリオスの側に居る事が最も安全だと感じたからだ。
ユキが深層へ向かうメリットはいくつもある。
まずはお金。
深層のモンスターのドロップ品や生成物を多少持ち帰るだけで凄まじいお金が入って来るのは誰でも知っている事。ヘファイストスとの契約で生まれたお金は新しい武器の作成で消費した後は全てロキ・ファミリアに引き渡す事にしている。アストレア・ファミリアを再興するに際して必要なお金は未だ足りていないのが現状だ、少しでも今のうちに回収しておきたい。
次に遠征。
今回はウラノスからの任務で誤魔化す事が出来るとは言え、これから先も遠征は定期的に発令される。そうなればユキは確実に一人で深層に向かう事になるが、その際のルートや裏道を知るにはゼノスである彼等の力を借りるのが一番容易い。そうでなくともダンジョンで暮らす彼等はモンスターやギミックに対する知識も持っているだろう。それを取らない手はない。
最後に実力。
ユキはいくつかの魔法を習得し、ステータスも上昇したが、未だ細かいコントロールが出来ていない状況だ。Lv.6になってからは自主練に付き合える人間も減り、あまり全力で戦う事も出来なくなっている。ここで一度くらい地獄を見ておくのも今後の為になるのではないだろうか、そんなマゾっ気あふれる考えが今ユキの中にはある。
「それに……もしアステリオスさんが望むのでしたら、色々と教えられる事もありますよ?例えば剣の使い方とか」
「!」
「どうでしょう?」
それまで乗り気では無かったアステリオスの目に興味が灯る。
恐らく潜在的な実力を考慮しても自分より強い相手、特に違うのは武器の扱い。ただ腕力で振り下ろすだけの自分とは違い、ただの一振りでさえもブレの無い彼女の剣技は今も彼の目に焼き付いている。
「それに、きっと効率もいいと思います。競走とかもしてみましょう、私とアステリオスさんのどちらがより多くのモンスターを倒せるか、とか」
ニィッと無意識に自分の口角が上がる事に気付く。
それは挑発だ、分かりやすい言葉で自分を連れて行くように煽っている。だがそれを分かっていても自身の興味を抑える事は出来なかった、想像するだけで楽しくなった。
ならばその挑発に乗ってやろう。
彼女の願いを聞く事は、リド達の為にもなる。
その願いを叶える事に意味があり、自分自身もそれを望む意思があるのなら、最早断る意味も無い。
「ーー承った」
「ふふ、ありがとうございます」
そうしてユキはバッグから取り出したマップ用の紙にサラサラと文字を書き始め、それをリド達に手渡した。
恐らくは誰かへの手紙……リド達では外に出られないため届けられないが、その内容を地上に伝えるのは彼が居れば出来る事だ。
「フェルズさん、どんな方法でも構いませんので、その手紙の内容をロキ様達に伝えて貰えますか?一応筆跡の為に手紙は書きましたが、ここに取りに来る機会が無ければ口頭でも構いません」
『……承知した』
「さて、それでは早速行きましょうか。……あ、食料とかってダンジョン内でも取れますよね?」
「水なら27階層辺りで取れるぜ、ただ37階層辺りの白宮殿に入ると食料は全く取れなくなる。何なら俺っち達が使ってる隠れ里も使ってくれ、そこにならユキっちも食える様な食料の蓄えがあるからな。それくらいの手伝いはさせてくれ」
「ありがとうございます、皆さん」
「アステリオス、ユキっちの事は頼んだ。隠れ里は知ってるだろ?案内してあげてくれ」
「分かった」
そうして別れを惜しむ者達に手を振りながら、ユキはアステリオスと共に隠れ里を出て行く。やる事なす事何もかもが規格外の彼女は、まるで嵐の様にゼノス達の心に強い印象を残して去って行った。
人間を信じられなくなった人間不信のゼノス達でさえも、本当にあれは何だったのかと、まるで人間では無い何かを見た様な顔をして、アステリオスと共に深層に行った頭のおかしい人間を見送った。
「……で、この手紙どうすんだフェルズ」
『……私が取りに行くしかあるまい、口頭で伝えて女神ロキに怪しまれても困る。近くそちらに行く予定もある、その時に受け取ろう」
「悪いな、流石に18階層より上まで行くのはオレっち達も避けたくてな」
「気にするな」
そしてまさかこんな事になるとは夢にも思わなかったフェルズは、休めていた身体を起き上がらせてウラノスに報告に行く準備をし始める。
遠征で深層に向かう必要を無くす為の任務だったというのに、どうして彼女は自分から深層へと向かったのか。
今後ともゼノス達と関わってくれるのならば、彼等の力になる事を条件に遠征の免除を行う事を考えていたと言うのに……
「多分それはフェルズがユキっちに説明してなかったのが悪いと思うぜ」
『……やはりそう思うか?』
「そりゃそうだろ……」
ただ向上心の高い彼女の事を考えると、ファミリアの再興の為にいつかは深層に自ら潜っていたであろう事を考えると、共に行くのがアステリオスかロキ・ファミリアかの違いでしか無かったのかもしれない。
そもそもアステリオスとダンジョンに潜る事が本当に平穏な話かどうかはこの場にいる者達すらも分からない事ではあるのだが。