白海染まれ   作:ねをんゆう

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132.VSフィン&アイズ

地面に叩き付けられたリザードマン。

壁に叩き付けられたガーゴイル。

気を失ったゴブリン。

そんな彼等を横目に見ながら、彼は降り立つ。

 

「……テメェか、こいつ等の親玉は」

 

最初に話しかけてきたのはベートだった。

流石は賢者フェルズの魔道具、彼を相手にしてもユキの正体はバレていないらしい。それはその近くにいたティオネとティオナも同様であるし、そんな彼等を遠く離れた位置から見ていたフィンやリヴェリア達だってそうだった。

ユキは何も口には出さない。

ただ一度大きく足を上に振り上げ、全力を持って地面へと叩き付ける。

 

ーーーーッ!!

 

守る者がいる。

守らなければならない者がいる。

ユキにとって今この時点で守らなければならないのは、ゼノス達だけではない。目の前にいる彼等であっても同じだ。この場所に敵は居ない、全てが自分にとって大切な者達だ。

 

「……何者だ、テメェ」

 

凄まじい震脚。

ロキ・ファミリアの者達の全ての目がユキの元へと集まる。その隙を見て仲間達と固まり始めたゼノス達を見て、ユキは一つ安堵の息を溢した。ロキ・ファミリアから最大限の警戒をされている、やはり彼等に対しては足踏み一つでアピールは十分だった。なにせ実力と経験のある彼等だ、そのたった一度の震脚で相手のステータスがどれほどのものであるかという事が大凡掴める様な人間しか居ない。

 

『……来い』

 

魔道具によって変質したフェルズと似た声で、ユキはベートにそう呼び掛けた。

 

「上等だァ!!」

 

そしてベートもまた、一才の迷いもなくそれに応える。

 

『!』

 

「っ!!」

 

凄まじい威力と速度をもって叩き込まれた互いの蹴り、それは衝突の瞬間に周囲に風圧を齎す程の衝撃を生む。

流石にユキと言えど、魔法を封じた状態で複数人を相手にする事は出来ない。故にユキは最初にベートを誘った。彼ならきっと乗ってきてくれるだろうし、真剣勝負であるのなら横入りは許さないだろうという確信があったから。

 

「チィッ!!気色の悪い型しやがって!!」

 

『……教わったものだ』

 

ユキの様々な蹴技に、ベートが悪態をついて距離を取る。そもそも素手での戦闘はそう得意では無かったユキであるが、蹴りを主体とした戦闘方法を作り上げたのは色々な街で出会った子供達との球遊びが元となっている。神の恩恵を持つ人間の身体能力故に子供達に様々なことを要求され、それを実現する為に試行錯誤をした。その経験が今のスタイルを作り上げているのだから、その型は既存のどの型にも当て嵌らず、むしろユキが出会った沢山の子供達が作り上げた物だと言っても良い。

 

『破砲……!』

 

「ガァッ!!」

 

所謂オーバーヘッドキック。

胸元に潜り込んだ状態から突如として放たれたそれに不意を打たれたベートは何とかガードを間に合わせたものの、大きく背後へ吹き飛ばされる。

未だロキ・ファミリアの者達の視線はそこに集中している。敵は少なくともLv.6のベートと同格の存在、魔法は使わない、武器も使わない。ただ単純な素手戦闘のみでここまでやり合う正体不明の男。

そんな人物は、この都市内ではフィンでさえも思い浮かばなかった。フレイヤ・ファミリアにもそんな人物は存在していなかった。恐らくはギルドの私兵、ウラノスの隠し玉。加えてフィンの勘が正しければ、あの男は未だ実力を隠している。

 

「……アイズ」

 

「でも、ベートさんが……」

 

「今はそうも言ってられない、モンスター達が固まり始めた。奴は恐らくここから逃げの一手を仕掛けて来る、それを潰してくれ」

 

「……分かった」

 

フィンはアイズの投入を決意した。

敵の正体は気になるが、別にそれは今重要なことではない。敵の目的が時間稼ぎであったのは明らかだ、わざわざ周囲の目を引く様なことをしていたのもフィンからすればあからさま過ぎる。そして散らばっていたモンスター達が固まり始めた今、今度はそこから逃げ出す為の何かを仕掛けてくるのもまた予想出来る事だった。いくらなんでもこの戦力差で仕掛けてくる程の愚者も居るまい。

