白海染まれ   作:ねをんゆう

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129.地獄を走る

その日、リヴェリアは落ち着かない様子でホーム内を彷徨っていた。

ラキア王国との戦は山中で捕らえられたアレスがギルド本部に連行された事で一旦は落ち着き、彼等は漸くこうして黄昏の館に戻る事が出来る様になったのだ。

……しかし、多くの団員達が疲れを癒やしている今この場所には彼女がよく知っている2人の団員が居ない。一人はもう団員かどうか微妙なポジションに居るが、それでもどちらもリヴェリアにとって大切な存在であった。

 

娘同然に育てて来たアイズ。

一度は失いかけた恋人であるユキ。

彼等2人が居なくなってから、既に数日が経っている。

 

ベル・クラネルと共にアレスに攫われた女神ヘスティアを追い掛け、彼等と共に川の中へ落ちて行ったとされるアイズ。

突然の遠征指示の代わりにギルドからの任務を受ける事になり、そのまま音沙汰一つ無く帰って来ないユキ。

どちらも何処で何をしているのかも分からず、その生死すらも不明という有様。あの2人の事なのだから特に大きな問題は無いだろう事は予想できるが、それでも心配で落ち着かないのは当然の話だ。しかもどちらも色々と前科がある身、リヴェリアの知らない所でまた何か厄介事に巻き込まれていないかと考えるだけで胸が不安で一杯になる。

 

「リヴェリア!ユキたんから手紙が来たで!」

 

「なに!それは本当かロキ!!」

 

「ほんまや!これ見てみぃ!」

 

ホームを訪ねたギルド職員から手渡されたマップ用の紙に書かれた簡易的な手紙。アイズの方は分からないが、これで少なくともユキの現状は分かるというものだ。

女神アストレアへの報告は後にするとして、ロキとリヴェリアは急いでそれを開けて中身を見る。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

リヴェリアさん、アストレア様、ロキ様へ

 

ダンジョン内でたくさんの友人が出来ました。

その友人の1人と深層に遊びに行く事になりましたので、取り敢えずの報告にと手紙をお送りします。

帰りはいつになるか分かりませんが、あまり心配しないで下さい。食料や武器も補充できるそうなので問題ありません。

……あ、それとギルドの任務は恐らく達成出来た扱いになっていると思うので確認をお願いしたいです。

よろしくお願いします。      ユキ 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「「………………」」

 

「あぁ……」

 

「お、おお、大丈夫かリヴェリア……」

 

「何故だ、何故あいつは息をする様に私を心配させる様な行動ばかりするのだ……ダンジョン内で出来る友人ってなんだ、2人で深層に行くってなんだ、そもそも深層に行かない為の任務では無かったのか……!」

 

「それはほんまにそう」

 

ユキからの手紙を読んだ直後にその場に座り込んでしまったリヴェリアの嘆きに、ロキは大きく頷きながら同意を示す。これでは下手に探しに行く事も出来ないし、本当にユキの帰りを待つしかなくなってしまった。

ただでさえアイズの失踪でリヴェリアの精神が削られているというのに、ここに来てユキがこんな訳の分からない手紙を寄越して来たのだ。リヴェリアのストレスゲージはどんどん上がって行く。

 

「……許さん」

 

「ん?」

 

「アイズはともかく、ユキについては今回という今回は絶対に許さん……!」

 

「お、落ち着きぃやリヴェリア……!ユキたんやってなんや色々と事情があるかもしれんのやし!」

 

「帰ってきたら覚えていろよユキ、3日は私の部屋から出られると思うな……」

 

「こっわ……」

 

なお、この後ユキは1週間近く帰って来なかった。

定期的にギルドからユキの筆跡では無くとも手紙自体は届いていたので、彼はそれでいいと思ったのかもしれない。

まあ普通に考えればそんな事があるはずも無く、リヴェリアのストレスは1日経つ毎に凄まじい勢いで高登りしていった訳だが。

 

「リ、リヴェリアちゃん……?ユ、ユキもね、何か事情があるんだと思うの。だからもう少しだけあの子の事を見守ってあげて欲しいというか……」

 

「問題ない、神アストレア」

 

「え、えっと……」

 

「私はもう諦めた。この怒りは溜めに溜めて帰って来た時に発散する事にする。冷静さを失えば、私ももう一歩ユキとの関係を進められると思うからな」

 

