「……申し訳ありません、今回はやはりこれ以上の協力をする事が出来なくなってしまいました。中途半端な所で抜けてしまって申し訳ありませんが、後はお願いします」
『は!?ま、待てユキ・アイゼンハート!それでは話が違……!』
「……これで良かったんですか?タナトス様」
「うんうん、悪いねユキちゃん。俺の我儘に付き合って貰っちゃってさ」
「我儘というか、半ば脅しでしたが」
「酷いなぁ、正当な取引だろ?」
「……そうですね」
地下水路、クノッソス入口近く。
ロキ・ファミリアがまだ発見していないその場所で、彼はその神と言葉を交わす。
「私はまだ信用していません、タナトス様のことを」
「そりゃそうだけどさ、それでもユキちゃんに断る選択肢は無いだろ?これだって俺の必死の策なんだから、褒めて欲しいね」
「………」
「まあ今地下で色々やってるのは認めるよ、けどアレでオラリオを滅ぼせるなんて俺は思ってない。……ユキちゃんが居る限りはね。だからこれはそのための一手だ」
以前にユキに精霊を植え付けた本人。
闇派閥の一派の主神にして、邪神。
正に今の闇派閥の中心を担っている筈の彼が、何故か今こうしてユキと取引をしている。
「つまり、目的は私を表舞台から引き話す事ですか」
「そういうこと。だからこの封印を解くのは決戦の日だ。ユキちゃんが負ければ世界は滅びるし、ロキ・ファミリアが負けても世界は滅びる。良い作戦だろ?」
「…………」
「もちろん俺をここで殺してもいいけど、そうなればこの封印は2度と解けない。その代わり、殺さないでいてくれるのなら、約束通りクノッソスの鍵をユキちゃんに1つ渡すし、この封印だって何れ必ず解く。だからユキちゃんも約束通り今回の件については手出しは禁止だ、むしろ俺は譲歩してあげてる方だと思うよ?」
最初は、ただ様子を見て周っていただけだった。
リューに物資を貰い、そのまま周囲の探索と他のゼノス達の様子を見つつ、クノッソスの入口を確認していたユキ。最後の入口の確認をしに来た時に、その神は見透かした様にユキのことを待っていたのだ。手下の1人も連れることなく、ただそこで1人で。
「………彼等への物資の補給も、駄目ですか」
「当然駄目、変装とかも無駄だからね。それが分かった時点でこの契約はお終いだ」
「………」
「いやいや、もっと信じてあげなよ。別にユキちゃんが特別何かしなくても意外と大丈夫かもしれないだろ?むしろその間にユキちゃんにして貰いたい事もあるんだよね」
「……?して貰いたいこと、ですか?」
そう言うとタナトスは一枚の紙を手渡す。
ギルドの依頼文のような形式のそれ、ことのつまりタナトスからユキに対する依頼。そしてその神が手渡して来たようなものだ、普通の物では間違いなくない。
「っ、これは……!」
「そ、結構面倒なことになってんだよね。別にこれが勝手にダンジョンの中で暴れ回るだけならいいんだけどさ、クノッソスまで入って来る勢いだし。他の精霊や怪人の力では止められないんだよ、力で止めようとすれば大損害を被りそうで。やっぱり凄いよ、クレアちゃん」
「よくもこんな事を……!!」
「あはは、安心してよ、実験はもう打ち切ってるから。検体はこの子だけだ。今は28階層の未到達区間に無理矢理幽閉してるけど、そろそろ出てくると思うんだよね。そうなればダンジョンに戻ろうとするゼノス達も帰れなくなると思うんだけど、ユキちゃんはどう思う?」
「……!!」
ユキは強く拳を握り締める。
これだけは放って置けない、これだけは他の人に任せる事は出来ない。これだけは、自分で解決しなければならない。これこそがユキが関わるべき問題であり、これこそが他の誰も巻き込んではいけない問題だ。……自分の責任として、自分の役割として。
「……分かりました、引き受けます」
「そう言ってくれると思ったよ。クノッソス内の道案内はしてあげるし、武器くらいはいくらでも貸してあげる。これについての報酬は……そうだね、決戦の時に俺が調べたクレアちゃんに関する資料をあげるよ。勿論、ユキちゃんが負けたらそれも意味無くなるんだけど」
「十分です、それで」
良い様に利用されている。
そんなことは分かっている。
けれど、今のタナトスにユキは逆らう事は出来ない。そしてタナトスもそれを理解して、ユキがギリギリ飲めるラインを見極めた条件を提示している。
クノッソスへと入っていくユキとタナトス。
ユキは最後に他のゼノスの様子を回っている時に手渡された通信機に、誰が反応するのか、誰に繋がっているのかも分からないまま、ただ一言だけを呟いた。
「ダンジョンに入ります」
何処の誰でもいい、誰かが聞いてくれていれば、それでいい。
『"ダンジョンに入ります"……確かにユキ・アイゼンハートの声でそう聞いたのか、アステリオス』
「聞いた」
『……この状況で、ダンジョンに。意図が分からない、しかし無駄な行動をする人間ではない。私達の感知していない場所で、何かが起きている?』
ユキの言葉を拾ったのは、偶然か必然か、他でもないアステリオスだった。即座にフェルズへの報告を行った彼は、しかしそれ以上に言うべき事は無いと言葉を切る。
彼女がゼノスを見捨てる筈がない、つまり今それを置いてもダンジョンに潜らなければならない理由があるというだけだ。幸いにもアステリオスは十分な補給が出来ており、ユキ経由で持って来られたフェルズの魔道具のおかげで姿を隠す事も出来ている。ユキが抜けた分を補う働きくらいは出来る筈だ、むしろしなければならない。
『アステリオス、君はこちらの最大戦力だ。故に狙われる確率が最も高く、隠しておく限り常に敵陣営を警戒させられる。こちらの指示があるまではそこで待機をお願いしたい』
「分かった」
アステリオスは待つ。
その時を。
このもどかしさも、焦りも、苛立ちも、全てをぶつけられる彼と出会うその時まで。