 

『ブウォォオォオオォォオオオオオオ!!!!!!!!!!!!!!!』

 

……本当にそれだけの戦力差があるのなら、フィンの考えは何もかも上手くいっていただろうに。

 

『アステリオスさん……』

 

『…………』

 

黒のローブの男の背後の大穴から現れた、黒の体色を持った巨大なミノタウロス。巨大な斧を2つと巨大な大剣を1本携え、ローブの男の一言に少しだけ目を見開くと、一瞬の思考の後に納得したかの様な顔をして前に立つ。

 

「モンスターが、人間と……」

 

「手を組んでやがるってのか」

 

『グゥォォオオオオオオ!!!!!!!』

 

「うわわっ!?」

 

ミノタウロスが拳を握り走り出す。

ティオネとティオナ、そしてベートの3人はそれを迎え撃つ為に構えを直した。

 

「ごっ……!?」

 

しかし想定外であったのは、ガレスすら遠く及ばない程の圧倒的な力。Lv.6のベートがただの拳一つで壁に叩き付けられる。Lv.6のティオナが放ったウルガの一撃を、斧で迎え打って吹き飛ばす。Lv.6のティオネの双剣を、攻撃を受けた上で大きな損傷を受ける事なく反撃を行う。

僅か数秒のうちに、その怪物はロキ・ファミリアの幹部3人を屠った。何れも大きな怪我はしておらず、直ちに立ち上がることが出来ないのみ。殺しはしない、そう約束したから。

彼の仲間達も同じことをされた。

アステリオスにしてみればそれはそんな細やかな仕返しでしか無かったのだ。

 

『……ありがとう』

 

「…………」

 

ユキは戻って来たアステリオスから大剣を受け取る。

何処かで拾って来たのだろうが、それも間違いなくユキのためであると分かるほどに質の良いもの。ユキがアステリオスを見ていた様に、彼もまた共に過ごした間にユキの事を見ていた。

 

……ロキ・ファミリアの者達は知らない。

ユキが大剣を使うことなど。

それまで2本剣しか使った事が無かった。

それに実はまだ報告していなかったのだ。

ザルドに剣の使い方を教わったという事は。

それを知っているのは実際に目の前で見た椿とヘファイストス、そして徹底的にまで詳細な説明を求めて来たリューだけ。ここに来てまたユキの悪い癖が働いている、今回ばかりは良い方向に。姿を隠すには、都合の良い方向に。

 

「っ、アイズ!ミノタウロスの方を頼む!!」

 

「フィン?」

 

「リヴェリア!ガレスはここに居ない!僕の代わりに指揮を頼む!!」

 

「分かっている!!!」

 

男の大剣の構えを見た瞬間、真っ先に反応したのはフィンとリヴェリアだった。それまで凄まじい威圧感を放っていたLv.7相当の実力を持っているであろうミノタウロスばかりを警戒していた彼等が、ただ一度、その構えを見た瞬間に血相を変えて建物から降り立った。

珍しく焦りを抱いた顔色のフィンが誰よりも先頭に降り立った事で、その場に居る全員がその異常事態を察する。ガレスがいないとは言え、指揮役のフィンが最前線に出てこなければならない程の緊急事態。なぜ少し前までベートと互角でしかなかった相手が大剣を持った瞬間にそれほどの変化が生まれたのか、7年前の抗争を体験していない者の多い彼等では分からないだろう。

 

それほどに酷似していた。

それほどに本物を伴っていた。

生きていた?

そんな筈はない。

ならば弟子が居た?

