白海染まれ   作:ねをんゆう

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136.穢精霊の残滓

ユキ・アイゼンハートが彼女と初めて出会った時、何か引き離せない運命の様なものを感じた事を覚えている。

孤児院で一番年上の少女。

けれど自分が女性であるという事を良く思っていないのか、髪はいつも短く揃えていて、よく体を鍛えていて、口調も何処か尖った物があった。それでも無理矢理に修道女の服を着せられていたが故に女性であると周囲からは見られていたが、それは正にユキとは対極な人間であったと言ってもいい。

しかし対極な存在であったが故に、2人が仲良くなるのにそう時間がかかることは無かった。彼女はユキをよく可愛がったし、ユキもそんな彼女を信頼していた。街に滞在していた時間はせいぜい1ヶ月程度であったが、その1ヶ月の間に彼等は姉弟、もしくは兄妹として良好な関係を築いていた。それこそアストレアが一時はこの場所こそユキが根付く場所であるのだと確信したほどに。……歴史がもう少し違っていれば、間違いなくそうなっていたと、断言出来ていた程に。

 

「……本当に、巧妙に隠していましたね、タナトス様。それにしてもここまで近くに来なければクレアの気配を感じ取れないなんて、自分のことながら落ち込みます」

 

ロキ・ファミリアと争い、1日の休息期間を経て、ゼノス達の様子を見て周り、それからタナトスの案内と指定された場所で一呼吸を置いた後に、ここに居る。フィンとの戦いから既に5日ほど、恐らく今夜にでもゼノスとロキ・ファミリアの2度目の騒動は始まる。それに果たして間に合うだろうか?いや、確実に間に合わない。タナトスの協力とリューからの支援もあって物資には困っていないが、それほどの準備をしていても今のユキで簡単に倒せる相手では無いという事は間違いない。

 

「……行かないと」

 

この小さな通路を抜けた先に、それは居る。

クノッソス内から強引にこの階層へとダンジョンの壁ごと突き破らせ、ダンジョンの修復機能と精霊に由来する"何か"を利用して今は強引に眠らせているそれ。タナトスの見解ではユキが近付けば間違いなく目を覚ますだろうし、そうでなくとも既に目を覚ましそうな程に眠りが弱くなっていると聞く。

 

……タナトスがユキに対して出した切札、それは行方が分からなくなっていたとある神器であった。

具体的に言えば、かつてアナンタでの決戦の際にユキが精霊化したクレアに対して使用した封印の神器。クレアの半分をそれに封印し、もう半分を自身に封印する為に使用したそれ。あの日以来アストレアが中心となって捜索を続けていたものの、どうしても見つかることの無かった物だ。

まさかそれをタナトスが持っているとは夢にも思わず、今正にそれを人質にされている。あれには精霊の力以外にもクレアの半分が入っている、故にクレアを復活させるためにはどうしても必要な物だ。

2つの神器を同時に開き、精霊を完全な形で解放する。その後に精霊の力を削ぎ、元のクレアの形へと戻す。実際にどうやってそれをするかはさておき、彼女を解放するにはこれ以外の方法なんて無かった。

故にユキは今のタナトスには逆らえない、あの神器に封印を施しているというタナトスの言葉を疑っても信用する以外に道はない。

 

それに何より、

 

「これがクレアの力の一端を利用して作られた、精霊擬き……」

 

広大な空間、その中央部で寝そべる巨大な姿。

恐らく元となったのはヴィーヴル。

何が起きるか分からない故に比較的人間体に近しいモンスターを選んだのであろうが、それでもここまで巨大化し、手の付けられない状態になっている。それほどに一端とは言えクレアの精霊としての力は凄まじい物であり、ユキが思わず顔を顰める程の思念の嵐が、今も彼女が数多の死者の念に包まれている事を示していた。

 

『……ユキ?』

 

「っ」

 

『ユキ……!ユキ!ユキ!ユキ!ユキ!ユキ!!』

 

ヴィーヴルが起き上がる。

僅かにクレアの面影の残った上半身。しかしその大きさ故に人間らしさはあまり感じられず、やはり死者の念等が入った事が理由なのかとてもではないが美しい容姿は持っていない。人間の容姿というより、死者の容姿。皮膚は爛れ、片目は無く、髪も灼き爛れている。

