「18階層……18階層の何処かにクノッソスに繋がる入口がある。けど問題は、私はその入口を知らない。知らない上に、鍵を持っていない」
辿り着いた18階層。
今も残る戦闘の跡、けれど事前に話はフェルズから聞いていた。ゼノス達がクノッソスに招き入れられ、今正に彼がベル・クラネルと共にクノッソスへと入り込んだと。彼が偶然にも持っていたクノッソスの鍵、それでも彼が無事に帰って来られる保証はない。なにせロキ・ファミリアでも死者を出した様な場所だ、楽観視は出来ないだろう。
「私はどうするべきか、その判断は……」
もう下している。
「【剣光爆発・壊(ソード・ブレイク・エクスプロージョン)】」
近くに落ちていた質の良い大剣。
これ1本あれば、今のユキにはクノッソスの壁すらも破壊出来る。強化された魔法、模倣したザルドの剣撃、そして……愛染の英雄としてのステータス補正。確かにオリハルコンの扉を破壊するのは未だ困難だ、しかし壁のアダマンタイトなら別。極大の爆発、それも斬撃と魔法を伴った破壊の刃。どこまでも純粋に敵を破壊する為に編み出されたそれは、今や何よりも強大な兵器として尽くを粉砕する。
ーーーーーッ!!
剣は塵へと変わって消え去った。しかし同時に、ユキの目の前にあった18階層の壁も大きな斬撃痕と共に消失した。
剥き出しになったクノッソスの姿、巨大な斬撃痕によって何部屋も滅茶苦茶になった無残な迷宮の姿。幸いにも18階層にはまだ打ち捨てられたばかりの武器が大量に転がっていた。今のと同じ事はできなくとも、内部から徹底的に爆破解体してやるのは容易い。
「……私の事を見ているかどうかは知りませんが、これ以上この迷宮を破壊されたくなければ扉を開けて下さい。閉じた扉を見つけた時点で、徹底的な破壊行動に移ります」
目に映る限りの武器を拾い集め、自分の周囲に魔法で浮かせながら内部へと踏み込む。
「……【剣光爆発(ソード・エクスプロージョン)】
扉は空いていなかった。
故に、その隣の壁を破壊して穴を開けた。
敵の大凡の位置、思念の位置はなんとなく察している。あとはそこへと向けて歩いていくのみだ。そうして4〜5部屋を進んだ辺りからは、不思議と全ての扉が開いている様になっていた。どうにもここの管理者である人間は、至極この迷宮を大切に思っているらしい。そんな迷宮も7年前のあの世界では盛大に破壊されてしまったし、ユキはこの世界でもダンジョンからの緊急の脱出口としての利用以外に残す気はない。
「……階段がないので、このまま上に飛びます。次からはもう少し親切な設計にするべきです」
天井を破壊し、魔法を使って登ったユキ。
クノッソスの何処かから悲鳴が聞こえた様な気もしたが、ユキはそれを無視して先を急いだ。
ゼノスを襲った者達は、絶対に捕らえる。
そして潜んでいる闇派閥も、絶対に逃さない。
しかしそれは今すべきことではなく、今はなによりゼノスとベル達の安全が優先だった。もう扉を選んで道通りに進む事すら面倒になってきたユキは、思念の気配に向かって必要最低限ながらも壁を破壊しながら走っていく。管理者の悲鳴は増すばかりであるし、作成者としてはこれを一番認めたくなかったと言ってもいい。これを許さない為に徹底的に壁に強固な素材を使っていたというのに、これだ。
Lv.6……いや、Lv.7近くの力量の人間にとってはアダマンタイトの壁さえも壁にはならない。それはかつてのザルドも証明している。Lv.6のガレスは拳を壊しながらも何度も披露して見せたし、今のオッタルならば当然の様にそれを成すだろう。それ程に高位の冒険者の力量は桁を外れる。
「今更モンスターを……ああ、なるほど、ゼノスを見た私が躊躇すると考えたんですか。悪い事を考えますね」