その可能性が最も高い。

 

「……君はザルドの弟子、その認識で間違っていないかな?」

 

『……許されるのなら、肯定したい』

 

 

『オォオオォォオオオオオオ!!!!!!!!!!!!!!!』

 

アステリオスが走り出した。

同時にユキもそれに並走し、大剣を大きく振り被る。

……フィンから見たその姿は、やはり呆れる程にあの男の影が重なったものだった。ただのコピーではない、アルフィアの使っていた様な模倣でもない。魂が入っている。あの男の息が存在している。ただの弟子?そんな甘い相手ではない。あの男は間違いなく、目の前の男にそれを託している。

 

「ーーーーーッ!!!!」

 

「フィンっ!?」

 

「くっ……!」

 

槍でガードしたにも関わらず、フィンは大きく上空へ吹き飛ばされる。余計な事を考えた、余計な思考に意識を割いてしまった。とは言え、その威力は正にあの日のザルドそのもの。本物のザルドはそれでも毒に身体を侵されていたとは言え、ただの一撃を受けただけでフィンにはもう目の前の人間がザルド本人にしか見えなくなっていた。

 

「っ、アイズ!ミノタウロスを!」

 

「!……任せて!」

 

今度はアステリオスがアイズに攻撃を仕掛ける。

単純な力では敵わない。

しかし技での駆け引きが全く無いという訳でもなく、大振りの斧の隙間を縫って放たれる拳や蹴り、頭突きといった柔軟な攻撃にアイズは攻めあぐねる。速度ならば勝っている筈なのに、ミノタウロスはそれを飲み込んだ上で攻めて来る。腕の一本に対して、腕の一本を要求してくる。……アイズの方が有利、それなのに攻め切れない。ただ速度を生かして敵に小さな傷を付けていくだけで、それも大きな怪我にはなり得ない。敵は間違いなくアイズの大技を待っていた、フィンほどの勘がなくともアイズはそれを感じていた。アイズのその大技に、敵も何かしらの大技をぶつけてくるのだろうという事を。

 

「目覚め/テンペ……『させない』っ!?」

 

付与魔法の発動を寸前でローブの男に阻止される。

自身とそう変わらない筈の体躯から放たれる極大の一振り、アイズに代わりフィンが前へと立つが、そこに向けて更に重厚な剛腕が振るわれる。

フィンとアイズ、実はそれほどに息が合うコンビでは無い。互いに信頼はしているし戦闘の経験も豊富で十分な相性は持っているが、コンビとしての経験があるかと問われればそれは否だ。しかし目の前の人間とモンスター、これは間違いなくコンビとしての経験がある。互いの動きを、息を知っていて、且つそれを実践の中で培っている。それぞれの実力を考えれば拮抗しているだろうが、それでもフィン達が押され気味であったのはコンビとしての実戦経験の違いに他ならない。巨体と剛腕の隙間を縫う様に放たれる大剣の一撃、彼等は彼等同士で弱点を知り合い、補いあっている。1対1ならば勝機はあっただろうに、下手に加勢に入ったことが仇になった。

 

「……っ、リヴェリア!!」

 

『アステリオスさん』

 

フィンのリヴェリアへの呼び掛けとほぼ同時に、ユキはアステリオスに背後に下がる様に呼び掛ける。

事前にリヴェリアが魔法を用意していた事は気付いていた、そしてそれに対抗するにはアステリオスの持つもう一本の斧……魔剣を使用する以外には他に無い。

 

『目覚めよ/テンペスト……!!』

 

アイズの付与魔法の発動は許してしまった。

しかしこれでいい、最早十分に準備は出来ている。

 

「魔剣!?くっ、出力が……!」

 

リヴェリアも不意打ち気味に放つ為に十分な魔力を込められていない、ミノタウロスの持つそれが魔剣だとは気付いていなかったからだ。

放たれるは紅蓮の炎獄、迎え撃つは極大の雷撃。互いに互いの仲間を傷付ける事の無いよう、相殺のみを狙った拒絶の衝突。凄まじい威力を誇る両者はいくつかの家屋を倒壊させるほどの衝撃波を発生させ、その余波に多くの者が逃げ惑う。他のゼノス達も必死だった、瓦礫の後ろや建物の影に隠れながらもしっかりと彼等の戦いを見守っている。

 

『させない』

 

「考える事は同じか……!」

 

しかしその最中、ぶつかり合ったりのは魔法だけではなかった。この危機という名の最大の目眩しの中、それを好機として捕らえた異常者達が居たのだ。

フィンの最高速の槍捌きはユキをあらゆる方向から追い詰め、しかし構成されたその包囲網をユキは大剣一つで食い破る。隣に飛来した雷や炎の破片を気にも留めることなく、両者は剣と槍を打ち付け合う。