それなのに嬉しそうに、けれど悲しそうに、ただただ彼女はユキの名前を呼んでくる。名前を呼ぶことしか出来ないのに、まともな意思疎通など出来ないのに、結局この後……2人は殺し合わなければならないのに。

 

【救いの祈りを/ホーリー】

 

持ち込んだ25本の剣全てに魔法を掛け、そのうちの2本を手に持つ。残りの23本は自身の背部に自由に浮かせ、全身に魔法を巡らせる。

 

「大丈夫です、クレア。私が必ず救いますから」

 

『ユキィィィイイイイイ!!!!!!!』

 

戸愚呂を巻いていた巨大な蛇の下半身が紐解かれる。凄まじい大きさ、長さ、一振り当たるだけで肉片に変えられてしまうのではないかと思うほどの剛力。彼女が一度尾を振るうだけで、階層が揺れる。彼女が一度声をあげるだけで、床や壁がヒビ割れる。

ユキは25本の剣を周囲に展開する事で飛来する岩や瓦礫を防ぎ、魔法による自由移動で尾による攻撃を避け続ける。これだけならどうとでもなる。隙を見て光の斬撃を放ち、その硬質な鱗に守られた肉体に少しずつ傷をいれていく。

 

『蛻?j髢九¢謌代′驕薙r蛻?j邨舌∋荳也阜縺ョ逅?r謌代?縺薙?荳門?縺ヲ繧定ェュ縺ソ隗」縺剰ケ』

 

「っ、相変わらずクレアの精霊の呪文は全く理解出来ませんね……!!」

 

『繧ィ繝ェ繧「繝悶Ξ繧、繧ッ』

 

「くっ………!!!!!」

 

放たれた魔法が指定された空間に着弾する。

床でも壁でも物体にでもない、その魔法の弾は空間に着弾し、爆ぜた。直後、ヒビ割れる世界、瓦礫の様に崩れる空間。巻き込まれた剣の1本が空間の瓦礫となり崩れていく。

防御不可の即死攻撃、着弾場所も予測出来ない。

これへの対処法はたった一つ、撃たせないことしかない。

 

『蛻?j髢九¢謌代′驕薙r蛻?j邨舌∋荳也阜縺ョ逅?r謌代?縺薙?荳………』

 

「2度目は無いです!【剣光突破・瞬(ソード・ファスト・プロミネンス】!!」

 

『ィギッ!?ァァァアァァァアアアアアアアアア!?!?!?!?』

 

詠唱を始めた口に向けて、正確無比な閃光を放つ。通常の剣光突破よりも威力は下がるものの、ユキの中でも最高速の技であり、それ故に精度の高い攻撃を可能とする。これでまた剣が1本消えた、残り23本。しかしそろそろ両手の剣も限界だ。

 

「【剣光爆破・重(ソード・ダブル・エクスプロージョン)】!!」

 

続け様の斬撃によってヒビ割れ始めていた両手の剣を、威力重視の爆弾に変えて敵の上半身へ向けて打ち込む。

ダメージは少ない。

咄嗟に両手で庇われた。

それでも口を破壊した以上は魔法は封じられた筈だ。

 

……そう、思いこまされていた。

 

「………………」

 

(何か聞こえる……気のせいじゃない、暴れる音で気付かなかったけど、間違いなく何処かから声がしてる)

 

決して見過ごしていいものではないと直感し、攻撃を捨てて目と耳を巡らせる。下半身ではない、只管に動かしているが聞こえる声の大きさは一定だ。しかし声はユキの方を向いている訳ではなく、つまりユキが見える位置からは分からないという所まで理解出来る。

 

(だとしたら発生源は……背中側!?)

 

常に壁を背にしながら下半身と魔法での攻撃をしていたヴィーヴル。それはユキの速度について来られず、単純に背中を取られないためのものかと思っていた。しかし違う、敵の本当の狙いは密かに作り出していたそれを隠すことだとしたら?