ユキが出てから5日目。

リヴェリアは満面の笑みを浮かべてアストレアに対してそう答えたが、その心の内で煮詰まっているドス黒い何かを見てしまった彼女は、取り敢えず目を背ける事しか出来なかったという。

 

 

なお、その頃ダンジョン37階層。

階層主ウダイオスが鎮座するその空間に、2人の馬鹿達が肩を並べる。

 

「さて、次の縛りは安剣一本討伐ですよね。……ふぅ、流石にここが終わったら少し休憩しましょうか」

 

「……次こそは勝利を」

 

「私も負ける気はありません、勝敗はシンプルにいきましょう。より勝利に貢献した方が勝ちです」

 

『ウ"ァァァアアア!!!』

 

「……フゥ」

 

「いきますか」

 

アステリオスとユキ、それまでの連戦で互いにボロボロになった2人をウダイオスの逆杭が襲う。2人がその手に持つのは一本のユキが地上から持って来た安剣のみ。

Lv.6と推定Lv.7の彼等は、ギルド指定のLv.6のウダイオスに正面から挑む。

 

「っ、Lv.4のスパルトイがこんなに……!」

 

「グルァァァアアア!!!!」

 

この階層に辿り着くまで様々な縛りを自身に貸しながらモンスター達を殲滅して来たが故に、全身が傷だらけ、疲労は溜まり息も荒い。

ウダイオス単体の相手ならばまだしも、周囲から無数に湧いて来るスパルトイの群勢と、地中に埋まっているウダイオスの下半身から空間全土を遠隔攻撃出来る逆杭攻撃。これをこの状態で全て受け流すのはいくら実力のある彼等でも難しく、何より彼等自身が自分達に掛けている制約がその難易度を更に跳ね上げている。

 

「ウダイオスを攻撃している暇が無い……!」

 

冒険初心者が最浅層で使う様なそれは、ウダイオス相手に使えばただの木の棒と変わらない。それでも使わないよりは威力は出るだろうが、一度使えばそのまま粉々になる事もまた間違いない。

そんな物は持っているだけで邪魔になるし、事実アステリオスは拳で、そしてユキは蹴りでスパルトイ達を潰して回っている。

 

「アステリオスさん!スパルトイは私が引き受けます!その間にウダイオスを!」

 

「っ、ウオオォォォオオ!!!!」

 

武器が使えない以上は攻撃手段が乏しく、付与魔法もまた移動にしか使えないユキ。この火力の無さではウダイオス相手には決定打を放つ事が出来ないと思考し、アステリオスの道を開ける為に大量のスパルトイ達を蹴り飛ばし始める。

ユキとて決して素手での戦闘が出来ない訳ではない。

以前の黒ゴライアスと戦った時にも披露した様に、かつて子供達と遊んでいた時に身に付けた奇妙な技術を持っている上に、近接戦闘を行う上で便利な蹴りによる戦闘方法もアストレアからしっかりと教わっている。

道を開けるだけならばスパルトイを倒さなくとも吹き飛ばすだけでいい。そしてアステリオスもまた制約故に上手く戦えないフラストレーションを打つけようと、ユキによって開けられた道を拳を握りながら突進して行く。

未だ足りない自分の力の無さを噛み締めながら。

 

『ウオオォォォオオ!!!!!』

 

「ブモォォオオオオオ!!!!」

 

ウダイオスの右腕とアステリオスの拳が衝突する。

大きさの全く違うその2つ、しかし破壊されたのはやはり推定レベルの低いウダイオスの腕の方だった。

ひび割れ吹き飛ぶウダイオスの黒色の剛腕。砕け散った破片は後方へと吹き飛んで行き、どころかその影響は肩口近くまで及ぶ程のものである。これが腕力のみでLv.7相当に及ぶとフェルズが判断した所以、疲労をしていようとも彼の剛力は変わらない。

 

「アステリオスさん!気を付けて!!」

 

「ぐぉあっ!?」

 

アステリオスの一撃によって後ろに大きくよろめいたウダイオス。ここぞとばかりに追撃の為に再び拳を振り上げたアステリオスの前に、今度はユキが抑え込めない程のスパルトイ達が一心不乱に立ち塞がり、数の暴力によって彼等の王を守り抜いた。

その想定外の行動に一度背後に下がったアステリオスの側に、スパルトイの群れから逃れて来たユキが立つ。

 