恐らく彼等が隠し持っていた深層のモンスター達、30〜40階層付近に生息しているモンスター達を集めていたのだろう。その手段は7年前の地上における最終決戦でも使用されていたが、相変わらず似た様な事を企んでいたらしい。
とは言え、ユキも少し前までアステリオスと共にその深層で鍛錬をして来た身。最早彼等については見慣れたものだし、倒せない事もないし、そして何より……色々と考えた技を試すのには丁度良い。
【剣光突破・陣(ソード・サークル・プロミネンス)】
止まらない、止められない。
たった1人の人間を、抑え込めない。
管理者は知っている、ここを自身に託した血を分けた兄弟が居る場所を。管理者は知っている、今正にその兄弟が敗走し、彼の残した置き土産が地上に向けて這い上がっている事を。管理者は知っている……今こうしてクノッソス内で好き勝手動いているこの女は、まるでそれ等全ての動きをなんとなくでも分かっているかの様に、敗走した兄弟の元へと一直線に向かっている事を。
『……ディックスの鍵が、奪われる』
間違ってでも弟などと思ったことはない。
偶然同じ母親の腹から生まれただけ。
けれど、その瞳の鍵だけは惜しかった。
あれが敵の手に渡ってしまえば、このクノッソスはダンジョンとしての役割を失うも同然であったから。
「よう……テメェか、さっきからクノッソスで騒いでやがったのは」
「そうですね、私です。……逃げないんですか?」
「これが逃げられるザマに見えんのか?あ?どうせ凶狼から俺の魔法のことも伝わってんだろ、ロキ・ファミリア」
「ええ、聞いています。1対1では使えない魔法なんですよね、魔法以外は何の脅威もないとベートさんは仰っていました」
「言ってくれるじゃねぇか……これでもさっきまでベル・クラネルとかいうクソガキを痛ぶってたってのによぅ」
「それで負けたんですから、結局はベートさんの言う通りだったんでしょう。諦めて投降して下さい」
「はっ、お優しいこって。素直に両手をあげて頭下げれば許してくれんのか?」
「許しが欲しいのならするべきです。ゼノスも含めた関係者全員に頭を下げて、彼等と共に償いの方法を探しましょう」
「気持ち悪ぃんだよクソ女!!」
既に足元すら覚束ない程のダメージ。
それでも男は目の前の女に向けて殴り掛かる。
ムカついたからだ、単純に。
ただ問題は、その女が単純な善人や正義の味方ではなく、少なからず男に対して怒りを抱いて、彼を本気で更生させようとか考えているイカれた狂人であったことかもしれない。
「なっ!なっ、なっ、なっ、なっ、なぁっ!?」
引き裂かれる衣服。
残るは下の下着一枚。
引き裂いたのは目の前の女だ。
仕込んでいた魔道具も、武器も、ゴーグルも、バッグも、その全てが粉々になり、男はあまりに屈辱的な姿を晒される。
しかし女の行為はそれだけでは終わらなかった。
「あぐっ!?」
腹部に掌底を入れられたかと思えば、即座に手足を纏めて拘束され、目隠しまでされてしまうと、そのまま女が持っていた槍の一本に括り付けられる。女がそれを見た目に合わぬ力量で担ぎ上げれば、男はそれまでの自身の行動や言動があまりに滑稽になってしまう様な格好で運ばれ始めてしまった。
もがく、喚く、暴れる、けれどその度に女が槍ごとフルフルと大きく振るわせれば、途端に気分が悪くなり大人しくなる。
男は捕まったのだ。
逮捕されたのだ。
彼はもうこれ以上何もする事はできない。
そもそも逃げ出す手段もない。
逃げ出しても意味がない。
「貴方が何をしたのかは知りませんが、地上に向けて少年君が動いていますからね。今から急いでそれを追いかけるので、吐きそうになったらまた言ってください」
「んんーー!!!んぐぅううううう!!!」