ユキは全速力を持ってヴィーヴルの背後に回り込む。それを見てヴィーヴルはやはり背中を隠そうと動くが、それでも背中をピッタリと壁に押し付ける様な事はしなかった。

幾つもの攻撃を掻い潜り、それを目撃する。

その衝撃的な光景を、目に映す。

 

「っ!!この魔法陣の数は……!!」

 

『逾医k逾医k螟ゥ縺九i縺ョ諱オ縺ソ縲?剄繧頑ウィ縺仙?縺ョ譟ア縺ッ繧?′縺ヲ荳也阜繧堤┥縺榊?縺ヲ繧貞次蛻昴?蟋ソ縺ク謌サ縺吶□繧阪≧縲よオキ縺ッ豸医∴螟ァ蝨ー縺ッ蟋ソ繧堤樟縺怜ース縺上?逕溽黄縺ッ蝨溘→蝪ゥ縺ョ蝪翫∈縺ィ螟峨∴繧九?よア昴?蜷阪?螟ェ髯ス縺ョ逾槭Λ繝シ縲ゆク肴ュサ縺ョ雎。蠕エ縲∬?繧翫?螂ウ逾槭?らァ√?莉翫%縺薙↓縺ヲ蠖シ縺ョ蟄伜惠縺ョ蜉帙r蛟溘j縲∬*縺ェ繧狗?エ螢翫→蜀咲函繧帝≠陦後☆繧九?』

 

ヴィーヴルの巨大な背中に張り付く様に幾重にも展開された魔法陣の数々。巧妙な魔力の隠蔽、そして凄まじい規模の魔法行使。空間を破壊する魔法など、これから目を逸らさせるための時間稼ぎに過ぎなかった。

一度敵の背後の状態を確認したユキは、そのまま最高速度を維持したままに出口に向けて走り出した。しかしそれはもう間に合わない、発動までの時間はもう過ぎた。敵の背後に付けられていた二つ目の頭が残り最後の1文を言葉に出すだけで、それは完成するのだ。……あと少し、気付くまでの時間が早ければ何かは変わっていたであろうに。

 

『よ擂縺溘l縲∝、ゥ閨悶?轣シ蜈峨?ゅヶ繝ャ繧、繧コ繝斐Λ繝シ』

 

「ーーーーなっ!!!!」

 

直後、遥か天空より階層を埋め尽くす程の巨大な光の柱が顕現する。

25階層から30階層までを貫く白の滝聖。

25階層から流れてくる大量の水はその尽くを焼き焦がされ、数多のモンスターを塵へと変える。

逃げ場など無かった。

逃げる事など許されなかった。

ヴィーヴルが眠っていた未到達区間は完全に光の柱に埋め尽くされ、魔法の行使者であった筈の自身でさえも小さくないダメージを負う。

 

「【剣光突破・壁(ソード・ウォール・プロミネンス】……!!」

 

ユキは……その激流にも似た光の中で、自身の光で身を包む事でなんとか命を保っていた。しかし付与魔法程度の出力では堪えきれない大魔法の奔流。10本もの剣を犠牲にして作り出した強固な壁は、しかしそれでも完全に防ぐ事は叶わず、限界を迎えヒビ割れた壁の隙間から光の柱によって貫かれる。

 

「くっ……!!」

 

残りの剣は12本。

更に5本を犠牲にして壁を強化するものの、その大魔法の継続時間はあまりにも長かった。腹部を貫かれ、肩を焼かれ、凄まじい熱量に衣服と鞄に火が付き、中に入っていたポーションは尽くが気体と化して爆ぜた。

動けない、動けないのに終わらない。

更に5本の剣を犠牲にする。

それでもまだ終わらない。

既にユキの両手は酷い火傷を負っており、その長い髪も先端から徐々に焦げ始めていた。

 

……最悪の想像が頭を過ぎる。

 

(まさかこの魔法、指定した対象が死なない限り終わらない!?)

 

敵を確実に殺す魔法。

それは先程の空間ごと破壊する防御不可の魔法よりも、よっぽどその名に相応しい魔法だろう。ユキは考える、もう時間がない。けれどここから逃げられる手が思い付かない。

魔法を無効化する"母の心音(ゴスペル)"は使えない、そうした場合に真っ先に消えるのは自信を守る壁だからだ。これ以上壁に出来る剣もない、残り2本が無くなってしまえば敵を倒す手段が無くなってしまう。

 

(だとしたら、もう……!)