このスパルトイ達はただのモンスターでは無かった。

それこそ王を守る為の兵士達。

王を守る為ならば今の様にその身を差し出す事も厭わず、王に危機が訪れれば必死になって割り込んで来る。だからこそ厄介なのだ。人間の様に他のどんな感情にも揺さぶられる事なく、ウダイオスという王の為に尽くす行動だけを取るそれ。数が無尽蔵であり、今の様に数量で押し切られてしまえば、アステリオスでさえも突破が困難になる。

 

「っ、あれがウダイオスの大剣……!アステリオスさん、来ます!」

 

「!!」

 

アステリオスの攻撃によって仰反っていたウダイオスが前に倒れながら俯くと、それに呼応するかの様にして大地から出現する本体と変わらない程の前兆を持つ漆黒の大剣。

ユキはそれを知っている。

アイズがかつてリヴェリアと共にウダイオスを討伐した際に、それまで一度たりとも確認されていなかった大剣を使う事が確認された。

その後フレイヤ・ファミリアのオッタルが同様に1人で挑んだ際にも同じ事情が確認された為、ウダイオスが大剣を使うのは1対1の際のみであるという仮説が立てられている。

 

(けど、今は私とアステリオスさんだけの筈………いや、違う。多分私が数にカウントされていないんだ。私はスパルトイの対処ばかりしていて、ウダイオスに対しては一切攻撃する姿勢を見せていない。今回その試練の対象になっているのは……アステリオスさん!)

 

『ウオオォォォオオオオオオ!!!!!』

 

「「っ!!」」

 

ウダイオスが大剣を振りかぶる。

瞬間2人の身に走った凄まじい悪寒はそれの脅威をこれでもかと示しており、アステリオスは咄嗟にその場で防御の姿勢を取り、ユキは反射的に自身に付与魔法を掛けた。

 

【救いの祈りを/ホーリー】!!

 

『剣光爆破/ソード・エクスプロージョン』!!

 

使うならばここしかない。

ユキはアステリオスの前方に自身の唯一の武器である剣に魔法を付与して射出し、自身もまた全速力でその場を退避する。

アイズの話によればウダイオスに対し直線への回避は意味が無いとの事だった。故にユキは攻撃方向とは垂直に、どころかウダイオスの反対側に回り込む様にして移動する。

 

放たれる一撃。

アイズの言が何一つ間違っていなかったと思わされる程の凄まじい攻撃範囲と、スパルトイやウダイオス自身の地中の下半身すら纏めて吹き飛ばしてしまう様な超威力。

ユキの放った剣がアステリオスの前方で爆発し、僅かながらその衝撃を緩和する。それでも攻撃は身を固めていたアステリオスを揺るがした。

そして攻撃位置から大きく離れた場所にまで辿り着いていたにも関わらず、それでも及んだ嵐の様な衝撃波によって、付与魔法を使い防御力が極端に低下したユキの身体も大きく傷付けられた。

地面が抉れている。

壁面が崩れ始める。

地形が変わっている。

しかし、それでも湧き上がって来るスパルトイ達が腕を上げた。

喝采する、歓声を上げる。

彼等の王の勝利を信じて。

彼等の王の最強を信じて。

 

「はぁ、はぁ……まだ行けそうですか?アステリオスさん」

 

「……無論、だ」

 

「私はもう、剣を使ってしまいましたが……ふぅ、はてさてどうしましょう。流石に私も何度もアレを凌ぐのは難しいと言いますか……」

 

「剣はもう、必要ない」

 

「え」

 

それまで唯一の武器として持っていた剣を、アステリオスはユキへと手渡す。言いたいこと、やりたい事は分かる。しかしそれでは最初の条件の意味が無い。これで勝てたとしても2人の間で交わした勝ち負けの勝敗が付かない。

けれどそんなユキの思考すらも理解しているのか、彼は端的に言葉を語った。

 

「此度の戦、こちらの勝ちだ」

 

「……確かにこのまま私がこの剣を使えば勝てるでしょうけれど」

 

「そうではない」

 

剣を地面に突き刺し、王の風格を放つウダイオスに対し、アステリオスは武器も防具も捨てて猛進の構えを取る。

増して行く威圧感、漲る闘気と殺意。

最も原始的な武器であるそれこそが、彼のミノタウロスとしての最強の武器でもある。そして彼のそんな姿を見て、ユキは全てを理解した。

必要無いという事だ、ここからはもう自分の存在は。

 

「……分かりました、最後の美味しい所だけ頂いちゃいますからね?アステリオスさん」

 