フィンは考えたことがあった。

もし今の自分があの時のオッタルの様にザルドと戦ったとして、果たして今の自分は彼に勝つ事が出来るのだろうかと。

何度も何度も考えた。

そしてその結果がこれだ。

その例え話を、今正に現実に出来る機会が来た。

 

「ヘル・フィネガス……!!」

 

『っ』

 

フィンは迷いなくその手札を切った。それは勇者ではなく、団長ではなく、ただ1人の探索者として、ただ1人の男として、譲れない物があったからだ。

ステータスが拮抗する。

それまで力負けしていた敵の大剣を、フィンはその小さな身体で耐え受ける。彼等の速度は既に見ている団員達が目で追えない程の物になっていた。アイズもアステリオスも動きを止め、思わずその2人の戦闘に目を奪われてしまう。珍しく見ることの出来ない、彼等の本気の戦闘というものに。

 

「オォォオオオオ!!!!」

 

『うっ、ぐっ……!!』

 

単純な速度では敵わない。

ユキは徐々に押され始める、攻撃を防ぐだけで精一杯になり始める。魔法は使えない、それをしたらお終いだ。しかしこうなってしまえば単純な競り合いでは敵わない、いくらユキのスキルでも現状ではこれ以上のステータス強化は望めない。

加えて、フィンの猛攻は時間が経つに連れて更に激しくなっていた。……これ以上の戦闘の継続は不可能だった、着実に負けのニ文字が近付いて来ているのが分かっていた。

 

『はぁっ!!』

 

「!?」

 

左肩への一閃を犠牲に、ユキは強引に彼を大剣で押し込む。徐々に漏れ始める血流と痛みはあれど、望んだ体勢に持ち込む事は出来た。

 

「っ、煙……?これはっ」

 

それと同時に、リヴェリアが周囲の変化に気付いた。

恐らくはフェルズかギルドの関係者辺りが作ったであろう煙玉、ただの風では吹き飛ばせない。

……ただ、目の前にいたフィンだけは別だ。魔法の効果によって理性を飛ばした今の彼は、逆に言えばこの煙の中でも問答無用で追いかけて来る。彼だけは、今この場で対処しなければならなかった。好都合にも、視界が殆ど消え失せたこの空間の中で。

 

『白染/ホワイトアウト』

 

「っ!?」

 

彼の目の前で、ユキは自身の大剣を爆破させる。

その技に殺傷能力はない。

ただ剣の命と引き換えに、閃光と爆音、そして人間程度ならば容易く吹き飛ばす程の極大の衝撃波を生み出すのみ。

それを受けた者は、特にこの悪過ぎる視界の中では、一体何をされたのかすらも理解出来ないだろう。理解する時間も、隙もなく、至近距離で与えられた複数の感覚機関への攻撃によって、瞬く間に意識を刈り取られる。それは相手がフィンであっても、リヴェリアであっても、関係はない。ガレスならば耐えられたかもしれないが、理性を失っている今のフィンにそれを予兆して身構えることなど決して出来なかった。

 

『アステリオスさん!こっちです!』

 

「!」

 

対策はしていたとしても、やはり自身にも甚大なダメージを与えるその技に意識を朦朧とさせられながら、ユキはとにかくアステリオスの手を引っ張って地下へ繋がる穴へと飛び込む。

ロキ・ファミリアの面々が追いかけて来る様子はない、フィンへの対策も上手くいったらしい。他のゼノス達も2人があれほど時間を稼いだのだ。ダンジョンに戻れたかはさておき、隠れる事くらいは出来ただろう。

 

「……まさかユキがアルフィアの名残を持って来たかと思えば、ここに来てギルドからザルドの忘れ形見まで出て来るとは。7年経っても消える事は無いという訳か、あいつらは」

 

そしてどうも、本当にユキの存在はロキ・ファミリアの彼等にはバレていなかったらしい。何よりも彼の理解者であるリヴェリア本人がこの認識なのだから、それはもう間違いなかった。


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