 

 

 

 

生誕の歓喜 

 

 

生存の祝福 

 

 

今この身に受けし全ての愛に報いる時

 

 

 

 

後はもう、この魔法しかない。

 

『?』

 

 

白き心は未だ遠く 

 

正義の意味をも履き違え 

 

魂の静寂に至らずとも 

 

母の望んだ私はここに

 

 

『ユキ……?』

 

ヴィーヴルから声が聞こえてくる。こちらが何かをしようとしている事を理解しているらしく、しかし何をしようとしているかまでは理解出来ていないらしい。当然だ、今この場でこの詠唱が聞こえるのはユキ本人以外には存在しない。こんな大規模な魔法、使ってしまえば音の一つや二つ聞こえなくなるのは当然だ。

 

 

 

妖精の皇女

 

 

正白の疾風 

 

 

精霊の愛娘

 

 

それ即ち我が生涯の灯火

 

 

 

『ユキ……!』

 

 

 

来るがいい 最後の英雄 

 

 

私は貴方の道を開こう

 

 

 

この魔法が形成されるのが先か。

それともユキ自身が焼き切れるのが先か。

……けれどユキは、絶対に負けない。こんな所で命を終わらせる訳にはいかない。まだユキにはすべきことがあり、生きなければならない理由があるのだ。その柱がある以上は、例えどんな地獄の中に落とされようとも、最後まで絶対に、心は折れない、折れる事など許されない。

 

 

代償は既に支払った

 

 

我が身に宿る全ての愛に誓い

 

 

世界の闇を切り開く

 

 

『ユキィィィイイイイイ!!!!!!!』

 

 

 

照らせ 光輝の樹海

 

 

 

 

 

 

 

【ラスト・アウト】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー光の海が流れ出る。

階層を貫いていた光の柱から溢れでるように。

真っ白な液体が全てを浸す。

25階層まで貫いていた光の柱は徐々に光の海へと姿を変え、激流の様な勢いを持ったそれが徐々に穏やかな波へと姿を変えていく。

本来アンフィス・バエナが存在している25階層から流れ落ちてくる流水は、その真っ白な光の水と溶け合い、サラサラと優しい音を立てながら30階層まで流れ落ちる。

 

……ヴィーヴルは、呆然としていた。

何が起きたのか理解する事も出来ず、どころか今、自身の中に渦巻く不思議な感覚に戸惑っていた。

クレア・オルトランドの精霊の強さの源となっている、死者達の無念の思念。怒り、憎しみ、悲しみ、それら全ての負の感情があまりに濃い密度で纏わり付いているからこそ生まれてしまった穢れた精霊。

しかし今、その負の思念達が徐々に消えていくのを感じている。

否、正の思念へと変えられていくのを感じている。

 

『………ユキ?』

 

分からない、何も分からない。

ヴィーヴルは思わずその名を呼ぶ。

 

「……クレア」

 

『っ!!』

 

だからユキも応えた。

いつもと同じ、優しい声で。

 

『ユキ……』

 

「……これは、クレアのための魔法です。クレアを救い出す為に発現した、作り出した、魔法です」

 

残った剣を杖の様にしながら、足場の悪くなったその空間で、ユキはヴィーヴルに向き合う。凄まじい重症だ、生きているのが不思議なほどだ。けれどユキは生きている、こういう時くらいには"死を遠ざける"スキルは働いてくれる。死なせてくれずに、働いてくれる。

 

「全ての存在に、幸福と安らぎを与える。これはただそれだけの魔法、それ以上の攻撃性も効果もありません。……まあ、光属性の魔法なら問答無用で自身の性質に染め上げるというのは私も予想していませんでしたが、好都合でした」

 

どんなに悲しい思念でも。

どんなに憎悪に染まった思念でも。

"最後に"は笑ってもいい、幸せになってもいい。

使用する魔力量に見合うだけの効果であるかと言われれば、もしかしたら微妙かもしれない。けれどこれは、なによりクレアを救える可能性のある魔法だった。だからこそユキはこの魔法がとても好きであったし、気に入ってもいた。一時的にでも、全ての人間に幸福を与えられるのだから。ユキからしてみれば、これ以上に素晴らしい魔法なんて無いと言い切ってもいい。

 

「クレア」

 

『ユキ……?』

 

「こっちにおいで」

 