「あ、それとこれを見ている管理者さんも、これ以上この迷宮を破壊されたくなければ地上までの最短ルートだけを開けて下さい。もし嘘をついたり騙したりしたら、ここから地上まで一本道の穴を空けて帰りますので」
兄弟は哀れだった。
けれどそれより迷宮が大切であった。
故に管理者は、素直に最短ルートを開ける事にした。
……まあ実際、弟とその計画がどうなろうが管理者としてはどうでも良かったし、今回の件についても、あくまで迷宮を守るためであって、弟に協力をしていた訳ではなかったのだから。
一方、地上のとある建物の上。
賢者と呼ばれた愚者は眼下に広がる光景を既に肉体の消えた目で追いながら、凄まじい焦燥感を感じて戸惑う。
『……不味い、このままでは』
ディックスによって暴走したゼノスのウィーネ、そんな彼女を追って地上へと出てきてしまった他のゼノス達。そして今、そんな彼等と相対しているのは都市最大派閥のロキ・ファミリアであった。
幸いにもまだゼノス側に死者は居ない。
しかし次々と無力化されているのは確かだ。
ベル・クラネルはウィーネの元へ向かっており、そちらも上手くいく保証なんてこれっぽっちもない。そもそも戦力が足りない……否、ロキ・ファミリアを相手に足りる戦力など持ち合わせてはいないのだ。
賢者であり愚者でもあるフェルズが持ち合わせているのは、せいぜい全身アダマンタイト製のゴーレムくらい。とっておきの隠し玉であるそれを使っても、時間稼ぎくらいにしかならないのは明白と言った所。
「あや、これは想像していたよりも凄い事に……」
『っ、ユキ・アイゼンハート!それに……それはディックス!?なんだその格好は!?』
「あ、フェルズさん。一先ずこの人のことお願いできますか?槍はここに刺しておきますので」
「んぐっ!?」
『い、いや、それは構わないが……そ、それより!どうにかならないかユキ・アイゼンハート!このままではゼノス達がやられてしまう!』
「ん〜……どうしましょう。私がこのまま出ても良いですが、それだと色々と問題が」
突然フェルズの横に降り立った彼女は、散々に揺らされて半分気を失っているディックスを槍ごと建物に突き刺すと、難しい顔をして一帯を見下ろす。感じるアステリオスの気配、彼もきっとクノッソス経由でここに来るだろう。……というか、クノッソスの管理者に導かれてここへと排出されるはず。管理者も壁を破壊出来る彼をクノッソスに閉じ込めておく事は極力したくはない筈だ。それは良いことでもあるが、今のこの状況では悪いことでもあり、彼をどう扱うかが鍵にもなる。
「……フェルズさん、その黒いローブと同じものありませんか?それと体臭とか消せる魔道具があると最高です」
『それくらいならあるが……何をする気だ?』
「フェルズさんに成りすましてロキ・ファミリアに喧嘩を売ります」
『ほ、本気で言っているのか!?』
「むしろこれ以外に方法はありますか、アステリオスさんが来る前に事態を一旦落ち着けておきたいんです。彼が暴れている間に他の方々をダンジョンに送り戻したいので」
『な、なるほど……いや待て!アステリオスもここに来るのか!?』
「クノッソスに居る筈なので、管理者的にも早く追い出したいかと」
『ま、魔道具ならいくらでも貸す!だから頼む!』
「頼まれました」
フェルズからいくつかの魔道具を借りて、ユキは建物から飛び降りる。既にその手に武器はない、けれどユキはなんとなく懐かしさの様なものを覚えていた。
(そういえば7年前のあの世界でも、こうやってローブで姿を隠して行動してたなぁ……)
これから世話になったロキ・ファミリアのメンバーに喧嘩を売りにいくというのに、どうしてかそんな何でもないことを考えながら。