「任せよう、"ユキ"」

 

「!……ふふ、任されました」

 

全身の切傷から夥しい量の血を流しながらも一切の心のブレもなくそう言い放った彼の後姿に、同じ様に大量のスパルトイとの戦闘や、付与魔法時に僅かに受けた衝撃波による余波によって多くの負傷を抱えているユキは微笑む。

いくらゼノスと言えど、1人の男が自信を持って自らの勝利をその背中で語ったのだ。ならばもう何も言わず、その言葉を信じる事こそが女の仕事。いや、女では無いのだが。

 

アステリオスの意思に応えるかの様にして、ウダイオスもまた大剣を構える。

勝負は一撃、余計な攻撃は必要が無い。

ユキは手渡された最後の剣に魔法を流し、ただ彼等の行末を見守った。

仮にここでアステリオスが負けようとも、直ぐに自身が割って入れる様、最大の一撃を用意しながら。

 

『アァァァァアアァァァア!!!!!!!!』

 

『グルゥォォォオオオオオ!!!!!!!!』

 

衝突、爆発、そして咆哮。

ウダイオスのダンジョンを震わす程の一撃が、たった1匹のモンスターの為に振り下ろされる。アステリオスのアダマンタイトすらも粉々に突き破る推定Lv.7最強の一撃が空をも穿つ。

一瞬の拮抗。

一瞬の停滞。

しかし拮抗は、それこそ正しく一瞬だった。

ウダイオスの大剣が砕け散る。

その左腕も、頭部も、核を守っていた肋骨すらも破壊する。

たった一発の頭突きと突進によって。

ウダイオス本体を、消し飛ばず。

 

これがゼノス最強の存在だ。

これが果ての夢の為に力を尽くす者の姿だ。

膝を突くアステリオス。

それでも彼の直進上に存在していたスパルトイ達はその尽くが灰塵と化しており、彼等の王であったウダイオスは体の大半を粉々にされて背中を突いていた。

剥き出しになった核を、一本の剣が穿つ。

砕け散る魔石、完全に力尽きる階層主。

 

勝ったのはアステリオスだった。

ウダイオスにも、ユキにも、彼は漸く勝利した。これ以上無いという程に徹底的に。誰にどんな文句も言わせる事ない程に圧倒的に。

 

「お疲れ様でした、アステリオスさん。言われた通り、今回は私の負けの様ですね」

 

「……これで1勝3敗、未だ勝利は遠い」

 

「私は普段からこんな事ばっかりしてるんですから、そう簡単に負けてしまったら立つ背がありませんよ」

 

隠していた武器や鞄を持って来たユキが、残り少なくなって来たポーションや食料、魔石を取り出しながら自身のアステリオスの治療を始めていく。

それを静かに見つめているアステリオスだが、最早慣れたことの様に彼はもうされるがままにされている。

ただ、こうして深層付近でモンスターを狩りながらも感じている彼女の強さというものに、何かを感じ取っている事もあるのか、その治療の方法すらも学んでいる様にも見えた。

自身の大きな手で彼女と同じ事ができるかどうかは分からなくとも、いつか何かで使えるかもしれないと考えながら。

 

「……意味がある、全てのことに」

 

「ええ、ありますとも。この世界の何もかもに意味があります。少なくとも私はそう思って生き様と思っています」

 

「夢見ているのだ、勝利を」

 

「身に付けた知識や技術は、自分では敵わない相手に対した時、それでも勝ちたいと思った時に役立ちます。積み重ねましょう、経験を」

 

「勝ちたい、夢の情景に。あと僅かだが、付き合って欲しい。更なる強さを得る為に」

 

「ええ、付き合いますとも。私の為でもありますから、この旅路は」

 

治療を終えたユキが食料を手渡しながらそう笑う。けれどアステリオスはそんな彼女を見て一瞬だけ笑みを浮かべながらも、片手でそれを断ってスパルトイ達の魔石を喰らい始めた。

 

「ふふ、どこまで行きます?」

 

「45階層……隠れ家がそこにある」

 

「分かりました、そこまで行ったら一度上に戻りましょうか。リドさん達の様子も気になりますし」

 

「ああ」

 

未だ遥か遠い情景。

いずれ来たるその時まで、小さな負けを積み重ねようと、必ずや最後には勝ちを掴み取ろう。この目の前の女に何度負けようとも、それでもその全てを己の糧にしてみせる。

絶対の勝利を、全てはただそのために。


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