ユキは2本の剣を自身の足元に突き刺し、疲労と損傷でボロボロの身体を無理矢理に起き上がらせると、両手を広げて呼び掛けた。

ヴィーヴルが戸惑う。

けれどユキは笑う。

もういいのだ、戦わなくて。

 

「大丈夫、大丈夫だよクレア。ほら、私のところにおいで?」

 

『ユキ……』

 

「大丈夫、全部私が受け入れるから。クレアがどんな姿になっても、私は変わらずクレアの弟だから。だから……遠慮しないで?」

 

『ユキ……!!』

 

ヴィーヴルが駆け出す。

脆くなった足場が崩れ、30階層に落ちてしまっても、むしろユキがそれを追い掛けて落ち、変わらぬ笑顔で手を広げている彼の元へと走った。

 

その巨体を持って、飛び掛かる。

まるでそのまま推し潰すように。

けれどユキも同時に飛び上がる。

地面に落ち、階層を揺らし、地面に大きな凹みを作ってうつ伏せたヴィーヴルの鼻の先に、ユキは立っていた。そしてヴィーヴルの鼻頭を、優しく撫でた。

 

「おいで、クレア。そんな所に隠れていないで、私の所に。ヴィーヴルの中に居るよりも、少しくらい快適な自信はあるんだよ」

 

『ユ……キ……』

 

本来ヴィーヴルの赤い宝石があったはずの額の大きな窪みに、ユキは片手を突っ込む。恐らくは金のために元になったヴィーヴルからは赤い宝石を抜き取ったのだろう。

……しかし今、その代わりにそこに存在していたのが核であった。元はヴィーヴルの魔石であり、クレアの力を宿した精霊の胎児であったであろうそれ。2つの物が混ざり合い、奇妙な形に捻れ曲がってしまった半透明の小さな宝石。中に入っている黒の球体こそが、肉体を構成する為に全身に行き渡ったヴィーヴルと精霊の力を除いたその他だ。……つまり、元の人間のクレアの因子が、そこにある。

 

「おかえり、クレア」

 

『……タダイ、マ……ユ、キ………』

 

ヴィーヴルの姿が消えていく。

クレアの面影を残したその顔が、最後にニコリと優しく微笑む。灰となって消えるその瞬間まで、ユキは最後まで彼女を抱き締め、撫で続けた。

……いくら狂気に陥っていようとも、それがクレアであるのなら、こうなる事は当然の話だった。ユキは全てのクレアを救い出す、そこに例外はあってはならない。残った魔石を丁寧に、辛うじて残った鞄の中身を一度ひっくり返してから収納し、クノッソスへ向けて鍵と2本の剣と共に歩いていく。

 

「流石だね、ユキちゃん」

 

「タナトス様……」

 

「まさかアレを本当に倒すとは思わなかったよ、こっちの戦力も相当削られたっていうのに」

 

きっと、彼は一部始終を見ていたのだろう。

クノッソスの扉を開けたその瞬間に、彼はそこに立っていた。しかしまた敵意はない、約束は最後まで守るという言葉は本当らしい。

 

「ポーション、いる?」

 

「この怪我ですし、それでは治りません」

 

「少しくらいはマシになるって、何より今ユキちゃんに死なれると俺が困るからさ」

 

「どうしてですか、私が死んだ方が都市を破滅させやすくなりますよ?」

 

「俺は結末が見たいからさ、ユキちゃんの」

 

「……」

 

「確かに今ならユキちゃんを殺すことは出来るかもしれないけど、それは俺の見たい最後じゃない。これほど魂の洗浄に成功した人間が、一体どんな最後を迎えるのか。俺はそれが気になって仕方ないんだよ。……オラリオの壊滅なんかより、ずっとね」

 

手渡されたポーションを飲む。

やはり何の変哲もない、一般的なもの。

 

「……負けるつもりはありません。きっと戦いの余波に巻き込まれて、タナトス様が先に天界に還る方が早いですよ」

 

「それならそれでいいよ。結局全ての人間は最後には俺の所に来るんだからさ、その時にでも聞かせてくれればいいし」

 

「……お世話になりました」

 

少し歩きづらそうにしながら、ユキはクノッソスを登っていく。タナトスはそんな彼の姿を見えなくなるまで静かに見送った。何を考えているのか分からない、しかし確かな執着が宿った、その瞳で。

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